長編8
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市松人形と夏美

五歳の夏美には苦手な物があった。

それは二階の客間に置いてある市松人形だ。この所、徐々に奇妙なものが視え始めていた夏美は、この人形に対して酷く怯えていた…

「 私この子嫌い! 」

「 もう…夏っちゃんは何で叔父さんがくれたお人形さんを、そんなに悪く言うの? 」

「 だって、なんかこれ怖いんだもん! 」

「 どこが怖いのよー可愛いじゃないの、そんな事ばっかり言ってたら憲司叔父さん天国で悲しんでるわよきっと!もっと大事にしてあげなさい。分かったわね夏ちゃん。」

「……うん… 」

母の前ではこくんと頷いて見せたものの、この人形の持つ異常さに何となく気付いていた夏美は、それから先も一人きりで二階の客間へ近づく事は殆ど無かった。

だが、夏美と対照的に一卵性の双子として生まれて来た妹の美菜は、逆にこの市松人形をとても気に入っていた。姉妹と言えども姉の夏美とは違い、当時の美菜はとても女の子らしい性格だったのだ(小声)。

暇さえあれば硝子ケースから人形を取り出しては楽しそうに話し掛けたり、歌なんかを歌って聞かせたり、また時には自分の隣りに座らせて、夏美は決してやらないおままごとなんかもやっていたそうな。

この人形を七五三の記念にと、我が家に送ってくれた叔父の憲司さんは若くして心筋梗塞を患いもうこの世には居ない。今思えば普段から特別憲司さんに懐いていた美菜は、そんな叔父に対する想いをこの人形に移し換えていたのかもしれない。

ある晩、夕食の用意をしていた母がテレビに噛り付いている夏美を呼んだ。

「 ねえ、夏っちゃん悪いんだけど二階のカーテンと雨戸閉めて来てくれない? 」

「 やだ!!絶対やだ!! 」

「 もうお願い夏っちゃん!今お母さん手が離せないのよ。あなたお姉ちゃんでしょ? いつまでも怖がってないで早く行ってきなさい!! 」

「 えーーーー!!」

母の叱責を受けて、渋々ちびまる子ちゃんがCMに入ったのを確認してから階段を駆け上がった。

今日美菜は近所のお宅へとお泊まりに行っており不在。久しぶりに一人で上がった二階はしんと静まり返っており、五歳の夏美には只々恐怖でしかなかった。この客間の前を通るだけでも涙が出そうな程に怖い。

普段は何とも思わないが、毎日、当たり前の様にある美菜の存在を、これ程までに恋しく思ったのは多分今日が初めてだった。

先に両親の部屋と子供部屋をまわり、言い付け通りに雨戸を閉めてカーテンを引いた。さあ後は…後はあの客間だけ。あの客間…

もう長い事この部屋へ足を踏み入れてはいない。記憶が正しければ、中には祖父の代から受け継がれた古い桐箪笥が二つあり、床の間には親父の趣味で、やたら高そうな縦長の掛軸と日本刀なんかも数本飾られている筈だ。

そして、あの市松人形も…

正直、夏美自身にもなぜ自分がこれ程までにこの人形に対して恐怖心を抱いているのかはよく分からなかった。別に人形が動く訳でもなければ話す訳でもない。至ってどこの家庭にでもある普通の和人形だ。

ただ夏美は本能的にこの人形から発せられる異様な空気と気配が怖かったのだろう。見ていると逆にジッと見つめ返されている感覚というのだろうか、なぜか五分も人形と同じ場所にいると息が詰まりそうになる。

「 もうCM終わっちゃうじゃん!」

どうしても「ちびまる子」の後半が気になる夏美はついに覚悟を決めた。

ギイイイイイ、パチン…

背伸びして入り口のスイッチを入れると、三回程点滅してから蛍光灯が部屋を照らした。ヒンヤリとした空気と木独特の良い香りが漂っている。

横目でチラリと覗くと日本刀の隣りにあの硝子ケースが見えた。上下共に赤い着物を身に纏った市松人形。夏美は意を決したかの様に脇目も振らずに、窓際までダッシュした。

雨戸を閉める!

カーテンを引く!

任務完了!

ホッと安堵した拍子についついそちらを見てしまった。

見なければ良かった。

硝子ケースの中で市松人形が激しく左右に頭を振っていた。

決して自力で動く筈のない頭が一心不乱に、左右に揺れている。

悲鳴を上げようとするが、肝心の声が喉から先に出て来ない。動けない。所謂立ったままでの金縛り状態。来るんじゃなかったと夏美は悔んだが、もう遅い…

蛍光灯の灯りが微妙な明るさを残しつつ点滅を始めた。入り口のドアがゆっくりと一人でに閉まりかけている。

見なくてもいいのに自然と目がまたあの人形へと向いてしまう。するともう首の動きは止まっていた。しかし、その顔はこちらを向いていた。まるでペンライトでも中に仕込まれているかの様に、赤く光る不気味な両目。

バタン!!!

ドアが閉まったと同時に蛍光灯の灯りも完全に落ち、部屋の中は真っ暗闇になった。

キイイイイ、カタン…

硝子扉が開く軋む音。暗闇の中で二つの小さな赤い光がユラユラと揺れながら、少しづつこちらに近付いて来た。

ズル…ズルズル… ズルズル…

足に何か硬い物が触った。見ると小さな赤い光が二つ、夏美を見上げている。

「おかあさん… ひっく…うう… おかあさん…助けて…」

夏美は動く事も、大声を出す事も出来ない。その時だった。

ギャイーン!ギャイーン!

ガタン!!!

「きゃーーー!!!」

背後のベランダ辺りから謎の怪音が二回響いた後、日本刀の台が倒れる音がした。

暗闇の中に灰色のオーラの様なモヤがグニャグニャと混ざり始め、そのモヤは次第に人の顔の様な形へと変化していった。

「 お、お父さん? 」

それは紛れも無く、数年前に他界した父親の顔だった。遠近法を完全に無視したその大きな父の顔は、今夏美の足元にいる市松人形を見ていた。

「おい憲司、それは夏美だ…」

真っ暗だった部屋の蛍光灯がまた点滅を始めた。足元を見ると夏美の膝に手を回している人形の頭が、またもや左右に激しく振られていた。

カラカラカラカラカラカラ

人形が頭を振るたびに何か乾いた音がしている。頭の中で何か一回り小さな物が転がっている様な音だ。

カラカラカラカラカラカラ

「憲司いい加減にしろ…お前はもう死んだんだ…美菜に憑きたいんだろう?それだけはワシが絶対に許さんぞ…」

ズルズル…ズルズル…

人形は夏美の足から手を離すとドアの方へと向かって歩き出した。

ズルズル…ズルズル…

「おい憲司そっちには行くな…美菜なら今日は友達の家にお泊りしてるから帰ってこんぞ!」

「……… 」

それを聞いた瞬間、人形の動きはピタリと止まり、カタカタと此方を振り向いた。

「久しぶりやの夏美…もう心配せんでええ、憲司はワシが連れて行く。美菜には悪いがこの器も壊して行くぞ…許せ!」

そう言うと父はドアの方へゆっくりと視線を移した。ドアの前には呆然と立ち尽くし、こちらを見つめる市松人形。

次の瞬間

バアアアアアアアアン!!!

物凄い勢いでドアが開かれた。

「な、夏っちゃん!さっきの音一体何?だ、大丈夫なの?!!」

母親が慌てて部屋の中へと飛び込んできて夏美を抱きしめた。

「お母さん痛い、痛いよ…」

「怪我は無いの?」

「うんそれは大丈夫…それよりお母さん!お父さんが… 」

夏美は、日本刀が倒れている床の間の方を指さした。

「えっ?お父さん?お父さんがどうかしたの?」

母には父の顔が見えて居ないのか?部屋中をキョロキョロと見回している。見ると、父の顔は先ほどよりも少しボヤけていた。そして背後の壁に吸い込まれる様に少しずつ少しづつ消え行く父は、最後にこう言った。

さらばだ夏美…

蛍光灯の点滅は収まり、異常なまでの寒さも消えていた。市松人形が入っていた硝子ケースはといえば、中で火でも焚いたかの様に黒ずんでいた。

倒れた日本刀を元の場所に戻し、母に手を引かれて部屋を出る時、ドアと壁に挟まれてバラバラに砕けている人形の一部が目に入った。そのすぐ近くには、夏美の手よりも小さい透明なプラスチックのボールが一つ転がっていた。

「 さっ、電気消すわよ 」

パチン

「 ひっ!!」

部屋が暗くなった瞬間、後ろ髪を何者かに引っ張られる感覚があった。

バタン!

母の体にしがみ付きながら階段を降りていると、一階のリビングからサザエさんのエンディングテーマが流れてきた。

「あーあ、まるちゃん終わっちゃったな…」

母は夏美に何も聞かなかった。

まるで全てを知っているかの様に、ソファに座ると、黙って夏美の頭を何度も何度も優しく撫でてくれた。

「あ、お母さんこれ…」

夏美は二階で見つけたプラスチックのボールを思い出し、母に見せた。

「あー、これガチャポンね。こんな物どこで見つけたの?」

母はそう言いながら、ボールを捻って開けてくれた。すると中から小さく折り畳まれた紙が出て来た。

母はそれを広げ、暫くながめた後にこう言った。

「これ憲司おじさんからの手紙みたいね、夏ちゃんと美菜にありがとう!って書いてあるよ。おじさんは二人が大きくなった時にはもういなくなってるけど、ずっとずっと傍で見守ってるからねだって。やだこれ、本当におじさんの字だわ…」

トッ、タタタタタタ…

母の後ろにある半分開いた襖の向こう側で、何かが足早に階段を降りてくる音がした。

「それでね、美菜ちゃんはいつもおじさんの膝の上に乗って遊んでくれて、本当に嬉しかったんだって。夏ちゃんはおじさんと余りお話してくれなかったけど、照れ屋さんな夏ちゃんもおじさんは美菜ちゃんと同じだけ大好きだったよって。あら、うふふ」

タ、タタタタタタタ…

一瞬、襖の向こうに見える廊下を、小さく赤い物がサッと横切る姿が見えた。

「これっておじさんいつ書いたのかしらね?夏ちゃん本当にこれどこで見つけたの?」

「……お人形さんの中だよ。」

「えっ、お人形さん?」

その時、隣りの部屋からバタン!と音がして、当時まだ仔犬だったマモルの唸り声が聞こえた。

うー、くうんくうん…フガ…

「あらあら大変、マモルちゃん起きちゃったのかしら?夏ちゃんちょっと待っててね!」

そう言うと、母はいそいそとリビングに夏美を残したまま行ってしまった。

「…お母さん…いかないで」

トタ、トタ、トタ、トタ…

廊下からまた小さな足音がした。それはこの部屋に向かって近付いて来ていた。今にもあの襖の隙間から顔を出しそうな程に近い所で…

夏美は恐怖の余り目線をテレビの方へと背けた。すると何もしていないのにパチンとテレビの電源が落ち、暗くなったブラウン菅には部屋の様子と共に、襖の向こうに立っている者も写し出していた。

それは頭部を欠損した市松人形だった。

ブラウン菅から目を離す事が出来ない夏美。

トタン

人形が部屋に入って来た。ズリズリと赤い着物を畳に擦らせながら少しづつ近付いて来る。

ズリズリ…ズルズル…

コンと何かが足元に触れた。

「夏ちゃん…怖がらなくても大丈夫だよお…おじさんはいつまでもここから夏ちゃん達を…見守っているからねええええ…」

目を開けると、母が台所で夕食の準備をしていた。

テレビからは、ちびまる子ちゃんのオープニング曲が流れている。

はっ!として周りを見渡したが、あの人形の姿はどこにも無かった。夏美はソファから飛び降りて、母親の足にしがみ付いた。

「お母さん!お母さん!お母さん!うわーーーーん!!」

「あらあら、夏っちゃんどうしたの?怖い夢でも見たのかしら?」

母は困ったように、夏美の頭を優しく撫でてくれた。

夏美は母の言葉に、あれは悪い夢だったんだと納得し安堵した。そして大好きなちびまる子ちゃんを見ようと、リビングに戻りかけた所で後ろから母に呼び止められた。

「ねえ夏ちゃん、悪いんだけどお母さん今手が離せないから、二階の雨戸とカーテン、閉めてきてくれないかしら…」

【了】

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仲間氏、お返事が遅れて申し分けない!…ひ… ふむ、確かにけんじ叔父さんの愛情は少し行きすぎていると言うか、キモさすら感じるレベルだな。
終盤はあの名作「チャイルドプレイ」をパクっている事は誰にも言わないでくれ!…ひひ…

やべぇ・・・・・
めっちゃ、怖い…
っつぅか、おじさん実際ストーカーやぁん!!

終いに時間が戻るとか本当に止めてほしい(汗)

沙羅氏、話を怖くするのは本当に難しいよな…ひ…知識と教養と文才のない俺には至難のわざだよ…ぐう

やあロビンミッシェル子だ。
これはNAOKI氏、いやNAOKI先生お久しぶり!今日はなんていい日だ!ノロウスベ中止はマジで残念だが、また新しい話を楽しみにしてるよ…ひひ…

イヤダ~~~~~~・゚・(。>д<。)・゚・
コワすぎるっ!!

時間巻き戻るなんて~~~!

こんにちは、お久しぶりです!ロビンM様。
約1年ぶりかと思います……。
覚えていらっしゃるでしょうか?
本当に、ご心配のコメントなどをいただいてありがとうございました!
ロビンM様の作品を久しぶりに拝見させていただき、とても懐かしく思いました。
私もようやく落ち着いてきまして、近いうちに復帰させていただきます。
……ただ、途中だったノロウスベというお話は、当時考えていた構成や設定が何一つ覚えていないため、中止させていただきます笑
また新しいシリーズ物になると思いますが、またよろしくお願い致します。

キャー。゚(゚´ω`゚
相変わらず、読みやすさ抜群の文章の中に怖さ150%でした!!
私は零感ですが、家で、巨大な鎧かぶとの置物、フランス人形、沢山の動物の剥製達に囲まれながらピアノ練習をしているとき、冷や汗がでるほど怖く、部屋を飛び出してしまっていたこと思い出しました(´θ`llll) 私には見えないだけで、じっと見られていたのかも…