中編5
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一ヶ月

ギガントマキアの大戦に破れた我々は、絶望の淵に立たされていた。

もはや、我々の部隊は、ほぼ全滅。圧倒的な力と体を有するギガンテスの前に、我々はあまりにも脆弱で無力だった。二度と逃げることのできない要塞に捕らわれて捕虜となり身動きが取れずにそのまま死に行く兵もあれば、完膚なきまで叩き潰されてほぼ原型をとどめない兵もいた。

まさに、戦場は地獄絵図だった。

ただ一人、この部隊で生き残った俺はといえば、ほぼ虫の息だった。

せめて、死ぬ前に一度だけでも恋をしてみたかった。

俺は女も知らずに、このまま朽ち果てて行くのか。

そう思うと、自虐的な笑いすらこみ上げてくる。

その時、強烈な光が俺の視界を遮った。

「哀れな有限寿命者よ。」

俺の目の前に、光る巨像が現れた。

「誰?」

俺がかすれた声で問うと、それは答えた。

「我はウラノス。母なる大地、ガイアから生まれしわが子よ。哀れなお前の願いを一月ほど叶えよう。」

何を言ってるんだ?こいつ。意味がわからねえ。

そして強烈な光が俺を包んだ。

俺はしばらく眩しさに目を開けることができなかった。

「大丈夫ですか?」

俺はその声にようやく、目を開けることができることに気付いた。

俺の目の前に、天使が現れた。ここは天国か?

だが、この女は天使にしては様子が変だ。美しい女だが、翼は無い。女神か?

なんだかおかしな格好をしている。袖は短く、衿がやけに広い上着を着ており、ドレスのすそはやけに短い。

これでは、女性の大事な部分が見えてしまうではないか。俺は顔を赤らめた。

「大丈夫。心配ない。」

俺は意外と、自分の体が復活していることに驚きが隠せなかった。

「気分が悪いんでしたら、あそこに病院がありますよ?」

その女は、病院と呼ぶ巨大な建築物を指した。

「本当に大丈夫だ。心配をかけてすまない。」

私がそう言うと、女はぷっと息を噴出して笑った。

「変な人。まるで、昔の人みたいにしゃべるんだね。」

笑顔が眩しかった。俺は心臓がバクバクと音を立てて、女に聞かれてしまうのではないかと思った。

「大丈夫なら、私、行くね。」

そう言うと小さく手を振って女は去ろうとした。

「あ、待って。おぬし、名は?なんと申す?」

女が振り向いた。真っ白な歯をむき出して笑った。かわいい。

「サヤ。松下サヤだよ。あなたは?」

「お、俺は・・・・。クルス。」

「来栖君かあ。じゃあね、気をつけて帰るんだよ。」

サヤ、マツシタサヤ。

その名を呼ぶだけで熱に浮かされるように、頭の芯がジーンとした。

もしかして、これが恋というものだろうか。

去り行くサヤを見送りながら、俺は初めて自分の置かれた状況に気付く。

なんだ、ここは。

先程までの地獄絵図とは全く違う風景が広がっていた。

近代的なビルが、川岸の向こうに立ち並んでいた。

俺が倒れていたのは、大きな一級河川の河川敷。

まるでこれは、異世界ではないか。

もしかして、俺は戦場から異世界へ飛ばされたのか?

「一月だけ、願いを叶えよう。」

そう言ったあの巨像は神なのか?

とりあえず、生きながらえた俺は、街をさまよった。

腹が減っていた。町をさまよっていると、美味そうなにおいが漂ってきた。

俺がふらふらとその方向に行くと、若い女が俺にパンを差し出してきた。

「新製品となっておりまーす。ぜひ、試食していってくださいね。」

満面の笑顔で俺にパンを差し出してきたので

「すまない。」

そう言うと、パンを受け取って噛り付く。

うまい。こんな美味いパンは食べたことが無い。

俺の言葉に笑顔を引きつらせながらも、女はまた別の人間にパンを渡していた。

奇特な女がいるものだ。タダでパンを配るとは。

俺はどうやら、神の情けで1ヶ月だけ生を得たらしい。

そして、恋も。マツシタサヤの笑顔がずっと目に焼きついて離れない。

俺は川辺で呆然と立っていると、水面に写っている姿に驚愕した。

「こ、これが・・・俺?」

その姿は、全く以前とは別の物だった。俺は驚くべき変貌を遂げていた。

手足はすらりと長く、黒髪、色は浅黒く、顔は神掛かった美しさだった。

街を歩けば、いろんな女が振り向き、俺に声をかけてくる女も居た。

俺に声を掛けて来る女に腹が減ったと言えば、いろいろな食物を与えてくれた。

なんと親切な国なのだろう。

この国の女はいつも不思議なことを言う。

「ねえねえ、ケイバン教えて?ケイタイ、持ってるんでしょ?」

そう言われるたびに俺は困惑してしまう。

「すまない。そのようなものは持ち合わせていないのだ。」

そう言うと女は不満そうに去って行った。

そして、数日後、また俺は運命の出会いを果たす。

偶然また街で「マツシタサヤ」に出会うことができたのだ。

「あ、来栖くん、もう具合は大丈夫なの?」

「ああ、心配ない。」

「ふふっ、相変わらず、へんなのー。」

それから、俺達は時々、会うようになった。

「ねえ、来栖君ってどこに住んでるの?」

そう問われて俺は返答に困った。

「河川敷のベンチ。」

そう答えると、サヤはポカンとした。

「またまたぁ、真面目な振りしてサヤをからかってるんだねえ?」

そう言って信じてもらえなかった。

「今日ね、うち、親が留守なんだ。一人で女の子が留守番って物騒でしょ?来栖君、今日、サヤの用心棒になってくんない?」

サヤがそう言いながら俺の手をとり、上目遣いに見てきた。

もう俺の心臓は爆発寸前だった。

「あ、ああ。良いのか?」

それは、額面通りに取って良いのだろうか。

サヤは小さな顔を俺に近づけると、息がかかるほどの距離で耳元に囁いた。

「いいよ。」

俺は天にも昇る気持ちだった。

死んでもいい!

いや、今死んでたまるかよ。

俺はサヤの家に招かれた。

サヤは俺に手料理をご馳走してくれた。

あの戦場で戦っていた俺に、今こんな幸せな時間が訪れるとは夢にも思っていなかった。

「お風呂、沸いてるよ。」

そう言うと、俺にサヤが風呂を勧めてきた。

俺は遠慮なく、いただく。

風呂など、どれくらいぶりだろうか。俺が風呂に入っていると、脱衣場のあたりに人の気配がした。

後ろを振り向いた。

サヤ?

嘘だろう?

まさか、入ってくるつもりじゃあ。

「来栖君、サヤも入っていい?」

俺は頭に血が上った。

そして、違う所にも血が上った。恥ずかしいほど充血している俺自身。

もうダメだ。我慢できない。

風呂のドアが開けられる。

「サヤ!」

俺は、サヤを抱きしめようと走った。

すると、サヤは驚愕の表情を浮かべ叫んだ。

「キャア、ゴキブリっ!」

スローモーションのように、巨大なスリッパが俺に向かって振り下ろされた。

俺の体のいたる所から内臓が飛び出す。

「残念じゃったな。時間切れじゃ。」

神様、そんな殺生な。

俺はあと少しというところで、元のゴキブリの姿に戻ってしまったのだった。

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ロビン魔太郎様
コメント、怖い、ありがとうございます。
あまり日の目を見なかったものにありがとうございます。
正統派ホラーを書けないので、いつか「お前の書くもん、ホラーちゃうやんけ」という突っ込みが来るのではないかと、ドキドキしている毎日でございます。

くっ!!な、なかなかやりますね…ひ…ψ(`∇´)ψカサカサ カサカサ カサカサ

しょんたろう様
コメントありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。最悪の結末しか思いつかないのでネガティブなのだと思います。

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寧ろオチが カッケー!ですw

吉井様
コメントありがとうございます。最初だけはかっこよかったかもですね。
りこ様
コメントありがとうございます。いやあ、いつも突拍子も無い結末ですみません。
ピノ様
コメントありがとうございます。いつも読んでいただき、たくさん怖いをいただき、ありがとうございます。変な結末ばかりでごめんなさい。もっとゾクゾクするものを書くよう精進します。

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カッケー!超カッケー!。