中編5
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三浦異界忌憚ー訪問ー

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ある朝玄関のドアを開けると、そいつはいた。

「…うわっ」

最初に目に入ったのは、真っ白な体表とのっぺりとした顔だった。

白い人間のシルエット、と言えば分かりやすいだろうか。

白い画用紙を人型に切り抜いたような奴が、気をつけの姿勢でそこに立っていた。

俺は思わず戸を閉めた。

奴は戸を叩くでもなく、こじ開けるでもなく大人しく締め出された。

「…何だあれは」

何よりインパクトの強かったのはそいつの顔だ。

凹凸の一切ない白い顔の、目にあたる部分には爪楊枝で突いたような穴が開き、鼻も同様の造りをしていた。

口はといえば、薄い切り込みが横に広く入っているだけという形で、唇といえる物はなさそうだった。

一言で表現するなら、無。

生理的に嫌な見た目をしていた。

「爺ちゃん、玄関に変な奴がいる。」

居間にいた祖父に、奴の存在を伝えた。

「変な奴?」

祖父は新聞から目を離さずに答えた。

「そう。なんか、真っ白な人型の紙みたいな奴。気味悪いぜ、あんなもんが玄関先にいたら。」

「そうか。放っておけ。」

祖父はやはり新聞から目を離さずに答えた。。

「白いんだろ。」

「え?まあ…。」

「じゃあ大丈夫だ。心配する事はない。」

意味が分からない。

その時、丁度台所に祖母が入ってきた。

「婆ちゃん、玄関先に変な奴がいる。」

「ああ、知ってるよ。」

「玄関にあんなのがいたら…。」

「大丈夫だよ。白いんだから。」

…。

俺は自分の部屋に戻った。

そして携帯を取り出し、母にダイヤルした。

「……あ、もしもし、母さん?」

「何?」

その声は、忙しそうに苛立ったものだった。

「玄関に変な奴がいる。人間のシルエットみたいな。」

母の声に少しだけ緊張が走った。

「色は?」

「…白」

俺の答えを聞いた瞬間、母は溜息をついた。

「下らない事でかけてこないで。忙しいんだから。」

電話は切れた。

「…。」

俺は窓から玄関を覗いた。

「あれ?」

奴の姿はなかった。去ってくれたのだろうか?

俺は再び玄関の戸を開けた。

「…うわっ」

奴は変わらず、そこにいた。

思わず戸を閉める。

やはり奴は戸を叩こうとも、こじ開けようともしない。

その大人しさが、逆に気味悪かった。

「あんた、そんな所で何やってるの。」

振り返ると、買い物袋を提げた祖母が立っていた。

「あ、いや…。あいつが気になって。」

「涼仁…。大丈夫だって言ったでしょう。」

祖母は俺の頭をぽんぽんとたたき、戸を開けた。

奴は変わらずそこに立っている。

それがまるで見えていないかのように、祖母は外に足を踏み出した。

「え…。」

俺は目を疑った。

祖母は奴の体をすり抜けて、何事もなかったかのように家を出ていった。

「どういう事だ…?」

俺は恐る恐る手を伸ばし、奴に触れた。

「あれ?」

俺の手は奴の白い皮膚に触れる事はなかった。

いや、実際触れているのかもしれないが…。俺の手は奴の感触を感じる事はなかったのだ。

「幻覚なのか?」

それにしてははっきりしすぎている。第一、祖父や祖母にも見えているようだったではないか。

俺は戸を閉め、再び自分の部屋に戻った。

気にするなと言われても、あんな外見の奴が玄関にいたら気になって仕方ないに決まっている。普通の人間じゃない事は確かだ。

「うーん…。」

敷きっぱなしの布団の上で考える。

なぜ家族は奴について知っている?

他にも何か知っているのか?

聞いてみたら、正体が分かるだろうか。

俺は部屋の戸を開けた。

「うああ‼︎」

一歩足を踏み出したその鼻先に、奴の顔があった。

「ううー…。」

全く、気味が悪いったらないぜ。

奴と壁の僅かな隙間をすり抜けて、俺は部屋を出た。

「爺ちゃん!あいつ、ウチん中入ってきたぜ!」

居間で新聞を読んでいた祖父は、紙面からやっと顔を上げてこちらを見た。

「色は?」

ああ、畜生。

「さっきから色が何だとか何なんだ!白でも黒でも変わらないだろ、そんなに!」

その時、祖父の顔色が変わった。

「黒…。今お前黒と言ったか⁉︎」

「え…。あ、ああ。」

「そんな事冗談でも口にするな!」

凄い剣幕で怒鳴られ、俺は引き下がるしかなかった。

…一体どういう事だ?

白だと良くて…。黒だと悪いのか?

昔からの言い伝えみたいなものか?

ふと自室の戸を見ると、その隙間から何か薄く白いものがはためいていた。

「まさか…。」

見にいくと、それは予想通りのものだった。

紙のように薄い体を小刻みに震わせながら、部屋に入ってこようとしている。

「や…やめろ…。」

俺は反射的に机の上のナイフを手にとっていた。

「やめろ!入ってくるな!」

そして、半分ほど入っていたそいつの体を無我夢中で切りつけた。

そいつはうんともすんとも言わず、黙って俺に切られていた。

「来るなっ…。来るなっ‼︎」

すると、奴の体は隙間に引っ込み始めた。

恐る恐る戸を開ける。

…いない。

安心感がどっと溢れ出してきて、俺はその場にへたり込んだ。

「か、勝った…。」

ひどく疲れた。

俺はその場で布団に倒れ込み、そのまま夕方まで眠った。

「あいつ、いなくなったよ。」

夕飯の席でししゃもをつつきながら、俺は何気なく言った。

「そうか。良かったな。」

「最後まで白いままだったしね。」

祖父も祖母も、驚くほどさらりと受け流した。

まあ、実際何もなかったのだから、この反応も当然か。

「何か今日は疲れたから、先に風呂もらって寝るよ。」

俺は食器を片付け、席を立った。

入浴も終えて、あとはもう寝るばかりだ。

自室の照明を消すと、辺りは闇に包まれた。

目を閉じると、俺はいつの間にか眠りに就いていた。

嫌な夢を見て、真夜中に目を覚ました。

真っ暗な空間の中で、何者かの視線にじっと耐えるというような夢だった。

「ちっ…。」

舌打ちをして、起き上がる。

一寸先も見えないような闇は、俺の胸を余計悪くした。

何だか、まだどこからか視線を感じるような気がする。

辺りを見回すが、暗闇で何も見えない。

…妙な物、嫌な夢を見たから神経質になっているのだろう。

俺は薄いタオルケットを頭から被り、朝まで過ごすことにした。

気がつくと、明るくなっていた。

「…暑い」

ひどい蒸し暑さに、タオルケットを取る。

「うっ…。」

その瞬間、目に飛び込んできた物。

それは、俺の足元に立ってこちらを見下ろす奴の姿だった。

そしてその色は、真っ黒だった。

「い…、いい加減にしてくれっ‼︎」

俺は部屋を飛び出し、居間で新聞を読んでいる祖父の元に走った。

「爺ちゃん‼︎奴がいるっ、俺の部屋に‼︎」

祖父は新聞から目を離さずに言った。

「色は?」

「黒だ、真っ黒!」

確か黒だとまずかったような…。

だが、祖父は落ち着いた様子で湯呑みの茶を啜った。

「黒か、ならいいんだよ。」

「え…?だ、だって昨日は…。」

「昨日は昨日だ。」

祖父は立ち上がり、散歩に行ってくると言って外へ出ていった。

「全く意味が分からん…。」

ふと振り返ると、黒い影のようになった奴がいた。

「なあ…。」

お前は一体、何なんだ?

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ちゃあちゃん様、コメントありがとうございます。
正体不明は怖いですよね。なんとも言い難くて。
スオウの名前、僕も気に入ってはいたのですが…。訳ありになってしまって。急遽好きな鳥の名にしました。フクロウ可愛いですよね。

大丈夫、な理由を知らないと怖いですよね。人間は、不可解な物に恐怖感を抱くものですし。涼仁だけがまともに見える不思議な家族‥
スオウタケルって名前好きだったんですけどね〜(^∇^)コノハズクも可愛いから好きだけど。フクロウ今人気ですよね。

阿頼耶識様、コメントありがとうございます。
お褒めの言葉を頂き、光栄です。
これからも三浦一家は謎だらけです。涼仁もそんな状況にだんだん追い詰められてきます。彼の夏休みは一体どうなるんでしょう、というのをこれから書いていきたいと思います。

いろいろな人の視点から、いろいろな物語を創作するコノバズクさんの作品は、また他の作者とは違った新鮮な深みがあり、引き込まれます。

それにしても…三浦一家は謎だらけですね(;´Д`)
全く掴みどころがないというか・・・(;´・ω・)
涼仁さんはなぜこの一家にありながら知らない事が多いのかも不可解ですね…

りこ様、コメントありがとうございます。
そうです、コノハズクはHunt和歌歩のバケモノ形態の時の姿ですね。よくぞ覚えていてくださいました、嬉しいです。僕の好きな鳥でもあるんです。ちなみに前の名前の読みは「スオウタケル」と読みます。

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