中編5
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『電話機』

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喜一じいちゃんの時代は電話が無かった。

無かったと言っても一般家庭での話しで、お役所や大手の企業等は所有していた。

喜一だって何度か市役所で見たことがあったが、それでも少年にとっては未知の世界の機械。

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ある日、そんな特別な電話機を蔵で発見したのだ。

それはもう、喜一にとっては大事だった。

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蔵を飛び出し、ドタドタと縁側を駆け抜け店へと走る。

「何で何で!!電話機が蔵に!蔵に!?」

大興奮の喜一の言葉は片言だったが、親父には充分だった。

「おめぇまた勝手に蔵に入りやがったな…」

じろりと喜一を睨んだが、今の喜一には全く効果は無かった。

「なぁなぁあれしゃべれるんだろ?隣町のじっちゃんとも話せるのかな?」

目をキラキラさせながら話す喜一をしり目に、親父は足の爪を切りながら、

「あほう。家に電話線なんてあるか。それに電話機ちゅーのは、向こう側にも電話機がねぇと話せねーんだよ」

親父の冷めた口調に、喜一の興奮もあっという間に冷めてしまった。

「この辺で電話機がある所っちゃぁ、市役所、軍の事務所、隣町の呉服屋ぐれーだろ。

 どっちにせよ、お前みたいなガキには縁の無い物だな」

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ガキ扱いされた上に邪魔だと店を追い出され、すっかり喜一は機嫌をそこねた。

電話機はもう買い手が決まっているらしく、家の蔵にいるのはほんの数週間。

電話機自体壊れていたが、みえっぱりな金持ちの壁のオブジェになるそうだった。

(当時の電話は、壁に掛る大きな物だった)

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それでも喜一は、親父の目を盗んで電話機の受話器を取って話しをしていた。と言ってもただの独り言だ。

「…それで親父はカンカンだし、かーちゃんは大泣きするしで…」

『フフ…』

「え?」

喜一の話に誰かが笑った。

喜一は周りを見渡したが、誰かがいるはずも無い。と言うことは、電話の向こうだ。

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「も…もしもーし、どなたですか?」

喜一がおそるおそる訪ねると、

「…申し申し?」

返答があった。

親父のヤツ。俺を電話機に近づけまいとして、壊れてるなんて嘘を付いたんだな。

そう思った喜一は、嬉しくて嬉しくて電話の向こうに話しかけた。

「こ…こんにちは」

暫くすると、

「こんにちは…声を出すつもりは無かったんだが、君の話が面白くてね。

 盗み聞きになってしまったな。すまない」

相手はとても紳士な感じがした。

「そんなこと気にしなくていいよ。それよりさ、そっちは何県なの?」

喜一は電話の向こうが気になって仕方がなかった。

「そうだな…とても遠い遠い所だよ。君の知らない所だ」

彼の答えに、喜一は「外国!?遠いって蘭よりも遠いのか?」

そう聞くと彼は笑いながら、

「そうだねきっと蘭よりも遠いだろう」と答えてくれた。

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それから喜一は毎晩、親父が寝静まった後に蔵で電話をした。

電話の話相手は、喜一が受話器を取って「もしもし」と言うと、必ず「申し申し」と答えてくれた。

彼の話はとても面白くリアルだった。

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ある日、「おじさんはどんな仕事をしてるの?」と喜一が聞くと、

彼は少し困った様に、「うーんそうだな。前は人を幸せにする仕事をしていたんだ」。

曖昧な答えに、「幸せって?」と聞き返した。

「まぁいろいろあるけど、たとえばお金とかが良く入るようにしていたよ」

それを聞いて喜一は、かってに銀行関係の人だと思った。

「ふーん、じゃあ今は?」

今度の質問には、少し彼の声のトーンが下がった。

「前の仕事は任期が終わってしまってね。今は逆の仕事をしているんだ…

 でも、また暫くすれば、幸せにする方の仕事に戻れるんだけどね」

喜一は考えた。お金を与える仕事と逆って事は、奪うんだな…

きっとヤクザの取立屋だ!銀行員になったり取立屋になったり。

それは大変そうだと思った喜一は、彼をねぎらったのだった。

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そんな楽しい電話生活もあっという間に過ぎ、とうとう明日電話機の受渡と言う日になった。

「申し申し…今日は何だか元気が無いね。どうしたんだい?」

心配されてしまった喜一は、ここが質屋で、電話を出来るのが今日で最後だと言うことを彼に話し、寂しがった。

「そうか…それは寂しいね。でもよかった。実は私も、そろそろ自分の仕事を抑えるのが限界だったんだよ。

 君に迷惑がかからなくて良かった」

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喜一には彼の言っていることが良く解らなかったが、

彼も寂しがってくれている事が解ったので、少し嬉しかった。

「最後に聞きたいのだが、この電話機の持ち主になる家はお金持ちかい?」

彼が不思議なことを尋ねた。

「?うん、お金持ちだよ。でも嫌なヤツだって親父が言ってたから、明日からは電話しない方がいいかもね」

喜一がそう教えてあげると、

「ハハハ…そうか。それならよかった…また会えるといいね」

彼の言葉に喜一は、「まだ会ってないよ。いつか会えるといいねだろ?」そう訂正し最後の電話を切った。

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翌日、店に電話機の主人になる人が来た。

親父の横で電話機を見送ると、

「お前、ずいぶんと電話機と親しくなったみてぇだな」

喜一は心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

「なっな何のこと」

白を切ろうとしたが、親父にはお見通しだった様だ。

「お前があの貧乏神と仲良くやってくれたおかげで、受渡まで家に災難は無かったし、むしろ売上上々だったしな」

さらに喜一は驚いた。

「貧乏神!?あの電話が?電話の相手は?」

「おめぇ繋がらない電話に人間が出るわけねぇだろ」

喜一には、電話線と言う物がよく分かっていなかったのだ。

「ねぇ、貧乏神なんか憑いてる物売っちゃっていいの!?」

喜一がハッと気づいて問うと、

「いくら何でも、神さんを払うわけにいくめぇ。

 それにあそこの親父は、昔から嫌なヤツだからな。少し痛い目に遭えばいいさ。

 金に困れば、また家に売りに来るだろう。その頃には福の神に変わってねぇかなぁ」

クククと喉を鳴らした親父は、大きなあくびをして茶の間へと姿を消した。

喜一はあの電話の会話をいろいろ回想していると、思い出した様に茶の間から顔を出した親父が、

「今回は特別に泳がせてやったが、調子に乗ってまた蔵に入るんじゃねーぞ。

 次勝手に入ってみやがれ。裏の木に吊すからな」

そう言ってキッと喜一を一睨みすると、喜一はブルっと身を強張らせた。

親父の恐ろしさを改めて思い知らされた今の喜一には、充分効果があった。

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それからあの電話機がどうなったかは解らない。

じいちゃんは初めて電話線が繋がっている電話をとるとき、

「申し申し」とまた聞こえないだろうかと期待したもんだ、と語っていた。

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喜一お爺様のお話しは、まるで違和感なく、時代の差も感じさせなく、いつも楽しませていただいております。
EXMXZさんの文章力ですね。

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