三浦異界忌憚ー狂人の裂傷

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三浦異界忌憚ー狂人の裂傷

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「もしもし、三浦涼仁さん。起きてください。」

「ああ…?」

ある朝、潜めたような男の声に起こされて目を覚ました。

「私ですよ、私。」

声の主を探して辺りを見回すと、すぐ傍にズボンを履いた人の足があった。

ゆっくりと見上げていくと、部屋の暗闇の中に白い顔が浮かんでいた。

狐のように狡猾そうな顔は、最も嫌悪すべきもの。

「今晩は。」

異次元の俺は慇懃に礼をした。

「何の用だ。もうあんたとは関わり合いになりたくないんだ、帰ってくれ。」

「流石は私、つれない仕草も魅力的ですね。」

「気持ち悪い。」

俺は座布団に倒れこみ、タオルケットを頭から被った。

「…。」

しばしの静寂。消えてくれたか?

恐る恐るタオルケットをどけると…。

俺の希望に反して、彼は先程と変わらずそこにいた。

「私、焦らすのは大好きですけど焦らされるのは大っ嫌いなんですよ。」

銀縁の伊達眼鏡を通した冷酷な目が、こちらを見据えた。

「なめるんじゃありませんよ、少し華奢だからって。」

いや、少しじゃないし。大分だし。

彼はしばらくこちらを睨んでいたが、やがて微笑した。

「拝見しましたよ、地獄の門の件。」

「…何?」

思わず食いついたのを悟ったらしく、彼は愉快そうに続けた。

「あの下には何があったのでしょう…。ギンジ君と言いましたね、彼も中々見所がある。年をとらないというのはおいしい。…欲しいですね、あの体質は。」

彼の表情に何か危険なものを感じた俺は身構えた。

「お前、まさか奴に何かしようってんじゃないだろうな⁉︎」

「フフ…。どうでしょうね?」

いや…。落ち着いて考えよう。こいつに他人の体質をコピーする事はできないはずだ。そんな事できたらもはやバケモノだ。あ、白拍子か。

「とりあえず私は彼に直接会ってみる事にしますよ。それでは、失礼します。」

彼は窓を開け、夜の闇に溶けた。

「あっ…、待て‼︎」

奴を追って、開け放たれた窓から冷たい空気の中に飛び込む。

「出てくれ、頼むから出てくれ…!」

俺は人形屋に電話をかけ、一向に繋がらないことに苛立っていた。

まあ、無理もない。今は早朝3時。

いくら人形屋でも起きている訳がない。

「畜生!」

俺は電話を切り、店に走った。

店の電気は消えていた。

ドアノブを恐る恐る捻る。…開いた。

「いるのは分かってるんだ、ナルシスト野郎!出て来い!」

暫く呼んでみて、静けさが急に不安になる。

「人形屋さん、無事か!伏見さんも、白拍子も!あとギンジ君!」

今はギンジが一番心配だ。

異次元の俺は今、確実にギンジを狙っている。

足音を忍ばせ、沢山の部屋をまわる。

「ここは人形屋さんの部屋か…。」

そっと開けると、彼は無事ベッドの上で寝息を立てていた。

起こすのは悪いと思うが、このまま放っておけば危ない。

「人形屋さん。起きてください。人形屋さん。」

「ん…?」

人形屋は薄眼を開け、俺に気付くと驚いたように言った。

「あれ、涼仁君?なんで?」

「説明は後です。それより大変なんです、今この店に異次元の俺が…。」

「何だって⁉︎」

人形屋はベッドから飛び降り…、2、3歩歩いてよろめき、転んだ。

「えっ、大丈夫ですか?」

「う、うん。ごめん…。…⁉︎」

言いながら足をさすっていた人形屋の顔が強張った。

「ど、どうしたんですか?」

俺が彼の足を覗き込もうとすると、彼はシーツで素早く足を覆った。

「…見ない方がいい」

「どうしてですか?」

人形屋は表情を曇らせた。

「…足首から先が切断されてる。」

「えぇっ⁉︎」

あの狐野郎、卑怯な真似を!

人形屋が戦力になるのを知っているから、早々に足止めをしておいたに違いない。

「木製だから痛みはないし、修理ならいくらでもできるけど…。しばらく歩けないな。」

人形屋の力を借りられないとなると…。自分でやるしかないか。

「…分かりました。俺、ちょっと店内を探してみます。」

「一人で大丈夫?」

「白拍子にでも声をかけます。」

俺は人形屋の部屋を出た。

えっと、白拍子の部屋は確か…伏見カケルの部屋の隣だ。こん畜生。

「白拍子、入るぞ。」

俺は戸をノックし、ノブを捻った。

彼はベッドの上で、安らかな寝息を立てていた。

このままずっと安らかにお眠りしていていただきたいが、それをやったら異次元の俺と同類なので思いとどまる。

「白拍子、起きろ。おい!」

「う〜…。な、何ですか…、ってお前、三浦じゃん!なんで⁉︎」

「みんなそう言うよ。」

俺は事のあらましを説明し、ギンジが危ないかもしれない事を話した。

「え?い、異次元のお前?」

「そうだ。」

白拍子は首を傾げた。

「いや、でもいきなり異次元の冷酷なお前がいるなんて言われても。」

「異次元の存在はもう体験してるだろ?地獄の門の時とか。」

そうか、と白拍子は考えるような素振りを見せた。

「…分かった。一緒に行くよ。」

「よし。」

俺と白拍子は連れ立って人形屋の家の探索を始めた。

「奴はこの家の作りには疎いはずだ。お前、住んでるんだから詳しいだろ?ギンジ君の部屋に案内してくれ。」

「分かった。」

迷いなく進んでいく白拍子の後を、周りに十分注意しながらついていく。

5分ほど歩くと、襖が見えてきた。

「ここだ。」

「和室なのか?」

「そう。」

白拍子は襖をノックした。

「ギンジさん、入りますよ。」

襖を引くと、壁を背にして胡座をかき、眠っているギンジの姿が目に入った。

その傍には、愛用の長刀が置かれている。

「まだ周りに気を許してないのか?」

白拍子に尋ねると、寝ているとばかり思っていたギンジが顔を上げた。

「当たり前だ。こんな得体の知れない奴等に2、3日で心を開ける訳ないだろう。」

俺と白拍子は顔を見合わせた。

「お前、彼の血とか狙ったか?」

「狙う訳ないだろ!俺が狙うのはお前のだけだよ。」

「…まだ懲りてないのかよ」

「許せ、宿命だ。」

ギンジは溜息をついた。

「こんな危ない奴のいるところで安心して寝られるか。」

それには俺も共感するけど。

「…あ、そうだ。ここに眼鏡かけた危なそうな奴来なかった?異次元の俺なんだけど。」

「眼鏡をかけたお前か?見てないぞ。」

割とすんなり異次元の俺の存在を受け入れ、そいつがどうかしたのか、と彼は長刀を手に取りながら言った。

「ああ、そいつがあんたを狙ってるんだ。年をとらないのが羨ましいって。」

「羨ましい、か。年をとれないのが。」

彼は自分の体質を思いの外ネガティブに捉えているようであった。

「…そいつも青いな。不老不死に憧れてるのか知らないが、どうやら理解が足りないようだ。」

「それはどういう?」

ギンジは長刀の柄を撫でた。

「不老不死に憧れる人間の多くは考えが甘いのだ。不老不死を手に入れれば、この世の全てを手に入れられるような気になるが、実際は違う。そんなにいい気なもんじゃない。」

白拍子が俺の服の裾を掴んだ。

ギンジの迫力に気圧されたのだろう。

ギンジはそれを見て、微笑した。

「だから、その眼鏡の野郎にも忠告が必要だな。」

「忠告?誰にですって?」

背後から、笑いを含んだような声。

…来たか。

俺は後ろを振り向いて…。そして戦慄した。

立っていたのは、口にガムテープを貼られた伏見カケルの首筋にナイフを突きつけた異次元の俺だった。

「貴様…!」

身構えた俺を、異次元の俺は片手で制した。

「おっと、動いたりなさらないよう。一歩でも動けば、彼女の命はありませんよ?」

伏見カケルが目に涙を溜めてこちらを見る。

「そこの白髪。大人しくこちらに来なさい。」

ギンジは長刀を構えたまま、吐き捨てるように言った。

「何故貴様の命令なんぞに従わなければならない。俺は人の命令には従わない質なんだ。」

異次元の俺は嫌らしくニヤッと笑って、ギンジを見下げるように首を傾けた。

「奇遇ですね。私もです。それではあなたの意思を尊重して、手前のお二人に命令しましょう。」

どこまでも馬鹿にした野郎だ。

「さあ。彼女を失いたくなければ、早いところその白髪の少年を差し出すんですね。」

「嫌だね。」

俺は異次元の俺を睨みつけた。

「貴様も分かっているだろう。俺はお前だ。つまり俺も人に命令されるのは嫌いでね。」

異次元の俺は口の端を歪めた。

こめかみに青筋が浮いている。どうやら怒らせたらしい。

「あなた…。随分と生意気な口を聞きますね。」

彼はナイフを持つ手に力を込めた。

その切っ先から、赤い液体が染み出す。

伏見カケルが顔を歪めた。

「やめ…!」

その時、傍から素早く飛び出す影があった。

その手には、いつもの長刀。

「ギンジ君!」

影は伏見カケルの体を捉え、異次元の俺の手から奪い返した。

「大丈夫か、姉ちゃん。」

伏見カケルは口のガムテープを一気に剥がし、ありがとうと呟いた。

「狐野郎。女を頼む。」

「お、おう。」

俺はギンジから伏見カケルを受け取り、後ろに下がった。

「白拍子、伏見さん落ち着かせるの手伝え。」

「分かった。」

俺は対峙するギンジと異次元の俺を見た。

「なめた真似を…。」

「女を盾にするのは卑怯だ。対等にしてやったぞ。」

異次元の俺は舌打ちをして、ナイフを構えた。

「あ〜…。私をあまり苛立たせないでいただけますか?」

「別に苛立つ事はないだろう。」

ギンジの瞳孔がすっと細くなった。

「男なら、正々堂々と挑みに来い。いざ尋常に勝負しろ!」

ギンジが長刀の切っ先を異次元の俺に向ける。

異次元の俺は上唇を舐めた。

「古い型の人間は嫌いですよ。」

そして彼はギンジに向かってナイフの刃を突き出した。

が、その刃はいとも簡単に避けられた。

「遅いぞこの青二才が‼︎」

ギンジは長刀の刃を異次元の俺の頬に叩き込んだ。

「安心しな、峰打ちだよ。」

「く…!」

異次元の俺は峰打ちされた右頬を押さえていたが、何かに気づいた様子でその手を外した。

「‼︎」

異次元の俺の頬には、3、4cmほどの切り傷が開いていた。

「ギンジ、峰打ちじゃなかったのか?」

ギンジは長刀の峰を指で撫でた。

「手入れを欠かさずしているからな。刃はもちろん、峰でも少しは切れる。」

「そ、そうか…。」

峰で切れる長刀…。凄いな。

異次元の俺はというと、血のついた右手を見て身体を震わせていた。

「よっ…、よくも私の美しい顔に傷を…!」

彼は自分の容姿に相当の自信を持っていたから、それが傷つけられた事は余程我慢ならない事なのであろう。

「傷跡が残ったらどうしてくれるんです、治療費なんか払えないでしょう⁉︎」

「異次元の整形技術は凄いんじゃなかったのか?」

異次元の俺はこちらを睨みつけた。

「それだって完璧に傷を消すにはそれなりの費用がかかります。私の容姿を変える為の金を貯めているのですから、傷を治す為だけに使う金なんぞ一銭もありません!」

異次元の俺の顔は青ざめて、目は据わっていた。自慢にしていた顔に傷がついたのが余程堪えたのだろう。

彼はよろめいて壁に手を突き、肩で息をした。

そして不意に、笑いだした。

「フ…。フフフ、ハハハハハ…!」

ギンジはこちらを振り向いて、首を傾げた。

俺は首を振った。

異次元の俺は目を見開いたまま、なおも笑い続ける。

「アハハハハ…。あ、あなた方、このままで済むと思わないでくださいよ…?」

瞬きを一切しない、血走った目。

まるで荒れる狂獣のような目だった。

「そ、そこの…。」

異次元の俺が、俺を指差す。

「あなた、どうしてそんなに綺麗な顔してるんですか⁉︎あなた、私でしょう?不公平じゃないですか⁉︎」

錯乱状態に陥っているらしい。いつもの冷静な佇まいはどこへやら、激しく理不尽な理論を展開する。

「平等にするにはどうしましょう?私は私ですからね、同じにしないと…。」

ナイフを逆手に持ち、異次元の俺はゆっくりとこちらに近づいてきた。

「同じにしないと…。同じにしないと…。」

「な…、何する気だ貴様!」

俺の問いには答えず、異次元の俺はいつの間にか引きつった笑顔を浮かべて近づいてきていた。

「私と同じになれるんですよ?嬉しくないですか?何故喜ばないんですか?」

狂ってる。

ギンジや白拍子、伏見カケルは金縛りにあったかのように動けなくなっていた。

それは俺も同じだった。

「さあ…、喜んで礼を言いなさい。私に切られる光栄!身に余るでしょう。跪きなさい!嬉しいと言って泣きなさい!」

冗談じゃない。

心の中では足掻いているのだが、それは中々表面化しない。

気づけば、舌舐めずりをする狂人の姿が目の前にあった。

「いきますよぉ。」

彼はナイフを振り上げ、勢い良く振り下ろした。

こめかみに走る激痛。ぶちぶちっという頬の皮膚組織が無理矢理二つに裂かれる音が耳の奥に響く。

「ヒッ…、ヒャハハハハァ‼︎」

甲高い、快楽に満ちた笑い。

「良かったですねぇ、私と同じですよぉ。もっと喜んでください、何で喜ばないんです?…喜べ‼︎」

異次元の俺は俺の頬を張った。

左に平手打ち。たった今開いた傷口に響く。

「喜べ‼︎嬉しいと言え‼︎」

今度は右頬に平手が飛んできた。

傷口に直接平手が決まり、激しい痛みにひたすら耐える。

「…。」

異次元の俺は、俺の右頬を打った掌を見た。

その顔が、みるみるうちに怒りに満ちていく。

「血が…。貴様の汚らわしい血が付いたじゃないかっ!」

腹部に、蹴りが深く入る。

「どうしてくれる、俺の高貴な手を貴様の汚ねェ血で汚しやがって‼︎」

堪らず倒れこんだ腹部にもう一発。

意識が朦朧とする。

「…止めねぇか‼︎」

ギンジの声が、薄っすらとした意識の中で聞こえた。

彼は長刀の柄を異次元の俺の背中に叩き込んだらしい。バシッという力強い音がした。

俺を蹴る足が止まる。そして彼はギンジを振り返った。

「このガキが…。このままじゃ済ませませんからね…‼︎」

そう言って、彼は笑いながら、ふらつく足取りで外へ出ていった。

俺の意識はそこで途切れた。

目覚めると、自宅の和室で朝を迎えていた。

「夢…、だったのか?」

右頬に手を当てる。

「痛っ‼︎」

不意に走る激痛。急いで洗面台に走る。

「うわっ‼︎」

俺の右頬には、3cmちょっとの裂傷が赤い口を開いていた。

「夢じゃ…、なかったのか…。」

俺の頭の中を、右頬に裂傷を作った異次元の俺の冷笑がよぎる。

「あれが本当だとしたら…。」

これからどうなるのだろう。

俺は頬の傷口に手を当てたまま、呆然として考えた。

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ssSAMIRAss様、コメントありがとうございます。
嬉しいお言葉、ありがとうございます。三浦のシリーズは描写が少々えぐい事が多いので、読者の方々が不快になっていないか不安になっていた折でして、安心しました。
楽しみにしてくださる方がいらっしゃるのなら、続きもまた書かせていただこうと思います。

三浦異界忌憚最近かなり好きです。キャラが濃く際立ってる作品も読みやすくて好きですが、このシリーズはおはなしが際立ってるし、不気味さがちょいちょいはんぱなくて大好きです。