長編17
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お化け長屋

music:2

江戸時代、江戸っ子ってのは「宵越しの銭は持たない」これが自慢の一つでした。

この時代、お金というのを「お足」と呼んだそうです。何故か?それは、

お金にまるで足が生えてるかのごとく何処かへ行ってしまうからだそうです。

貧乏者が多かった時代、皆お金が無い。働き者でも何故かお金が無い。「貧乏暇なし銭もなし」と言うのはこの頃から言われた言葉かもしれません。

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お化け長屋という噺…

長屋というのは、今でいう借家、アパートメント。

今でもそうですが江戸の頃でも借り手がない部屋っていうと何かにつけて妙な噂が立ってくる。

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「あそこのウチは馬鹿に借り手がありませんねぇ…なんかあるのかしら?」

「あるんでしょうよ、色々なお談が。」

「お談ってえと?」

「怪談ですよ。」

「嫌ですね〜…物騒で…」

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なんてことを噂されてしまう。

大家も困って仕方無しに家賃を下げると

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「家賃が下がりましたよ…」

「なお怪しいや。」

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と、どうにもならなくなってくる。

噺に入るのに前置きが長いのはご勘弁願わなければなりませんが、何せ落語でございますから、何が何やら分から無いことが多く出てきますのでご了承下さい。

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あるお長屋、手入れの行き届いた良い部屋があったので、そこを借りようと年の頃なら三十二、三の上方(大阪、京都)の商人が

「ごめんくだせいまし。」

と、訪ねてくる

「はい、どなたで?」

長屋に住む若い男が答えると、商人は深く頭を下げながら

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商人「お忙しいとこお尋ねして申し訳ございまへん。儂は以前まで上方ん方で八百屋などを商って居った者でおますが、この度江戸の方へ越して参ったんどす。で、今ここを通りかかったらこの先の二軒半間口のお部屋が空いてますので、一つそこをお借り願えたら思て参った次第でおますが、何しろ初めての土地やさかい、大家さんのお宅が分かりまへん。お教え願えればと思いましてな。。」

若者「(ずいぶんと、まあ…お喋りな人が来たね…おかしな言葉をペラペラペラペラと。。)あぁ、それでしたらね、古狸杢兵衛(ふるだぬきのもくべえ)って差配の家がこの奥にありまして、其方に行けば分かりますよ。何しろ大家のうちはここから遠ござんしてねぇ…面倒をおかけしますので、この先の『差配承り』って掛札が掛かってるのが杢兵衛さんのウチですから行ってごらんなさいまし?」

商人「へえ、こりゃ…ご親切にどうも…せやけど、その古狸ゆうのはなんでんの?」

若者「え?あぁ、なに、この長屋に古くから住んでるんでそう呼ばれてるんですよ。古狸の杢兵衛。」

商人「はっはっはっ!そ〜うでっか!そない長く住んでおまんのか?それなら間違いないわ、その人に聞けば一通り分かるっちゅうわけでんな!?」

若者「そうですね大体の事は分かると思いますよ差配ですからね…。」

商人「ほうでっか、ほな、おおきに」

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〈杢兵衛宅〉

商人「ごめんくだせいまし!杢兵衛様のお宅はこちらでございましょうか?…あの?!古狸の杢兵衛さんは御在宅ですやろか?」

杢兵衛「なんだい?ずいぶん失礼な人が来たね。はいはい、杢兵衛は私ですが?どちら様で?」

商人「へえ、お忙しいとこん、お尋ねして申し訳ございまへん。儂は以前まで上方で八百屋などを商って居った者でおますが、この度江戸の方へ越して参ったんどす。で、今ここを通りかかったらば、この先に二軒半間口のお部屋が空いてましてな、せやから一つそこをお借り願お思て参った次第でおますが、何しろ初めての土地やさかい、大家さんのお宅が分かりまへん、お教え願えればと今、彼処の入り口の所で、ヒョロっと背ぇの高い兄さんに尋ねると、お宅が差配をしてる言いますので、此方へ訪ねた次第でおます!」

杢兵衛「まあ…よく喋る方が来たもんだ、文章に落としたらどれだけ時間がかかるやら。。。」

商人「文章?なんのこっちゃ?」

杢兵衛「いやいや、こっちの話です…ああ、いかにも、私はこの長屋の差配をしてる杢兵衛です。つまりお前さんあの二軒半間口の家を借りたいと…

う〜ん…そうですか…」

商人「もう借り手があるんでっか?」

杢兵衛「いやいや、そんなことはありません…じゃぁ一つご説明しましょう。

えっと…まず間取りですがな、ここと全く同じ間取りです。」

商人「へえ…中々に広いお宅ですな。」

杢兵衛「庭も小さいが一応ありましてな…」

商人「そりゃありがたい話やな…洗濯もんにも大助かりや。南向きやし、ようけ乾くやろ。」

杢兵衛「敷金はあの家に限り、いりません」

商人「ん?え?今なんて?」

杢兵衛「ですから敷金は無いんです…で、家賃はたったの五文程度…」

商人「ほ、ほんまでっかいな?そんな家初めてや…なんかあるんちゃうやろな?」

杢兵衛「なんか?ああ〜そうですねぇ…何にも無いという事はありませんがな…近頃何処の長屋も高いなかこんなに安いわけがないじゃありませんか…」

商人「な…なんでんの?」

杢兵衛「まあ…こんな事があるなら先に言ってくれればいいものを…なんて言われるのもアレなのでお話しいたしますがな……。

その、もちょっと…こっちへいらっしゃいまし…へっへっへ」

商人「な、なんやゆうんじゃ…気持ち悪い。。。」

杢兵衛「そこにはな、昔、一人者のご婦人でお久さんという人が住んでおって…縫い物、裁縫なんかの仕事をしておったんだ…器量も良し働き者ってんで当時、長屋の男たちもよく訪ねてたんだが、どういうわけか?どの申し出も断って一人働いておったんだ

そんなある日の晩、その家に盗っ人が入ったんだ。こんな貧乏長屋には入るなんて木っ端泥棒だろうが…

それから泥棒が荷をまとめて、さあ出ようかって時に、ヒョイっとお久さんの顔を見たんだろうねぇ、何せ器量が良い。ムラムラっとしたのかお久さんに、こう…覆いかぶさってスルスルっと胸あたりに手を入れたんだ。」

商人「ほ、ほう…器量の良い姐はんのお乳を…ほう…」と商人身を乗り出す。

杢兵衛「おいおい、言っとくがそういう話じゃ無いからね、これは…

えっとね… 流石のお久さんもそこまでされたから目を覚ましてね、恐ろしい顔をした男が目の前におったもんだから…

『泥棒!!』と叫んだ。

だが、それがいけなかった…

泥棒も自分の身が危うい。

だから持っていた出刃庖丁でお久さんの胸元に突き立て引き上げたんだ。

当然、お久さんは死んでしまった。

翌朝、何時ものように井戸端に出て来ないお久さんを心配した者があの家に訪ねてみて驚いた!

一面血の海の中お久さんが伸びているんだからねぇ…」

商人「なんや、嫌な話でんなぁ。。胸糞悪いっちゅうか…」

杢兵衛「まだ話は終わって無い…

それから暫くして部屋が空いてるってぇと物騒だしね、家賃やなんかを下げて人を入れたんだが、幾人も3日もし無いうち出て行ってしまうんだ。だから仕方が無いからわけを聞いたらね………出るってんだよ。」

商人「?…何が出ますの?」

杢兵衛「お久さんの幽霊が化けて出るんだよ。。。。

浅草寺弁天島から打ち出す八の鐘(今で言う午前二時を知らせる鐘)が陰にこもって物凄く、ボオォオォン。。。と鳴る…すると今度は仏様の鈴がチーン…表の格子がズズ…ズズズズ…ズズー…とひとりでに開いて…おやっ?誰だろう?と表に出る、しかし誰もいない…仕方なしに戻るとな…緑の黒髪をおどろに乱し、さも恨めしそうに…ってオイオイ!何処へ行くんだい!兄さん!?話はこれから面白くなるんだ!オイ!?

行っちまった…へへへ。上手くいったね…」

若者「モクさん?今さっきモクさんとこに案内した兄さん真っ青になって飛び出していったぜ?どうしたんだい?」

杢兵衛「ああ、うん、そうだろ。いえね、お前もあの家に人が住むって事になると不便だろう?」

若者「え?ま、まあね…(^^;; あそこにウチの荷物なんか押し込んであるし、あの荷物をおいらの家に戻すってえと部屋が狭くなるからね…」

杢兵衛「私も色々とあってね彼処に越(こし)てこられると面倒なんだ…だからね、一つ怪談噺を聞かして、驚かして、越してこれないようにしたってぇ訳さ。」

若者「へえ…ナルホドね。上手い事考えやったね!じゃぁモクさん、またああいう奴が湧いてきたら、お前さんとこに案内すれば良いって事かい?」

杢兵衛「まあそうゆうこった…まあ実際、私はこの長屋の差配を大家から頼まれているからね。また追い払ってやるよ。」

若者「だけど、大家さんにこの事がばれたら大変だぜ?」

杢兵衛「そんなものは、お前が黙っておけば分かりゃしないだろ?」

若者「そりゃそうだがね…もしばれたらモクさんは追い出されちゃうだろうし、ついでにオイラまでってなったら大変だからね…黙っておくよ」

そう言ってまた家に戻り、ふっと目をやると、また長屋の木戸の方から一人の若者が入ってくる。「こいつぁ…事によるとまた家探しモンにちげぇねえ…」と身構えると。

熊五郎「おう!お前ぇこの長屋のもんか?一つ尋ねるが、大家のウチぁ何処でぇ?!」

と、大きな声。

見るからに威勢のいい江戸っ子、その男は着物の袖を肩までまくり、そこからヒョットコの刺青が覗いている。男は威勢良く濡れ手拭いを肩に掛けるてぇとさらにこう付け加えた。

熊五郎「おうおう!なんてぇツラで人の顔を見てやんでぇ!?

お前ぇに聞いてんだよ!お前ぇに!さっさと答えねえってぇと、畳み込んで口がきけなくなっちまうぞ!!俺ぁあそこん所の二間半間口の家を借りよっと思うっだけどもよ、大家のウチを知らねえんだ、案内してもらおうじゃねえか?なあオイ!」

その勢いに慌てて…

若者「いえね…大家の家はここから遠いんで御座いまして…」

熊五郎「遠いったって十里も二十里も離れてる訳じゃねえんだろ?」

若者「ええ…そんな離れてはおりませんが、ご面倒をおかけしたくありませんので、この先に差配をしている古狸の杢兵衛さんって方がありましてな…」

熊五郎「なんでぇ…その古狸ってぇのは?」

若者「へぇ、何しろこの長屋に古くから住んでおりましてね…で、その人に聞けばこの長屋の事について色々とわかると思うんですが…」

熊五郎「ふんっ!こんな小汚ねぇ長屋に古くから住んでやがるんだ…情けねい野郎だなぁ…?」

若者「だったら、貴方も越して来なけりゃいいじゃありませんか?」

熊五郎「越して来なけりゃいいってぇけどな?俺ぁ別に親方の所に居て構わねぇんだ、でもな、俺の女の奴が吉原にいるんだがな

その女が、今年で 年(ねん)が明けて出てくるんだ…で、『おまはん…あたし年が明けても行く所がないのよ〜両親が死んじゃって、だからおまはん所行くからさぁ…あたしの帰る所を拵(こしら)えてよ!』ってこう言いやがんだよっ!…だから其処を借りよっと思ったんだ。

だから少しするってぇと…昨日までも今日までも赤い仕掛けに友禅の着物を着ていた花魁が、唐桟の襟付きの着物を着てそこの井戸端で米を研ぐ事になってんだ…

それをなんだぞ?テメエが変な目つきで見やがったら承知しねえぞ?!…まあ、そんなこたぁどうでもいいが…で?なんとか言ったな差配の杢兵衛?そりゃ…あそこのウチか?

ふーん、よっしゃ!じゃあ、お前ぇのツラを立ててやろうじゃねえか。古狸を退治してやらぁ…行ってくるぜ、じゃあな…」

若者「なんだありゃ…今日はよく喋りゃがんのが来るね…ったく

だけど、ありゃ怪談なんかじゃ驚かないよ…あの玉は強がって見せるからね。大丈夫かしら?」

〈杢兵衛宅〉

熊五郎「ゴメンよ!!?古狸のウチはここかぃ!?古狸のウチぁここかってんだ?!」

杢兵衛「ずいぶん、乱暴な人が来たね…お前さんね、格子ってぇのは手で開けるもんだよ?足で開けるってぇのは穏やかじゃ無いよ」

熊五郎「何言ってやがんでぇ…手でなんぞ開けてられるか!のらねこじゃあるめえし!杢兵衛のウチはここかってんだ?」

杢兵衛「いかにも、私が杢兵衛ですが?貴方は?」

熊五郎「俺ぁ、左官の職人で熊五郎ってもんだがな…あそこに空いている二間半間口の部屋ぁ借りようと思ってあそこに立ってるヒョロヒョロっと背の高ぇ、日影の物干しみたいのに聞いたらお前ぇが差配だから分かるってぇから来たんだ!…その…分かるんだろ?色々と…話てくれや、グズグズしねえで、ぱぱっとよ!敷金が幾らで家賃が幾らで間取りがどうなってるかってのをよっ!」

杢兵衛「はいはい、ではお話しましょう…」

熊五郎「だからぱぱっと話せってんだろ?グズグズすんねぇ!」

杢兵衛「急かしちゃいけませんよ、あのね間取りはここと同じです。」

熊五郎「へぇ!広くてイイじゃねえか!」

杢兵衛「敷金は必要ありません。」

熊五郎「敷金無ぇ?そいつぁいいやぁ!」

杢兵衛「家賃は大体、五文ほど…」

熊五郎「何を?五文?高えや負けろい!」

杢兵衛「いや、お前さん…これは日に五文ってんじゃないんだよ?月に五文だよ?」

熊五郎「んなこた、分かってらぁ!俺ぁ始終銭が無ぇんだ!負けろぃ!」

杢兵衛「あぁ…そうですか、では三文ではいかがかな?」

熊五郎「このやろう、敷金が無えってんなら家賃も無えと言いやがれ!」

杢兵衛「…分かりました。家賃もいりません。」

熊五郎「お?話がわかるじゃねえか!」

杢兵衛「あのね…あともう一つ話しておかなければいけない事がありましてね?」

熊五郎「なんでぇ?」

杢兵衛「まあね…こんな事があるならば先に話してくれればいいのにと言われるのが嫌ですから話はしますが、その…もちょと…此方へ…お…い…で…な…さい…」

熊五郎「なんでぇ…急にしおらしくなりゃがって、このくたばりぞこないっ!…そろそろおっ死のうってのか?止めてくれや…俺の前でくたばるのは…」

杢兵衛「いや、そうじゃありませんよ、あまり大きな声で話せ無い事情がありますから此方へと…」

熊五郎「ほーん…なんでぇ?」

杢兵衛「あの家にはね…以前二十七、八のご婦人が住んでいて、名前をお久さんという。」

熊五郎「女か?へぇ!器量はどうだ?」

杢兵衛「器量はすこぶるいい女でね…」

熊五郎「へぇ!たまらねぇな!今その女ぁ何処にいるんでぇ?」

杢兵衛「あのね…お前さん話の腰を折ら無いでもらいたいね…」

熊五郎「でも、器量がいいってんなら男どもも放っとかなかったんだろ?」

杢兵衛「そりゃね…長屋の若い者も大勢詰め寄っていたよ。」

熊五郎「へへへ…じじい…お前ぇも口説いたんだろ?そうだろ?そうに、違えねえや…すけべそうな顔しちゃってよ!脂汗なんか垂らしながら、気色の悪い声出してたんじゃねえのか?」

杢兵衛「いや、私はそんな事しませんこの年ですからな…話を続けますよ…そんなある日の晩、そこに泥棒が入ったんです。」

熊五郎「何お?泥棒?んの野郎…俺が居たら捻り潰してやったんだがな…それで?」

杢兵衛「ったく…黙って話が聞け無いのかねお前さんは…」

熊五郎「何を言ってやんでぇ!黙って人と会話なんざ出切るかよ!こうして向かいあってんだぞ?そんなに黙って聞いて欲しいってんなら地蔵の前言ってブツブツ話してこいよってんだ!へへんっ!」

杢兵衛「…でね…その泥棒、荷物をまとめて家を出ようって時にヒョイっとお久さんの顔を見たんだ。」

熊五郎「襲いやがったなコンチクショウ!太え野郎だその野郎、俺が顎ぅ砕いてやるから連れてこい!」

杢兵衛「いや、何処の誰かわかりませんからな…連れてはこれませんよ…まったく、すぐ話を混ぜっかいしちまって…話ずらくてしょうがありませんな…えっとね…その通りで泥棒もムラムラっとしたのでしょう、お久さんの上に覆いかぶさるようにして胸に手を…その時、流石のお久さんも目を覚まし『泥棒っ!』と悲鳴をあげたんだ。だがそれがいけなかった…泥棒も自分の身が危ういと知ると持っていた出刃庖丁をお久さんの胸元にグサリっ!それでもう息を引き取ってしまう。」

熊五郎「そりゃ…じじい、てめえがやりやがったんだな?」

杢兵衛「は?」

熊五郎「だってよ…何でそんなに詳しく話が整ってやがんだ?てめえがやったに違ぇねえ!番所まで一緒に来いっ!叩き出してやらぁ!!」

杢兵衛「冗談言っちゃいけ無い!推測ですよ!翌朝見に行った時の状況から推測したんです!」

熊五郎「それからどうしたんだい!?」

杢兵衛「その後、空き家にしとけませんからね、大家が家賃なんかを下げて貸したんですが…幾人も三、四日で出て行ってしまうんです…どういう訳か聞くとな?その…お久さんの幽霊が出ると…」

熊五郎「でっ出てくるのか?

そのお久って女が?

…そいつぁ…ありがてえや!

吉原で金を使わなくても良い女が向こうから来てくれるんだ…堪らねえじゃねえか!はっはっは〜!」

杢兵衛「(こりゃ…脅かすのに骨が折れるね…)でも、幽霊ですよ?怖くないんですか?」

熊五郎「幽霊でも良いよ!良い女と来てんだから!その…幽ちゃんはいつ頃出始めるんだ?」

杢兵衛「二日目か…三日目あたりの晩だと思いますがな…」

熊五郎「時間は?」

杢兵衛「深々と更け渡る午前二時…浅草寺弁天島から打ち出す鐘が陰に篭って物凄く…ぼぼぉおぉおぉおぉ〜んん…するとな、仏壇に置いてある鈴が…チーーン…

閉めておいた表の格子が、ツッツッツー…とひとりでに開いて…

おや?誰か来たのかな?と覗きに行くが、誰もいない。

気のせいだと振り返るとそこには!緑の黒髪をおどろに乱し!

さも恨めしそうにこちらを睨みつけ!『ゲタゲタゲタぁ!』と笑うのです。」

熊五郎「笑うのか?

良いね〜!笑うのなんざ良いよ!泣き面よりよっぽど良いや!決まりだ!明日越してくるぜ!じゃあなっ!」

杢兵衛「あっ!ちょいと!あれま…どうしたことか…帰っちゃった…」

若者「モクさん!今出て行った奴、明日越して来るって言ってたぜ?」

杢兵衛「しょうがないね…敷金も家賃もタダだって言っちゃったんだ。」

若者「どうすんの?」

杢兵衛「仕方がないから、大家が来たらお前さんと私で半分ずつ出そう。」

若者「冗談言っちゃいけないよ???!」

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翌日になると、すっかり掃除を済ませ、こざっぱりした家に家財を放り込み、熊五郎が越してきた。

熊五郎「さてと、大体こんなもんでいいだろう。後は…湯にでも行って、蕎麦でもとって、寝るだ…おっと、隣さんに挨拶しなくっちゃならねぇ。。ごめんよっ!」

お隣さん「はいな、どなたで御座いましょうか?」

熊五郎「隣ぃ越してめいりましたがね…よろしく頼みますぜ!」

お隣さん「まあ、そうですか?隣が空いてると物騒でしょうがなかったんですよ。今後ともよろしゅうに…」

熊五郎「物騒ってえと、なんかあんのかい?」

お隣さん「幽霊が出るって噂が立ってますのご存知ありませんか?」

熊五郎「幽霊?あんなものなんてことありやせんよっ!」

お隣さん「まあ…威勢の良いアニさんだこと…あなた度胸がありますの?」

熊五郎「度胸ったって並みの度胸じゃ無いぜ、あっしは身体中みんな度胸!度胸取ったら無くなっちまうってぇくれえのもんよ。」

お隣さん「まあ、そうですか?」

熊五郎「ちょっくら、湯へ行ってまいりますんで、後を頼みますぜ!」

お隣さん「はいはい、行ってらっしゃいまし。」

銭湯へ行った帰り道、蕎麦屋で食事を済ませた頃には日が落ちて、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。

長屋の路地を曲がり自分のウチの前に来て、ふと、出かける前と様子が違っていることに気付き中を覗いてみると…

熊五郎「お?明かりが消えてやんね…おっかしいな…行灯の油は入れたばかりなんだがなぁ…あれ?なんだこりゃ…?火鉢の火がおこってる。消してあったはずだけども…あっ…まさかお久の野郎…もう来やがったのかな?にしても早いじゃねえか?来て二日、三日目にやって来るって杢兵衛の爺さんは言ってた…俺があんまり気が短い質だから気を利かしたのかしら?だけども、仏様の鈴が鳴らねぇってえと始まらねえからな…」

鈴「チーーン…」

熊五郎「鳴ってる…鳴ってるよ?あっ…格子の扉は今俺が入ってきたばかりだから開いたままだぜ…?」

格子「ズズ…ズズズズ…ズズー」

熊五郎「わっ!!ひとりでに閉まりゃがった!ななな!どどどうなってやがる?ちくしょうっ!出れるもんならで、出て見やがれってんだちくしょうっ!」

???「お…お…おお…」

熊五郎「ん?誰かいやがるのか?」

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…………………

「あれ?なんでぇ?何も起こらねえじゃねえか?」

鈴「チーーン…」

熊五郎「ひっ!!また鳴ってやがる…まさか…仕切り直しってんじゃねえだろうな…やだぜ?」

格子「ズズ…ズズズズ…ズズー」

熊五郎「うわっ!!今度ぁ…ひとりでに開きやがったちくしょう!…これで俺が様子を見に行くってと、誰もいやがらねえんだったな…」

猫「…」

熊五郎「近所の猫が間抜け面で見てやがる。…ふんっ!怖かねえぞ!…これで…も、戻るってえと、お久の奴がいやがるんだったな…」

(ごつんっ!!!)

熊五郎「ぐあうっ!!何をしやがる!急に殴るなんて話は聞いてねえぞ!」

痛みでしゃがみ込んだが、幽霊による攻撃と思った熊五郎…急に怖ろしくなる…

熊五郎「おぉ…痛ぇ…こんなとこにゃ居られねえや…親方んとこ帰っちゃおぅ…」

???「お…おお…おお…」

ヤス「おい、帰っちゃったぜ?」

金造「誰だ?奇妙な声出してるのは…」

虎吉「真っ暗で何も見えやしねえ…金公?何処にいるんだ?」

金造「俺ぁ…鍼にぶら下がってるぜ…ヤス、おめえは?」

ヤス「言われた通り仏壇の影に隠れてるぜ…虎吉は?」

虎吉「俺はずっと格子のとこにいるよ…」

???「……私も…ずっとこの家に居るよぉ…お…おお…」

金造「みんな居るみたいだな…下手すると熊公の奴親方連れて戻ってくるかもしれねえから、このまま隠れていようぜ」

ヤス「そうだな。」

虎吉「叱られたら叶わねえもんなぁ…」

???「……こんな真っ暗なんだ…見えやしないよ…お…おお…おお…」

金造「今喋ったの誰だ?」

ヤス「俺ぁ…違うぜ」

虎吉「オイラでも無いよ」

???「お…おお…おお…おお…」

…………

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〈親方の屋敷〉

熊五郎「親方!親方!?」

親方「お?なぁんでぇ…熊公じゃねえか、どうしたんだ?汗だくじゃねえか…

お前ぇ、所帯を持ったんだろ?」

熊五郎「いや、もうね…大変なんでさ…化け物屋敷掴まされちまって、入ってくってえと俺の頭を殴りやんの…そのゲンコツの硬ぇこと硬ぇこと…」

親方「なんだ、お?紫色に腫れ上がってるじゃねえか…誰にやられたんだ?」

熊五郎「どうも…こいつぁ幽霊に…」

親方「馬鹿!幽霊ってのは骨がねえんだ!ゲンコツなんざ作れるわけ無いだろ!まあ良いや…俺が一緒に行ってやるよ。」

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〈長屋〉

熊五郎「親方…先行ってくださいな、あっしはどうも足がすくんじまって…」

親方「だらしの無えこと言ってやんなテメェは!提灯こっち寄越しな…ったくふざけやがって…」

「…」

親方「…そこで仏様の鈴を持ってうずくまってのは誰だ?ヤス公じゃねえか?何してんだ…そこで?」

ヤス「へ、へへ…あのね親方、ここで隠れて鈴を鳴らせって言われたもんですからね…ええ…」

親方「やっぱりな…そんなこったろうと思ったよ…ん?…格子の影に隠れてるのは虎吉か?お前ぇも誰かに頼まれたのか?」

虎吉「ふぁ!ええ…そうなんす。」

親方「何をしてやがるんだお前ぇたちゃ…あれ?鍼にぶら下がってケツを出してるのは誰だ?

ううぇ!汚ねえフンドシだね…ったく!誰だよ?」

金造「き、金造ですぅ…」

親方「金公か…何してるんだそんなとこで?」

金造「お、降りられなくて、困ってたんです。ですから助けが来るのを待ってたんですけどね?助けてもらえませんか?」

親方「何をだらしの無ぇ事言ってやんだ!

テメェで一人で降りて来いよ!

男の癖に情けねぇ!

早く降りて来いよ!」

金造「降りられないんすよ」

親方「降りろって言ってんだっ!」

金造「あっ!ダメ!足を引っ張っちゃ!いやんっ!」

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(どしんっ!!)

金造「痛たたぁ…何するんですか?痛いじゃありませんか!!」

親方「何するんですかじゃ無えっ!

お前らそこへ並べ!三人だけか?」

金造「三人だけの筈なんすがね。さっきまで四人だったのはどういうわけかな…」

親方「そんな事ぁどうでもいい!誰がこんな事始めようって言ったんだ?」

ヤス「金公ですよ。」

親方「金公、前に出ろ!昨日まで同じ釜の飯を食ってた友達が所帯を持ったってのに何でテメェはこんなイタズラしやがるんだ!?」

金造「へえ、あっしは幽霊が好きでして…」

親方「何お?幽霊が好きだ?テメェの顔が幽霊って顔かい!?

外道みたいな顔しやがって、幽霊ってのはもっと顔が面長で、色が白くって、細っそりした綺麗な女がするもんだ馬鹿野郎っ!!」

金造「でも、あっしは幽霊に似てますよ」

親方「どこがテメェ幽霊に似てるんだ?!!」

金造「へえ…始終、お足が無い。」

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