中編7
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Hunt6

「わ、和歌歩、今の!今の、何だ⁉︎」

「何でございますか?」

どうやら彼は気づかなかったらしい。

「お前見てなかったのかよ、鏡に映ったクラウス…。」

「残念ですが見ておりませんでした。」

「そうか…。」

「それよりメーベルトさんを追いましょう。」

俺は頷いて、クラウスの後を追った。

幸い俺は足の速さには恵まれていたので、彼に追いつく事は出来た。

「クラウスっ!しっかりしろよ、急にどうしたんだよ⁉︎」

その華奢な背中を揺さぶり、怒鳴る。

すると、彼の歩みが止まった。

そして、ゆっくりとこちらを振り向いた。

全くの無表情だった。

先程まで謝罪の言葉を口にし続けていたにもかかわらず、悲哀とか後悔とか、そんな感情は一切含まれていなかった。あるのはただ無。それ一つだ。

だが、こんな所で思うのも何だが、夜の闇に、彼の白い顔は映えて美しかった。精巧な人形のような整った顔。その群青の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。

「⁉︎」

その瞬間、クラウスは膝から崩れ落ちた。慌てて支えると、彼の身体が微かに震えているのが分かった。

「和歌歩!ほらっ、早く!足おせーぞ!」

「うるさいですね、この足だと走り辛いんですよ!」

「羽があるだろ、飛べよ!」

「中途半端に身体が重くて飛べないんです!」

「いちいち文句で返すなー‼︎」

俺はクラウスを支えたまま、その場に蹲った。

「おい和歌歩、お前こいつの事色々知ってんだろ?教えろ、アカネって誰だ⁉︎」

漸く追いついた和歌歩は、眼鏡をずり上げながら首を振った。

「し、知りませんよ…。私だってメーベルトさんの全てを知っているわけではないのです。」

「…ンだよ、使えねぇ鳥野郎だな‼︎」

「何ですって⁉︎」

和歌歩はフーっと唸った。

「口を慎みなさい、この下等生物!」

「フン、コノハズクの習性がつい出ちまうようなマヌケに言われたかねぇよ!」

和歌歩ははっとして、咳払いをした。

「そ、それよりメーベルトさんの身が心配です。意識はあるんですか?」

そうだ、それだ。

「おい、クラウス。おい!」

揺さぶると、彼は薄く目を開けた。

「ううっ…。ここは?」

良かった、生きてた。

「ここはメーベルトさんの心の闇を反映した世界でございます。」

「ふ…。そうか、そうだったね…。」

クラウスは自嘲気味に笑った。

「雄一さんは?」

「合流はできていません。ですが、この世界のどこかにいるのは確かです。」

「そう。ありがとう、はいご褒美。」

クラウスはポケットからピンクマウスを取り出し、和歌歩に投げた。

和歌歩は両翼で掬うようにそれをキャッチし、困ったようにクラウスを見た。

「あの、私今鳥じゃないんですけど。」

「人間でもないでしょ。」

「…。」

和歌歩はピンクマウスを口に入れ、咀嚼した。

「…美味しいですけど。」

「えっ…。引くわー。味覚おかしいんじゃね?」

和歌歩はこちらを睨んだ。

「下等生物にはピンクマウスの美味しさは理解できないんですよ。」

「僕もピンクマウスを食べたいとは思わないけど?」

クラウスに言われ、和歌歩は羽根を体側につけて縮こまった。

このコロコロ態度が変わる感じが気にくわないんだな。

「ところでクラウス…。アカネって誰だ?」

「アカネ?」

クラウスは首を傾げた。

「…知らない名前だけど。」

「嘘だろ、さっきまで散々謝り倒してたじゃねーか。」

が、彼は首を傾げるばかり。どうやら本当に知らないようだ。

「…まあいい。で…。闇子だったな、本題は。」

「そうだ。この世界のどこかに、彼女は潜んでいて僕らを待ち伏せているはず。探しに行こう。」

「ああ。」

アカネという人物は気になるが、今はとりあえず闇子を優先する事にした。

1時間ほど歩き回ったが、闇子の手掛かりは見つからなかった。

「ああもう、何なんだよ!腹も減ったし、疲れたぜ。」

「和歌歩さん用のピンクマウスあるよ。」

クラウスが笑ってピンクマウスを取り出す。

「おう、サンキューな…、って誰が食うか‼︎」

「あはは、いいノリツッコミだね。」

彼はピンクマウスをしまいかけたが、途中で手を止めた。

見ると、和歌歩の目がマウスに釘付けになっている。

「欲しい?」

クラウスが微笑する。

和歌歩は小刻みに頷いた。

「…。」

「…。」

「…やっぱあげないっ♪」

「…ピルピルピル」

どっから出してんだ?あの鳴き声。

と、その時、前方に黒い塊が見えた。

「おいクラウス、あれは?」

彼ははっとした顔をして、唇に人差し指を当てた。

俺は頷き、それに忍び足で近寄っていった。

段々とそのシルエットが明らかになる。

三角耳に、がっしりとした体格。ふさふさの尾がついている。

「大神さん?」

俺がつい呟くと、彼はピクリと耳を動かして立ち上がった。

そしてそのままこちらへ飛びかかってきた。

「う、うわぁ‼︎」

押し倒され、歯を食いしばっていると、何か温かいものが何度も顔を撫でてきた。

「?」

薄眼を開けると、嬉しそうな顔をして俺の頬を舐める巨大犬…いや狼がいた。

「え、いや、ちょっと、やめ…。」

視界の端でクラウスが安心したように笑っていた。

「良かった、無事だったんだね。」

いや、その前に俺を助けろよ。

狼は漸く舐めるのをやめると、クラウスに向き直った。

「よしよし。いい子いい子。」

クラウスは彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「なんか、僕が育ててた頃に戻ったみたい。」

嬉しそうな彼を見ていると、こっちまで嬉しくなってきてしまう。

まあ、隣に嬉しくなさそうな奴もいるが…。

俺は隣で大神を睨みつけながら舌打ちをしている和歌歩を見た。

恐らく自分より格下だと思っている大神が、主人のクラウスに可愛がられているのが気にくわないのだろう。

「…おい和歌歩。」

「…何ですか?」

「俺がよしよししてやろうか?」

「天に召されてください。」

その時、空が急に明るくなった。

まさか本当に天が俺を召しに来たのか⁉︎

「もしかして…。」

和歌歩がボソッと呟く。

「彼とのふれあいによって、メーベルトさんの心が明るくなったために暗雲が晴れたのでは?」

「なるほど!」

続いて、どこからか女のけたたましい叫び声が聞こえてきた。

「闇子か!」

クラウスは大神の背にひらりと跨った。

「俊作も乗って。」

「お、おう。」

俺はクラウスの後ろに乗った。

「あ、あのー、私は…。」

「和歌歩さんは飛んで!」

「えええええ⁉︎…分かりました。」

和歌歩は地面を蹴り、あのちっこいコノハズクの姿をとった。

「お前、それ出来るんだったらクラウス追っ掛けるときもやりゃ良かったじゃん。」

「そこまで頭が回らなかったんです。」

「さてはお前…。馬鹿だろ。」

「うるさいですね!」

喧嘩が始まりかけたとき、クラウスがこちらを振り向いた。

「二人とも!大神さんが音を追うから静かにしてよ!」

「ごめん。」

「申し訳ありません。」

クラウスは頷いて前を向き、大神に言った。

「大神さん、行って!」

大神は彼の言葉を合図にして、走り始めた。

大神が立ち止まったのは、5分ほど走った後だった。

「この辺りなの?」

頷く振動が伝わってきた。

「ここからは自分らで探すしかないわけか。」

ていうか、と俺は自分の肩に留まってゼィゼィしている和歌歩を見た。

「なんでお前は俺の肩に留まってんだよ?」

「ハァ…、ハァ…。え?」

彼は目をパチクリとしてこちらを見た。

「いや、長く飛んだら疲れてしまって…。」

「何だ、スタミナねぇな!」

「仕方ないでしょうが!」

「二人とも!」

クラウスの青い目が鋭くこちらを睨んだ。

「喧嘩は後にして。何度も言わせないで。」

「ごめん。」

「申し訳ありません。」

とはいえ、和歌歩とはソリが合わなさすぎるのだから仕方ない。水と油だ。

「二手に分かれようか。俊作は和歌歩さんと一緒に右行って。」

「こいつと一緒に⁉︎冗談だろ?」

クラウスは有無を言わせぬ様子でこちらを見た。

「いい加減仲良くしてよ、これから長い付き合いになるんだよ?」

「…すまん。」

クラウスは腰につけた鞄から何かのケースを取り出した。

「これ、持ってってよ。」

「何だ?」

俺が聞くと、彼はケースの蓋を開けた。

「うわっ⁉︎」

中には大量のピンクマウス。

「これがあれば大抵言う事聞いてくれるから。バードトレーナーになったつもりで。」

「ああ…。」

俺はケースを受け取り、ポケットにしまった。

「じゃ、頑張って。」

「分かった。」

クラウスは大神の首を叩き、左へ走らせた。

銀白色の狼に跨って走り去る、金髪蒼眼の青年…。

くそっ、後ろ姿が美しいぜ。

「私達も行きましょう。」

俺の肩から飛び降り、半人半鳥の姿をとった和歌歩が言う。

俺はニヤッと笑って答えた。

「足引っ張んなよ?」

彼は、漆黒の瞳をこちらに向けた。

「あなたこそ。」

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吉井様、コメントありがとうございます。
hunt楽しみにしてくださっている方がいらっしゃって嬉しいです。
意外に多いんですね、和歌歩ファンの方。ハズレ無しの男という称号を得て、彼もさぞ誇りに思っている事でしょう…。調子に乗って格下だと思っている登場人物に自慢しまくっているかもしれませんね。
吉井様も暑さには十分注意してくださいね。

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