中編5
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校舎の体験談

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地元のG県のとある地方で、幼いころに体験した自分なりに怖く気になった場所があった。

そこは学校で、昔から言葉の理解力が乏しく、その学校で3年ほど通っていた。

保育園の帰りあたりにそこへ通い、1時間ほど楽しんでから帰宅していた。

その学校は鉄筋コンクリートで3階建てだった。

トイレはいまだに珍しく外にあって、校内の玄関の正面から奥の通路に行った先に男女共有のトイレが設置してあった。トイレだけ木造築で壁がほぼないなど、冬場では大変だった。

生徒人数はだいたいで10人弱。少なくて6人。多くて14人までだった。

その学校はいたって普通だった。

だけど、ひとつだけおかしな部分があった。

3階建てなのだが、あきらかに3階へ行くための階段がないのだ。

1階の階段から2階へ、2階から3階へつなぐはずの階段がないのだ。

明らかにおかしかった。

当時の僕は、その疑問を担当だった先生に話してみた。

先生も気になっていた良しく、当時クラスメイトだった友達4人と先生1人、ぼくと6人で、3階へ上れる階段を探しに学校体験をした。

学校は全部で4クラスまであって、使われているのは2クラスだけだった。

のこりの2クラスは椅子やら棚やら置いてあって倉庫になっていた。

職員室は体育館の手前の入り口にあり、そこへ顔を出していたときもあった。

思い出深く、思い出が浅かった記憶がある。当時は、そう気に留めていなかったのが敗因だと、今のぼくではかなり後悔している。

さて、本題に戻す。

3階へつなぐ階段を探して20分ほど経過した頃、3階へつなぐための階段がみつかった。

友達のA君が教えてくれた。

そこはいたって簡単な場所にあった。

玄関から入って正面のトイレの左側の小さな扉の中に隠された階段があった。

本来では、玄関から入って右側に立派な階段がある。いつもはその階段を使って上の階へ上っていたのだが、左側の小さな扉の先にも階段があるとは思わなかった。

扉は低学年の子供がくぐれるほどのサイズだった。

今にして思えば不思議である。奥に隠したいものがあるのなら、壁で埋めてしまえばいいはずなのに、小さな扉を設置しただけで隠すという行為をしたのはなぜなのか疑問だった。

扉を潜り抜けると、埃っぽく室温が異常に高かった。窓はあり、開けられないように鉄のようなもので、覆われていた。壁も白いのだが、黒いシミがそこらじゅうにあった。

電気は外され、階段の手すりでさえもない。

そんな不気味な階段の先になにがあるのか、当時の僕はかなり興味深かった。その先へ、先生の前にB、Cを先頭に、先生、A、D、ぼくという順番で進んでいた。

階段は2、3へつなぐようにしてあった。ただ、2階へ上った時には、シャッターが閉じられており、開けることはできなかった。

次は楽しみにしていた3階である。

3階へ上った先には、すこし奇妙な光景が広がっていた。

鉄板で閉められた窓の先にある階段。5段ほど登った先には小さな小窓があった。

その小窓の周辺を見て驚愕した。

お札がびっしりと貼り付けられていたのだ。

小窓を覆い尽くすかのように、さらに縄で封じているかのようにして小窓の手前あたりに。

ぼくは最初、この意味を理解できなかった。その意味も他の友達はわからず、この先に何があるのか、先生に許可を取りにいっていた。

先生は血の気をなくすかのように青ざめ、ぼくらの意見を無視して「戻ろう!」と、ただ一言で僕らを1階の正面玄関まで戻された。

「このことは内緒よ」

と、厳重に注意された。

その日は、ちょうど金曜日でもあったため、次に探索する日は月曜日だと帰り際に友達から小手づけされた。

あの、場所に不可解なもの。お札や縄だけでなく、お人形や花が階段の5段目に備えていたのを目にした。数は数えきれないほどあった。

その場所のことを思い出すかのように教えてくれたのは月曜日にC君と出会ったのことだった。

C君は、明後日には引っ越すともことあって、最後のお別れということでA、B、D、ぼくを含めて教室でお別れ会を開いていた。

C君は、どことなく落ち着いていてぼくらを後ろから支えてくれたいい友達だった。

別れるのはと手も寂しい。だけど、別れてもいずれまた会えると教えてくれたのもCだった。

C君は母親に連れられ、そのまま学校にはもう来ることはなかった。

その日のうち、リーダーぶっていたA君、先生好きだったCさんが抜けていった。2人も来年からは小学校に上がることもあり、問題だった言葉に関しての知識も解消されていたことで、親に来ることはないと伝えられていた。

その日のうちに、残ったのはDさんと僕だけとなった。

Dさんは、見た目からして可愛く、とてもお上品で泣いていたぼくをいつも助けてくれた心優しかった。Dさんの名前はよく覚えていなかった。あだ名で呼んでいた記憶がある。

Dと別れたのは、3階で見たあの日から次の月だった。

Dさんと同じ月にぼくも移転する。Dさんと同じように離れることになる。なぜ、離れることになるのかわからず、親からは「大人の事情だから」と、約束されていた。

3階で見た光景を最後に、もう一度見ようとDさんと約束した。

先生の許可も必要だったが、その日はあの時の担当の先生ではなかった。

あの日の先生はA君がいなくなった日に先生はやめていったことを他の先生から聞かされていた。

止めた理由はよくわかっていない。

けど、先生が変わったこともあり、その先生をダシに使って3階へ行こうと誘った。

先生は半信半疑でぼくたちを信じて3階へ連れて行ってくれた。

ところが・・・3階へ続くはずの階段が見つからないのだ。

それどころか、窓らしき場所に窓がなく、外から確認してもその窓があった場所らしき階段が見つからないのだ。

ぼくらは焦った。当時、携帯もない時代に友達に相談することも場所も連絡も知らない僕らにとって確認するにはあの日、調べに行った仲間だけである。

ぼくらは焦った。階段を探した。だけど見つからない。

玄関から正面の右にあるはずの階段が見当たらない。そこには小さな扉はあるのだが、くぐってもあるのは倉庫だけだった。

あの日に、仲間と一緒に上った階段を見つけることはできなかった。

そして運命の日、Dさんもぼくもその学校を離れていった。

最後に「また会えるよね」と、約束をして…。

あれから19年ほどの歳月が流れたいま、あの学校は今でもあるのだろうか気になり調べた。

写真とホームページが出てきた。

そこにぼくは顎が外れるほど驚愕な光景に目を伺った。

写真には2階までしか校舎がなかった。あの小さいときにみた3階目の校舎はいったい何だったのだろうか、

今でも不思議でならない。

できれば、調べに行きたいと思っている。

だけど、その学校はもうない。

改築して新しい校舎となっていたからだ。

調べようにもないと悟った。

もうひとつ、Dさんと約束した校舎ももうないことも。

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