中編4
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てっちゃん

いやぁ、今日は運がいいよ。この店、土曜日はいつも混んでるんだ。この時間じゃ、席が空いてるのなんて奇跡だぜ。手羽先が有名でさ、持ち帰りもできる。

あ、とりあえず生2つね!

しかし、驚きだね! まさかここでお前に声かけられるとは思わなかったよ。大手の出版社に勤めて都内で働いてるって聞いてたからさ。

俺はずっと県内だよ。家から駅まではチャリだけど、会社は駅から徒歩2~3分ってとこばっかりだな。

ああ、体験談だったな。

それにしても記者ってのも毎年毎年大変だな。夏は大人気だもんな、怖い話。まぁ、俺もたいした話はないけどな。霊感なんてほぼないし。ハハハ。

あー、手羽先2人前ね。あと枝豆と揚げだし豆腐。あとはまた追加すればいいか。

……そうだな、てっちゃんの話なんかどうだ?

ほら、小学生の時転校しちゃった子。え、知らん? ああ、お前が引っ越してきたのは中学生ん時か。

うん。てっちゃんって子はさ、俺と同級生だったんだけど生まれつき病弱で左足が悪かったんだ。そのせいか、ちょっと暗かったんだよな。

俺らが小学生の頃なんて、まだゲーム機なんかもそんなに流行ってなかったから、遊びといえば外で走り回ることばっかりだったろ? だから仲間はずれってほどでもないんだけど、どうしても敬遠されがちだったんだよ。だってほとんど走れないから、野球とかサッカーなんて無理だったし。けど、かくれんぼのときだけはヒーローだったんだ。とにかく隠れるのがうまくてさ、絶対に見つからねぇの。何か秘密の場所があるとか言ってたかな。夕方の放送が流れたらお開き、って決めてたんだけど、てっちゃんがその前に見つかることはなかったなぁ。

まぁ、結論から言うとそうなんだけどさ。確か当時には珍しく、今の猛暑くらい暑かった日だな。いなくなっちゃった日。

そ、夏休み。

で、放送が流れても出てこないし、皆で30分くらい捜し回ったかなぁ? けどてっちゃんだろ? もう全然見つからなくて、皆諦めて家に帰ったんだよ。俺ともう一人が代表しててっちゃんちに言いに行ってさ。で、次の日から台風で大荒れになったもんだからしばらく誰とも遊べなくて、てっちゃんのことはそのまま忘れちゃってたんだよな。2学期始まって先生の話で転校したってことを知ったんだ。家もそんなに近所じゃなかったからな。

おっ、きたきた。

……うわー、やっぱりここの手羽先はうめぇな!

おう、帰りに土産頼もうぜ。たまにはカミサンと子供にも食わせてやらなきゃな。

いや、そのときは知らなかったよ? だって隣の市に引っ越したつっても、小学生の狭い世界じゃすぐに行ける距離じゃないだろ? 知ったのは高校に行ってからだよ。そそ、近いってだけで決めた隣町の高校な、ハハハ。その頃から横着だったんだよ。

で、学校の近くで偶然てっちゃんの母ちゃん見かけたから、ふと思い出して声かけたんさ。おばさん、俺のこと覚えてなかったんだけど、てっちゃんのこと聞いたら亡くなったって言われて。引っ越してからわりとすぐだったらしい。

うん、居眠り運転の車だってよ。

あ、うん、俺も生でいい。

……けどさ……高校の同級生にてっちゃんのこと知ってるヤツがいてさ、うん、地元だろ? てっちゃんちの近所に住んでるヤツがいるんだよ。そいつに言わせると、どうもてっちゃん、おかしかったらしいんだよね。突然奇声をあげたり、意味不明なこと言ったり。家の前を通ると、ギャーギャーわめく声が聞こえたこともあるらしい。

いや、全然。引っ越す前は普通だったよ。ちょっと暗いだけで。

で、散歩中の飼い犬に噛み付いて訴訟問題になったこともあるとか……。俺には考えられないんだけどね。

いや、それだけだけど……ダメ? 何かにとり憑かれてた…とか、ネタにならん? こんなんじゃダメかぁ~ハハハ。

あ、そういやさ、犬で思い出したんだけど、もういっこあったよ! あーでもダメかなぁ。

え、トイレ? おお、行ってこい、行ってこい。

……これって録音してるんだよな……。

じゃあ、あとで聞けよ。

もういっこってのはな、まぁたいしたことじゃないんだけど、最近うちの犬が病気で死んだんだ。どうもそれから俺の後をついてきてるらしいんだよな。チャリに乗ってると、後ろからカッカッカッていう音が聞こえるんだ。ほら、犬の爪がアスファルトに当たる音だよ。さみしいことに、振り向いても俺には何も見えないんだけどな。

まぁ、俺は自分ちの犬だから別に怖くはないんだけどさ、他人が聞いたら怖いかもしれないからな。

ふふふ……これはあとのお楽しみってことで。

お帰り。あー、切っていくつもりだったのか。いや、でももういっこの怖い情報入れといたからさ。あとで聞いてくれよ。そそ、お楽しみで。ハハハ。

それよりさ、ワタルの葬式、お前も行くだろ? この年になると増えるよなぁ。タツヤも心不全だったらしいし。

子供の頃のメンツがどんどん減ってくわ。俺達も健康には気をつけ……――。

 そこまで聞いて、俺はボイスレコーダーのスイッチを切った。

「なるほどな……そういうことだったのか……」

 俺がアイツに声をかけたのは、後ろについて走ってたものの正体を知りたかったからだ。もちろん、記事のネタが欲しいのは事実だが、取材と称してその話を引き出すつもりで誘った。

はぁーっと大きなため息をひとつ吐いて、俺はイスの背もたれに体をあずけた。

「次はアイツの番かもな」

 タバコに火をつけながら窓の外を眺める。

「見えなくて正解だ。アイツの後ろを走ってたのは飼い犬じゃない……」

 一生懸命アイツに噛み付こうとして自転車の荷台にしがみつき、血走った目を見開いてガチガチと歯を鳴らす子供だった。

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コメントありがとうございます!
喋り方は…自分がとても男らしいからかと思います(≧∇≦)ブハハハハハ
実は、この話は一部実話を含んでいます( ̄▽ ̄)ニヤ

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一人喋りの形式なのに違和感なく、すごくわかりやすく読めました。しかも喋りがなかなかリアル。話も怖くて面白かった💀

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