中編5
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兄達の協力・8

あの黒い影には名前が無い。無い方が良いのだと、そう縁さんは言った。

「名前を付けるというのは、其の存在を認め、定義付けるということだからね。」

向かい側の木葉が首を傾げる。

「定義付けた方が、対応をパターン化出来るのではないですか?蟒蛇とかみたいに。」

うわばみ。

「・・・・・・うわばみ?」

なんだそれ。聞いたことの無い単語だ。察するに、何かの名詞らしいが・・・。

「大きな蛇の妖怪ですよ。煙草の脂を嫌うと言われています。」

「有名なのは・・・・・・そうだね。昔話や落語の《たのきゅう》かな。嫌うのは柿の渋もそうだと言う話だがね。」

「逆に好物は酒。だから、お酒を飲む人を表す言葉としても使われていますね。」

交互に説明された。初対面のくせに息ピッタリだ。

何だか圧倒されてしまい「おお・・・。」と小さく頷く。

縁さんがニヤリと笑って足を組み直した。

「知識不足の少年への説明も済んだことだし、さて、話を戻そうか。」

「知識不足とはなんだ!!」

普段言葉として使わないだろ蟒蛇なんて!

《やれやれ》みたいな顔すんな!

「私の助手だろう?もっと勉強したまえ。」

「まだなってから一時間も経ってねーよ!」

此処まで馴染んでいる木葉の方が、寧ろおかしい。

悠々とコーヒーを啜っている縁さんを睨み付けていると、横目でフンと鼻を鳴らされた。

「まあ、知らなかったら尋ねれば良いだけの話だ。そうカリカリするなよ、少年。」

誰がカリカリさせていると思っているのか。

そう言おうと口を開いたが、木葉の一言に邪魔される。

「真白君。怒らないで。」

見ると、さっきまでの大人びた様子とはまるで別人の、情けない顔をしていた。

怒らないでって・・・・・・。なんだか、俺が悪者みたいだ。こう、釈然としない。

此処で更に駄々を捏ねるのも、大人気無いか。

「別に、怒ってないって・・・。話、止めて悪かったな。進めよう。」

「うん。」

小さく頷く木葉を見遣りながら、縁さんが顔をしかめた。

「格差社会とは此のことだね。老人差別だ。」

「うるさい。早く話進めろ。」

「そうだね。君のペースに合わせていたら、其れこそ日が暮れてしまう。・・・さて、何処まで話したかな。」

何処までも人を小馬鹿にした物言いだ。

・・・けど、此処でまた何か言ったら・・・。我慢だ、我慢。

木葉が一瞬俺を見て、ホッとしたような溜め息を吐いた。

「名前を付けない理由の所までです。」

「そうか。」

相槌を打ち、縁さんは組んだ足をほどいた。

軽くテーブルに身を乗り出し、話を始める。

「諺に《噂をすれば影が差す》というのが有る。人の噂をしていると、本人がやって来るって話だ。」

そう言って空になったコーヒーを継ぎ足す。

そして、手を伸ばしてクッキーを摘まみ上げ、一口かじった。

何か言い出しはしないかと見ていたが、何も話さない。・・・・・・まさか、此れで終わりなのか?

隣を見ると、木葉は何やら真面目そうな顔で考え込んでいる。其れから暫くしてポツリ、と呟く。

「あの影に名前を付けてしまうと、話しただけであの影を呼んでしまう・・・ってことですか?」

「毎回ではないけどね。ただ、言霊とは恐ろしいね。呼び寄せてしまうことも希に有るんだよ。特に、ああいった始終揺らいでいるような輩はね。」

「揺らいでいる?」

首を傾げた木葉。縁さんは何処か満足そうに笑う。

「感覚的な話だから、少し説明しづらいな。けど、君もいずれ分かるだろうさ。」

「はい。」

俺は完璧に萱の外だ。

仕方無く、クッキーをかじりながら呟いてみる。

「ヴォルデ○ートみたいなもんか。」

「いや其れは微妙に違うかも。」

「聞いてたんかい。」

若干恥ずかしくなりながら前を向き直す。縁さんは僅かに眉を潜めながら右手をひらひらと降った。

「寧ろヴォ○デモートみたいに目的や意識があった方が楽なのかも知れないけどね。自我が有るかも怪しいからなぁ・・・。」

「でも、僕の方を見ましたよ。」

「知能は無くとも其れぐらいは出来るよ。まあ、眼球も無いんだけどね。いや、眼球は無くとも目は有ると言うのか・・・・・・」

うーん、大きく息を吐き出しながら呻き、縁さんがぼやく。

「何だか説明が今一上手くいかないなぁ。」

「力量が不足してんじゃないか?」

「きっと資料が無いからだね!」

「話聞いてねぇな。」

木葉が目をぱちくりとしばたかせる。

「資料・・・。本屋さんか図書館に有りますか?」

「いや、自分で持っているよ。友人に預かって貰っているから、此処には無いけれどね。」

なんだよ。木葉の声は聞こえるのか。

都合の良い耳しやがって。

「保管、まだしてくれてるかなぁ。いや待てよ。其れ以前に死んでしまっているかも知れないのか。引っ越してる可能性もあるな・・・。」

そう呟きながら縁さんは立ち上がった。電話台から電話帳を取り出し、ペラペラとページを捲る。が、直ぐに手を止めてしまう。戸棚から何かを取り出して・・・あ、老眼鏡か。体は年寄りだもんな。傍目から見ていて、何となく哀しい。

だが、俺がそんな薄らわびしい気分になっているとは露知らず、縁さんは改めて電話帳から誰かを探す。

「・・・・・・ん、ああ居た。生きてる。」

そして、何処かに電話を掛ける。そして、十数秒と経たない内に受話器を置いた。

「留守電だった。何処の誰ともつかんジジイの声だったけど、あれが友人だったら悲しいね。でも、多分そうだろうなぁ。」

「此れから、どうします?」

「どうしようね。何時帰って来るんだろう。直接取りに行くのも遠いしなぁ。出来れば日の落ちる前に君達を家に返してあげたいんだけど・・・。」

大きな溜め息。そして暫くの沈黙。

其の間、木葉はじっと縁さんの方を見ていた。

待つこと凡そ三分。

カップ麺一つ分の時間を掛けて、縁さんは答えを見付け出したようだった。ふー、とまた溜め息をし、苦笑いをする。そして、困ったような顔で言った。

「・・・直接取りに行こうか。」

散々悩んで、結局其れかい。

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~~~

電車とタクシーを利用し、俺達は其の縁さんの友人だという人物の家へと辿り着いた。

広い庭と立派な木製の門。背後にはそう高さはないが山までそびえている。

そうそう見られないような家だ。一見すると、旅館か何かに見える。

「あはは、相変わらず物々しい家だ。私は、時代劇の悪代官が住む屋敷みたいだと見るたびに思うんだ。君達が驚くのも無理はない。」

縁さんは顔を強張らせている木葉を見て、愉快そうに笑った。

木葉はーーーーーーー

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目の前の《時代劇の悪代官が住む》みたいな屋敷に当に住んでいる木葉は、一言

「・・・・・・そうですね。」

と呟いた。

Concrete
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裂久夜さんへ
コメントありがとうございます。

ありがとうございます。無事終了致しました。

名字を最初に名乗っていれば、もっと早く分かっていたかも知れませんね。

時既に遅し。残されたのは只のうさぎ好きなロリコンであった・・・(笑)
もはや鉄板ですからね。別にシツコイとか思いませんよ。

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mamiさんへ
コメントありがとうございます。

そうですね(笑)
でもですね、昔はそうじゃなかったのかも知れませんが、今は構いすぎると逆に調子に乗りだすんですよ。ファーストコンタクト時のことも、まだ僕は忘れていませんし。

原因、何時か分かると良いんですけどねえ・・・。どうやら木葉さんが突然変わってしまったみたいなのですが、どうにも情報不足で・・・。

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紫月花夜さんへ
コメントありがとうございます。

両者共に元・・・・・・というか、土台は仕上がってますよね。
木葉さんに何があったのかは本当に謎ですが。

何だか最近妙に忙しいです。なるべく皆様を待たせてしまわないよう努力は、していきたいのですが・・・。
暖かい御言葉、感謝致します。

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紫音さんへ
コメントありがとうございます。

ある意味で変わっていないのかも知れませんけどね。ある意味っていうか悪い意味で(笑)

やればできるというか・・・やらなければ後が無かった、という感じでしょうか。

家庭を守ってくれるだけ良いんじゃないでしょうか。僕なんてまだ親に守られる側ですし。

其れが、次回は少し違う話を書くんです。
宜しければ、お付き合いください。

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沙羅さんへ
コメントありがとうございます。

この時期になると流石に忙しいですね。お祭りの件でも一悶着有りましたし・・・。

まぁ、其れこそ時と場合によりけりですけどね。あと相手の性質。ようは、あんまり情報が無くて対処法も分かってない物を無闇矢鱈に定義付けちゃ駄目だと、こういう話です。・・・といっても、これも兄の弁なので信憑性はありませんが。

続きの前に少しだけ別の話が入ります。宜しければ、お付き合いください。

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烏瓜さん、この時からなんか可哀想なお役柄…今は紺野さんに邪険に扱われてますし…
このお二人の少年時代のお話を聞くにつれ、ますます現在のお二人になってしまった原因がきになりますね…
もちろん、お話しの続きも気になります!

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学業、お疲れ様です。

なんとなく今の猿兄様ができあがったのがわかるような…
狐兄様は今も昔も変わりなくって感じですかね〜
とある方への態度はかわりましたが…

季節の変わり目、体調には気をつけてください
少しでも変だとおもったらゆっくり休んでくださいね

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紺野さん

人には色々と諸事情があるんだから、仕方ないわよ(*´ω`*)

真白兄様・・・まあ、だいたい想像つきます( *´艸`)

YDKってやつね♪うちの長男もそうなんやけど、努力するのが嫌いで・・・未だにホームガーディアンやってるわ╭( -ㅂ-)╮

次回作も、自分のペースで書いてね。無理は禁物よ

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テスト&模試、お疲れ様でした(^^

なんか・・『名という呪』的なものが感覚的に解った気がします。
認めてしまう。存在を肯定してしまうのって、恐ろしい事ですね。

でもって・・・続きがひっじょ~~~に気になります(*^^*)

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紫音さんへ
コメントありがとうございます。

お久し振りです。本当は終わった当日の土曜日に書こうと思っていたのですが、諸事情により一日ずれてしまいました。

其れが今はただの・・・・・・
いえ、此れ以上は書きませんが、時の流れというのは残酷です。

やればできる子、という感じですよね。今と殆ど変わっていない気がします。

頑張って書きますね。
体調の方ももうすっかり良くなりました。
ご心配を掛けてしまい、申し訳ございません。

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