三浦異界忌憚ートルソーー

長編8
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三浦異界忌憚ートルソーー

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中々寝付けない夜だった。

目を覚ましたのは夜中の3時。

二度寝を考えたが、早起きもたまにはいいだろうと居間へ向かった。

誰もいないと思っていたが、驚くべきことに家族全員揃っていた。

「母さん、なんかあったの?」

「涼仁‼︎」

いきなり怒鳴られ、肩を竦めた。

「な、何だよ。俺、何かした?」

母は俺の質問を無視して、きつい調子で言った。

「あんた、今日は外に出ちゃだめよ。」

「え?ど、どうして?」

「分からないの⁉︎」

どうやらかなり興奮しているらしい。ここは静かに聞くに限る。

「えっと…。何だっけ?」

「ああもう、やっぱり分かってない。」

母は呆れたように溜息をついた。

「今日は『トルソーの道』ができる日よ。忘れたの?」

忘れたもなにも、元々知らない。

このように我が家では、俺と家族の間で謎のズレが生ずる事がある。

「トルソーの道って…?」

居間のあちこちから溜息が漏れる。

「去年も説明したのに…。物覚えの悪い子ね。」

祖母が顔を伏せる。

「涼仁。トルソーは分かるか?」

祖父が新聞をたたみ、こちらを見た。

「え、ああ…。こう、首とか腕が欠けてる彫刻の事だろ?」

「そうだ。」

祖父は頷き、続けた。

「まあ、俺が説明するより実物を見た方が簡単だ。ちょっと、そこの窓から外を覗いてみろ。」

俺は言われた通り、窓から顔を出してみた。

「な…⁉︎」

その異様な光景に俺は目を見張った。

家の前を、沢山の人影がふらふらと歩いている。

しかもそれらには、揃いも揃って身体のどこかしらが欠けているのだ。さながらトルソーの百鬼夜行。見る人が見たら芸術とか言い出すだろう。

「奴らは自分の体の足りない部分を求めて歩き回るんだ。どういう事か分かるな?」

祖父の重い声がのしかかる。

「分かったら、今日は1日家で大人しくしていろ。」

「…うん」

俺は最近私物化している和室に入った。

やはり畳は落ち着く。最近疲れ気味だから、尚更か。

俺はふと障子を見た。

この障子の先は先ほどトルソーが行進していた道に面していて、開ければ窓ガラス越しに外を見る事ができる。

「これを開けたら…。」

外を行進するトルソー達が見えるのだろうか。

俺はそっと障子に手をかけ、横に引いた。

「うっ‼︎」

そこには沢山のトルソーが張り付いていた。

ひそひそと話す声も聞こえる。殆どの者には首なんか付いていないのに、どこから声を出しているのか…。

ある者は腕の断面組織を蠢かせ、またある者は首の切断面の管を収縮させながら、こちらを覗き込んでいる。

「うえっ…。」

吐き気を催して、蹲った。

暫く肉類が食べられなくなりそうだ。

横目で様子を伺うと、 幸い奴らからこちらは見えていないようだった。

まあ、頭がないのだから当然か。

俺は障子を閉め、畳の上に寝転んだ。

その時、窓ガラスを激しく叩く音がした。同時に、助けを求めるような女の声。

「助けてっ、誰かいるんでしょう⁉︎」

俺は飛び起きて障子を開けた。

「‼︎」

そこにはトルソーに絡みつかれながら必死にこちらに手を伸ばす女がいた。

恐らく二十歳前半、中々の美形。そして俺の好みのタイプ。

「やっぱり!君、お願い、助けて!」

俺は少し窓を開け、その隙間から手を伸ばした。

「僕の手に掴まってください!」

「あ、ありがとう…。」

だが、女の体にしがみついたトルソー達も簡単には離れない。

力のある方ではない俺は、逆に外へ引きずり出されてしまいそうになった。思わず手の力を緩めかける。

「キャーッ、離さないでっ!お願い…!」

「す、すみません…。」

俺は再び腕に力を込めた。

そうこうしていると、騒ぎを聞きつけたのか居間から家族が駆けつけてきた。

俺の様子を見るやいなや、祖母と母が悲鳴をあげる。

「す、涼仁!何やってるの、さっさと離しなさい!」

「そうよ、他人の心配してる場合じゃないのよ!」

「えっ⁉︎」

助太刀を期待していた俺は呆気に取られた。

「だ、だってこのままじゃ…。」

「仕方ないじゃない!」

俺は困惑した。

ふと見ると、祖父が大きな登山ナイフを持って立っていた。

「どけ、涼仁。」

「爺ちゃんまで…。ど、どかないからな、俺は!」

祖父はそんな俺を意に介さず、祖父はナイフを振り上げて…。

女の体に絡みつく、トルソー達の手を素早く切り離していった。

「娘さん、俺の手に掴まるといい。」

祖父はいとも簡単に女を引き上げると、俺に目配せした。

「娘さんを風呂に入れてやりなさい。血糊が付いていては気分が悪いだろう。」

「あ、ああ…。」

俺は腰が抜けてしまっているらしい女に肩を貸し、風呂場まで運んでいった。

「お湯が溜まるまでもう少し待っててください。」

「ありがとう…。」

女を脱衣所に座らせ、俺は風呂に湯を沸かし始めた。

「本当、助かったわ。あの化け物から逃げてたら、偶々君が窓越しに外を覗いてるのが見えて。」

「そうでしたか。それは良かったです。」

暫くすると、風呂が沸いた。

「石鹸とかシャンプーとか、自由に使ってください。」

「ありがとう。」

「じゃあ、僕は服とか用意しておきますので。」

俺は脱衣所を出て、居間に入った。

「母さん、服貸してよ。」

「箪笥の中にあまり着てないのがあるから、それを持って行ってあげなさい。」

「分かった。」

俺は部屋の箪笥を漁り、マリンカラーのワンピースを出した。確かにこれはあまり着ないだろう、40代にはデザインが若すぎるか。

俺はワンピースを脱衣所に置き、和室に戻った。

暫くして、和室の戸が叩かれた。

「…どうぞ」

入ってきたのは風呂上がりの女で、先ほどのワンピースに着替えてあった。体のラインが際立って、よく似合う。

「あ…。服、ありがとうね。」

「いえ、礼なら母にお願いします。」

女は俺の隣に腰を下ろした。

「クールなのね。」

「別にそういう訳じゃありませんよ。」

暫しの静寂。

「…あ、自己紹介がまだだったわね。私、伏見カケル。B級オカルト雑誌の記者よ。君は?」

「僕ですか?僕は…、三浦です。三浦涼仁。」

「三浦君ね。よろしく。」

伏見カケルは俺に握手を求めてきた。

その手を握ると、彼女は俺の手を強く握り返してきた。

「私、この街の記事を書きに来たんだけど…。まさか本当だとは思わなかったわ、トルソーの道なんて。何か知ってることない?」

「伏見さんも知ってたんですか?」

伏見カケルは怪訝そうにこちらを向いた。

「あれ、知らないの?君、この街の子でしょ?」

「でも…。」

俺は少々困った。

朝起きたらいきなり…というのもにわかには信じがたいだろうし、トルソーの道の事なんて俺の方が教えて欲しいくらいだ。

「すみません、よく知らないんです。」

「そっか、なら仕方ないわね。」

その時、突然居間の方から窓ガラスが割れる音がした。

そして和室に祖父が駆け込んでくる。

「お前達、すぐにここから逃げろ!」

「爺ちゃん!何があった?」

祖父は目を伏せて言った。

「居間の窓ガラスが破られた。中に入られてしまった…。」

「え‼︎」

俺は居間の方を覗いた。なるほど、沢山の人影が蠢いている。

「ど、どうすればいいんだ?」

祖父はこちらに車の鍵を放り、玄関を指した。

「俺の車で逃げろ。娘さん、運転は出来るだろう?」

「え、は、はい…。」

「逃げろって…。爺ちゃんはどうすんだよ?」

祖父は微笑した。

「俺はもう老い先短いからな。俺が奴らを引きつけている間に逃げろ。」

「はあ⁉︎何言って…。」

「最後くらい言う事を聞かんか!行け!」

祖父は俺の首根っこを掴んだ。

俺も慌てて伏見カケルの手を掴む。

「車は玄関を出て左だ!」

祖父はこちらに背を向けた。

「健闘を祈る。」

「爺ちゃん!」

祖父はそのままトルソーの群れに突っ込んでいった。

「…畜生!」

俺は伏見カケルの手を引いて、外に出た。

中の人間に集中しているのか、外にトルソーはあまりいなかった。

「おじいさんの車ってこれ?三浦君。」

「はい。」

俺達は車に乗り込み、出発した。

「この街を出ましょう、三浦君。」

「…はい。」

そこでふと思った。人形屋は無事だろうか?

「伏見さん。」

「何?」

「ちょっと友達のところに寄ってください。道は指示します。」

「友達?いいけど…。」

俺達は人形屋の店に向かった。

何体のトルソーを轢いただろうか。フロントガラスにヒビが幾つも入るころ、俺達は店に着いた。

「ここです。伏見さんもどうぞ。」

「うん…。」

俺達は素早く車を降り、店に入った。

「人形屋さーん、大丈夫ですかー?」

声をかけると、店の奥から彼は出てきた。

「ん、どうしたの?その人、友達?」

「いや、どうしたのって。外、見てないんですか?」

「外?」

人形屋はガラスのドア越しに外を覗いた。

「何もないけど…。」

「えっ?そんなはずは…。」

俺は外を覗いた。

「あれ…?」

人形屋の言う通り、そこにはいつもと同じ風景が広がっていた。

「ど、どういう事なの?」

伏見カケルが尋ねてくるが、俺も分からない。

「何があったの?僕にも話してみてくれないかな。」

俺はトルソーの道の事、今までに起きた全ての事を人形屋に話した。

「ふーん、なるほど…。」

人形屋は何か考えるような素振りをしていたが、やがて何か思いついたように手を打った。

「もしかして、また異次元関係じゃないの?」

「え?」

「つまり、この店が次元と次元を繋ぐ扉の役割をしてるんじゃないかってこと。」

「どうしてそんな事が言えるんですか?」

「だって、店の中にいる僕は涼仁君の言う異変に毎回気付いてるけど、店の外の他の人は毎回明らかにおかしい事をすんなり受け入れてるじゃないか。鷹の頭の時も、異次元の君が現れた時も。」

え、じゃあ何で俺は…。と尋ねかけると、人形屋は笑った。

「君は他の人よりスレてるからね。そのへんの違いじゃない?」

「それ、褒めてます?貶してます?」

「ふふ。ちょっと貶してるかも。」

くそぅ…。人形屋め。

「え…。ちょっと待ってよ、って事は私、元いた次元と別の次元に来ちゃったって訳?」

伏見カケルが慌てた様子で人形屋に尋ねる。

「え?うーん、もしこの仮説が合ってるなら、そういう事になるね。」

「えーっ、それじゃあ私はどうしたらいいのよ⁉︎」

頭を抱える彼女に、人形屋が言った。

「暫く僕の家に住んだら?次元の動きからは守れるし、不自由はさせないよ。」

人形屋は彼女の目を覗き込んだ。

「どうかな?」

伏見カケルの顔が赤くなった。

「あ、私は別にいいけど?一人暮らしだったし、両親もとっくにいないし、仕事もあってないようなものだから?」

ああ、ツンデレってやつか。

「要はOKってことですね?」

伏見カケルはこくこくと頷いた。

「…言っておくけど、あまり恋愛は期待しない方がいいですよ?この人木彫にしか興味ないから。」

「違っ、そんなんじゃ…!」

「ん?なんか言った?」

「いえ。何も。」

俺は店を出て、家路についた。

家に帰ると、またいつものように心配そうな家族に迎えられた。

母も、祖母も、祖父も生きている。傷一つない。

質問攻めを潜り抜け、俺は安息の和室に就いた。

ーこん。

「‼︎」

窓ガラスを叩く音がした。

…まさか、さっきの?

恐る恐る障子を開ける。

「…何だ。」

音の正体は光に釣られたカナブンだった。

暫く眺めていると、そのカナブンも諦めて飛んでいき、部屋には本当の静寂が訪れた。

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裂久夜様、コメントありがとうございます。
なんとも言えない不気味さ、感じていただけたなら何よりです!

上手く言葉が見つからないのですが、
怖かったです(T_T)