長編8
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三浦異界忌憚ー嗜血ー

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ある日、俺の数少ない友人の一人である白拍子左京から連絡があった。

「三浦、久し振りだな。」

「白拍子。何の用だ?」

相変わらず無愛想だな、と、電話の向こうで彼は笑った。

「いや、お前が元気してるかなーと思ってさ。お前身体弱いから、夏バテしてないかと思ったんだ。」

「余計なお世話だ。」

「ハハハ、元気そうで何よりだ。」

白拍子はイケメンで背が高く、スポーツ万能。家も金持ち、クラスの女子にも当然モテる。

そして当然、俺にとってはコンプレックスを感じる原因だ。

彼のような人間がなぜ俺の友人なのだろうか。

彼と友人関係になったのは初夏のこと。最初は向こうから声をかけてきたのだが、理由が分からない。

「それで何の用かって聞いてるんだ。」

「ああ、すまん。あのさ…。」

白拍子は声を潜めた。

「少しの間、俺をお前の家に置いてくれないか?」

「え?」

電話の向こうの声は、すまなそうな色を帯びた。

「実はな、父さんと母さんがひどい夫婦喧嘩をしてさ。とてもじゃないが家にいられないんだ。」

「しかし…。」

「頼む‼︎部屋を貸してくれるだけでいいんだ。」

切羽詰まった様子の彼。家が気の休まらない場所になる大変さはよく分かる。

「…。俺と相部屋になるぞ。」

「十分だ。」

かくして、俺はしばらく彼を家に匿う事となったのだ。

「本当にすまん、三浦!」

荷物を置くなり、白拍子は俺を拝むようにして頭を下げた。

「気にするなよ。友達だろ。」

「それを全くの無表情で言うなよ…。」

八重歯をちらりと覗かせ、彼は苦笑した。

「親御さんにも迷惑かけるよな、申し訳ない。」

「皆いいって言ってるから大丈夫だ。」

先フロ入ってこいよ、と彼に勧め、俺は布団を敷いた。

いつもは座布団を敷き詰めて寝起きしているが、白拍子は一応客だ。布団で寝かせなければ悪い。

俺は布団を敷き終わると、今度は自分の座布団を敷き詰めた。

それから彼を待つ間、部屋に持ち込んだ本を読んで過ごした。

「三浦、風呂ありがとうな。」

「おう、出たか。先寝てていいからな。」

俺は風呂場へ向かった。

「…うわっ」

ゴキブリの幼虫が壁に張り付いている。嫌な夏の風物詩だ。

「…嫌だな、もう…。」

俺はそれを叩き潰し、風呂場のゴミ箱へ運んだ。

脱衣所に着き、ゴミ箱の蓋を開ける。

「あ?」

俺はその中に見慣れないゴミを見つけ、手に取った。

「…何だこれは?」

それは小さな紙パックだった。微かに鉄臭い匂いがする。

「気味が悪いな…。」

匂いを発している、パックの口の部分を覗き込んでみた。

「うっ⁉︎」

中にはべっとりと血糊のようなものが付いていた。

誰がこんなゴミを⁉︎

咄嗟に白拍子の顔が浮かぶが、到底結びつかない。

最近家の中はおかしい。こんな事もあるだろう。

俺はゴキブリと紙パックを捨て、風呂に入った。

「何だ、白拍子。起きてたのか。」

部屋に戻ると、白拍子は畳に座っていた。

「おう。なんだか眠れなくてな。」

「そうか…。」

俺が座布団に腰を下ろすと、彼は俺の顔を覗き込んだ。

「どうした?顔色が悪いぞ?」

「あ?いや…。」

しばらく泊まる家で血塗れの紙パックが見つかったなんて言われたらいい気はしないだろう。

「…風呂で酔っちまったんだ。」

「そうか…。早く寝た方がいいな。」

「そうさせてもらうよ。」

俺は座布団に横になった。

「あれ、お前がそこで寝るのか?」

「ああ。客を座布団で寝かせるほど常識のない人間じゃないよ。」

「悪いな。」

「別に…。」

眠りは以外と早く訪れた。

翌朝目を覚ますと、身体がやけにだるかった。

「うーん…。」

白拍子の布団は既に空。俺を気遣って起こさなかったのだろう。

立ち上がると、目眩がした。

一体どうしたというんだ?

ふらふらしながら居間に行くと、いつものように家族が食卓を囲んでいた。白拍子の姿はない。

「あれ、白拍子は?」

俺が尋ねると、母が言った。

「左京君なら、朝ごはんまでご馳走になるのは悪いって言ってコンビニに行ったわよ。そんな遠慮することもないのにね…。」

「ふーん…。」

そういえば荷物も無かったな。

そんな事を考えながら席につくと、隣の祖父が唸った。

「涼仁、何だその傷は。」

「え?」

祖父の指差す首元に触れると、鋭い痛みが走った。

「痛っ!」

手には乾きかけの血液が付いている。

「いつついたんだ、こんな傷…。」

不審に思ったが、不思議な現象に慣れてしまっていた俺はそのまま朝食をとった。

白拍子が帰ってきたのは、それから2時間ほど経ったあとの事だった。

「白拍子。2時間もコンビニで何やってたんだ?心配したんだぞ。」

「ああ、悪い悪い。」

彼は頭を掻き、土産だと言ってコンビニの袋からいちごミルクのカップを取り出した。

「おい、こんな物で俺の機嫌が直ると…。」

「タピオカ入りだぞ。」

俺はいちごミルクを受け取り、黙ってストローを刺した。

「とにかく、あまり心配かけるなよ?」

分かってる、と言って彼は野菜ジュースの紙パックにストローを刺した。

ストローを通して見える液の色は、野菜ジュースにしては妙に赤い気がした。

首の傷は2、3日経っても中々治らず、痛かった。

白拍子も食卓に一緒につく事は1度もないし、朝の目眩も治らない。治るどころか酷くなる一方だった。

血液のついた紙パックも、探せば毎日見つかった。

考えたくはなかったが、白拍子が家に来てからおかしな事が続くようで、気味の悪さを感じていた。

そしてある日、俺は決心した。

「なあ、白拍子…。」

「何だ?」

「…そろそろ家に帰った方がいいんじゃないのか?」

白拍子は俯いた。

「だよな。ごめんな、迷惑かけて。流石に長くいすぎだよな。」

「いや…。こちらこそすまん。」

彼は荷物をまとめ始めた。

「ただ…。あと1日だけ、居させてくれないか?」

「え?ああ、いいとも。」

その日も異様な眠気に襲われて、俺は彼より早く床についた。

「これで…。こいつの妖しい魅力が手に入るのか…?」

暗い和室の中で、一対の紅い目が光っていた。

「細い首だな…。女みたいだ。」

薄い唇が、首元の傷を覆う。

「…⁉︎」

紅い目の隣に、銀の光。

明かり取りの窓から入った月光を反射した、ナイフの光である。

「やはりお前だったか、白拍子。」

ナイフの刃をこめかみに突きつけられ、強張った表情をした白拍子左京。

彼は深くため息をつき、紅い眼を伏せた。

「…起きてたのか。」

「お前が本性を出すのを待ってたのさ。」

「バレてたんだな…。」

白拍子は口を拭い、苦笑した。

チャームポイントだと思っていた八重歯を覗かせて。

「お前…、嗜血症か。」

俺は白拍子を向かいに座らせ、話を聞くことにした。

「自分でもよく分からないんだ。このヘキが何なのか…。」

白拍子は頭を抱えた。

「俺は昔からコンプレックスが強い性格で、友達の優れた点を見ると羨ましくて仕方なくなる性分だったんだ。何をしてでもその能力を手に入れたくて…。」

彼はまた大きなため息をついた。

「そんなある日、テレビで食人文化のある部族の特集をやっていたのを見たんだ。彼等は死んだ者の肉体を体内に取り込み、その力を自分の身に取り入れる事ができると考えているらしい。そこで俺は思った。自分より優れた者の体…。肉は無理だとしても、せめて血だけでも啜れば、少しは自分にも優れた能力が備わるんじゃないか、と。」

「何て事を…!」

彼が心の中でそんな事を考えていたとは…。知らなかった。

「俺はその考えを実行に移してみた。お前にやったのと同じやり方で。思った通り、上手くいった。顔も、頭も、スタイルも、運動神経も思いのままだ。まあ、殆どは思い込みによる効果かもしれないが…。」

思い込みによるにしても、顔形の変化があったというなら凄い。

「俺は全てを手に入れたと思っていたんだ。三浦、お前と出会うまでは。」

「俺と?」

白拍子は頷いた。

「お前は他の奴は勿論、俺さえ持っていない謎の魅力を持っていた。何となく惹きつけられるようなミステリアスさを。俺はそれが欲しくなったんだ。」

「じゃあ俺に近付いたのは…。」

彼は微笑した。

「そうだよ。お前のミステリアスさを手に入れるためだった。…出会った当初は、本当にそれだけだった。」

「…。」

「…でもお前とずっと付き合ううちに、俺は段々純粋にお前の人柄に惹かれてきてしまった。」

彼は遠い目をした。

「やるなら情が移る前だ。俺は焦って、慌てて計画を実行に移した。だからお前に気付かれたんだな。」

自嘲気味に笑う彼に、俺は言った。

「お前が焦ってなくても、俺はお前の本性に気付いたと思うぞ。」

「?」

「お前、根本の部分が優しすぎるから。隠しきれなかったんだろ、その牙を。最初から隠そうともしなかったよな。」

動揺したように瞳孔を細くした彼。

「お前は心のどこかで、俺に逃げて欲しかったんだろ。自分の抑えきれない衝動から。」

「三浦…。お、俺、やっぱり…。」

白拍子は俺の肩を掴んだ。

「やっぱりお前が欲しい…。」

「生憎だが、俺にそっちの趣味はない。好きなのは、美人で胸の大きい女だけだ。」

俺はそれだけ言って、笑った。

白拍子は恥ずかしそうに俺から離れた。

「ごめん、そんなつもりじゃ…。俺だってそんな趣味はないし。」

そして、俺の首の傷に目をやった。

「ただ、お前のサディスティックな魅力が欲しかったんだ。」

「そんな物持つもんじゃないぜ。お前にゃ似合わない。」

「そうか…。」

彼は寂しげに笑った。

「それでも俺の血が欲しいか?」

「いや…。帰るよ。」

荷物を持って背を向けた白拍子に、俺は尋ねてみた。

「お前の嗜血症の事、親御さんは知ってるのか?」

彼は頷いた。

「それでよく夫婦喧嘩してる。だから、一人暮らしを考えてるんだ。」

「それなら」

俺は名案を思いついた。

「いい物件があるぜ。紹介する。」

白拍子の嗜血事件から数日。

俺は久々に人形屋の店を訪れていた。

「いらっしゃい。」

「こんにちは。白拍子います?」

「いるよ、呼んでくるね。」

暫く経つと、人形屋に連れられた白拍子が出てきた。

「白拍子。どうだ、ここの生活は。」

彼は牙を覗かせて笑った。

「中々いい。最初は同居人に驚いたけどな。木彫りの青年に、異次元の女なんて。」

「お前の居場所としてはぴったりだよ。」

そんな事を話していると、店の奥から伏見カケルが現れた。

「あ、三浦君!来てたんだ。」

彼女は白拍子の肩を抱いた。

「もー、イケメンヴァンパイアの友達いるなら早く言ってよ、記事のネタになるのに。」

「いや、白拍子はヴァンパイアじゃありませんし。大体伏見さん、今記者の仕事してないでしょ?」

すると伏見カケルは不敵に笑った。

「へへー、私今オカルトブログやってるのよ。仕事でなくても趣味に必要なの。」

「そうなんですか…。」

俺が感心していると、白拍子が小声で聞いてきた。

「なあ、あの時言ってた美人の巨乳って…。」

「黙れヴァンパイア。」

「ひでぇ。」

その後も他愛のない話を少しして別れた。

帰路にある神社で、俺は伏見カケルと白拍子が間違っても上手くいかないようにと強く祈願した。

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裂久夜様、コメントありがとうございます。
類は友を呼ぶ、正にその通りですね。これからも三浦の変な知り合いが増えていきそうです。住むなら人形屋宅ですから、確かにそういう事になりますね…。増築もそう遠くないかもしれません。

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ネタバレ注意

B-real様、コメントありがとうございます。
三浦も思春期ですので、友達にタイプの異性を取られるのは我慢ならないようですね。何せ美形の友人ですから、心配なのでしょう。

最後のオチでちょっと笑ってしまいました。