長編6
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祖父の想い

※怖い話・・ではありません。

 母方の祖父の優しい話です。

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丁度、20年前の事。

当時、営業で毎日走り回っていた。

あの日、いつもなら集中して営業できるのに、午後から急な胸騒ぎがして集中できず帰宅した。

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どうにも落ち着かない。

何が?って聞かれても分からない。

意味もなく、掃除したりネコを構ったりして気を紛らしていた。

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夜、21時を過ぎたころに、父から電話があった。

「沙羅。隠居の爺さんが九分九厘助からない」

・・は?何の事言ってんの?

突然の報せに、訳が分からない。

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よく聞いてみると、祖父と、祖母が事故に遭ったらしい。

近所の横断歩道を渡っている時に、脇見運転の右折車に二人とも撥ねられたのだそうだ。

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・・それ、何時の話?

昼過ぎだ。

・・なんでこんな時間まで連絡しなかった?

助かれば良し。助からなければ連絡しようと・・

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私は父を怒鳴りつけた。

「死に目に会えなかったら、テメーのせいだかんなっ!!」

父は、まだ何か言いかけていたがガチャ切りした。

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すぐさま、病院に連絡する。

「何とか、何とかあと4時間。いえ。3時間で着きますから、命を繋いで!!!」

必死の懇願だった。

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受話器の向こうから聞こえるナースさんの優しい声に私は泣いていた。

「出来る限り処置します。でも、貴女が事故を起こしたら元も子もないのだから、慌てずにね」

夫が運転しますから・・お気遣いいただき・・

すぐに出ますから、どうか会わせてください。

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私の電話の内容から、夫も何が起きたのか把握したらしい。

電話しながら私の書いたヨレヨレのメモを見ながら準備してくれた。

殴り書きの『準備品』をバッグに詰め込んで。

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病院との通話を終えて、数分後、車に乗っていた。

娘はそろそろ眠くなる時間だ。

「着いたら起こすから、寝ておいてね」

そう声を掛け、毛布を掛けるとすぐに寝付いた。

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まだ2月。後部座席に寝ている娘が寒く無いようにヒーターもMAXだ。

1時間半ほど走っただろうか・・

夫がポツリと謝る。

「ゴメン・・降り口、間違えたみたい」

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ん?走り慣れた処なのに?

うん。いつもなら絶対間違えないのに。ゴメン。

・・パパも落ち着いて運転して。

多少の時間のロスは仕方がない。

事故らない方が先決なんだから。

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そんな話をしながら、流れる景色と光の帯を見つめていた。

さっきから、、なんか手が震える。

右手だけが、細かく震えている。

寒くなんてないのに・・

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夫が私の右手に触れる。

・・どしたの?コレ?

・・判んないけど、さっきから止まらないの。

数分後。。震えが止まった。

その瞬間、判ってしまった。震えの正体が。

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・・パパ?もう、急がなくていいよ。

・・なんで?

・・おじいちゃん。今亡くなった。

・・なんで?

・・・震えが止まった。

・・だからなんで?なんでそうなんの?

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いいから。パパ、今の時間だけ覚えておいて?

私は覚えてられる自信がない。

そういうと、夫は無言で頷いた。

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全身の緊張がユルリと解けて、体中から血が落ちていくような感じ。

出発しておよそ3時間半。

普通に走ってもその位は掛かるのに・・

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途中で道を間違えたにも関わらず、短時間で到着した。

病院に付き、娘を抱っこしてくれてる夫と部屋へ向かう。

親戚が数名取り残されているだけの部屋。

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あの・・おじいちゃんは今どこ?

親戚は沈んだ顔で、判らない。という。

兄が部屋へやってきた。

私の顔を見るなり労いの言葉を掛けてくれる。

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「ちょっとだけ遅かったな」

「おじいちゃん、何時に?」

「ん。23時○○分。もう苦しんでない」

夫が驚いている。

「その時間。奥さんが覚えてろって言ってた時間です」

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兄が、私を見る。

「じいさん、行ったのか?」

「ん。震えが止まった時間だった」

「そか。最期まで律儀だったな」

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もう苦しくないね。おじいちゃん。。

血も繋がってないのに、あれほど可愛がってくれてありがとね。

おじいちゃんの作ってくれた花冠が大好きだったよ。

いっぱい助けてくれて、ありがとう・・

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夜のうちに祖父が自宅へと帰ってきた。

祖父は、祖母を守るように祖母を突き飛ばしたんだそうだ。

おかげで、大腿骨骨頭部分が砕けただけで済んだ。

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祖母には祖父の死を伏せておくことにした。

そんな話を祖母宅でしている時、母が来た。

『加害者が来た!』と。

ざわめく親戚に一礼して、「私が会ってきます」と告げた。

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祖母宅と沙羅宅を結ぶ通路を、私は憤怒して歩いていた。

<絶対、許さない。絶対。絶対!!!>

それは死に目に会えなかった悔しさでもあった。

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沙羅宅の玄関を開けようとした、その時だった。

声が聞こえた。

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『沙羅?沙羅?』

引き戸に手を掛けたまま動きを止める。

『沙羅。そんなに怒るモンじゃねぇよ?誰だって好きで事故起こす訳じゃ~あんめ?』

だって!そんなこと言ったって!!

(心で叫ぶ)

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『沙羅。。怒んねぇでくぃよ』

紛れもない、祖父の声だった。

優しいゆったりとした方言で、私に怒るなと告げる。

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(おじいちゃん!無理だからっ!)

玄関を勢いよく開ける。

ズカズカと廊下を進み、茶の間の障子戸を開ける。

・・ほぼ仁王立ちに近かった。

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部屋へ、一歩入るなり『加害者』が土下座をした。

父が静かな声で私を紹介する。

「この子は、孫の沙羅です」

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「この度は、本当に申し訳ありませんでしたっっ」

畳に頭を擦りつけるようにして謝る。

父が『加害者』を私に紹介する。

「こちらは、林さんだ。」

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その時、また声がした。

『沙羅?沙羅?怒んねぇでくぃよなぁ~』

『許してやってくぃ~よなぁ』

私は葛藤の中で歯を食いしばっていた。

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未だ、土下座をしている林さんに掛ける言葉が見つからないのだ。

ついさっきまでは、怒鳴り散らしてやろうと思っていたのだ。

それが、被害者である祖父が・・

命を失った祖父が、怒るなと頼んでいる。

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「・・どうぞ、おてを上げてください」

やっと声を振り絞る。

涙でぐしょ濡れになった顔を見る。

『沙羅』促すような祖父の声・・

「・・貴方の誠意を見せて下さい。」

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50前半位の年齢だろう林さんは、号泣しながら誓った。

「はい。」と・・。

そして少し私も落ち着いて話をした。

事の成り行きを聞きたかったからだ。

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彼は、その日とても困っていた。

数名の従業員を抱える小さな建設会社の社長だった。

『支払日が迫っているのに・・』

金策を考えながらの運転だったという。

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歩行者の祖父母に気付いた時には、もうぶつかっていたと。

助けを呼んだ。そして救急車も手配してもらい・・

色々聞くことが出来た。

・・私はもう怒っていなかった。

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祖母宅に集まっている親戚に合わせる前に一言いってこなくちゃ。

「今から、親戚のみんなに会いたいとの事、伝えてきます」

親戚連中に、決して掴みかかったりしないことを約束してもらい、彼を案内した。

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約束通り、誰一人手も挙げなかったし、罵ることもしなかった。

今後の事を少しだけ話して、彼には帰ってもらった。

『誠実そうな人だったな』

『うんうん』

そんな会話が耳に入ってきた。

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私は、一人祖父の眠る別室へ行った。

(おじいちゃん、これで良かったんだね?)

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足繁く、祖母の所へも見舞いに来てくれた。

法事の度に夫婦揃って顔を出してくれた。

彼なりの精一杯の『誠意』を見せてもらって十分だった。

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後日、父から<嘆願書>を書けるかどうか問い合わせがあった。

明後日までに届いてほしいんだと。

兄の嫁さんは猛反対したそうだ。

祖母の心を思えば、嘆願書なんて書けないと。

だが、兄は嘆願書を出すと言ってるらしい。

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兄も私の結婚式前日に事故を起こしているから気持ちが解るのだろう。

私は夫に相談した。連名で良いか?と。

夫も渋ってはいたが、私が赦していることを聞くと「お前がそれで良いなら」

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嘆願書には、林さんの『誠意』の数々を連ねた。

そして、私達はこれから<忘れる作業>をしていく事。

林さんにも前を向いてほしい事を書き添えて宅急便で送った。

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父には、本人に渡す前に目を通して失礼な部分がないか確認するよう頼んだ。

後日、父から嘆願書を受け取ってその場で読んだ林さんが泣き崩れていたことを聞いた。

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泣きながらも「これは沙羅さんの本心だろうか?」と父に聞いたらしい。

父は、丁寧な文字で書いてますから、心からの手紙だと思うと告げたそうだ。

もう涙も出なくなり、無言で私の嘆願書を胸に抱いて一礼して帰ったそうだ。

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祖父の眠る墓石には、今も春・夏・秋と彼からの花が手向けられている。

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ネタバレ注意

マコさん
いつもありがとうございます(^^

そうですね。戦争時代を生き抜いてきた祖父の『許すコト』には、ただただ偉大さを感じます。
生前、よく言ってました。
「恨み辛みからは何も生まれない」と。
死してなお、『許すこと』を望んだ祖父の優しい気持ちに、醜悪にならずにすんだ事を感謝しなきゃならないですね。

沙羅さん

お祖父さんのその言葉、とても重いですね。

お祖父さんの生きて来た人生の答えはであるかのようです。

何事も寛大に捉え、相手を見て反省しているのであればそれを つつかず、逆の立場に立ち考えてみる。

中々出来る事では無いですが、お祖父さんはそれを節に願っていたんでしょうね。

お祖父さんの寛大なる意志と、素晴らしい導きに感謝ですね!

ありがとうございます。

鏡水花さん
いつもありがとうございます<(_ _)>

イヴに・・酒酔い運転・・・
鏡水花さんのお祖父様、サンタさんになって。ってその事だったんですね・・・。
昔は多少酒が入っていても、そんなに処罰が重くなかったですから、どれほど遺族が辛かったか。。
想像を超えます・・。
鏡水花さんが幼くて負の感情を強く持たずに済んで、それだけが救いですね。。

私の祖父が作ってくれたシロツメクサの花冠、今も鮮明に覚えてます(^^
「たくさん上手に摘んでおいで」って。摘んでくる傍から上手に作ってくれて頭に乗せて・・
得意になって散歩から帰ってきたのが、つい先日の事の様です。

鏡水花さんのお祖父様も安らかでありますように。

まりかさん
いつもありがとうございます(^^

そうですねぇ・・きっと見ていたんじゃないでしょうか・・。
夫が道を間違えたのも、『そんなに急がねっていいんだぞ。。(間に合わないから)』と
思えてなりません。

祖父が意識を無くす前、母が救急車に乗り込んだそうですが、母の名を呼んで
「ばあさんを頼む。」と言い残し、それが最期の会話だったそうです。
近所の方の話によると、林さんは大声で、それこそ『セカチュー』(懐かしい・・)の
「助けて下さい!!」状態で助けを求めたそうですし・・。

怒りのままに矛先を向けることなく、祖父を見送れたことに満足しています。
追悼の言葉、ほんとうにありがとうございます(*^^*)

ダメだ…
涙が止まりません…

なんて、優しく素敵なお祖父ちゃま。
そして沙羅さん、お兄さんを含めてご家族の皆さん…

恨みからは何も生まれないのは分かっていても、大切な者の命を奪った相手を恨むどころか赦す事が、どれだけ大変か…

以前話した私の祖父も、クリスマスイブの夜、酒酔い運転の車に撥ねられて亡くなりました。ほぼ即死だった様です…

その夜、祖父が会いに来てくれたのですけど…

未だ幼かった私は、恨む心も持ち合わせていませんでしたが、お祖父ちゃんが痛そうだって泣いた記憶があります。

そんなお祖父ちゃまだったからこそ、今の沙羅さんが居るんですね(/ _ ; )

あぁ。。。お祖父様の優しい言葉に、涙が止まりません。
きっとお祖父様は、事故のその直後の加害者を見ていたんでしょう。
意識はなくしていても。
お祖父様やお祖母様の命を、必死で繋げようとしていた様子や、その後沙羅さん家族と会うまでの様子も、ずっと見ていたのではないでしょうか。
だからこそ、「怒んねぇでくぃよ。。。」と。

その優しさ、そして沙羅さんのやるせない想い、飲み込んだたくさんの気持ちと言葉に、涙が止まりません。
どうかお祖父様が安らかでありますように。。。

仲間さん
いつもありがとうございます(^^

えぇ。覆水盆に還らず。です。
けれど、やり場のない怒りを自分の中に抑え込むのは、結構シンドかったです・・。
普段が抑えっぱなしですからねぇ~~

追悼の心遣いに感謝いたします!
あ。そうそ。仲間さんに聞いておきたいことあったんです(^^
ボードに書いておくので、良かったら教えてくださいな♪

祖父、沙羅さん、加害者の人柄の良さが凄く伝わってきますね・・・

確かに、怒りに身を任せることは一番楽だと思います。
ですが、それは一時的な物・・・どんなに、怒ろうと暴れても何も帰っては来ませんし、
何にもなりませんし、空しいだけだと思います。
どんなに怒り狂っても、死者は帰っては来ませんしね・・・
個人的には、怒れば負け、常に冷静沈着をモットーとしては、居ますが大変難しいですよね

ご冥福をお祈りします。

紅茶ミルク番長さん
いつもありがとうございます(*^^*)

そして、とても嬉しいお言葉、ありがとうございます!
祖父が何故、あんなに『怒らないでくれ』と言ったのか・・
兄が起こした事故を元にそう思っていたのか。。

聞こえてなかったら、『おじいちゃんを返せ!』って怒鳴り散らして
暴れていただろう自分を想像してしまいます。
争うことを嫌っていた祖父ですから(戦争時代も)憎しむことの醜悪さを伝えたかったのか?
と思うことにしています(^^
私もいずれは、アチラに行くでしょうが、その時に聞いてみたいですね。
なんで『怒るな。許してやれ』と言ったのか。。

こんにちは 沙羅さん
とても心に残る良い作品の評価として『怖い』を押させてください。
祖父、沙羅さん、加害者の人柄の良さがすごく伝わりました。
どうか痛みのないかの岸で安らかに過ごせることを祈っています。

ひなをさん
いつもありがとうございます。

泣きつかれても困ることは、重々承知してたんです・・。
けど、懇願しないではいられなかったんです・・。
内臓破裂の上、肺には血溜り。絶対に助からない状況。
ひなをさんと同業の兄から聞いてたんですけどね。

助ける側としては、どうしようもないジレンマの中で作業しなくてはいけないのが厳しいですね。
あの時の電話応対してくれたナースさんには、病院を出る前に無理なお願いをしたことを詫びてきました。
「会わせてあげられなくてごめんなさいね」と言ってくれた彼女には、今も感謝してます。
時を経ても、懸命に頑張ってくれたことを感謝してる人間も居るので、ひなをさんも困る事が多いでしょうけれど、繋いでやってくださいね

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