長編7
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伝言

あれは、7~8年前のことだったろうか・・

~~

夫の友人、彼は及川浩輔(仮名)妻はユカちゃん(仮名)

~~

及川さんは、高校卒業と同時に結婚した。

そして、数年後に結婚生活が破綻。バツイチとなる。

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その離婚の際に、及川さんにとって非常に好ましくない噂が蔓延した。

『コウスケの浮気が原因だってさ』との噂。

元妻との交流もあった私達夫婦は、それを信じられずにいた。

及川さんは、飄々としているが真面目で愛情深い人だ。

いくら何でも酷い噂だし、噂は噂でしかない。

本人から聞いたわけでもないし。

あんなに仲良かったのに?って思っていた。

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『ウチらは、信じないよ?』他の友人たちにも

そう言って、聞く耳を持たなかった。

~~

そんなある日、及川さんから相談があると連絡がきた。

二つ返事で、夫と会いに行った。

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彼のアパートを訪ねてみると、今までに見たことがないほどの沈痛な面持ちで及川さんが座っていた。その隣には、噂のユカちゃんが、強張った顔で座っていた。

~~

彼の話を聞くと、ユカちゃんと出会う前から夫婦仲は修復できない程に決裂し、破綻していたのだという。

元妻とのアパートにも帰ることが出来ず、日々を車中泊で過ごしていたのだと。

何とも言えない鬱屈した気持ちの中に沈んでいたのを、ユカちゃんが救ってくれたのだと。

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普段、超絶に無口な夫が話を一通り聞いた後、突然口を開いた。

「浩輔。それは本当なんだろうな?」

怒気を含んだ、強い口調を私は後にも先にも聞いたことがない。

夫は、『うん』・『え~』・『わかんない』の3つの単語しか知らないのかと思うほど、無口なのだ。

そんな夫の事は、及川さんの方が知っているだろう。

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すぅ~~っと深く息を吸い込んだ及川さんは

「お前に誓うよ。嘘じゃない。」そう言って黙った。

まるで、何かからの審判を待つように。。

重苦しい空気を払おうとしたのは、ユカちゃんだった。

「ねぇ。。もういいよ。大丈夫だよ私。」

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彼女にとっては、突然やってきた見知らぬ夫婦に攻められている気がしたのだろう。

もっとも私は、この間ずっと黙っていたのだけれど。

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ユカちゃんの声に及川さんは「いや。良くないんだよ」

と答えて、視線を夫に戻した。

夫は、「ふぅ~~~~」と溜息を漏らして、後は任せたと言わんばかりの視線を私に投げてよこした。

それを見た及川さんも、私に目を移した。

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・・私も、緊張して話を聞いていたのだけれど

「・・・ユカちゃんに、1票。もういいよ。大丈夫」

及川さんの驚いたような表情が見て取れた。

私は構わず続けた。

「私もパパも、及川さんの事信じてたんだよ。ね?」夫に視線を返すと、うんうんと頷いている。

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「離婚の前か後かなんて、そんなん関係ないよ?辛いのを助けてくれたんでしょう?

だったら、あんな噂なんて気にしなくていいの。言いたい人には、言わせておけばいいの。

味方だけ傍にいたら、いいんじゃない?(^^」

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夫も便乗してくる。

「そうなんだよ。コイツさ~他の奴らから話聞くたび、すんげ~怒んのwwwww

『んな話、ウチら~信じねぇし、興味ねぇ~しっ』ってさぁ・・だから、今日は連絡貰えて一番喜んでるの、コイツなんだよね。

ちゃんとホントの話聞きたがってたからさ~

ウチの奥さん、マジ怖ぇえんだよ?そーゆー時(^^」

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・・うるさいな~

・・だってホントじゃんかぁ~

・・お黙りなさい

・・え~~

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その私達夫婦のやり取りを見て、及川さんが

やっと笑った。

「良かったな・・誰も信じてくれなくても、沙羅ちゃん達だけは、信じてくれると思ってたんだ」そう言ってユカちゃんの頭をポンポンする。

ユカちゃんは、泣きながら笑っていた。

「・・ほんとに・・良かったぁ・・」と。

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それから程なくして、離婚問題は全面解決。

晴れて誰からも非難されることなく、及川さんとユカちゃんは名実共に結ばれた。

~~

理想の夫婦像というものが、あるだろうか?

あるのだとしたら、及川夫妻だろう。

そのくらいに仲睦まじく二人の娘にも恵まれた。

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その数年後、私はとあるデパートの前で

苦悶の表情を浮かべながら歩いてくる及川さんを見かけた。

「あれ~~?及川さ~ん!どしたの?んな暗い顔して~」

私の声に、ゆっくりと視線を上げた彼の目が見開かれる。

「沙羅ちゃん!!!助けてっっ」

「え?????何??落ち着けぇ~~」

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及川さんいわく

ユカちゃんが両足を骨折して、入院してるという。

「両足を固定されてるから・・下着が・・その・・紐じゃないと・・ね??

で、思い切って買いに来たんだけど売り場のお姉さんがさ~

・・ってコトで、沙羅ちゃん!助けて!」

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事情は分かった。恥ずかしかったんだね。

結局、売り場のお姉さんの目が怖くて購入できなかった。

ってことね。

「そんなん、助けるも何もwwwすぐ届けるから病院に戻ってて~~」

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御所望の下着を数枚ゲッチュして病院へと届けた。

「俺さ~二度と沙羅ちゃんに足向けて寝ないよぅ~

沙羅ちゃんに声かけられたとき、マジ女神に見えたもん」

~~

退院したら、遊ぼうねと約束をして帰ってきた。

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・・そこから更に数年後のこと・・

~~

唐突に『ユカちゃんが亡くなった』との連絡が仲間からきた。

乳がんを患っていたらしい。

及川さんは、誰にも言うことなく

ユカちゃんの世話に子供の世話をこなしていたらしい。

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一報が入って、すぐ通夜の連絡も入った。

慌てて駆けつけると、弔問客で溢れる斎場が見えた。

娘二人の同級生や、その保護者。

ママさんバレーのメンバーや、その他大勢。。

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人混みを縫って、及川さんを探す。

が、、見つからない。

遺影を見る。はち切れるような笑顔のユカちゃん。。

棺を覗くと、花に埋もれるように眠るユカちゃん。。

~~

彼女との出会いから、それまでの事が

いくつもいくつも想い出されて、涙になって落ちた。

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夫に促されて、祭壇前を離れると及川さんが居た。

~~

たくさんの弔問客を掻き分けるようにして

私にしがみつくと、泣き崩れた及川さん。

「・・沙羅ちゃん・・俺・・俺・・」

膝から崩れて立ち上がれない彼を夫が庇う。

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ユカちゃんの闘病生活を詳細に話してくれた。

どこまでも優しかったユカちゃんは

同じ部屋の、お婆さんが夜中に苦しんではユカちゃんにナースコールを押してくれるように毎晩のように頼んでくるのを拒まなかったそうだ。

若さゆえに進行も早く、2度の再発を経てきたのだと。

あの婆さんが憎い。ユカを死なせた。

俺、何も出来なかった。

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ユカは、何も出来なかった俺を恨んでるだろうな。俺も、一緒に死んじまいたい。。

嗚咽を我慢することなく、泣き続ける。

私が言えたのは空しい、ありきたりの言葉だけ・・

「子供の事は、どうでもいいの?良くないでしょう?

ユカちゃんが遺してくれた宝物でしょう?

彼女のために、生きなくちゃダメだよ。」

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手が付けられないほど、泣きじゃくる彼を

親類の人が連れて、部屋を出て行った・・・

~~

私達は、無力感に襲われながら通夜式が始まるまで斎場の外に出ていた。

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・・ん?蜘蛛の糸かな?髪に何かついてる?

そういう私の髪を調べる夫。

何もないよ?

気のせいか・・

髪に何か引っ掛かる。何度も。。

スカートの裾も、何かが引っ掛かっては確かめる。

・・が、これといって何もない。

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あちこち服をパタパタしたり、髪に手をやる私を夫は怪訝そうな顔をしてみていた。

~~

厳かに・・静かに・・通夜式が終わった。

帰宅途中で呟く。

「どうして・・相談してくれなかったんだろう」

「浩輔だから・・だろうな・・」

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翌日、仕事で出られない夫の代わりに

告別式へ行こうかと思っていた・・

けれど、やめた。

体がダルクて、鉛のように重くて・・

一応、夫にも体調が悪くて行けないことを連絡し、ベッドに横になった。

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どうにもダルい。眠いわけじゃないけど朦朧としてきた。

熱でも出たのかな?昨晩は・・疲れたし・・

ボンヤリと時計を見ると、間もなくユカちゃんは・・

荼毘に臥される頃だ。。。。

黙祷だけでも、せめて捧げたいな。。。

そんなことを思った瞬間のことだった。

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「・・コウちゃん・・ありがと」

頭の中に直接響いた声だ。

直感的に『ユカちゃん』だと感じた。

が、確信はない。

だって、私の前で及川さんを呼ぶときは

決まって「ねぇ?」とか「お父さん」だったから。

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弾かれるように体を起こし、夫に電話をする。

「ねぇ、ユカちゃんって、及川さんの事コウちゃんって呼んでた?」

何故?との問いに答える。

「コウちゃん。ありがと」って聞こえたの。

でも、そんな風に呼んでたの聞いてなかったから。

夫の答えは・・

「ん。いつもそう呼んでたよ・・」だった。

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妻を失い、自分も後を追いたいとまで思い詰める彼に

その言葉を、どう伝えたら良いのだろう。。

恨んでなどいない。寧ろ感謝しているのだと。。

「死」を受け入れ難い彼に、追い討ちをかけるのでは?

堂々巡りをする思考回路。

結果的に、彼の同僚であり、先輩でもある友人に

時期を見て伝えてほしい。そうメールで送った。

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数か月後、及川さんからメールが届いた。

「沙羅ちゃん、伝言ありがとう。俺、これから生きていける。恨まれてるとばかり思ってたけど、違うんだね。ユカが遺してくれた娘たちと生きていくよ。」

そう書かれたメールを見て、安堵した。

通夜式の日、私の髪や服を引っ張っていたのはユカちゃんだったんだろう。

愛する夫が泣き崩れるのを、切なく思ったんだろう。

何とか、私に伝言を託したかったんだろう。

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・・ちゃんと伝えたよ。ユカちゃん・・

見守っていてあげてね。

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仲間さん
この度もありがとうございます(*^^*)

私も流されまくってますよ~~
疑う。ってことを知りなさい。と、バツになってから上司に言われて・・・
でも、信じる方が楽なんです。

昔の歌に
『信じ~ることはぁ~裏切られる~ことより~辛い~モノだと~わかぁぁぁってい~て~も~』って
のがありますが、裏切られることの方が、私にとっては楽なんです。。
それが裏目に出て困ることもたくさんあるんですけどね(^^

人は人。自分は自分の信念。それでいいんだと思いますよ~(^^v

いやはや、もう何もかも凄いと感じたのもそうですが、羨ましいですね。
そんな方々が周りにいらっしゃるのは……
私はなにもかにも、流されやすい質なので、頑なに信じることを貫き通すというのに、憧れを覚えます。

リュミエールさま
いつもコメントをありがとうございます(^^
彼女の心根の優しさを伝えたいあまり、また、友人である夫には目もくれず私にしがみついてきた経緯も添えたくて、前置きが長くなってしまいました。。

そうですね・・本当に・・タイミングは大事なんだと思います。
悩んだ末のメールでしたが、先輩も「少し落ち着いたら、このメールそのまま見せるよ」と
快く引き受けてくれ、丁度良い時期を見極めてくれたことにも感謝です。

残された方は凄く辛いでしょうね。浩輔さんのやり場のない怒りも解らなくはないですが、自分も病に侵されているのにお婆さんへの気遣いが出来るのは凄い事ですしそんなユカさんを誇りに思って欲しいですね。沙羅さんの立場を考えたら確かに伝えるタイミングで状況は変わっていたでしょうね。的確な判断だと思いました。