中編5
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万華鏡

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落ち着いた和柄の筒の奥。

次々と美しい変化を遂げる模様は、一つとして同じ物はない。

僕は「それ」のそんな所に惹かれていたのかもしれない。

「話って何だい、園田さん。」

「えっと…。」

放課後の教室に呼び出された俺は、あまり話した事のない女子を目の前にしていた。

化粧の濃いその女子は、見た目に似合わずもじもじして中々話を切り出さない。

「もしかして、靴箱に入ってた手紙の事かな。」

もどかしくなって、僕の方から話を進める。

「そ、そう!…返事、どうかなと思って。」

申し訳ないけど、と、僕は彼女に頭を下げた。

「君の気持ちには答えられない。ごめんね。」

彼女が息を呑むのが聞こえた。

「本当にごめん。」

僕は彼女に背を向け、教室を出た。

背後で彼女の取り巻きが、彼女を慰めに走った気配がした。

僕はなぜか、小さい頃から人に好かれた。

親戚は僕の事を「本当に器量のいい子だ」と言うし、学校などで出会った女の子はみんな一度は僕に告白、またはラブレターをくれた。

でも、僕はそれをことごとく断ってきた。

人はみんな同じ、ワンパターンでつまらない。そう思い続けてきたからだ。

今思えば実に高慢な考えであるが、今はそんな思いは微塵もない。

僕は彼女と出会ったのだから。

彼女は、ある夏の日に僕のクラスに転校してきた。

綺麗な顔立ちをしていたため、すぐにクラスの男子の注目の的になった。

僕は、彼女もまた僕に告白でもしてくるのではと思っていたのだが、その予想は見事に外れるのである。

彼女は僕に近付くどころか、露骨に僕を避けたのだ。

そんな事は初めてだったので、僕は彼女に大いに興味を持った。

自分から進んで近付いてみたりもしたが、てんで相手にされなかった。

なぜ彼女は僕の虜にならないのか?

いつのまにか、僕は昼夜問わず彼女の事を考えるようになっていた。

他人に夢中になるなんて、初めての経験だった。

興味は次第に関心へと変わり、僕は彼女に淡い恋心を抱くまでになっていた。

この気持ちをなんとかしたい。

その思いを解消するため、ある日僕は勇気を振り絞って彼女を放課後の教室に呼び出したのだ。

断られる不安はあったが、それは杞憂に終わった。

誰もいない教室で、僕は彼女に尋ねた。

「…君、さ。変な事聞くけど…。僕を見て何も思わない?」

彼女はきょとんとした顔でこちらを見ていた。

そして、ふっと微笑んだ。

「思うよ。」

「えっ⁉︎ど、どう思うの?」

彼女はくすくすと笑って、言った。

「懐かしいな、って思う。」

「懐かしい?」

首を傾げる僕に、彼女は少し寂しげに言った。

「覚えてないかな。私、幼稚園の頃よく一緒に遊んだと思うけど。年長さんになって引っ越した。」

「…?」

「別れ際に、あなたにプレゼントをしたわ。」

「…あ。」

そうだ、思い出した。

僕がまだ小さかったころ、よく一緒に遊んだ女の子。

別れ際、大泣きする僕に万華鏡をくれた。

寂しくなったら覗いてね、その中に私がいるから、と。

それで僕は毎日のように、その万華鏡を覗いていた。

いくら覗いても彼女の姿は見つけられなくて、また泣いたのを覚えている。

万華鏡はまだ机の上に飾ってある。

「君、もしかして…。」

「そうよ。あなたも全然変わってないわね。」

「…ああ、会いたかった!」

僕は思わず彼女を抱いた。

「どうして今まで避けたりしたんだ。」

「あなたは私を忘れて、新しい生活を楽しんでるようだったから。邪魔したくなかったのよ。」

「邪魔だなんて…そんな!」

僕はかぶりを振った。

「君を邪魔になんか思うもんか。またあの時みたいに、一緒に過ごそう。」

「そう言ってくれるなら…。」

僕は生まれて初めて、恋をした。

「…あ、もしもし。そうです。僕です。彼女は…?」

彼女との再会から一ヶ月、なぜか彼女は学校に来なくなってしまっていた。

「…そうですか。分かりました、明日も迎えに行きます。」

僕は電話を切り、溜息をついた。

折角また出逢えたのに、どうして。

その晩は何か妙な胸騒ぎがして、眠れなかった。

翌朝、電話のベルの音で目が覚めた。

「もしもし…。…えっ⁉︎」

それは、突然の訃報だった。

今朝早くに、彼女が手首を切って自殺したというのだ。

「どうして…。」

白い布のかけられた彼女の顔。

そっと布をめくると、真っ白な美しい彼女の顔があった。

僕はその青白い唇に、口づけをした。

「ううっ…。」

そして彼女の寝ている白いベッドに顔を埋め、泣いた。

その後暫く、僕は学校を休んだ。

たまに彼女の万華鏡を覗き、あるはずのない望みに縋る。

やがて涙も枯れて、単位の危うさを感じたころやっと登校した。

そこで聞いてしまったのだ。

「ねぇ、園田さん。彼女、自殺したのよねえ。」

これは…。この間告白してきた女子の取り巻きか。

「そうねぇ、本当胸糞悪いわ。」

こっちは本人。心底だるそうな声だ。

「ノート破られたくらいで自殺とか、どんだけメンタル弱いのよって感じー。」

頭を殴られたかのような衝撃。

「本当よねぇ。シカトされたりトイレに閉じ込められたり、上履きに画鋲入れられただけじゃない。それだけで自殺とかー、なんかあたしらが悪いみたいじゃん?」

次の瞬間には、僕の頭の中は真っ白になっていた。

「とにかくー、新入りのくせに調子乗って彼とイチャイチャするから悪いのよね。」

不条理な戯言をほざくその口を、僕は持っていたカッターナイフで切り裂いた。

周りで悲鳴が上がったようだが、気にならない。

騒ぎを聞いて駆け付けた、虐めに気付かない、気付いても見て見ぬふりをする無能達も切り裂いた。

「もっとだ…。もっと苦しめ‼︎」

悲鳴と呻き声の中で、僕は叫んだ。

「彼女が味わった苦痛を、貴様らも味わうがいい‼︎」

僕は鞄を抱えて、立ちはだかる物全てを切り裂きながら屋上へと走った。

ドアを破って屋上に立つ。

見上げれば、青い空が広がっていた。

僕の頭の中には、彼女の言葉がぐるぐると渦を巻いていた。

ー寂しくなったら覗いてね、その中に私がいるからー

僕は鞄を漁り、彼女の万華鏡を取り出した。

それを目に押し当て、ゆっくりと回す。

ーまた逢えたねー

細い筒の先で、彼女が笑っていた。

それはどんな万華鏡より、美しかった。

「…今行くよ」

視界が一瞬、白い光に包まれた気がした。

「ここか!」

比較的怪我の軽い教員が、屋上に辿り着いた。

「…あっ!」

彼は屋上の真ん中に放り出されるようにして転がっている上履きと万華鏡を見つけ、駆け寄った。

「まさか早まったことをしたんじゃ…!」

彼は手摺の外を覗いたが、何も見つけられないようだった。

「どこに行ったんだ…?」

ふと万華鏡に目をやった彼は、まるでそれが普通であるかのように、自然な仕草でそれを覗き込んだ。

「!」

万華鏡の先に彼が見た物は、一組の仲睦まじげな男女が手を取り合うシルエットだったという。

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mami様、コメントありがとうございます。
学生は不安定な時期ですから、その辺りにスポットを当ててみました。
切なさも感じていただけたようで嬉しいです。

霊的な怖さもあり、切なさもあり…そして、学生にあり得そうな人の怖さもあり…でした。

阿頼耶識様、初めまして。そしてコメントありがとうございます。賞賛していただけるような話を提供できて、大変嬉しく思います。
いつもファンタジー強めになってしまうため、バランスが取れていると感じていただけたなら幸いです。

はじめまして。阿頼耶識と申します(o'ω')ノ
人間臭さとファンタジーが見事に融合した作品だと思いました。
称賛の意味を込めて「怖い」を(。・∀・)ノ