長編7
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雪の降る夜は

真冬はよく雪が降り、積もる事も日常的な山間の町。その年も、例年どおりの白く寒い冬だった。当時中学一年だった私はその日、6つ上のお姉ちゃんとだいぶ離れた別の町の病院に向かっていた。

母がそこに入院していた。私が小さい頃に離婚し、女一人の身で私達を抱えてきた。朝昼晩ほぼ働きづめで、何をするにも大変だっただろう。ある日突然体調を崩し、しばらく帰れなくなった。

最初は簡単な検査をしてすぐに済むはずだったのに、悪い病気が見つかったから時間がかかる、と急に長い入院になった。お母さんには何かと子供扱いされていたからか、私には「悪い病気」なんて言い方だったのが、余計に不安を募らせていた。

すでに四ヶ月以上経っていた。

お姉ちゃんが進学を諦め就職を選んだ事もあって、生活は何とかなった。お母さんが家にいないのが寂しかった。

仕事はどう?

学校はどう?

ご飯はちゃんと食べれてるの?

お母さんはいつも聞いてばかり。自分自身の事は、すぐ元気になるから待っててね…と言うだけ。お姉ちゃんと私が一斉に自分の話をするのを、ただただ嬉しそうに聞いていた。その顔が見れればそれでよかった。

自分達の近況を報告し終え、お母さんの顔を眺め尽くして、その日は帰る事にした。

買い物してから帰ろっか…

スーパーで晩ご飯の買い物をして、袋片手に家へ歩きだした。

時間は八時ぐらいだったか。真冬では充分暗い時間だった。その日は朝から雪が淡々と降り続け、足元はもうずいぶん積もっていた。

白くなる息を吐きながら、暗く冷たい道を二人とことこと歩いていた。

家が見えてきたところで、不意にお姉ちゃんが立ち止まった。震えているように見える。寒いのかな?

…声をかけようとした瞬間、お姉ちゃんは泣いた。

必死で涙をこらえるような表情で、それでもぼろぼろと涙が止まらない。そんな風に見えた。普段、お姉ちゃんが泣いたとこなんて見たことがなかった。

お母さんの事が頭をよぎり、お姉ちゃんはお母さんを想って涙が出ちゃったんだとばかり思った。お姉ちゃんを見上げ、どうしたのかと聞こうとした。

なんで?なんでお母さんなの?

どっか行ってよ!うちにこないで!!

そこで気付いた。お姉ちゃんは道の先、私達の家の方に向かって叫んだ。無意識にそちらを見ると、それはいた。

雪の降る夜、白と黒に包まれた中で、私達の家の前にたたずむ物憂げな女。真っ黒な髪と真っ黒な着物。夜に溶け込むようなその黒に相反して、降り積もる雪に溶け込むような真っ白な肌。

俯くようにただじっとたたずんでいた。うっすらと見えた横顔、その表情はやはり、物憂げに見えた。

怖いというよりも、幻想的でとても綺麗なものにさえ思えた。目にしたほんの一瞬、私は見とれていたかもしれない。

それでもすぐに我に返り、お姉ちゃんの方を見た。涙はこぼれるまま、怒りに似た表情に変わっていた。叫ぶお姉ちゃんの言葉がまるで聞こえないかのように、女は微動だにしなかった。その姿がなおさら、お姉ちゃんを怒りに震えさせているようだった。

一時の後、お姉ちゃんは私の手を取り道を引き返した。息を切らし、近くに住むお母さんの友達の家へ走りだした。着くなり駆け足で飛び込み、奥から出てきたおばさんを驚かせた。

うちに…知らせが来ました

たぶん…お母さんに…

たったそれだけで、おばさんは何かを察した。私を無視して、二人は奥の方で何かを話し始めた。何も知らない者に説明する気にもならないほど、事態は大きなもののようだった。

お母さんの事しか頭になかった私は、自分でも不思議なぐらい、その日のすべてに疑問を持たなかった。お姉ちゃんやおばさんの様子にも、あの女の人についても。

その夜は、おばさんの家に泊まらされた。今夜は雪に帰らないだろうから…というおばさんの言葉は、意味がよくわからなかった。

次の日から、私は帰宅途中におばさんの家へ寄るように言われた。絶対に一人で家に帰るな、と釘をさされた。私は言われた通りにして帰りはおばさんの家へ向かい、お姉ちゃんが迎えに来るまでおばさんの手伝いをして過ごした。

夜になってお姉ちゃんが迎えに来たのに、さぁ帰ろうかとはいかなかった。お姉ちゃんは恐る恐るおばさんに尋ねた。今日はどうかと。

来てないとは言いきれないよ。

今日も雪だからね…

おばさんのその答えに、お姉ちゃんは肩を落としてため息をついた。結局、何日かは家に帰れなかった。昼間はお姉ちゃんが家に戻り必要なものとかを持ち出してきてくれる。でも、夕方以降には絶対近寄らないように念をおされていた。

ただ言われた通りにするしかないまま、数日が過ぎた。この日はお姉ちゃんが休みでお母さんの様子を見に行っていた。私は部活があったので行けなかった。

お母さん元気かな…早く帰ってお姉ちゃんから話聞かなきゃ

そんな気持ちでいっぱいだった私は、部活を終えるとすぐにおばさん家に戻った。中にはいると、お姉ちゃんが泣き叫んでいるのが聞こえた。

だって怖くて仕方なかったから!!

お母さんの顔見たら話さずにいられなかったの!!

奥に行ってみるとお姉ちゃんは泣きながら怒鳴りちらし、おばさんが必死でそれを止めていた。なんでお母さんなの、と泣いて怒鳴るお姉ちゃん。落ち着きなさい、と言い聞かすおばさん。

あぁお母さんの事なんだろうな…と感じた。

後でおばさんから聞いた説明では、お姉ちゃんはここ数日の間、おばさんの家へ来る前に私達の家に行っていた。そこで、変わらずたたずむあの女の人を見ていた。その数日間、毎晩たたずむその姿にお姉ちゃんはとうとう耐えられなくなった。

そして、話してしまった。お母さんに。

お母さんは一瞬悲しげな表情を見せ、すぐに笑顔でお姉ちゃんに言った。

怖いものを見ちゃったね

でも大丈夫よ

その人が用があるのはお母さんだから

二人には何も起こらないわ

心配しないで

そう優しく言ってくれた。

この時、お姉ちゃんがほんとはよく事情を知らなかった事がわかった。ただ、漠然と怖いものであるというのは知っていて、変に心配をかけまいとお母さんには黙っていたようだった。

溜まっていたものを吐き出したお姉ちゃんは、泣き濡れたくしゃくしゃな顔のままふらふらと外へ出ていった。

家に帰る、と。

私はすぐに後を追い、二人で家路についた。おばさんは玄関からずっと、黙って私達を見ていた。

雪の降る夜、白と黒に包まれた中で、それはまた物憂げにたたずんでいた。変化のないその姿、うっすらと見える横顔はしかし、笑っているように見えた。

どこに向かってでもなく、

ただいつもの姿のままで。

お姉ちゃんも私も、無心で彼女を見つめた。

寄り道をして再び戻ってきた時には、彼女はもういなかった。

結果として、お母さんは助からなかった。大して日数も経たないうちに容体が悪化していき、あっけなく死んだ。

何のために入院してたのか。

最後まで「悪い病気」としか知らされなかった私は、つくづく子供だと痛感した。

お母さんが死んでから、お姉ちゃんは私を避けるようになった。最低限必要な事以外では、私と接しない。

それどころか、恋愛や友達付き合いもほとんどなくなった。付き合っていた人とも突然別れ、友達の誘いは理由もないのに断る。

きっとお姉ちゃんにはもう、お母さんのところへ行く事しかないんだろう。自分のせいでお母さんが死んじゃったんだと思ってる。あんな気持ち悪い女の事を話したから…って。

今は私がまだ社会に出てない事もあって、その面倒を見ている自分の手では、お母さんのもとへ行く事を選択出来ずにいるだけ。

だから、毎年待ってるんだ。彼女が現われるのを。

私も彼女を待っている。でもお姉ちゃんのところに、じゃない。もちろん自分のところにでもない。

おばさんのところに、だ。

お母さんが死んでから、私は知った。私の町では土地柄か雪女に関する言い伝えが多くあり、広く知られているものとは少し違う。

あの女の人が何者で、何故うちに現われたか。その言い伝えの中の一つだった。

彼女は真冬、雪の降る夜にどこかの家の前に不意に現われる。雪が降り続く間は、毎晩たたずんでいる。現われた事で死期が迫るのか、死期が迫っている事で現われるのか、これははっきりとしてない。どちらにせよ死に関する存在のようだった。特定の呼び名はない。

最も重要視するべきは、現われた事を本人に話してはいけない、というよりも本人が知ってはいけないという事だった。

現われただけでは無害。何も起きずに済む。しかし本人が知ってしまうと、それが死の引き金となる。その後に笑った彼女を確認した場合、引き金が引かれてしまった事を意味する。

※本人にとあるものの、彼女が誰のとこに来たのか、明確な判断材料はないようだった。

ある意味では雪女で知られているように、目撃した事を話してしまうかどうかが全てとなる。

家族の誰が対象かわからない以上、下手に話してしまえばそこで手遅れとなってしまう。

私達の場合、お姉ちゃんは中途半端に「死神」的なニュアンスでしか知らなかったため、状況からしてお母さんだと思うのは必然、それがたまたま一致していたという事だったんだろう。

(実際、この話は「雪女」より「死神」といった表現が最も多用されているようだった。いわくがあって生まれたのでなく、初めからそういった存在としてあるものと思われている。)

お姉ちゃんは本人が知ってはいけないという事までは知らなかった。死神が来たなんて言えない…単純にそう思っていたようだった。

引き金を引いたのはお姉ちゃんだ。

でも、引かせた人間がいる。

あの場で詳細を知っていたのはおばさんだけだった。町の人達はだいたいが知っているようだった。たぶん、お母さんも。

この事実を知る前、お母さんの葬儀で私は確かに聞いた。

お母さんに話してはいけない

教えるの忘れちゃった

もう遅いか 笑

楽しげにそう明かしていたおばさん。

私達の前では泣き崩れていたのに。

お芝居がお上手。

去年の冬、彼女は来てくれなかった。

今年はどうだろう。

あれからずっと、待ち侘びている。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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いろいろ考える作品でした_(._.)_