長編8
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三浦異界忌憚ー影ー

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俺は久々に、自然の中の散歩を楽しんでいた。

家の裏の土手なのだが、脇の急斜面の下には小川が流れていて何とも涼しげなのだ。

そうだ、今日は人形屋の家に水羊羹でも買っていってやろうか…。

そんな事を考えながら歩いていると、突然目の前の景色が上にすっ飛んでいった。

続いて、身体中に走る痛みと回転する視界。

どうやら足元の土が崩れたようだ。

俺の体は重力に従って斜面を転がり落ち、小川に突っ込んだ。

周りに飛び散る水飛沫と、川の傍の家で飼われている犬の吠え声で、混乱した頭が冷えた。

全く、ついてない。

舌打ちをして立ち上がろうとする。

…あれ?

身体に力が入らない。どこか変な所を打ったのだろうか。

声を上げて助けを求めようとするが、声も出ない。これは一体どうした事か。

と、突然身体が勝手に立ち上がった。

だが、視界が何だかおかしい。地面に寝転んでいるような。

不思議に思っていると、またもや身体が勝手に動き、しゃがんだ形になった。

そして俺は驚愕した。

俺の顔を覗き込む、俺の顔を見てしまったからだ。

その顔はしばらく俺を見てから、微かに笑いを見せた。

「すまねぇな、ちょっくら体を借りるぜ。」

暫く歩いて着いたのは人形屋の店。

「こんちはー!」

「いらっしゃいま…、涼仁君⁉︎」

人形屋が礼をしかけて、戸惑ったように動きを止める。

「おう!何だ、鳩が豆鉄砲食ったような顔してよぉ。」

「あ、いや…。他のお客さんかと思ったんだ。」

そうだ、人形屋!気付いてくれ、それは俺じゃない、俺の影だ!

声にならない声を上げる。

が、俺の影はそんな事で動揺するほど甘くなかった。

「へへっ、変な事言いやがる。ほら、土産だ。」

澄ました顔で手持ちの水羊羹を放った。

「おっと。…あ、ありがとう。」

人形屋は紙袋の中を覗き込むと、こちら…いや、影の俺を見て笑った。

「美味しそうだね。麦茶でも出すから、一緒に食べよう。」

畜生、全然気付いてない…。

「伏見さんと左京君呼んでくるね。」

「おう。」

俺の影は食卓の椅子にどっかと座った。

「いいよなー、本人はいっつもこんな暮らししてんだもんな。」

彼は影になった俺を見下ろし、ため息をついた。だがその顔は沈んでおらず、むしろ楽しげだった。

「おー、三浦君!」

伏見カケルの声だ。

「この暑いのによく来たわねー。」

「おうよ、こんなべっぴんさんのいる店に来ない方がおかしいっての。」

やめろーっ、恥ずかしい‼︎

「まー、三浦君たら正直ね!」

伏見カケルが俺の影に抱きつく。

畜生、場所代われ‼︎

俺だって伏見カケルの影に抱かれてはいるが、所詮影。虚しいだけだ。

「おっ、見せつけてくれるじゃん。」

伏見カケルの後について、白拍子左京がやってきた。

そうだ、白拍子なら分かるだろう。最初は俺の血目的だったとはいえ、今は立派な友達だ。

…おい、白拍子。気付け、気付いてくれ!

「お前がそんなに明るくしてるの見るの初めてかもしれないな。」

そうだ、俺はそんなにスケベな目で伏見カケルを見た事は…。あ、あるかも。

「今日はやけに血色よくないか?」

白拍子は影の首元を見ながら言った。

「何だか…。凄く…。」

…おいおい何だその目は。どうして今唾を呑んだ。

てか俺は本人より影の方が血色いいのか。地味に傷つく。

「何だよ白拍子ぃ、俺の顔に何か付いてんのか?」

「い、いや、別に…。」

「何でぇ、バカにこっち気にしてんじゃねぇか。」

「な、何でもねーよ。」

白拍子は人形屋の用意した水羊羹にスプーンを刺した。

彼がそのままスプーンを口に含むと、カチャカチャと金属と歯がぶつかり合う音がした。

さてはこいつ、まだ懲りてないな?

「そういえば三浦君、今日なんか元気じゃない?いつもはもっとクールよね。」

伏見カケルが頬杖をついて言った。

そ、そうだ伏見さん、俺はそんな暑苦しい男じゃないぞ!頼むから気付いてくれ…!

だが影は俺の意思に反して、伏見カケルを説き伏せてしまう。

「あー、俺だっていっつもあんなにシャコガイみてーに黙りこくってたら疲れちまわぁ。皆そうだろ?な?」

「ま、まあそうよね…。」

遅れて席についた人形屋が微笑んで首を傾げた。

「でも、何だか意外だね。涼仁君にこんな一面があるなんて。」

だからそいつは…。

「そうよねー!何か素敵ね、サバサバしてて。」

…。

ショックで涙が出そうになる。

が、涙なんか流す事はできず、俺は笑顔のままだった。

「学校でもそんな感じなら、お前ももっとモテるんじゃないのか?」

白拍子は黙れ。

「はは、新学期からの俺は違うぜ?モテるかもだな。」

こ、こいついつまで俺の立場を乗っ取ってるつもりなんだ⁉︎

これからずっとか?そんな事認められるか!

「あ、もうこんな時間か。」

人形屋は壁にかかった時計を見た。

「涼仁君、泊まってく?」

人形屋はちらりと俺の影を見遣った。

俺の頭は勝手に頷き、ニヤッと笑った。

「そうさせてもらうぜ。」

ああ、何だこの展開。

「涼仁君の部屋はここ。いつでもキープしてあるよ。」

「おう、サンキューな。」

部屋に入ると、俺の影はベッドに倒れ込んだ。

「あー、ふっかふか。サイコー。」

…おい、影!俺の身分返せ!

「何だようるせえな、影のくせに。」

あっ…。俺の気持ち分かってんのか、こいつ!

「分かるに決まってんだろ?お前は、俺だ。」

俺の影は小さく笑い、言った。

「お前、さっきからうるせーんだよ。少しくらい静かにしろ。俺が影だった時は、俺の言う事なんてちっとも聞いてくれなかったくせによ。」

その時、部屋の戸が開いた。

「三浦君。遊びに来たわよー!」

赤いジャージ姿の伏見カケルだ。

「おっ、伏見ちゃん。入れよ。」

俺の影は微かに舌舐めずりをした。

…まさか。いや、こいつならやりかねない。

「ま、ここ座れよ。」

俺の影は伏見カケルにベッドを勧めた。

「ありがと。」

伏見カケルは何の疑いも抱かず、ベッドの淵に腰掛けた。

俺の影は彼女の隣に腰を下ろした。

他愛のない話をしばらくしてから、俺の影が切り出した。

「なあ、伏見ちゃん。ぶっちゃけ今好きな奴とかいんの?」

「え?そ、それは…。」

伏見カケルは頬を赤らめた。

「それは…。私だって相応の年なんだから、そのくらいいるわよ。」

「おおっ、誰だよ、気になる!」

…それは俺も気になる。

「えっと…、色白で、目が切れ長で、結構クールで…。」

「白拍子か?」

そうだったら絶対許さん。白拍子。

「うーん、あの子も可愛いけど種族の壁が…。人間とヴァンパイア…。なんかそんな映画あったわよね。狼男もいたっけ?」

良かった、違った。

ま、白拍子ヴァンパイアじゃないけど。そんな事はどうでもいい。

「へへへ、俺が狼になってやろうか?」

「もうっ、ヤダー!三浦君たら。」

「ふふふー、ガルル。」

黙れ影。

「あはは、三浦君たらかわいー!」

伏見カケルも気付け。俺はそんな下品な事しない。

その時、再び部屋の戸が開いた。

「なんか楽しそうじゃん、俺も仲間に入れてよ。」

白拍子だ。

俺の影が小さく舌打ちをした。

伏見カケルの想い人を知る事が出来なかったのは残念だったが、彼女を影の魔の手から救えたのは良かった。

「白拍子君!こっちおいで。」

伏見カケルは自分の隣を示した。

「ありがとうございます。」

白拍子は微笑して、伏見カケルの隣に腰掛けた。

「人形屋さんに言われて、ホットミルクを持ってきました。どうぞ。」

「ありがとー。」

白拍子は俺の影にも、ホットミルクのカップを差し出した。

「ほら、三浦の分。」

俺の影はひったくるようにしてカップを取った。

「?」

白拍子が首を傾げるのが見えた。

「あの…。もしかして邪魔しちゃった?」

伏見カケルは首を振った。

「ううん。何で?」

「いえ…。なんか三浦、機嫌悪そうだから。」

「そうかしら?」

違和感あるだろ、いい加減気付いてくれよ…。

「あ、私ちょっとカップ片付けてくるから。待ってて。」

「あ、はい。」

伏見カケルはカップを持って部屋から出て行った。

あ、イテェ。踏みやがった。

部屋には白拍子と俺、二人きりだった。

「み、三浦。」

「…何だよ。」

俺の影はむすっとして答えた。

「わ…。悪かったな、邪魔したようで。」

「別に。」

暫しの沈黙。

「三浦…。」

俺の影は白拍子を睨むようにして見上げた。

「あのさ…。」

白拍子は口を開けた。

白く長い牙。少し伸びたか?

「ごめん、やっぱ我慢出来ねぇや。」

「え?」

俺の影は明らかに戸惑った。

次の瞬間、首元に突き刺さる鋭い感触。

「い、いてぇっ‼︎」

「じっとしててくれよな。」

続いて、なんとも言えない虚脱感。

が、それはすぐ途絶えた。

「⁉︎」

白拍子の動きが止まり、素早く後方へ飛び退いた。

「まずっ‼︎」

「…は?」

彼は部屋の端で手をついて、咳込んでいる。

「どうしたの⁉︎」

物音に気付いたのか、伏見カケルと人形屋が部屋に入ってきた。

「し、白拍子の野郎、また俺の首噛みやがった!」

「えっ?」

伏見カケルと人形屋が白拍子に駆け寄る。

「左京君、お腹空いたら僕に言ってって…。ん?」

人形屋が白拍子の吐き出したものを手で拭った。

「これは…。」

人形屋の手には、黒い痣のような物がついていた。

伏見カケルも人形屋の手を見た。

「血じゃないわよね…。なんか影みたい。」

どういう事、と伏見カケルがこちらを向いた。

「…。」

俺の影はしばらく伏見カケルを睨んでいたが、やがてふっと笑った。

「あー、分かっちまったなら仕方ねぇな。」

言うなり、影は俺の方に飛び込んできた。

「‼︎」

………。

目が覚めると、俺はベッドの上で心配そうな顔に囲まれていた。

「三浦君!本物?」

「三浦…。」

「涼仁君。」

俺は上体を起こした。こんどは思い通りにいった。戻ったのか。

「ねえ、あれは何?」

俺は影と入れ替わっていた事を全て話した。

「え、お前の影⁉︎」

白拍子はうへぇと顔を顰めた。

「変なもの吸っちゃったな…。」

「てかお前、懲りたんじゃなかったのかよ。」

彼はばつが悪そうに俯いた。

「まあ、いいじゃない。彼のおかげでさっきまでの涼仁君が偽物だって分かったんだよ。」

人形屋が白拍子の頭を撫でる。

「結局何がしたかったのかしら、三浦君の影。抵抗もせず消えたし。」

「それが…。」

俺は気絶している間に見た夢の内容を話した。

夢の中で俺は、俺と向かい合って立っていた。

「大体お前はさ。」

目の前の俺が苦笑いして口を開いた。

「ちょっと奥手すぎるんだよ。もっと素直になれよ、俺みてーにさ。」

「俺はお前のように下品な事はできない。」

反論すると、影は俺を嘲るように笑った。

「じゃあお前は上品なのか?」

「…。」

俺が答えられないでいると、影は俺の肩をポンと叩き、言った。

「とにかく、言う事は早く言っとかないと後悔するぜ。いつも一緒にいるから分かる。」

そしてそのまま、影は去っていった。

「なんか悪い奴じゃなさげじゃないか?」

白拍子が首を傾げた。

「確かに…。何か忠告に来たって感じ。」

伏見カケルも頷く。

「人形屋さんはどう思う?」

「うーん…。僕はよく分からないな。」

彼は考えるような仕草を見せ、微笑した。

そして俺の耳元に口を寄せた。

「影の忠告に従って、早めに告白しちゃったら?」

そう言って、彼は伏見カケルを見た。

…一番よく分かってるじゃないか。こいつ。

俺は溜息をつき、布団を被った。

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阿頼耶識様、コメントありがとうございます。
今回現れたのは三浦の影で、三浦大人版とは少々違う存在となります。斜面を転がった弾みで立場逆転、的なノリなのです。三浦の影は三浦の一番近くにいる存在なので、彼の事をよく分かっていると思われます。
奥手過ぎる三浦に、一番じりじりさせられていたのは彼だったんですね!という訳でございます。

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