中編4
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クタクタ様

 俺の会社は、世間的にはブラック企業だった。欲ボケした連中に旨そうなネタを売りつけるのだから、確かに仕事はきつい。大抵のやつは、売ることができなくて、さんざん叱られて辞めていった。いつの間にか行方不明になったり、おかしくなって自殺する奴も多かった。

 だが、営業成績をキープできた俺は大丈夫だった。

 詐欺まがいだ、売れないのは会社が悪いと言う奴が同僚になった。あきれた奴だと思っていたら、そいつは病気になり、衰弱して死んでいった。負け犬の末路だ。

 俺は、平気だった。・・・社長から直命を受けるまでは。

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 ある日、急に社長室に呼び出された。

「うまくいく会社とうまくいかない会社がある。なぜだと思う?」

「従業員の頑張り次第ということでしょうか?」

 社長は首を振った。

「人間は、植物や動物を食べて生きる。では、会社はどうか。人間が生物の命を奪って生きるように、実は会社も命を奪い取って生きている。好調な会社は、沢山の顧客の命を吸っているのだ。少しずつだから、命を吸われているのが人間には分からない。だから会社はうまくいく。命を吸われる奴がいて、我々はそのおこぼれに預かっているわけだ。」

 この人は、何を言っているのだろう?

「必要な命を吸わなければ、会社は立ち行かない。そういう時にどうなるか分かるかい。 会社は、そこで働く者の命を吸うのだよ。命を吸われた者は衰弱し、吸われ続ければ、死に至る。君の同僚がそうなったようにね。」

 社長は、ついて来いと身振りで示し、ドアを開けて俺を奥の部屋に招き入れた。

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 社長室の奥の部屋は、いつも閉まっていて中を見たこともなかった。入ってみると、何もない殺風景な小部屋だ。

「ここに入るのは、初めてだろ? ここは、我が社の神様、我が社の本体とも言えるクタクタ様の部屋さ。」

 クタクタ様? 初めて耳にするが・・・

「クタクタ様の部屋といっても、クタクタ様自身がここにおわすわけじゃない。分かれて、会社で働く者一人一人に取り憑いている。従業員を通して、顧客の命を吸っているのさ。クタクタ様は、どん欲だが、仕える者には大きな見返りをもたらしてくれる。」

 社長は、俺を見据えて言った。

「ここは、クタクタ様にイケニエを捧げる場所でもある。この部屋に入った者は、1か月以内に命を吸い尽くされて死ぬ。見た目には、単なる衰弱死にしか見えないがね。」

 では、俺も社長も?

「安心しろ。我々はクタクタ様に見込まれている。君にイケニエを集めさせろと、私にお告げがあった。君は、クタクタ様が満足されるまで、イケニエとなる人間をここに連れてくるのだ。会社関係者でなければ誰でもいい。方法は任せる。別会社を立ち上げて、派遣やバイトを集めてもいい。必要な金は、私が直接君に渡そう。」

 俺は、言葉を返すことができなかった。

「君は、断ることができない。イケニエを連れてこなければ、君に取り憑いているクタクタ様が君の命を吸い尽くす。外に助けを求めても無駄だ。他人にはどうすることもできないし、気が狂ったと思われるだけだろう。」

 クタクタ様の部屋を出るとき、社長は分厚い封筒を俺に渡した。

「この金は好きに使っていい。社名が出ないように、うまくやってくれ。」

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 直命を受けても半信半疑だったが、めまいや耳鳴りが始まり、体調全般が悪化してきた。表に出さないようにし、妻にも黙っていたが、こっそり医者には行った。しかし、原因がわからないと言われ、薬も効かなかった。

 やるしかないと悟った俺は、別の会社の人間に成りすました。面接だ、説明だ、商談だと誘っては、数人をクタクタ様の部屋に送り込んだ。

 イケニエを捧げると、一時的に体調は良くなったが、またすぐ悪くなり、どんどん悪化していった。社長に訴えたが、冷たくあしらわれた。

「クタクタ様が、物足りないようだ。人集めに専念したらどうかね。前の仕事はもうやらなくてもいい。必要な金はいくらでも出す。手遅れにならないよう頑張ることだ。」

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 俺がクタクタ様の部屋に送り込んだ連中とは、そのあと決まって連絡が取れなくなっていたが、治らない痛みに苦しんでいた俺は、そんなことに構っていられなかった。

 しかし、連中のなかに近所に住んでいる奴がいたことをふと思い出し、帰宅の際に、様子を見に立ち寄ってみた。

 だが、会うことはできなかった。

 そいつは亡くなっており、ちょうど家で通夜が営まれているところだった。

 1か月どころじゃない。2週間もたってないのに?!

 急に吐き気を催し、俺は路上に吐いてしまった。そのなかには、多量の血が混じっていた。

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 ふらふらになりながら、俺は家にたどり着いた。出迎えた妻が「今日もくたくた様ね」と言って、微笑んだ。

 なぜ笑える? それに、クタクタ様をなぜ知っている?

 社長は、クタクタ様は会社で働く者一人一人に取り憑いている、と言っていた。妻とは職場結婚だ。そうか、妻にも取り憑いていたのか!

 命を吸う化け物に取り憑かれていると思うと、哀れだった。

 だから、俺は妻を殺した。

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 異常に疲れて、体中が痛い。

 先ほど、死んだ同僚が部屋にいるのが見えた。

 死が近づくと、死んだ奴が見えるのか?

 それとも、奴の姿を借りてクタクタが現れたのか?

 俺は、クタクタに命を吸い尽くされてもうすぐ死ぬが、人を殺した罪滅ぼしをする。

 クタクタの部屋を焼き払ってやる。

 社員全員に取り憑いたクタクタを根絶やしにはできないかもしれない。

 だが俺は、社長だけは許すことができない。社長と社長に取り憑いたクタクタは、必ず始末してやる。

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・・・妻を殺した男が職場に放火し多数の死傷者が出た事件で、焼死した犯人の胃から採り出された紙には、以上のことが書かれていた。

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