コインロッカーのチカちゃん

中編5
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コインロッカーのチカちゃん

クラスメイトの萌恵が、学校を休んだ。

担任の話からすると、風邪らしい。

よほど酷いのを引いたのかな、と思った。

萌恵は何があっても学校を休まない子だったから。

進学ではなく就職を目標としているので、三ヶ年皆勤を貰うと色々と有利なのだとか。

一学期にも体調を崩していたが、其の時だって38度の熱を出しながら学校に来ていたのだ。

・・・・・・だからこそ、帰りの駅で元気そうな萌恵を見た時は、驚いた。

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。。。。。。

最初は人間違いかと思った。

風邪を引いている様子でもなかったし、真面目な彼女がサボりをするなんて思えなかったからだ。

けれど、其の予想は容易く砕かれた。萌恵本人の方から話し掛けて来たのだ。

「あ、冬香。今帰りなの?」

益々驚いた。と同時に不審に思う。

何故なら、もし彼女がサボりだったのなら、学校帰りのクラスメイトに話し掛けて来たりしないだろう。だが、風邪で病院帰り・・・という訳でもなさそうだ。そもそも、時刻はもう午後十時に近い。

「萌恵。」

「うん?何?」

何でもないような顔で萌恵は首を傾げた。

まるで、自分が何一つ可笑しな行動を取っていないかのように。

「学校、どうしたの?」

「ちょっとした事情でね。休ませて貰った。」

「でも、先生が風邪だって・・・」

困惑する私に、萌恵が肩を竦めながら答える。

「そう。そう言われてる筈だよね。頼んで、暈して伝えて貰ったの。」

「そうなんだ。じゃあ、何が」

「残念だけど、其れは言えない。わざわざ暈して貰った意味無くなっちゃうから。」

其の言葉に私は、ふーん、と相槌を打った。まだ少しモヤモヤした感じは残るけれど。

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。。。。。。

暫く駅のホームで話をした。

主に今日あった授業と、教えられたテスト範囲のことについて。

萌恵が言った。

「冬香って本当に真面目だよね。」

反論する気は特に無かったので、曖昧に頷いて見せる。けれど、萌恵だって大概真面目な部類だろう。

何だか馬鹿にされているような気がして、私は黙り込んだ。

沈黙は気不味くて嫌いだけど、自分からどうこうする気も無い。

「ねぇ、冬香。チカちゃんって知ってる?」

そんな微妙な沈黙を破り、唐突に萌恵は言った。

何だか無理矢理な感じがしたが、本人は気にしていないらしい。

「チカちゃん。」

思わず聞き返した。誰だろう。親しげな呼び方から察するにクラスにはそんな人居なかったと思ったが・・・。

「そう。最近流行ってる・・・」

「芸能人?」

「ううん。都市伝説。」

突然何を言い出すのだろう。

都市伝説?そんなものに、萌恵は興味を持つような人間だっただろうか。

恐る恐る尋ねてみる。

「・・・・・・都市伝説って、どんな?」

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~~~

萌恵はやけに自信たっぷりな様子で言った。

「チカちゃんが居るロッカーが、この駅の何処かに有るの。チカちゃんは願いを叶えてくれるんだって。」

「其のチカちゃんって、何?妖怪か何か?」

「分かんない。願いを叶えてくれる何か。」

「何処のロッカーに居るの?」

「知らない。」

分からないことだらけだ。

私が首を傾げていると、萌恵はまた唐突に言った。

「私、もう行くね。」

「え?」

くるりと後ろを向いて、萌恵が歩き出す。

「まって、まだ話は・・・」

「チカちゃんには質問したら駄目なんだよ。連れてかれちゃうから。するのは御願いだけ。」

呼び止めようとする声も虚しく、萌恵の歩くスピードが上がる。もう殆ど駆け足だ。

追い掛けようとも思ったが、人の多い駅の中だ。彼女の背が見えなくなるのは本当に一瞬だったので、其れも出来なかった。

私は暫くの間呆然とその場に立ち尽くしていた。

ふと下を見て、呟く。

「チカちゃんのロッカー・・・ね。」

手元に有るジャージの入った紙袋。使う日を一日早く勘違いしていたのだ。

・・・・・・丁度良いのかもしれない。

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。。。。。。

ロッカーは正面から見て右から五段目、上から三段目の部分を除き、全て使われていた。

珍しいな、と思う。

私が使っている方の出入り口は、もう片方の出入り口と比べて極端に利用者が少ないのだ。現に、今日だって私以外に人が居ない。

だから、此処のロッカーがこんなに埋まっているのは、初めて見た。

ロッカーの銀色の戸は、丁度私の目の高さに設置されている。

・・・・・・何だか気持ちが悪い。止めておこうか。紙袋を強く握り締める。

すると、頭の中に萌恵の顔が浮かび上がった。

今日私が此のロッカーを使えば、良い話のネタになる。

明日、私は彼女に向かって笑いながら言うのだ。

「何もなかったよ。」って。

今日は少し調子が可笑しかったが、萌恵も明日には元に戻っているに違いない。

そしてきっと、彼女は「騙されたね。本当に冬香は真面目なんだから」と笑うのだ。

私は、空いている最後の戸へと手を伸ばした。

「あ。」

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。。。。。。

中に、萌恵が詰まっていた。

ギュッと凝縮されて、血の気の失せた白い顔を此方に向けて。

「あ、あ、あ・・・・・・。」

後退りをしながら、周りを見渡した。やっぱり誰も居ない。

見間違いだと思って、もう一度見てみる。

萌恵は長い髪を首に巻き付けて、ロッカーへと収められていた。

目は強く閉じられて、若干落ち窪んでいた。

プン、とすえた臭いが鼻を突く。

私は無意識に疑問を口から発していた。

「何で。何此れ・・・・・・?」

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次の瞬間、萌恵の目がギョロッと見開かれた。

「こんにちは。私、チカちゃん。」

耳障りで、甲高い無機質な声。

「《何で》って言ったから、教えてあげる。」

落ちるようにガクンと下がった顎が、辛うじて揺らしていると言えるか言えないか程度に動く。

「チカちゃんは、まねっこが上手なのよ!」

腐臭が一層強くなった。もしかしたら、もう内臓が腐り始めているのかもしれない。

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きつく閉じられていた瞼が、痙攣をしながらゆっくりと開く。

「質問してくれてありがとうね!今日から貴女もお友達!」

最後に耳に残ったのは、そんな声だった。

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。。。。。。

。。。。。

。。。

「あ、冬香!今日どうして学校来なかったの?」

「ううん。ちょっとね。其れよりさ・・・」

チカちゃんって、知ってる?

Concrete
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紫さんへ
コメントありがとうございます。

こんにちは。
もうお昼になってしまいましたね。
コンビニで此れを書いています。

息抜きというか・・・本当に、自分の趣味です(笑)
次回からは、また兄達の話に戻りますよ。

都市伝説・・・基、地方都市伝説の改変なのですが、お気に召して頂けたようですね。
僕も嬉しいです。
宜しければ、またお付き合いください。

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こんばんは♪紫です(*^-^*)

女の子の話が書きたかった。ここの所、主にあの兄様達だけでしたもんね(^◇^;)
何となくではありますが…お気持ちお察し致します(笑)

それにしても今回のお話もまた怖かったです。
紺野さんのお話は最初から最後まで面白いのですが、特にオチが素晴らしいと思います。
途中のゾッとする恐怖が心拍数を上げ、最後に足元を掬われるような不安感に襲われると言いますか。まだ恐怖は続いているのだと感じさせられます。

本編は勿論、合間のオリジナル作品も大好きです(≧∇≦*)

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鏡水花さんへ
コメントありがとうございます。

一応、知り合いから聞いた都市伝説を元にしたオリジナルの話です。元の話は、前述の通り《コインロッカーベイビー》の派生と思われます。

其れにしても、そんなに似ているのでしょうか。見たことの無い作品ですが、何だか興味が湧いてきました。

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mamiさんへ
コメントありがとうございます。

偶にはまともな話を書いてみようかと思いまして。もう夏も終わりですからね。

怖くないですよー(´・ω・`)ノ
自分で言うのも何ですが、僕は人畜無害という言葉を具現化したような人間です。

そう言って貰えると安心します。
気味悪がられないかとヒヤヒヤしていました(笑)

此れからどんどん過ごし易い季節になって行きます。お互い、頑張って今を乗りきりましょうね。

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沙羅さんへ
コメントありがとうございます。

どちらも系統として《コインロッカーベイビー》の流れを組んでいますからね。似ているのも頷けるでしょう。

違いますよ(笑)
単にむさ苦しい字面から一時逃避しただけです。
ホラーで男ばかりだと、どうしても華に欠けると言いますか・・・。
其れに、女性だからこそ出せる怖さも有ると思うんです。

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裂久夜さんへ
コメントありがとうございます。

そうですね。いつの間にかばよえ~ん並みに連鎖していると思います。

何故にチカちゃんなのかは僕にも分かりませんが、やっぱり、役柄に合った名前というのが有るのでしょう。さとるくん然り、花子さん然り。

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都市伝説…
素直に怖い話しでした(T_T)

渋谷怪談のサッちゃんを彷彿させる話しですが、こちらの方が怖い〜(((T艸T))

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怖い!途中からドキドキしました。
うっかり、自宅で一人の時に読んでしまったので…
そして、紺野さんのコメントも、いつもと違って怖かったです。読み終えて、ドキドキが止まってない内に、更に鼓動が早くなってしまいました。

前回は、またもやあたたかいコメントをありがとうございました。私の住まいの地域を覚えていただいていた上、ご心配まで…
いつも、紺野さんには優しい気持ちにさせていただいています。

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サッちゃんのコインロッカーを思い出すお話ですね~

・・女の子が書きたかった=女の子になりたかった
では。。ないですよねぇぇぇ?まさかねぇ?(*^^*)
ナース服に・・(怖)

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こうして連鎖して行くのですね(>__

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