中編6
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三浦異界忌憚ー虜ー

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ある夜、寝ようとして床に就いた時の事。

障子の奥のガラス戸を叩く音と共に、男の声がした。

「涼仁くん、ちょっと…。」

「ん…。」

障子を開けると、眉を八の字にした人形屋が立っていた。

「人形屋さん?どうしてこんな時間に…。」

人形屋は困ったように俯いた。

「伏見さんが…。君を呼んでるんだ。」

「伏見さんが、俺を?」

「…とにかく来てよ、普通じゃないんだ…。」

彼は珍しく戸惑った様子で、見ているこちらが不安になった。

「…分かりました、行きます。」

俺はこっそり家を抜け出し、寝巻き代わりの甚平のまま人形屋の店へ走った。

「こんにちは…。」

「三浦くぅんっ‼︎」

「うわっ⁉︎」

店に足を踏み入れた瞬間、柔らかな感触が俺を襲った。

そのまま押し倒され、床に強か頭をぶつける。

「いてて…。」

「あらぁ、ゴメンなさい…。」

「伏見さん?」

…様子が何だか変だ。

妙に顔が赤いし、やたらこちらを横目で見てくる。…流し目ってやつか?

「待ってたのよ、さ、来て‼︎」

「え?え⁉︎」

人形屋に目で助けを求めると、合掌された。

…人形屋ぁぁぁ‼︎

「さあ、そこに横になって。」

伏見カケルの指差す先には、シングルベッド。

「…は?ちょっと…。」

振り返ると、伏見はちょうどシャツのボタンを外しているところだった。

「な、何してるんですかっ‼︎」

「何って…。分かるでしょ?」

2、3歩退くと、ベッドにぶつかって思い切り倒れ込んだ。

「わっ‼︎」

「やっとその気になった?」

下着姿の伏見カケルがベッドの縁に座った。

彼女…。着痩せするタイプか…?

「あぁ〜…。やっぱり可愛いー!」

「うぎゃ‼︎」

「抱きついただけで何よ。」

「うぐぐ…!」

「ほらほら、こんな服脱いで。」

「あああ、よせ、よせったら‼︎」

「私は年上よ、さ・か・ら・う・な!」

「うわあああ‼︎」

あまりの刺激に、俺は気を失った。

目を覚ますと、俺の手足は布ガムテープで縛られていた。

「えっ?」

ちょっと捻っただけで解けそうな代物ではなかった。

「あ、気がついた?」

見ると、下着一枚の伏見カケルが俺の傍に立っていた。

「ふ、伏見さん、これはどういう…。」

「ウフフ、ごめんね。彼に頼まれちゃったから、仕方ないの。」

虚ろな目のまま、伏見カケルは部屋の端の姿見を指差した。

「?」

俺が少し首を伸ばして姿見を覗いた。

すると、俺の姿は映らず、逆に向こうからこちらを覗く者があった。

「お久し振りですね…。」

ああ、もう2度と会いたくなかったのに。

銀縁の伊達眼鏡をかけた、冷徹な顔。

伏見カケルは何かに取り憑かれたかのように、姿見にふらふらと駆け寄った。

「涼仁さん…。この世界のあなたを捕まえたわよ、あなたの望み通り。」

「フフフ、よくできました、上出来です。」

異次元の俺は姿見の縁を跨ぎ、鏡の外に出た。

「ね、女は簡単なものでしょう。所詮は顔です、顔。あとはちょっと口が巧けりゃ何でも言う事聞かせられますよ。」

野郎、やっぱりクズだ。

「さて、今日こそ死んでもらいましょう。私はできるだけ手を汚したくありません、だから今回は彼女にこのナイフを託しましょう。」

「何⁉︎」

こいつ、伏見カケルを利用する気か!

「ふ、伏見さん!目ぇ覚ましてください、あなたそいつに利用されてますよ!」

「何言ってるの、彼は私が三浦君を殺したら一緒になってくれるって言ったわ。」

「だからそれが嘘なんですって!」

「彼が私を騙すはずないもの。」

完璧に洗脳されている…。

異次元の俺は一体何者なんだ、女をここまで狂わせるとは。

女達は彼…、俺のどこにそんな魅力を感じているのだ?

「と、とにかくそいつの言う事を間に受けちゃ駄目だ、いいように使われて捨てられるのがオチだ!」

しつこく食い下がると、伏見カケルは初めて不安そうに異次元の俺を見た。

異次元の俺は彼女の視線に気付くと、口許に笑みを浮かべた。

「私がそんなに不誠実な男に見えますか?」

「…見えないわ。」

そう、見えない。見えないんだ。

見えないから、恐ろしい。

「…だ、誰か、」

叫ぼうとした口を、伏見カケルが塞ぐ。

「静かに。人形屋さん起きちゃうでしょ。」

「起きちゃう?」

「君が寝てる間に、睡眠薬入りのコーヒー飲ませてきたのよ。目の前で飲んでくれたから、確実よ。」

「そんな…。」

人形屋があてにならないとなると、俺は一体どうしたら。

「ご安心ください、あなたの青春は私がきっちり謳歌させていただきますよ。」

異次元の俺が笑う。

くそっ、何かいい作戦、いい作戦…。

必死で考えを巡らせていると、突然部屋の戸が開いた。

「またあんたか、狐男が。」

立っていたのはなんと人形屋。

「な、何で⁉︎ちゃんと睡眠薬飲ませたのに!ドアだって鍵かけてあったし。」

「僕はこの家の主人だ。マスターキーくらい持ってるさ。それと、覚えておいて。僕は人形だから、薬は効かないよ。」

人形屋は後ろ手に持っていたネイルハンマーを取り出した。

「狐男さん。あんまりしつこいと、自慢のお顔に傷がつくよ。」

そして人形屋は、異次元の俺が出てきた姿見をネイルハンマーで叩き割った。

「…ちっ」

すると異次元の俺の身体にヒビが入り、跡形もなく崩れ去った。

鏡で作った偽の身体だったのか…。

と同時に、糸が切れたかのように伏見カケルもその場に崩れ落ちた。

「…やっぱり伏見さんはあいつの魅力に操られてたのか。」

「そうみたいだね。」

人形屋は彼女にバスローブを羽織らせ、俺の手足のガムテープを剥がした。

「大丈夫?」

「ええ、まあ…。」

長い時間同じ体勢だったせいで、肩が痛かった。

「おいで。ホットミルク淹れてあげる。」

「ありがとうございます。」

俺達は伏見カケルの部屋を出た。

「大変だったね。また奴が来るなんて。」

「はい…。」

「僕が伏見さんを匿ったのが裏目に出ちゃったかも。ごめん。」

「いえ…。」

俺は彼の淹れたホットミルクを口に含んだ。

優しい甘さが口腔に広がる。彼、ホットミルクには砂糖を入れるタイプなんだな。

「おいしい?」

「はい。ほどほどに甘くて落ち着きます。」

「良かったぁ〜、喜んでくれて。」

嬉しそうに笑った人形屋は、席を立った。

「ケーキでも焼く?」

「え、でもこんな時間に…。」

「もしかして、体重とか気にしてる?」

「え…。まあ、そんなところで。」

「そんなー、涼仁君はそんな事気にしなくていいって、絶対!逆にちょっと太った方がよくない?」

「思春期ですから。気になるんです。」

「女子みたいな事言うねぇ…。」

先ほどまでの緊迫した空気は何処へやら、俺達がしばらく雑談をしていると、部屋の戸が開いた。

「あ、あのー…。人形屋さん?」

伏見カケルだ。服もしっかり着ている。

「あ、伏見さん。目、覚めた?」

「まあ…。てか何で私、バスローブ一枚で部屋に倒れてたんですか?」

伏見カケルは顔を赤くした。

「もしかして…。人形屋さんと深い仲に⁉︎」

「なってないですよ。」

俺が口を挟むと、彼女はそこで初めて俺の存在に気づいたようだった。

「あ、三浦君。こんな時間にどうして?」

「どうしてって…。」

あなたに呼ばれたんですけど。

「伏見さん、さっきまで異次元の涼仁君の虜になってたんだよ。」

「えっ、異次元の三浦君?禁断の年の差恋愛?」

「いや…。」

そういう問題じゃないっていうか、なんていうか…。

「異次元の、大人の姿の俺がいるんです。彼がすごい色男で、女性を好き放題してるんですよ。俺の命を狙って、今回は伏見さんを騙して俺を殺させようとしたんです。」

「えーっ、本当なの⁉︎」

伏見カケルは身震いした。

「なんかごめん。騙されてたとはいえ…。」

「いや、いいんです。助かったし。」

胸を撫で下ろす伏見カケルに、人形屋は言った。

「でも、これからも彼は色々仕掛けてくると思うよ。特に女性の伏見さんは気をつけないと。」

「分かったわ…。」

人形屋は頷いた。

「伏見さんもホットミルク飲みなよ。よく眠れるから。」

「ありがとう、人形屋さん。」

ミルクを飲みながら、俺の目はつい伏見カケルの胸元に吸い寄せられた。

いつもレディススーツなのが勿体無い胸をしていたなぁ、とふと思う。

「…ちょっと、どこ見てんの?」

「えっ?あ、ああ、いや…。帰ります。」

ミルクご馳走様でした、と、俺は店を飛び出した。

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ちゃあちゃん様、コメントありがとうございます。
一見クールですから、そんなに興味はないのかと思いきや…ですね。これが世に言うムッツリスケベ?ですかね。

涼仁くん、意外にも巨乳好きだとは‥
彼も男なんですねぇ(^∇^)ちょっと安心