中編5
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ピアノ室

私が高校生の頃。

保育士を目指して通っていた高校。

当時の公立高校で『保育科』は、日本の中で10校程しかなかったのだが、ラッキーな事に、内1校だけが沙羅宅から徒歩7分の場所にあった。

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歴史の古い女子高だった。

3世代入学という子も居るほど、古い高校。

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保育科である以上、ピアノ室が当然ある。

二階建ての家庭科棟。

二階は階段を上ると二手に分かれる。

左は実習室。右がピアノ室。

実習室の入り口の脇には、教員室がある。

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ピアノ室は土足禁止のため、部屋の入り口の靴箱に上履きを入れ、裸足で入室する。

なので、誰かが居れば、一目瞭然。

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陸上も新体操もDr.ストップが掛かってからの私が通うのは、専らピアノ室となった。

『出る』んだって~という噂もあったのだが、学校の七不思議の類だろうと思ってた。

具体的な事例が無かったからだ。

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入室すると大教室があり、電子ピアノが25台。

大教室の後方、道路側には、通路を挟んで2列の個室。

通路左手は5室、右手4室。

全部で9室の、ちゃんとしたスタンドピアノがある。

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両親には『部活』だと言ってある。

20時~21時までに帰宅すれば問題なかった。

気が済むまで練習していた。

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私の愛用は、大教室からも通路からも出入りの出来る唯一の個室。

通路から一番奥、右手の部屋。

この個室と、通路を挟んだ隣の個室だけ窓がある。

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他の個室は、いちいち時計を見ないと時間が判らないが、愛用の個室は外が暗くなるタイミングで時間帯が判るのと、直接大教室に出れるので、万が一の際にも脱出に最適だ。

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早朝も、昼休みも、放課後も通い倒した。

高校に入って初めて鍵盤を触った私。

猛練習の結果も出している。

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~~

ある日、いつものように愛用の個室で弾いていた。

誰かが、二つ後ろの個室で練習を始めたようだ。

※(音の響き具合で、場所が判る。)

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(・・めちゃくちゃ巧いじゃん・・)

何の曲なのか、皆目わからないけれど、とにかく上手だ。

まるで感情をそのまま音で表現しているような。。

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私は、自分の手を止める。

少し音色を聞きたかったのだ。

・・すると、向こうも演奏をやめる。

(私に気を遣ってるのかな??)

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私がまた弾き始めると、あちらも少し遅れて練習に入る。

大きく強く、そして激しいかと思えば、急に切なくなるような小さな音を奏でる。

絶対、課題曲や練習曲なんかじゃない。難しい曲だ。

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外も暗くなり楽譜も見えなくなってきた。

電気を点けるために通路側のドアを開けた。

・・・どの部屋にも電気など点いていない。

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私が弾くのをやめたからだろう。今まで弾いていたはずの曲も聞こえない。

(この暗い中で練習するかな・・・)

疑問には思ったけど、暗譜してるのなら特に問題ない。

実際に目を閉じていても弾けるのは実証済みだ。

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けれど、更に疑問が持ち上がる。

1年~3年まで、1クラスずつしかない保育科だ。どの学年の情報も、至って普通に入ってくる。

ここまで上手な子・・・いないよなぁ~。

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自分の個室の電気を点けて、また練習を始める・・

19時頃まで練習をして、私は帰ることにした。

一応、全部の部屋を見て回ろうと思っていた。

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楽譜を鞄に詰め込み、ピアノを綺麗にし、黒光りのする蓋を閉じる。

いつもなら、直接大教室へ出るのだが、その日は各個室に声を掛けるため通路に出た。

誰か居たなら賞賛を。そして曲名も教えてもらおうと。。

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自分の個室の電気を消すと、異常なほどの暗闇だった。

・・うっわ~~真っ暗じゃん・・

目が慣れるまで、暗闇の中、立ち尽くしていた。

通路反対側の部屋をノックして開ける。

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誰も居ない。

そんなの判ってる。通路側のドアには大きな窓が嵌めてあるからだ。

この個室に限っては、誰かが居たなら姿も座ったままで目視できる。

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次々と、各部屋をノックしては開ける。

何故、窓から覗くだけにしないのか?

ドア窓の真下に隠れてしまえば、通路から目視できないから。

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結局、誰も個室には居なかった。

大教室の電子ピアノが置いてある隙間も確認はした。

隠れられそうな場所は、もう無い。

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ピアノ室を出て、靴箱を見る。

私の上履きしか入っていない。

私は上履きを履くと、教員室へ声を掛けた。

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沙羅「失礼しま~す!」

先生「おつかれさま~!今日は終了?」

沙羅「えぇ。遅くさせちゃって、すいませんでしたぁ~」

先生「大丈夫よ~」

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ところで、センセ?ピアノ室に、誰かもう一人居ます?

え?いないよ?今日は沙羅さんだけだもの。

え~~~?誰か、メチャ上手な子が弾いてましたよ~

うっそ!?ヤダ怖いこと言わないでよ~

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概ねの説明をすると、施錠の為にも確認しなきゃいけない。

でも一人じゃ怖いから、沙羅さんも一緒に来てくれない?

二人で点検をすることになった。

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結局、誰も見つからず、先生は怖がって私の腕にしがみつきながら、家庭科棟の戸締りをした。

・・何故に、本館2階の職員室まで送らねばいけないのだろう?

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宿直の先生は、見回りの時間まで宿直室に行ってしまっているため、本館には誰も居ないのだ。

昼間の生徒たちの気配だけが残る暗い校舎は、正直不気味だ。

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先生が言う。

鍵を保管庫に入れてくるから、待っててね?置いていかないでね?

一緒に帰りましょう??

・・そして、先生を駐車場まで送り、発車するのを見届けて私は帰路へついた。

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~~

数日後、また私は一人の練習になった。

(大抵の日は、誰かしら練習に来る)

(・・・今日は、一人だよな)

靴箱を確認してから入室。

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特別、これといった事もなく終了。

また教員室に声を掛ける。

すると、先日の先生(日によって残ってる先生が違う)が待ち構えていたように、話し出した。

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あのね、私、こないだの事が気になって、他の先生に聞いたのよ。

そしたら、もう怖くて怖くて。。

既に今にも泣き出しそうだ。

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先生の聴いた話とは。。

数年前。まだ10年も経ってないのだけど、ピアニストを目指してる子がいた。

その子は、中国からの転入生でね。。

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普通科の子だったけど、ピアノ室を使わせていたんだって。

でね、大きなコンクールが目前で、毎日毎日、それはもう熱心に練習をしていたらしいの。

だけど残念なことに、車に撥ねられてしまって。

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それで。。片腕を切断してしまったの。。

入院中に病院から飛び降りて自殺してしまった。

・・私は新任だから、変な先入観を持たないように黙っててくれたのね・・

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私は、返す言葉も見つからず

ただ・・「そんな悲しいコトがあったんですね」としか言えなかった。

その日も先生と二人、駐車場まで歩いて行った。

やるせない気持ちでいっぱいだった。

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・・この話、内緒ね。他の生徒を怖がらせたくないの。

・・もちろんです。

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このピアノ室での、具体的な事案はない。

と、先に書いたが、それは本当はウソだ。

みんなで、体験した事もあったんだ。

だけど、『気のせいだよ!!』と言い張る私に、みんな賛同した。

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・・気のせい・・

それで、済ませることが出来るレベルの事象だったから。

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現在、私の通った懐かしの母校は名前を変え、男女共学となり、あのピアノ室はイベント用なのか、部室なのか分からないようになっている。

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裂久夜さま
コメントありがとうございます(^^

これ、本当に切なかったです。
書き逃してしまいましたが、その子はコンクールに向かう途中だったそうで。。
夢半ばの彼女の無念を想うと、やるせない気持ちです。

怖さより不気味さが先に立ち…
事情を知ると切ない気持ちになりました。

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先生、可愛すぎでしょ( ´艸`)
しかし…教育者である以上、それはだめでしょ!!とか思っちゃいました。
沙羅さんじゃなかったら、駐車場で見送るまでとかムリですよねぇ!?