長編8
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さいこん〜老婆〜①

music:4

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2005年09月04日15:30ーーー

埼玉県と群馬県の県境を繋ぐ国道17号線。

そこから少し外れた場所に、周りを木々に覆われた、堀川精神医療病院がある。

比較的古い造りのこの病院は、A棟とB棟に分かれており、いずれも3階建てのそこそこ大きな病院だ。

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B棟は主に患者の病室が殆どを占めており、この病院の医師の一人である高山豊(34)は、B棟3階のとある病室の前で立ち止まった。

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コンコン…

『…失礼しますね、千佳子さん。』

この病院では、患者を下の名前で呼ぶようにしていた。

より患者に親近感を与え、患者が医師に心を許しやすくするためだ。

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病室に入ると、ボーっと天井を見上げる老婆が横たわっていた。

老婆は病室に入る高山に目線だけを移し、ニタァ…と笑う。

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『おや……いつからいたんだい……?』

『はは、今来たところですよ。』

『……そうかい。』

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老婆はそう言うと、また目線を天井へと戻した。

高山は手元のタブレットを手に取り、自分が担当するこの老婆のカルテを確認した。

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( 松山 千佳子(75)。一週間ほど前に自傷行為を起こして病院へ運ばれた後、精神的問題アリで当院へ強制入院。 怪我は両腕の粉砕骨折、及び裂傷……。今のところ当院での自傷行為は見られない……か。)

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高山はタブレットを閉じ、老婆を固定しているベルトの締り具合を確認した。

(両腕の粉砕骨折と裂傷が、事故じゃなく自傷行為ね……。ヒドイもんだな…。)

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ベルトの合間から見える包帯だらけの腕からは、まだ薄っすら自傷行為とやらの痛々しい血が滲んでいた。

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(…精神科ってのは本当、分からないことが多い。 医療と題しても、出来ることなんて自傷行為を抑えるためのベルトを締めて、不安定になったら鎮静剤を打つことくらいだ……。

……正直、治療とは言えねーよな。)

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そんな事を考えながらふと老婆に目をやると、老婆がこちらを向いていた。

日中はずっと天井を見上げ、目線を合わすことなど今まで無かったが…。

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『どうかしましたか?千佳子さん。』

そう尋ねた高山に、老婆が発した言葉は意外なものであった。

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『先生… 恨みで人を、殺せると思うかい……?』

『え……?

そ、そうですねぇ…。私はそういうのあまり信じないですが…。

いきなりどうしたんですか?』

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高山は思いがけない質問に少し驚いたが、なるべく暗くならないよう笑顔を作って答えた。

だが、老婆は表情一つ変えずにもう一度高山へ尋ねた。

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『なぁ、先生… 恨みで人を、殺せると思うかい……?』

『い、いやぁ……。どう…なんでしょうね…。』

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高山は苦笑いを浮かべ、先ほどされたのと全く同じ質問に対し、次は曖昧に返答した。

実際、このような繰り返し同じことを聞かれることなど珍しくない。

こんな場合はあまり相手にしないのが一番、というのが高山の経験に基づく答えだった。

ましてやこの患者は、かなりボケてしまっている……

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(気にしない気にしない…。)

…ところが、老婆の様子が少しおかしい。

高山は、不思議と何かがいつもと違うと察した。

老婆は、とても精神病患者とは思えないような、真っ直ぐな目でジっ…と高山を見ている。

先ほどまでボーっと天井を見ていた時の目とは、明らかに違うものだった。

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……そして高山も、自分では無意識のうちに、いつの間にか老婆と目を合わせてしまっていた。

(…あ……れ………?)

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…まるで吸い込まれるように、老婆から目線を外せない。

逸らそうとするも、眼球の筋肉がそれを拒否するかのように動かない。

高山は一切の受け答えが出来ないまま、知らずのうちにかいていた冷汗が背中を伝っていくのを感じた。

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そして、目の前の老婆は表情一つ変えずに、いつもとは違う低い声でボソリと言った。

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『……殺せるさ。』

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コンコン……

『高山先生?』

看護師の声が、不気味な沈黙を破る。

ハッと気づくと、先程までこちらを見ていた老婆は、再び天井へと目線を移していた。

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『高山先生、聞こえてますかー?』

『あっ…うん……ど、どうしたの?』

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ドア越しとはいえ、看護師の声からはあからさまに不機嫌そうな空気が伝わってくる。

『忙しいんだから、時間取らせんなよ』という、そんな雰囲気が……。

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『203号室の○○さんが、高山先生を呼んでますよー。』

看護師はそれだけ伝えると、高山の返事を待たずにまた忙しそうに立ち去っていった。

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『…じゃ、じゃあ千佳子さん。

また来ますね、何かあったらすぐに呼んでください。』

高山はそう伝えると、病室を後にした。

扉を閉める直前にチラッと確認したが、老婆は変わらず天井を向いたままだった。

○○○○○○○○○○○○○○○○

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同日、22:00ーーー

高山は勤務を終え、自宅のアパートへ帰宅した。

未だに独身である高山は、病院から徒歩1分の1DKのアパートに住んでいた。

…当然、理由は近いからに他ならない。

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だが、高山は帰宅後もあの出来事がどうしても頭から離れなかった。

普通に考えれば、長く精神科医として勤めている高山にとっては、特に気にすることでも無いはずだった。

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……それでも、あの老婆…松山千佳子が言った言葉は、とても意味のある事のように思えた。

『ま、深く考えてもしょうがねえか。』

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風呂を済ませ、高山はベッドに入った。

ボンヤリと明日のスケジュールを脳内で確認する。

(…そういや明日は……誕生日か。……嬉しくねーけど。)

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明日でアラフォーの仲間入りとなる高山は、未婚であることに若干の諦めが生まれていた。

実際、精神科医に出会いは少ない。

看護師と…なんて思っても、精神科で働く看護師ほど色んな意味で強い女はいないと高山は確信していた。

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高山の好みは、おしとやかで女性らしい人だ。

ましてや、患者となんて……

そんな事を考えているうちに、高山は眠りに落ちたのだったーーー

○○○○○○○○○○○○○○○○

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2005年09月05日02:00ーーー

shake

ジリリリリリリッ

突然、高山の枕元の携帯が鳴った。

着信音にビックリした高山は、勢いでベッドの柱に頭をぶつけた。

『…つっ……!!』

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携帯の画面には、堀川精神医療病院の文字。

(こ、こんな時間に……!?)

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こんな時考えられるのは、自分の担当する患者に何かがあったということだ。

高山は急いで脳を叩き起こし、電話を取った。

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『高山先生! 302号室の松山さんが大変ですっ!!』

(…松山…って、千佳子さんか……!?)

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高山は、ふと昼間に起こった出来事が脳内でフラッシュバックした。

寝起きだと言うのに、老婆のあの不気味な目が、ついさっきの出来事のように鮮明に頭に浮かぶ。

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『わ、分かった!すぐに向かう。』

高山はパジャマのままアパートを飛び出し、病院へ走った。

病院へ着くと、入り口の前に救急車が赤色灯を回して停まっている。

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高山は急いで入り口へ行くと、病院から一人の患者が運ばれてきた。

(間違いない、千佳子さんだ…。)

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救急車へ乗せられる直前、高山は目の前の老婆を見て目を疑った。

下半身が真っ赤に血で染まっていたのだ。

重症なのが、一目で分かる。

そうして呆気に取られているうちに、救急車は大きなサイレンを鳴らして救急病院へと走っていった。

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『おいっ、一体何があった!?』

あたふたしている看護師の一人を捕まえ、事情を尋ねた。

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『…そ、それが…私にも何が起きたのか……。急に叫び声が聞こえて、病室に行ったらもう松山さんが血だらけで倒れてたんです……。』

『そんな馬鹿な……。』

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高山には、理解出来なかった。

ベルトはきちんと固定していた筈だ。

ましてや精神医療のこの病院に、そこまで人を重症にさせる器具がある訳がない。

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(一体、何が起こったんだよ……。)

高山はまだ混乱する頭を抱えながら、救急車が走り去って行った道をボーっと見つめるのだった。。

○○○○○○○○○○○○○○○○

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同日、10:00ーーー

『…先生、大丈夫ですか?』

『あ、あぁ……。』

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目の下に出来たクマを見て、看護師の一人が高山に声をかけた。

結局、あの後病室の血がついたシーツや床の掃除をした高山は、ほぼ寝ていない。

ましてやこれだけのことがあって、悠長に眠れる筈も無かった。

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(……誕生日だってのに、散々だよ……全く。)

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ピリリリリリッ

ふと、胸にぶら下げていた医師専用の携帯が鳴った。

『…はい。』

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電話は院長からの呼び出しだった。

院長とはかれこれ10年程の付き合いになるとはいえ、このような急な呼び出しはなんだか不安になるものだ。

恐らくあの老婆の担当医だからといって、昨日のことを細かく聞かれるのだろう…。

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(……もし聞かれたとしても、むしろ俺が聞きたいくらいだわ。)

そんなことをブツブツ頭の中で愚痴りながら、高山は院長室へと足を運んだ。

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コンコン……

『高山です。』

『…入りなさい。』

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扉を開けなくても、すぐに高山は悟った。

あぁ、この声は機嫌がよろしくない時の声だ……ということを。

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扉を開けると、院長である堀川幹雄(62)は難しい顔をしてパソコンを見ていた。

入ってきた高山に見向きもせず、堀川は目線をパソコンに向かわせたまま、高山に『こっちへ来なさい。』とジェスチャーする。

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『看護師達には、怖がらせないように黙っておきなさい。

…ちょっとコレを見て欲しい。』

そう言うと、堀川はパソコンを高山へ向けた。

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『これは……?』

パソコンの画面には、松山千佳子の病室である302号室が映されていた。

精神病院の病室には、何かあった時のために監視カメラが一つずつ設置されている。

画面右上には、昨晩のAM0:59と表記されていた…

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(……ごくっ。)

妙に鼓動が早くなる。

緊張感から来る喉の渇きに、高山は生唾を飲んだ。

画面上の時計がゆっくりと秒数を刻み、ちょうどAM1:00を指した……その時だった。

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(……あっ!)

一瞬グラッと画面が波を打った直後、寝ている老婆を固定していたベルトが突然、バツンっと切れた。

画面には確かに老婆しか映っていない、むしろ老婆ですらベルトに触れていないにも関わらず……

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(い、今…何が起きた……?)

そして、ベルトが切れた数秒後のことだった。

shake

『…っ……!?』

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カメラは音声が無かったが、突然老婆が叫んだように口を大きく開き、足を抑えた。

そして痛みにもがくように、ベッドから転げ落ちる。

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……高山は、到底信じられない光景を目の当たりにした。

転げ落ちた老婆が抑えるその脚が、180度逆方向にねじれていたのだ。

ねじ折れた骨が皮膚を突き破り、床に血が飛び散った。

そして、脚を引きずりながら老婆は必死に一点を見上げ、憎しみと痛みの入れ混じった形相で何かを叫んでいる。

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(な、何を言ってるんだ……?)

しばらく何かを叫んだ後、老婆は力尽きたようにバタっと意識を失った。

扉が勢いよく開き、病室へ看護師達が駆けつけたところで、堀川が映像を止めた。

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『なん……だよ、これは……!?』

理解できぬ光景に、高山はしばらく口を開いたまま固まっていた。

グルグルと頭で何が起きたかを整理しようとしたが、とても処理出来ない。

いきなりベルトが切れ、いきなりもがき苦しんで、いきなり脚がへし折れる……?

ふざけんな、こんなことあるわけねぇだろ……!!

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しばらく固まる高山を見ていた堀川だったが、はぁ……と溜息をつきながらパソコンを閉じた。

『高山君、これ…どう思う?』

『ど、どうって……。。』

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…当然、答えられるわけが無かった。

しばらく二人は沈黙していたが、『わかりません…』と力無く答えるだけで、高山は精一杯だったーーー。

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こんばんは♪全ての作品楽しく読ませて頂いています。続き楽しみにしていますね♪

裂久夜様、怖い&コメントをいただきありがとうございます。
恨みによる現象かどうか、これから徐々に追求していくようになると思います。
まだまだ序盤になりますので、今後にもっと期待していただけたら嬉しいです^ ^
宜しくお願い致します。

黒シャツ様、怖い&コメントをいただきありがとうございます。
更新になかなか時間が空いてしまい申し訳ありません。
もうすぐ書き終わる予定となっておりますので、今日中には更新出来るかと思います。
どうぞ、宜しくお願い致します^ ^

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ネタバレ注意

早く続きが読みたい

珍味様、怖い&コメントをいただき、ありがとうございます。
一年も前に消えた人間を覚えていてくださって、本当に嬉しいです。
珍味様の言葉に甘えるわけではないですが、皆様に楽しく怖い話を提供できるよう、急がずじっくり考えながら投稿したいと思います^ ^
また次回も宜しくお願い致します。

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ネタバレ注意

はる様、怖い&コメントをいただき、ありがとうございます。
ノロウスベの代わりとなりますが、きっともっと楽しい作品になると自分では思っております。
まだまだ序盤ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
身体の心配もしていただき、とても嬉しいですね。・゜・(ノД`)・゜・。
これからも宜しくお願い致します^

あんみつ姫様、怖い&コメントをいただき、ありがとうございます。
前作、前々作を含み、とても有難く思います^ ^
育児も頑張りつつ、過去の作品を越える作品に仕上げていけたら幸いだと自分でも思っております。
これからもご声援の程、どうぞ宜しくお願い致します……

お帰りなさい、待ってました〜*\(^o^)/*
ノロウスベは残念ですが、「さいこん」楽しませていただきます。
本当に戻って来ていただき、ありがとうございます。 今作も序盤からグイグイと引き込まれて、すっかり魅了されております。
次回も怖さを楽しみにお待ちしております。
季節の移り目ですので、お身体ご自愛くださいませ( ´ ▽ ` )ノ

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ネタバレ注意

mami様、怖い&コメントをいただきありがとうございます。
ノロウスベの件に関しましては、大変申し訳ありませんでした。
ですが、ノロウスベよりも楽しく、怖い作品になるよう頑張りますので、これからも是非見てやって下さいませ…
いつも、ありがとうございます^ ^

仲間様、初めまして。
怖い&コメントをいただき、ありがとうございます。
前作もでしたが、小説風に書いてるので良かったです^ ^
まだまだ長くなりますので、どうかお付き合い下さいましたら嬉しいです。

鏡水花様、怖い&コメントをいただきありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいですね^ ^
この作品がこれから楽しいものになっていくよう頑張りますので、宜しくお願い致します。

お久しぶりです。
戻ってきていただいて、ありがとうございます!
ノロウスベは、とても楽しみにしていたので、残念ですが…新作もやはり期待大!!!
楽しみにしています。

初めまして♪

凄い面白かったです。
実際に、短編の小説を読んでいる感じがして惹かれました。

早く続きが読みたいです〜(ll゚д゚)
こう言う怖話を待ってました⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾