中編5
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誘導

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坂さんに遊びに行こうと誘われたのは、五月の連休の初めだった。

特にこれといって予定のなかった僕は、二つ返事で了解した。

しかしよく考えてみれば、坂さんが事前に連絡してくるなんて珍しい。

嫌な予感を感じながらも、僕は待ち合わせ場所の喫茶店に出掛けた。

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変なアロハシャツに色の濃い緑色のサングラス、不精髭まで生やしたオッサンが、

一番奥のテーブル席を一人で占有していた。

回りの客は明らかに胡散臭そうな視線で見ているのに、全く気にせずに天井を睨んでいる。

一見しただけで堅気じゃない。

出来ることなら関わり合いたくない感じだが、関わらなきゃ後が面倒だ。

意を決して、僕は坂さんの前に座った。

坂さんはサングラスを外し、いつもの無表情で僕を見た。

「なんつう格好しとるんですか」

「君がオッサンオッサン言うから、せめて服だけでも若くしとこういう」

「Vシネのチンピラみたいっすよ」

僕の感想が気に入らないのか、坂さんは小さく唸った。

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僕らはハイキング・コースを歩いていた。

リュックサックを背負った家族連れが怪訝な顔をして追い越していく。

無理もない。変なオッサンと幸薄そうな少年が、ろくな装備もなしに山中にいるのだ。

途中、知らないおばちゃんに、「まだ若いんやから変な気起こしたらあかん!」と怒られて、ついでに蜜柑を貰った。

色んな意味で酸っぱかった。

「山行くんなら、そう言うてくださいよ」

「言うたら、勇馬は来おへんもん」

坂さんはしれっと答えた。

確かに、幼稚園の時に遠足で山登りに行って死にかけて以来、無意味な運動はしないようにしている。

元来僕は病弱なのだ。

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滝を超えた辺りで、坂さんは一旦立ち止まった。

「なぁ、僕が本当にただハイキングに来ただけやと思うか?」

「全然思いませんね」

何やら含みのある言い方に、僕は内心溜め息を吐いた。

「今日はな、宝捜しに来たんやわ」

「……埋蔵金でもあるんですか、六甲山に」

「金銀財宝だけが宝とちゃうんやね、これが」

言いながら坂さんは、どんどんコースを外れて整備のされていない方へと進んでいく。

この辺りは猪が出るし、今の時期なら蜂もいる。僕は慌てて坂さんを止めた。

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「ちょっと、危ないですよ!」

「見てみ」

坂さんはすぐ側の木を指差した。

「枝が折れとる」

「それがどうしたんですか?」

「僕の肩くらいの位置や、猪やないな。

 熊がおるとは聞かんし、やったらこれは?」

「……人間や、いうんですか?」

坂さんは頷くと、僕を前に行かせた。

「足下に気を付けて。臭いがしたらすぐ言うんやで」

「僕はレーダーちゃいますよ!?」

「後でアイス買ったるから我慢し」

どれくらい進んだだろうか。

自分のいる位置すら分からない。周りは草と木ばかりで、宝なんてありそうにない。

明らかに道に迷っている。僕は坂さんに確認を取った。

「遭難とか、してませんよね?」

「そうなんちゃう?」

思わず坂さんの頭をはたいた。

「人が真剣な話しとるときに!

 何が嫌いって、僕はホタテとダジャレが一番嫌いなんや!」

「落ち着け、ツッコミはまた今度見たるから」

疲れと不安で苛立つ僕をなだめつつ、坂さんは携帯をいじりだした。

「……あかんな、僕のは圏外や。君のはどうや?」

言われて僕が携帯を取り出すのと、場違いな着信音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。

僕はしばらく鳴り続ける携帯を眺めていた。

タイミングが嫌すぎる。出来すぎている。鼻をつまんでみた――臭いはしない。

「出えへんのか?」

坂さんに促されて、ようやく通話ボタンを押した。

ノイズしか聞こえない。耳が痛くなる雑音に、電話を切ろうとした時だった。

「…………右……」

ひどくくぐもった声だったが、確かにそう聞こえた。

その後にはまたノイズだけになり、やがて通話は切れた。

「どないやった?」

「……右やそうですよ」

僕が答えると、坂さんは笑った。

「向こうから呼んでくれるなんて有難いな」

それから何度か電話はかかってきた。

毎回聞き取り辛い声で僕らの行き先を指示する電話の通りに進んでいくと、

どうやら目的の宝を捜し当てたようだった。

男が首を吊っていた。

臭いがしないところをみると、まだ日は経っていないのだろう。

白く濁った目に見下ろされ、僕は思わずあとずさった。

坂さんは周辺を調べていたが、やがて戻ってきた。

「おい、あんまり見ん方がええぞ」

そして今更のように僕の視界を塞いだ。

けれど白い目は網膜にこびりついて、中々消えそうになかった。

「『失踪したから捜してくれ』言われたんやけど……こんなことなっとるとはな」

坂さんはどこか悲しそうな声で呟いた。

「……あれ?」

「どないしたんですか」

「いや、こいつ携帯――」

その時、僕の携帯が再び鳴った。

僕は坂さんの手をどけて、通話ボタンを押した。

またノイズ混じりの聞き取り辛い声がした。

「……土の下」

確かにそう聞こえた。

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僕らは電車の中にいた。

周りの乗客は胡散臭そうに見ているが、いい加減慣れた。

結局山を降りてから、坂さんが公衆電話で連絡を入れた。

坂さんの携帯はまだ圏外だったし、僕のは電池が切れたからだ。

坂さんの依頼者に、死体を見つけた事を。

そして警察に、土の中に何かが埋まっているかもしれない事を。

信じてもらえないかもしれないが、その時は僕があの人を見つければいい。

土の下から僕を導いた電話の主を。

それは恐らく僕の責任だろうから。

黙り込んでいる僕の隣で、坂さんはぼんやりと外を見ていた。

「なあ」

「……なんですか」

あまり話したい気分じゃなかったが、一応僕は返事をした。

「アイス、食うか」

僕は坂さんの頭をはたいた。

「アホか!空気読めや!」

「なんや、元気やないか」

坂さんは安心したように少しだけ笑った。

「あんまり気にすんなよ」

「……なんで、坂さんやのうて僕やったんでしょう」

「そら、君やったらちゃんとしとる思たからやろ。

 僕やったら無視してる」

坂さんはいつもの無表情に戻っていたが、声は少し柔らかかった。

「だから、気にすんな」

僕は少し考えてから、頷いた。

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