中編3
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イザナウヒト

頭が痛い。

赤く霞む視界に映るのは、ひび割れたフロントガラスと折れた木々。

こうなる前の事を少しずつ思い出す。

そうだ、私は事故に遭ったんだ…。

彼氏との深夜ドライブ中に、道路にいきなり飛び出してきたタヌキを避けようとして、ハンドルを切り損ねたんだ。

崖下に転落して、暫く気を失っていたらしい。

「雄介…?」

運転席の彼氏に声をかけるが、返事はない。

よく見ると、彼氏の身体はハンドルと変形した座席に潰されていた。

出血も酷く、顔は見えないけれど恐らく口と見られる部分からは絶えず血が流れ続けていた。

彼に触れようと、痛む手を伸ばす。

「…て、」

彼が声を出した。良かった、生きてる。

「雄介、良かった!…大変なの、車が崖下に落ちたみたい。私もガラスが首に刺さってるみたいで血がひどくて…、死にそうなの、どうしたら…。」

「…て…れ」

「え?」

彼は呻くように言った。何を言っているかは分からなかったが、会話が噛み合っていない事は分かった。

「雄介?」

「…て…れ。……てくれ」

どうやら私に何か頼んでいるらしい。

「…何?もう一回言ってみて、聞こえない…。」

「……てくれ」

やっと聞こえた彼の言葉に、私は凍りついた。

「…きてくれ」

きてくれ?

…来てくれ?

私は上げていた手を彼の首筋に置いた。

ぞっとするような冷たさが、指先を伝ってきた。

私は直感した。彼はもう生きていない。

来てくれっていうのは…。もしかして1人で死ぬのは寂しいから、一緒に来て欲しいっていう事?

思わず身を引くと、ガラス片の刺さった首が痛んだ。

私がガラス片を抜こうと首に手をやろうとすると、彼の腕がゆっくりと上がった。

血の気のない、いびつな手。

「…嫌」

彼の腕が私の首筋に覆い被さる。

刺さっていたガラスが、彼の腕で隠された。私は呻いた。

やっぱりそうだ。彼は私を連れて逝こうとしてる。

「嫌、やめて!」

「…きてくれ」

痛い。目の前が暗くなる。怖い。

……もういい。

「…もう、分かった。」

私は彼の腕に手をかけた。

そして、ふっと笑った。

「いくよ。一緒に、逝く。」

「…きてくれ」

私の意識は飛んだ。

「…大丈夫ですか、あなた!」

「ん…。」

私が目を覚ますと、目の前に知らない男がいた。

彼は私が目を開けたのを見ると、心底安心したように微笑んだ。

「…良かった。ガードレールが破れていたので、調べてみたら下にあなたが。」

「え…。」

「救助要請はしました。安心なさってください。」

私…、助かったんだ。

「…雄介は⁉︎」

私は運転席を向いた。首が痛んだ。

「残念ですが、彼は…。」

目の前の男が苦い顔で首を振った。

そっか、やっぱり雄介は…。

でも、私を死に誘おうとした男だ。涙は出なかった。

暫くすると、救急隊が来た。

「彼氏さんは…。残念でしたね。」

「…。」

しかし、次の救急隊員の言葉を聞いた私は衝撃を受けた。

「しかしあなたは運がいい。首にガラス片が刺さっていますが、これを抜いていれば出血多量で命はなかったでしょうね。」

「え…?」

私はガラスを抜こうとした。

それを雄介は…、止めた。

私を連れて逝こうとしているはずの雄介が。

「彼氏さんの腕、まるであなたを守るように伸びてますね。」

私は、雄介の手に自分の手を重ねた。

ーいきてくれー

確かにそう、聞こえた。

私は、初めて泣いた。

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あんみつ姫様、コメントありがとうございます。
いつも書くシリーズは殺伐としているので、たまには読後感の悪くない話をと思った次第です。

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