三浦異界忌憚ー地獄の門ー

長編16
  • 表示切替
  • 使い方

三浦異界忌憚ー地獄の門ー

wallpaper:1160

「んんー…。」

朝起きて、伸びをする。

珍しく気持ちのいい朝だ。こんな朝は朝日でも浴びようか。

目を擦りながら、障子を開けた。

そしてすぐ、俺は後悔した。

ああ、俺にいい朝なんて来るはずがなかった。

俺は服を着替え、外に出た。

「何だこれ…。」

家の前に佇む「それ」を見上げる。

それは例えるなら、「地獄の門」。

そう、ロダン作品の、人が沢山絡まったあれだ。人間が沢山絡まり合って、蠢いている。

門の前には、魅せられたように並んでいる人々がいる。

その中には、知った顔も幾つか紛れていた。

「母さん!婆ちゃん!」

すぐ駆け寄って、肩を揺さぶるが全く反応がない。

列の前の方を見ると、恍惚の表情で人の山を登り、門を構成する煉瓦のように積み上がっていく人々の姿があった。

身につけたものなどは山を登る道中で他の人間の手や足に引っかかり、上に着く頃にはほぼ裸になっている。

驚くほど静かな、人々の骨の軋む音のみが響くような空間。

門を構成する煉瓦達は、焦点の合わない目を薄く開いたまま静かに積み上がっていた。

列はゆっくりと進んでいく。それに伴って、祖母と母も地獄の門へと近づいていく。

俺は夢中で二人の肩を揺すった。

「おい、二人とも!目、覚ませ!」

「無駄だ。」

後ろから重く鋭い声が飛んだ。

「何⁉︎」

振り返ると、腕組みをした祖父が仁王立ちしていた。

「爺ちゃん、どうして…。」

「話は後だ、来い。」

有無を言わさぬ雰囲気に、俺は従った。

「俺は前にも一度、あの現象に遭遇した事がある。」

「えっ?」

居間の机に向かい合って座り、俺は祖父から話を聞いていた。

「あれは何なんだ?」

「そんな事は俺にも分からん。分かれば苦労はしない。」

「…。」

祖父は湯呑みの茶を啜った。

「あの門を見た人間は…。あれに魅せられたようになってしまう。それで自分もその一部になろうとするんだ。」

魅力的な物に魅かれるのは人間の性。しかも自分が魅力を持てるとしたら、持とうとするのは当然だ。

実際、身の回りにもそんな人物はいた。異世界の俺や、白拍子左京。

「じゃあ、どうして爺ちゃんはあれに魅かれないんだ?」

祖父は微笑した。

「俺の感性に問題があるんだろうな。俺は既に世捨て人のようなものだ。」

なるほど。確かに祖父は世の動きに流されないところがある。

「じゃあ俺は何で?」

「お前は…。少しひねくれたところがあるからじゃないのか?」

「あ、そう。」

初めて自分の性格に救われた。

「昔爺ちゃんがあの門を見たとき、何が起こったんだ?」

祖父は少し眉を顰めた。

「集団失踪だ。俺が25の頃の事だったよ。」

少し間を置いて、祖父は続けた。

「被害者の中には、俺の幼馴染みも入っていた。」

「そうだったのか…。」

「お前も覚悟しておけ。友達を失うかもしれんぞ。」

俺の頭を人形屋達の顔が浮かんだ。

人形屋は大丈夫だろうが、伏見カケルと白拍子左京が心配だ。

伏見カケルは異次元の俺の魅力にやられてしまったし、白拍子はどこにだかは知らないが、俺に魅力を見出している。

俺は机に手をつき、立ち上がった。

「…俺、ちょっと行くとこあるわ。」

祖父は一瞬顔を顰めたが、頷いた。

「どうせ止めても無駄だろう。まあ、お前ならあの門には取り込まれないだろう。」

そして、こちらに何かを放った。

それは革のケースに入った登山ナイフだった。

「何かあったら使え。」

「ありがとう。」

俺は家を出て、先程より高さを増した門を見上げた。

その中腹に足をかけて恍惚としている母がちらと目に入った。

そのまま通り過ぎようとしたが、俺にもまだ情という物が残っていたらしい。

「…くそっ」

俺は門へと走り、大声を上げた。

「母さん!駄目だ、降りてこい!」

母は俺の言葉が聞こえていないようで、門の一部としての働きだけをこなすだけだった。

「ああ…‼︎」

俺は思わず門へと走った。

「ま、待ってろよ、今そこから降ろしてやる!」

俺は並ぶ人々を押し退けて、門に手をかけた。

だが上に登ろうとかけた足は、並んでいた人々に掴まれた。

「離せっ、離せよお前ら‼︎」

割り込みは許さないといった調子で、人々は手の力を強めるばかりだ。

「ち…、畜生〜っ‼︎」

その時、足がふっと軽くなった。

「?」

下を見ると、人の列を蹴散らす人影が一つ。

「爺ちゃんか?」

…いや違う。祖父にしては若い。

髪は黒いし、俺と同じか少し上くらいだろう。

人影はこちらを見上げると、門に飛びついて素早く登り、俺の腕を掴んだ。

そして俺を門から引き剥がし、その場から連れ去る。

門に張り付く母の姿が、小さくなっていく。

俺の意識はそのまま薄れ、やがて消えた。

俺が目を覚ましたのは、見た事のない家のリビングだった。

「ん?ここは?」

背後から足音が聞こえた。

振り返ると、先程俺を門から引き剥がした奴だった。

「お前、さっきの…。」

彼は無言で俺に水の入ったグラスを差し出した。

「何だよ…。飲めっていうのか?」

「…。」

彼は頷きもせず、グラスを俺の手に押し付けた。

「…なあ、ここはどこなんだ?」

彼は返事をせず、台所に引っ込んだ。

「何だ、あいつ…。」

俺がグラスの水を飲んでいると、リビングに誰かが入ってきた。

「…あ、水ありがとう。」

「え?」

「あ?」

見ると、そこには人形屋が立っていた。

「あれ、涼仁君。君も銀次君に連れてこられたの?」

「銀次?」

人形屋は頷いた。

「あの、黒髪で獣目な男の子。」

「獣目?」

「瞳孔が縦に細かったよ。」

「へぇ…。」

もう何を言われても驚かない。どうせ異次元の人間なのだろう。

「…ってあいつ喋ったんですか?」

「え?…ああ、名前聞いたら一言。苗字は言わなかったけど。」

「そうですか。」

俺はその流れで人形屋に母と祖母、そして祖父の事を話した。

「そうか、そんな事が…。」

人形屋は俺の肩を軽く叩いた。

「…でもさ、もしかしたらここは元の次元じゃないかもしれないし。きっと本物のお母さんは無事だよ。」

「はあ…。」

「…それにしても涼仁君、いい例えするね。地獄の門か。」

人形屋は微笑した。

俺は正直、そんな事はどうでもよくなっていた。

別次元に行けば母は沢山いるし、どうとでもなる。

そんな事を考えていると、獣目の少年ギンジが現れた。

何か長い棒のような物を片手に持っている。

「ギンジ君…っていうんだよね。水、ありがとう。落ち着いたよ。」

ギンジは俺が差し出したグラスをしばらく見つめていたが、やがて人形屋に視線を移し、声をかけた。

「知り合いか?」

「あ、うん。僕の店の常連。」

「あの女と牙野郎も知り合いか。」

女と牙野郎?伏見カケルと白拍子か。

「うん、彼らもこの子とは知り合い。ね、涼仁君。」

「え?あ、ああ…。」

俺は小声で人形屋に尋ねた。

「伏見さんと白拍子もここにいるんですか?」

「あ、うん。二人があの地獄の門に魅かれてたところを引き止めてた時、銀次君に助けてもらってね。今は二人とも正気だよ。」

「良かった、無事なんですね。」

「お前ら。」

ギンジがこちらを睨んでいた。

「何をこそこそ話してる。」

細い瞳孔が少し広がった。

「何か企んでるんじゃないだろうな。」

「と、とんでもない!」

人形屋は手を激しく振って否定した。

「伏見さんと左京君の事を話してただけだよ。」

「あの女と牙野郎か。」

その時、リビングの戸が開いた。

「ちょっと、女女言うの止めてよ!失礼だと思わないの?」

伏見カケルだ。後ろに白拍子もいる。

「あっ、三浦君!いたんだ。」

無事で良かった、と胸を撫で下ろし、彼女は再びギンジを睨んだ。

「あんたね、白拍子君だって牙のある事気にしてるんだからもう少しその辺考えなさいよ。」

が、ギンジはあくまで淡々としていた。

「助けてもらった恩を忘れたのか?」

「な、何よ〜‼︎」

伏見カケルは人形屋に詰め寄った。

「何とか言ってやってよ、人形屋さん!」

人形屋は困ったように笑った。

「助けてもらったのは確かだし…。僕にとやかく言う権利はないかな。」

「もうっ、平和主義すぎよ!」

そっぽを向いた伏見カケルを気にも留めず、ギンジはこちらを向いた。

「おい、貧弱狐。」

「はあ⁉︎俺の事か⁉︎」

「そうだ。」

狐というと、異次元の俺を思い出して胸が悪くなる。

「俺を狐に例えるな。」

「仕方ないだろう、第一印象が狐なんだから。狡猾そうなところがそっくりだ。」

ふと見ると、白拍子が必死で笑いを堪えているのが見えた。

「白拍子‼︎」

「あっ…。すまんすまん。」

ギンジが白拍子を振り返る。

「お前、他人の事笑えた義理じゃないぞ。この蝙蝠野郎。」

「‼︎」

白拍子はかなりのショックを受けたようで、顔を青ざめさせていた。

「ちょっと、かわいそうでしょ!さっきも言ったじゃない、気にしてるって!」

伏見カケルが白拍子を背に庇う。

「俺は事実を言ったまでだ。」

ギンジは彼女の言葉を全く意に介さず、またこちらを向いた。

「貧弱狐。お前、あの門に魅かれなかったんだな。」

「ん?ああ。生憎、俺は捻くれ者なんでな。」

「フン…。この死に損ないが。」

はあ?

「死に損ないって…。君が助けたんだろ?」

「助けたんじゃない。地獄の門があれ以上大きくなるのを防いだだけだ。」

大きくなる?

「大きくなるっていうと?」

するとギンジは伏見カケルと白拍子を部屋に下がらせた。

そして俺と人形屋の手を掴み、言った。

「説明してやる、来い。」

抜けるような青空を背にして、地獄の門は朝と変わらず建っていた。

一つ違うのは、確実にその高さを増していること。

高い門が風に揺れる度に、人間の骨の軋む音が響く。

青空に骨の軋む音、ミスマッチな取り合わせが一層、辺りに不気味な雰囲気を醸し出していた。

「朝より大きくなっているな…。」

ギンジは舌打ちをして、門を睨んだ。

「来い。」

俺達はギンジについて門の足元付近に立った。

「見てろ。」

ギンジは片手に持った棒のような物を門に突き立て、一部をくり抜くように捻った。

絡み合う人間の身体を、まるで羊羹でも切るかのように滑らかにカットしていく。

よく見ると、ギンジの持つ棒の先は鋭い刃物になっていた。俗にいう長刀か。

これで骨まで綺麗にカットできるというのか。

やがてくり抜かれた断片が重い音を立てて地面に落ちた。

「その断面を見ろ。」

彼の言葉に従って、断片を見る。

「うわ…。」

人間の身体が重なって構成されているはずのその破片には全く隙間がなく、まるで身体の部位一つ一つがそれを作るために計られたかのようにぴったりと収まっていた。

「この門に骨組みはない。自然に人間が集まって、今の形を作ったんだ。」

「つまり…。中心部までこの調子ってことか?」

ギンジは頷いた。

「それじゃあ、この門はどうやってできたの?一番最初、人々は何に魅かれて門を作ったの?」

人形屋がギンジに尋ねる。

彼は首を振った。

「俺にも分からない。だから、それを知るために俺はこの門が現れる度に何度も壊そうとしてきた。門の中央を見ようとして。だがあと少しというところで、門はまた地中に沈んで消える。それが集団失踪事件として扱われるんだ。」

「え、ちょっと待てよ。」

俺は彼の話に違和感を感じ、話を遮った。

「俺の爺ちゃんが、昔この門を見た事があるって言ってたけど、それは爺ちゃんが25のときの話だ。つまり約50年前の話だ。ギンジ君、あんたはどう見ても俺と同年代だよ。それなのにどうして何度もこの現象に立ち会う事ができるんだ?」

「説明は難しい。」

彼は少し困ったように言った。

「これは俺の推測だが、どうもこの街の時間軸は歪んでいるようだ。普通は時が経てば年をとるが、俺はどうやらその軸から外れてしまったらしい。身体は少年期と何ら変わらない。」

なるほど、そういう事か。いやに名前が古めかしいと思った。

「お前らはなぜかこの門に魅かれないから、俺の手伝いをしてもらう。パーツを解きほぐすのを手伝ってくれ。」

「パーツって…。これはみんな人間じゃないか。物みたいに言うなよ。」

つい語気を荒げる。

一応この中に母と祖母がいるという意識があるからか。

「黙って言う通りにしろ、貧弱狐。」

ギンジが長刀の刃先をこちらに向ける。

「やめてよ、銀次君。涼仁君のお母さんがあの門のどこかにいるんだ、彼がナーバスになっても仕方ないでしょ?」

人形屋がギンジの長刀を取り上げ、彼を諭す。

「あ、俺の武器返せ。」

ギンジが手を伸ばすが、人形屋の方が背が高い。

「駄目。人に向けるんだもん。没収。」

「ちょっと脅しただけだ。もう向けない。」

「本当?」

「約束しよう。」

「よし、いい子。」

人形屋が長刀を差し出すと、ギンジはそれをひったくるようにして奪った。

もしかしたらこの三人の中で、人形屋が最強かもしれないな…。まあ、そんな事は置いといて。

「門の心臓部があるとしたらどこなんだ?」

「根元の中央だ。大元になった物ならそこだろう。」

なるほど、考えてみればそうだ。

俺達は地獄の門の順番待ちをする人々を掻き分けて、ギンジの言う根元の中央に向かっていた。

周囲を伺い見ると、沢山の惚けたよいな人の顔が見えた。

「こんな門のどこがいいんだ…。」

呟くと、ギンジが肩越しに言った。

「全くだ。全くもって理解不能だ。」

独り言のように呟く彼の背中が、一瞬だけ年相応にひどく老け込んで見えた。

暫く歩くと、列の先頭らしき場所についた。

「この人達は…。何十年前の人なんだろう。」

人形屋が根元の人々を見て呟いた。

「もう何百年、何千年と昔の人間になるだろうな。」

ギンジは溜息をついた。

何千年って…。何時代だよ。

「まあ、表面の奴等は分からんがな。本当に昔の奴は、もっと奥だ。」

言って、ギンジは門に長刀を突き立てた。

そして手首をくいっと回し、一部を煉瓦状にくり抜く。

ぎしっ…、びたん、ぎしっ…、びたん、というように、骨の軋む音とくり抜かれた門の一部が地面に叩きつけられる音が規則的に続く。

「…何を突っ立っているんだ。お前らも手伝え。」

「えっ…。」

手伝えと言われても、道具がない。

「ナイフを持っていただろう。使えよ。」

「そんな、あれで切れるわけないだろ?」

ギンジの長刀は異世界の武器だが、俺のナイフはただの登山ナイフだ。

中二風に言っても、祖父から授かりし秘刀だ。ダサい。

「そんな訳ないだろう、貸せ。」

ナイフをギンジに渡すと、彼はその刃を門に突き立てて捻り、首を傾げた。

「おかしい…。何故切れんのだ?」

そりゃそうだ。

「刃物の手入れくらいしっかりしておけ、貧弱狐。」

「うるさい。」

ギンジはかぶりを振った。

「仕方がない、お前達は手で解きほぐせ。」

「えっ⁉︎」

これを手で解きほぐせだって⁉︎

「できるか、そんな事!触るのも嫌なのに。」

「口答えするな。人形屋はもう初めているぞ。」

見ると、確かに彼は慎重な手つきで絡まる人間の身体をほぐしていた。

「…見ろ、お前がぐずぐず言っているから折角切り取った場所が埋まってしまった。」

ギンジの指差す先は、先程まで確かに切り取られていたのにもう新しく人間が詰まって修復されていた。

「これだから解体が一向に進まないのだ。」

彼は溜息をつき、長刀を詰まった人間に突き立てた。

入ったばかりの生きた人間に刃を突き立てたので、赤い飛沫が勢い良く飛び散った。

飛沫が白い頬を赤く染めても、全く怯まず作業をこなすギンジはどこか機械じみていて、見ていると背筋が冷たくなった。

「涼仁君。」

人形屋が小声で俺を呼び、目配せした。ー作業した方がいい。

俺は頷き、門を構成する人間に手をかけた。

どのくらい作業を続けただろう。

ほぐしてもほぐしても新しく絡まってくる人々に、流石に嫌気がさしてくる。

「腱鞘炎になりそうだ…。」

「腱鞘炎て何?」

人形屋が作業を続けながら言った。

そうか、彼は腱鞘炎とは無縁か。

「ずっと同じ作業してて、手とか痛くなるやつ。」

「ふーん。」

尋ねた割に、人形屋は興味なさげだった。恐らく、静けさの中で淡々と行われる作業に参ってきていたのだろう。彼にしては珍しい。

人形屋は、今度はギンジに話しかけた。

「銀次君、少し休憩しない?あまり働き詰めでも、身体に毒だよ。」

ギンジは獣目を吊り上げた。

「俺がこの仕事をやめてどうなる。状況は良くなるか?ならないだろう。それに、この仕事をやめたら俺は俺である意味をなくしてしまう。そんな気がするんだ。」

「銀次君…。」

血走った目を地獄の門に向けて、感情を押し殺したような声で言うギンジを見て、人形屋は溜息をついた。

「銀次君。はっきり言わせてもらうよ。」

「…何だ」

「この地獄の門の魅力に誰より取り憑かれているのは、銀次君。君だ。」

「何だと⁉︎」

銀次は激昂しかけたが、ギリギリのところで落ち着きを取り戻したらしい。

「…どうしてそう言える」

人形屋は門から手を離し、ギンジに目を向けた。

「だってさ、銀次君。君はこの門の謎を探ろうとして、躍起になってる。他の人が諦めてさっさと門に付く中でね。」

ギンジは明らかに動揺した。

「そ、それは…。」

「君は誰よりこの門に魅かれているから、この門の解体作業を続ける。その強い意志は、自分でも気付かないうちに身体が年月を経ることも禁じてしまったんだ。君の推測と同じように、これも推測に過ぎないけど。」

ギンジは目を見開いて、人形屋の言葉を聞いていた。

「…そんな。俺がこの門に魅かれているだと?笑わせるな!」

そして、長刀を人形屋の首筋に突きつけた。

「それ以上俺を馬鹿にするようなら、その首掻っ切ってやるぞ!」

すると人形屋は、突きつけられた長刀を手で掴み、首に深く差し込んだ。

「こうやって?」

「‼︎ 馬鹿かお前⁉︎」

人形屋の行動はギンジにとって予想外だったようで、彼は慌てて人形屋の首の長刀を抜き取り、切り込みの入った首に懐から出した布切れを巻いた。

「人形屋さん!大丈夫なんですか⁉︎」

「ああ、涼仁君。大丈夫だよ、木製だからすぐ直せる。」

人形屋は微笑み、布切れを撫でた。

「人に向けちゃ駄目だって言ったよね。」

ギンジからそっと長刀を取り上げ、人形屋は言った。

「…そろそろかな」

その時、遠くから地鳴りのような音が響いてきた。

「あ⁉︎」

見ると、地獄の門の根元が地面にめり込んでいる。

「門の出現時間が終わったようだね。」

人形屋が、ギンジに言う。

「ああ、お前は…。お前はまた俺の目の前から消えてしまうのか…?折角掘り進めたのに、また…。」

目を見開き、顔を強張らせたギンジは世にも恐ろしい表情をしていた。

何より恐ろしかったのは、今まで漆黒だった髪からみるみる色が抜け、まるで老人の白髪のように変貌していったことだ。

「なんてこった…。」

恐怖で髪の色が抜けるという話は聞いた事があるが…。

人は心の拠り所を無くす事に、こんなにも恐怖するのか。

地鳴り、家鳴りのような軋みと共に、地獄の門は地下深くへと還っていった。

門が完全に沈んでしまう直前、俺は母と祖母の姿を見つけた。

その表情は安らぎと幸せに満ちていた。

「…。」

何故だか、胸の奥を抉り取られたような心持ちになった。

「確かに…。お前の言う通りかもしれん。」

ギンジが地面に膝をついたまま、シルバーになった髪をぐしゃっと掴む。

「俺は…。自分でも知らぬ間にあの門に固執していた。あの門が目の前から消える恐怖から、一瞬で白髪になるほど。」

彼はふらつきながら立ち上がった。

「地獄の門が消滅した今、俺の存在意義はなくなったようだな。また次の出現を待てばいいが、俺はもう待てん。今更年もとれない。俺は全てに置き去りにされてしまったらしい。」

急激に動き出した時の反動で少し伸びたらしい白髪を掻き上げる。

「さて…。これからどうするかな。生き甲斐をなくしてしまったとなると…。」

俺は人形屋に目配せした。

彼も同じ考えを持っていたようで、頷いた。

「銀次君…。良かったらうちに来ない?」

ギンジの髪が揺れた。

「俺は人の下にはつかんぞ。」

「下につく必要なんかないよ?」

人形屋はギンジの頭を撫でた。

「ちょっとは家の手伝いしてもらったりするけどね。こき使ったりはしないし。銀次君なら…、そうだな、左京君と一緒にアイドル店員できるかも。」

それ…、随分こき使ってないか?

「好きな人は好きな感じになるかも。なんか常人離れしてるし。髪は切ってもいいし、一つに縛ってもいいね。」

妄想して楽しんでないか?

「まあ、アイドルになるほどお客さん来ないけどねー。あはは。」

投げやりだな…。

「でも、今よりは絶対に幸せだと思うよ。それは僕が約束しよう。」

人形屋は力強く言った。その言葉には絶対の安心感を与えるところがあった。

「お前と共に行けば、俺は生き甲斐を見つけられるのか?」

「うん。友達もできるしね。」

ギンジは考えるような素振りを見せた。

「友達か…。まあ、悪くないかもな。」

そして、初めて、笑った。

「この店で一夜を過ごせば、その間に外は異次元になる。いいかい?」

「俄かには信じ難い話だが…。」

俺、人形屋、伏見カケル、白拍子、ギンジの5人は人形屋の店の前に来ていた。

「俺も最初はびっくりしたなあ。」

「私も!懐かしいよねえ白拍子君!」

伏見カケルと白拍子は、人形屋に居候する事になったばかりの頃を思い出したらしく、2人で昔の話をしているようだった。

「僕の家も結構大所帯になってきたなあ。部屋が沢山あって助かったよ。」

沢山て…。部屋、どれだけあるんだ?

「おい蝙蝠。」

ギンジは白拍子に声をかけた。

「蝙蝠って言うのやめてよ…。何?」

白拍子も人がいい。俺だったら突っ掛かって、すんなり流したりしない。

「人形屋から聞いたんだが…。どんな仕事をしているんだ?」

「え?」

白拍子は少し顔を赤らめた。

「えっと…、接客。」

「ただの接客か。なぜそんなに恥ずかしがる?」

「え?」

彼は助けを求めるようにこちらを見た。

「え、いや。俺、お前が接客してるの見た事ないから。」

「あ、そっか!」

すると伏見カケルがくすっと笑った。

「恥ずかしがることないじゃない、あの服装可愛いわよ?」

「わ、カケルさん、それ以上言わないでください!お願いします!」

あ、こいつ伏見カケルを名前呼びしやがった。殺す。

「ふふふ、どうしようかなー?」

焦らす伏見カケルに焦らされる白拍子、それを不思議そうに眺めるギンジ。

「ほら、そういうのは家の中でやって。」

人形屋が手を叩く。

「涼仁君も。帰ろうか。」

「…はい。」

開けられた扉。足を踏み入れる直前、俺は後ろを振り向いた。

地面に入った大きな亀裂。

その向こうに、この世界の祖父の姿が見えた。

「消えたか」

その口は確かにそう呟いた。

祖父は満足そうに笑い、こちらに背を向けた。

亀裂は相変わらず、ぱっくりと大きな口を開けている。

そこから吹き出す黒煙を見上げ、地の底深くに眠ったであろう地獄の門の人々に、ささやかな黙祷を捧げた。

Normal
閲覧数コメント怖い
7490
3
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ