長編8
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ある一軒家の思い出

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私は大学に入って、念願だった一人暮らしを始めました。

はじめは新しいマンションを借りようと思ったのですが、私の家は経済的に貧しかったため、

大学の近くにあった古い一軒家を借りることにしました。

部屋数は5部屋あり、2階建で、小さいながらも庭まで付いていました。

それに築25年のわりに、きれいでした。

それならマンションよりもずっと高いだろうと思ったのですが、なぜだかその一戸建ての家はとても安かったのです。

今考えれば、その時点で何かあると疑うべきでした。

住み始めてすぐに、私はなぜその家が安かったのか理由が分かりました。

その家には確実に“何か”がいました。

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大学の講義が昼からだった時のことです。

私は一階の居間で昼寝をしていました。

うつらうつらする意識の中でしたが、それでも私の頭のところに誰かが立っているのを感じました。

“その人”は私の顔を覗き込んでいるようです。

人の吐く息を顔に感じました。

ですが、恐怖で目を開けることすらできず、じっとしていました。

すると、すうっと“その人”の気配が消えました。

私が目を開けると、そこには誰もいませんでした。

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またある時は、1階でテレビを見ているときに、2階から足音のようなものが聞こえてきました。

気になって2階に行ってみても、誰もいませんでした。

ですが、1階に戻るとなぜかテレビが消えていました。

テレビのリモコンの電源ボタンには何か黒いシミのようなものが付いていました。

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他にも、いつの間にかお風呂の蛇口が出しっ放しになっていたり、寝ているときに金縛りにあったり、目線の端に何かが動いたような気がしたりしていました。

正直怖くないわけではありませんでしたが、他に安いところもなく、仕方なくそこに住んでいました。

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そういう生活にもだいぶ慣れてきたある日のことです。

私は久々に大掃除をすることにしました。

そういえば、ここに来てからはじめての大掃除です。

もしかしたら、お札の一つや二つ出るんじゃないかと思っていました。

そんな考えとは裏腹に、特に何か出る気配もなく、順調に掃除は進んでいきました。

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掃除も大分終わってきた頃のことです。

ふと畳と畳の隙間に、何か紙のようなものが挟まっているのが見えました。

なんとなく気になり、それをそっと引っ張り出してみました。

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それは画用紙の切れ端でした。

そこには、いかにも子供が描いたような人の顔が描かれてありました。

これを描いた子供のお母さんでしょうか。

髪が長くて、にこりと笑っています。

思わず私まで笑みがこぼれてきました。

そんなかわいらしい絵でした。

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それから私はその絵を気に入り、身に付けるようになりました。

家に起こる異変のこともあり、

そんな明るくて幸せそうな絵を持っていたら、そういう嫌なものを取りはらえるような気がしたからです。

驚くことにその絵を持ち歩くようになってから、家での異変がピタリとなくなったのです。

やはりこの絵を持ち歩いて、正解だと思いました。

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それから少しして、祖母が死にました。

祖母は数年前から体調を崩して入退院を繰り返していたため、覚悟はしていましたが、それでもすごくすごく寂しかったです。

私はすぐに祖母のところに帰りました。

もう葬式の準備はされていました。

私も葬儀に参列しました。

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その数日後、私は親戚たちと祖母の遺品の整理をしていました。

祖母がいつも使っていた膝かけや編み物用の棒、湯のみなど全てが愛おしく思えました。

他にも、若い頃の私の母(つまり祖母の娘)に当てたであろう手紙や日記なども見つかり、祖母の知らない一面を知れた気がしました。

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だけど、そうして遺品を整理しているうちに、私は絵を見つけました。

それを見て衝撃を受けました。

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それはあのいつも持っている笑顔のお母さんの絵によく似ていたのです。

他にも何枚も似たような絵がありました。

その子供のお父さんらしき人が描かれたものもありました。

子供とお母さんとお父さんが仲良さそうに笑っている絵もありました。

そして、最後の一枚は描きかけの家族三人の幸せそうな絵でした。

ですが、その絵はくしゃくしゃになって、端が破れていました。

私は急いであの絵の切れ端を取り出して、合わせました。

それは、ぴたりと合いました。

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こんなことあるのだろうか。

状況が理解できずに混乱していると、背後から声をかけられました。

それは親戚の一人でした。

その人は私を居間に呼んで、ゆっくりと口を開きました。

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もう12年になるのね…

あなたのお母さんとお父さんが事故にあって死んだっていうのは知ってるでしょう。

あの頃、あなたはまだ小さかったからきっとほとんど覚えてないのよね。

ううん、違うわ。

あなたはショックであの頃の記憶を失ってしまったの。

だから、あの日のことは、本当はずっとあなたには黙っていようってあなたのおばあちゃんと決めたのだけど、

でももうあなたも大人なんだから知っておくべきかもしれないわね。

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あの日、あなたはもうすぐ小学校に上がるというので、お母さんとお父さんとその準備をしていたの。

それで家族でランドセルを買いに行くという話になった。

だけど、あの日あなたとお母さんは喧嘩になったの。

あなたのお母さんは赤いランドセルを買おうとして、あなたはピンクがいいって言って聞かなくってね。

それでその時、その絵を破ったそうよ。

それでお父さんも怒ってね、結局、あなただけを家に置いて、両親二人だけでランドセルを買いに行ったそうよ。

だけどね、その帰り道、対向車線にはみ出したトラックと衝突して、それで…あなたのお母さんとお父さんは亡くなったの。

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そこまで一気に言って、その人はそこで一息ついた。

再び口を開いた時には、強い口調となっていた。

あなたの目で確かめてきなさい。

真実を、見てきなさい。

そして、あなたはもう囚われなくていいのよ。

そして、その人は私にあのくしゃくしゃになった絵と切れ端を持っていくようにと言いました。

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私は急いであの一軒家に戻りました。

私はハッとしました。

それは明らかに人の住める家ではありませんでした。

壁は崩れかけ、家の周りは草が生え放題で、窓ガラスは割れていました。

私は覚悟を決めて、その家に入っていきました。

やはり中も荒れ放題で、今にも崩れ去りそうでした。

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それでも、私はどこか懐かしいような気がしていました。

覚えていないけれど、それでもなぜだか、ここは私の幸せがあった場所だと思いました。

私は思い出せない思い出をかみしめるように、歩みを進めていきました。

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その時、目線の端に人影を見た気がしました。

あれはきっとお父さんだ。

私はそう確信しました。

その影を追いかけるように私は2階に行きました。

そこには誰もいませんでした。

それでも、そこにさっきまでいた誰かの温もりが残っているような気がしました。

私はゆっくり1階に降りて行きました。

なんだか懐かしさでいっぱいいっぱいになりそうになるのを抑えつつ、居間にそっと座りました。

畳は朽ち果て、木の板が見えているにもかかわらず、そこは居心地のいいものでした。

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私はそのまま眠ってしまっていました。

正確にはうとうとしていたというのが正しいでしょう。

まどろむ意識の中で、私は自分の顔を覗き込む人がいるのを感じました。

その人のゆっくりのした暖かい息がそおっと私の顔にかかります。

そのむずがゆささえも愛おしく思えます。

私はそおっと目を開けました。

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そこには優しそうな髪の長い女の人がいました。

お母さん

思わずそう言っていました。

その人は柔らかい笑顔を向けながら私を見つめています。

私は本当に幸せでした。

ああ、これが幸せというものなのか。

ふとそんなことを思いました。

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私はゆっくり立ち上がりました。

そして、祖母の家であの話を聞いてからずっと言おうと思っていたことを口にしました。

本当に本当にごめんなさい

どうしても私は両親に謝りたかったんです。

私のせいで死んだのかもしれない。

いや、せめて喧嘩なんてしなければ、両親は幽霊として漂うこともなかったのかもしれない。

そんなふうに思っていました。

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私は謝罪のために深く下げた頭を、ゆっくり上げました。

そこにはもうお母さんはいませんでした。

もしかしたら私の想いが届いたのかもしれない。

それで両親は成仏できたのかもしれない。

そう思いました。

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私はあのくしゃくしゃになってしまった絵をこの家に置いておくことにしました。

あの絵は喧嘩しちゃった象徴だけど、それでも幸せだった頃の象徴でもあるから。

でも、破れたままなのはさすがによくないでしょう。

だから、持ってきていたセロハンテープで絵を修復することにしました。

そういえば、私が小さい頃に絵本を破ってしまった時に、お母さんがセロハンテープで直してくれたのを思い出しました。

バッグからあの絵とセロハンテープを取り出しました。

そして、直すために、絵をひっくり返した時でした。

そこには文字が書かれてありました。

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一緒にいてあげられなくて、ごめんね

あなたの成長をそばで、ずっと見ていたかった

だけど、

大人になったあなたを見られてうれしかった

私たちは幸せだったわ

だから、あなたも幸せになるのよ

お母さんとお父さんより

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私は涙をこらえることができなかった。

お母さん…

お父さん…

もっと一緒にいたかった。

ずっとずっと一緒にいたかった。

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あの日…もし

そう思わずにはいられなかった。

でも、お母さんとお父さんは私の幸せを望んでいる。

だから、私は前に進んで行くことにした。

つらい過去を忘れるのではなく、しっかりと心に刻まれた上で、それでも前に進んでいこう。

そうお母さんとお父さんに誓った。

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あれから私は、アルバイトをしながら、大学の近くのマンションを借りて、そこで生活しています。

金銭的には余裕はないが、それでもなんとかやっていってます。

アルバイトと学業の両立はつらいこともあります。

それでもやっていけているのは、両親のおかげだと思っています。

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それからこれは、のちに分かった話なのですが、私と両親のことを教えてくれた親戚のおばさんというのはいなかったそうです。

顔の特徴を言ったんですが、そんな人は来ていないと言われました。

ですが、親戚の一人が何かを思い立ったように古いアルバムを出してきました。

そこに写っていたのは、あのおばさんでした。

その人は、ちょうど私の両親が亡くなった頃の祖母だったそうです。

おそらく祖母はずっと気にしていたんでしょう。

私が両親との思い出をショックで思い出せなくなったままになっていたことを。

そして、両親があの家でずっと私のことを心配していたことを。

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祖母もまた、あの日に囚われていた一人だったのかもしれません。

だけど、12年経ってやっと解放されたんだと思います。

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私も、お母さんも、お父さんも、おばあちゃんも、やっと幸せになることができるんだと思います。

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