長編6
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蝕むモノ2

素面の時の父は、非常に人当たりが良い。自営業なんだから当然と言えば当然。

下校し、玄関を開けた時に来客の靴があると、内心ヨッシャーって思う。小規模の狂喜乱舞に近い心境。

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来客へのご挨拶には細心の注意を払う。

廊下に跪き、両手で障子戸を開ける。最初の『スッ』は低い位置から小さく。

二度目で全開にする。手は顎の位置辺りで、一気に『スーーーー』っと開ける。

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そこで三つ指をついて「学校から、ただいま戻りました」と深く頭を下げ、次いでお客様の方に向かって「いらっしゃいませ」と微笑む。あくまで好感度の高い<微笑み>でなくてはならない。

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大抵の<お客様>は、その挨拶に驚く。

どこぞのお嬢様風情を演出するのだから、当然っちゃ当然。

そこから私は、楚々とした動作で入室せず台所へ行く。

季節を考えたお茶を出さねばならない。

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「いらっしゃいませ」の時に、相手から目を逸らす一瞬で、茶菓子は出されているか確認しておく。

出されていても、ダッシュで祖母宅へ向かい「なんか、お茶菓子を少し分けて」といっては貰う。

新しくお茶を淹れ直し、新たに追加のお茶菓子も準備し、茶の間へと戻る。

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先程と同じように障子戸を開け、「失礼いたします」と述べ、父の返事を待ち入室。

盆に載せたそれらを束の間、横に置いて「初めまして。娘の沙羅と申します。宜しくお願いいたします」と会釈程度で済ませ、お茶の交換を済ませる。

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交換している間に、父が来客は「どこそこの、誰それさんだ」と告げるのを聞いて

「・・そうですか。父が大変お世話になってるようで、、、(ニッコリ)」

とか

「この度は、散らかしてまして(室内)申し訳ございません(ニッコリ)」

とか、内容を変える。

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お客によって、反応は様々だ。

丁寧に挨拶を返してくれる方、私の事は放置して「いや~躾の行き届いた娘さんだ」と父を誉める方。

私にとっては、どうでもよい。重要なのは・・・

この<ご挨拶>が成功するかどうかで、今夜降る『血の雨』の量が変わること。

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その日の接待は、そこそこ上手くいった。はずだったのだが・・・

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「初めまして」が大失敗だった。

初めてぢゃ~ないじゃ~~ん。((゚д゚;))のお客様だったのだ。

「沙羅ちゃん、大きくなって(^^ 忘れちゃってても仕方ないよね」と客からの指摘を受け顔面蒼白。

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・・・・あぁ・・・絶望・・

~~

案の定、客が帰ると怒鳴られる。

俺に恥をかかせて、そんなに面白いのか。と・・

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ドサッと父が座り込む。

床の間脇の押し入れを背にした指定席。

押し入れ前には、『木刀』が寝かしてある。

いつでも取り出せるように・・だ・・

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先程淹れた父の湯呑にウィスキーが注がれた・・

延々と無駄に続く罵詈雑言。

聞いてるふりをしながら聞き流す。

包帯でグルグル巻きにされた右手をさすりながら。。

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小学6年。

私は右手に今も消えない傷を負った。

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原因なんて、些細なもの。

父の好物が、『つまみ』としてではなく『夕飯のおかず』として出されたことに腹を立てた父。

陶器の大皿に盛られたソレを怒鳴りながら、母の頭へ、ぶっかけようとした。

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母の隣に座っていた私が、『・・それ、屈辱だよね』と思ったのと同時に、私の手は母の頭を庇った。

大皿は、私の手の甲で割れ、破片が突き刺さった状態だった。

不思議と痛みはなく、青白い肉と真っ白な筋が見えた。

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パックリと開いた傷をただ見つめていると、ジワリと赤いものが浮き上がってきた。

・・へぇ・・血が出るわけだ。つか、血管見えてたっけ?

妙に冷静なコトを考えている間に、血は私の右手を染めていった。

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血で服や畳などを汚さないようにするため、少しずつ右手の角度を変える。

・・それも空しく、肘を立てねばならないほどに流血し始めた。

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その怪我にいち早く気付いた母が、珍しく声を荒立てた。

「あんたっっ!!手!手がっ!!」

既に血濡れになっている私の右腕を掴みあげ、父に見えるように前に突き出された。

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父は、軽く「ふんっ」と鼻を鳴らし、心臓より高い所に腕を高く上げておけと言った。

そして母にタクシーの手配をさせる。

流血すると、体温が下がる。とても寒いのだ。

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タクシーが到着するまでに、私の体は毛布でくるまれ、何度も父のシナリオを繰り返される。

病院へ到着。

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宿直医は、外科の先生だった。

処置の間、父は外に出され、医者と二人きりの大きな診察室。

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医者:「大丈夫。誰にも言わないから、本当の事話して」

沙羅:「・・お皿を洗っていたら、上から皿が落ちてきて」

医者:「こんな夜中に、皿洗い?」

沙羅:「・・宿題してたら遅くなって・・」

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頑として父のシナリオ通りの話しかしない私に医者は言った。「沙羅ちゃん?大丈夫だよ」

そして、父が診察室へ呼ばれ、こっぴどく説教を喰らう。

「夜中に手伝いさせるなんて、親のする事か!」と

「今度こんな怪我するような手伝いさせたら許しませんよ」と。

そして私の頭をゆっくりと撫でた。・・全てお見通しだ。と言わんばかりだった。

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病院から帰ると、既に寝床が用意されていた。

薄いピンク色のパジャマもある。。。

ずっと『パジャマ着て眠りたい』が夢だった。

明日の腱を縫い合わせる手術前なので、コレを着て眠ってよいのだろう。

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どの位の時間が過ぎたのだろう。。

ふと気づくと、誰かが枕元で私の髪を撫でながら「ひっく・・ひっく・・」としゃくりあげている。

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「・・沙羅。ごめんな。一生消えない傷をつけてしまった」

小さな声で「ごめん。ごめんなさい。」と繰り返す父。

たった今、目が覚めたように、父に話しかける。

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「・・もう過ぎちゃったことだもん大丈夫だよ。」

「それより、心配なのは今まで通りギター弾けるかなってこと」

父は涙を腕で拭い去ると

「練習すれば、今まで通りより上手になるぞ」と答えた。

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・・お父ちゃん・・

みんな、いっぱい怪我するから、お酒飲むのやめてくれない?

こういう凹んでる時のお願いなら聞いてくれるかも。との淡い期待を込めて嘆願する。

「・・それが出来たなら・・幸せなんだろうな」

諦めを含んだ溜息交じりの返答があった。

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本格的な手術を終え、間もなく抜糸を迎える頃に断酒していた父がまた飲み始めるようになった。

あの日、あの夜、「ごめん」と謝っていた口からは、二度と謝罪の言葉は出なかった。

『勝手に手を差し出した、テメーが悪い』

だそうだ。

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一度口に出してしまえば、何度も口から出るものだ。

俺の娘じゃない。テメーが悪い。

それらが、飽きもせず何度も繰り返される日々。

日々は重なり、年月となる。

それと共に「この家、土地、置いて出ていきやがれ」

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・・出ていくのは、どっちだ?

この土地も家も、祖母のモノだけど。

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その昔、乳飲み子だった母を連れ、行商している所に祖母のお父様が訪ねてきたそうだ。

当時の金額で100万。

今にすれば、7~800万だったろうと、祖母は言う。

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そのお金を懐から出し、祖母に手渡しながら

「これで、まずは土地を買え。借金してでも家を建てろ」

そう言い残し、去って行ったのだという。

祖母は言われた通りに、安い土地を買った。

そして、行商に明け暮れ、借金をせずとも家を建てた。

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・・それが、沙羅宅だ。

一人娘(沙羅母)の結婚に間に合うように建てた。

真面目そうな好青年(沙羅父)が婿に来てくれる。

婿様を迎えるために、新居が必要だと用意してくれたのだ。

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そして、自分たちも同じ敷地内に家を構え、老後の心配もないように、設えたのだ。

当然、祖母の中には

(私の父ちゃんがくれた金で買った土地)の執着がある。

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母の中には

(母ちゃんが建ててくれた家)

(最期まで面倒見るのが私の務め)との意味で執着する。

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父は・・・・

どんな思いがあったのだろう。。

恐らく・・推測の域を出ないが、祖父母の財産を我が手にしようとしていたように見えていた。

少なくとも、「この家、土地・・」との定型文を怒鳴るときは、財産目当てとしか思えなかった。

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そして現在。

兄も私も「こんな土地、売ってしまえばいい」と口を揃えて言う。

祖母は施設に入ってしまった。

母も、少しずつ認知症が出始めている。

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あの土地は、人を喰らう土地だ。

人が住んでよい土地ではない。

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父が亡くなった時、ほぼ全てに近い状態で、雑魚を連れて行ってくれた。

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まだ・・・残っているけどね。。

肝心なラスボスなんだけどね。。

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リュミエールさま
いつもありがとうございます(^^

父は、3年前に最高の亡くなり方(?)をしました。
その時、あまりにも満足そうでしたので、そこらへんに纏わるetcを3で書いていこうと思います。
3で、今回リュミエールさんの疑問に思われた部分は補足出来ると思われますので、
飽きてなければお付き合い下さると嬉しいです(^^

mamiさま
いつも優しい言ノ葉をありがとうございます(^^

んもぅ~淡々と書くしかないんですよねぇ~
実体験、丸まんまなので、どうしても「いかにも」な風には・・
ラスボス。気になっちゃいます?

予定では、3と番外編で終了したいと思っています。
よろしければ、お付き合い下さいね(^^

お父さん亡くなられてたんですね… 沙羅さんの家にいるのは人を徐々に蝕んでいくモノなのだとしたら確かに人が住んでいい場所ではないですね。 お父さん自身も辛かったでしょうけど、だからと言って自分の奥さんや子供達に暴力を振るっていい理由にはならないと思います。本当に子供達が大事ならお酒もやめれると思いますし、本当に奥さんが大事なら家や土地を置いていけなど言わないでしょう。 家族を守る為に粉骨砕身頑張って欲しかったなっていうのが正直な気持ちです。 ちょっと疑問に思ったのですが、沙羅さんとお兄さんは蝕まれなかったんですか?

沙羅さんが、淡々と読みやすい文章で書かれているので、フィクションの小説を読んでいるように感じてしまうのですが…ふっと、ノンフィクションだったと思い出し、切なくなります。
お父様もつらかった時はあったと思いますし…
沙羅さんのように、お父様のことまで気にかける優しい女性に育ったことをすごく思います。

ラスボス、気になりますねぇ。