中編3
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隠し事

4月の初めの日、世間は出会いと別れの日々に活気をみせていた。

しかし女にとっては話は別であった。

女は宴会の席で日頃の頭痛の種である上司たちに酒を注ぎ、作った笑顔でさも望んでそれをしているかのように振る舞う自分に辟易していた。

自分を押し込めた生活になれたせいで、いつしか本当の自分というものが実は今演じている人格そのものなのではないのかとも感じていた。

しかし女にはそんな暗い生活を続けることができる理由があった。

それは同じ会社に勤める同期の男との社内恋愛。

ご法度であるのは重々承知であったが、女にとってはその緊張感こそ不変で退屈な毎日に彩りを加えてくれる貴重な存在であり、いつしかそれに夢中になっていた。

今宵も、席の斜め向かいに座ったその男と隙を見つけてはだれにも気付かれないように目くばせをしあい、そのスリルに酔っていた。

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宴会も終わりに近づいたころ、顔を赤らめた上司が必要以上に深いお辞儀でいつも職場で顔を会わせている人々に、さも初めてあったかのようにいつまでも別れの挨拶を告げる様子を、女は嘲笑ぎみに冷めた目付きで見ていた。

一同が解散すると、女は人気が薄らぐ場所まで一人で歩き、そこからは男と合流ししばらく話すとそれぞれの家路についた。

そんな細やかな時間でさえ、日々のストレスで精神が磨耗した女にとっては至福の時に他ならなかった。

しかし、日頃のストレスをうまく発散できなかった女は自宅で悶々としばらく悩んだ後、もう一度家を後にし、男の家に向かった。

もちろん連絡などはいれていない。

むしろ急に家に行って驚かせるのが目的だったので、連絡は意図して入れなかった。

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男の優しい笑顔や口調、しぐさなどを思いだし考えていると、男の家の最寄り駅まではすぐだった。

男の家のまえに到着した女は揚々としていた。

インターホンをならすと家のなかで、すこし慌てたのだろうか、ドタドタと音がした。

しばらく待っても反応がないのでもう一度押すと今度は反応があった。ゆっくりと玄関扉を開け、女を目にした男は多少動揺したように見受けられた。

女にとってはそれが期待した通りの反応であり、嬉しかった。

男は困った様子を見せたが、終電もないことを考えるとしぶしぶ女を家に入れた。

しばらく二人きりで会うこともなかったので二人の会話はいつもより熱をおび、気付けば丑三つ時であった。

男はクローゼットの上段から寝具を一式取り出すと、もとより男が寝るために敷いていた自分の布団の横に敷いた。二人はすぐに床につくと、明かりを消した。

しかし女は、男が寝息をたてているのを確認すると、今にも鼓動で張り裂けそうな胸を必死で抑え、日も上らぬうちに男の家を逃げるように後にした。

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翌日の午後、淀んだ空気が漂う部屋に虚ろな目でテレビ画面に向かい、連日に渡り世間を騒がせているニュースを眺める女が一人。

見慣れた場所、大好きだった場所に多くの報道陣と警察関係者が詰めかけ、ごった返していた。

「先月から行方不明になっていた○○さんが昨日、市内に住む男の家のクローゼットから発見されました。警察の調べによると、男は先月下旬に○○さんを自宅で首を絞めて殺害した後、昨日一日に至るまで自宅のクローゼットに隠していたとのことです。交際相手の女性によると、一日に二人で過ごしたが、そのときに異変を感じ通報したとのことです。」

女は一日のあの夜、男が寝具を取り出す際、クローゼットのなかの他の寝具の隙間から垣間見えた誰のものとも知れぬ生気のない指先を今も忘れることができない。

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