中編5
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『人魚職人』

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「おぉーい喜一」

釣りから帰ったばかりの喜一を、店から誰かが呼んだ。

この声の主は「トチロウおじさん!?」。親父の友人の変人学者だ。

「面白いもん見せてやるよ」

シシシと笑いながら、おじさんは木箱から何かを取り出した。

中から出てきた物に「人魚!?」。喜一は大きな声を上げて驚いた。

それは大根ほどの大きさで、頭は人型、下半身は魚の人魚のミイラだった。

「なーすげーだろ?港町で異人をたまたま助けた礼に貰ったんだ」

何故こんな物を感謝の気持ちにしたのだ?と普通は思うが、

喜一には、大方トチロウがこれを欲しがったのだろう、と推測できた。

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話しがトチロウの武勇伝に変わろうとすると、

「で、この紛い物を俺にどーしろって言うんだ」

帳簿を書きながら、まるでおじさんの話しにも人魚にも興味がない様に親父が言った。

「えっこれ偽物なの?」

喜一が目を開いて親父を見る。

「あたりめぇだろ。猿と鯉を繋げた物だ。干物にすれば繋ぎもめだたんからな。

 異人にはこう言った物が売れるんだ」

親父の言葉を確かめる様にトチロウの顔を見上げると、トチロウは肩をすくめて、

「残念ながら偽物だ。だけどこういう精巧な作り物は、俺は芸術だと思うんだよ」と言ったが、

芸術に興味のない喜一には、残念でしかたがなかった。

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トチロウは人魚を実家に持って帰ったが気味悪がられ、

根無し草なトチロウは置き場所に困り、結局家へ持ってきたのだった。

「頼むよ、預かっててくれ。気に入ってるから売りたくは無いんだ」

懇願するトチロウに親父は少し考え、人魚を手に鑑定をするかのようにまじまじと見だした。

「…おっおい、売らないからな」

心配そうにトチロウが言うと、親父は変わった条件を出してきた。

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「この人魚の職人を調べて見ろよ。お前好みな事が解るかもしれんぞ。

 俺も少し興味があるからな、何か解れば話しを聞かせろよ。それが条件だ」

こんな素っ頓狂な取引に、トチロウはまじめに腕を組んで考えた。

「最近は暇だしな…俺好み…」

悩むトチロウをよそに、親父は人魚を片づけ出す。

「解ったいいだろう。しかし、全く何にも無かったら蔵の商品を一つ貰うからな」

そう言い捨てると、トチロウは親父の返事も聞かず店を飛び出して行った。

親父の口から「好かん」と言う言葉は出なかったが、

親父がこんな事を言うときは、必ず何かあると知っていた喜一は、トチロウを心配した。

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トチロウは港を歩き回り数日後、何とか人魚職人を捜し出した。

雨が降っていても、宿も取らずに傘もささずに、聞いた住所の家へと直ぐさま足を運ばせた。

が、家主は留守。

不用心にも鍵がかかっていないのをいい事に、トチロウは早速家の中を調べだした。

もし見つかりでもしたら大事だと言うのに、トチロウの余裕っぷりは場数を物語っていた。

家には細工に使う道具、猿の干物やら薄気味の悪い物が山ほど出てきたが、トチロウ好みの謎は見あたらなかった。

それもそのはず、探している本人が何を探せば良いのか解らないのだ。

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「ふー」と一息つこうとしたときだった。

「て…ててめぇ何もんだ」

後ろから太い男の声。

振り向くと、トチロウに庖丁を突きつける男が立っていた。

「少し見ていたが、物取りじゃ無さそうだな…せせせ政府の人間か?」

男はトチロウを前に落ち着かない様子。

「おいおい、俺が政府のお偉いさんに見えるか?

 それに、たかが人魚の偽物ごときで訴える人間もいねぇだろぅ?」

トチロウはまるで刃物が見えていないかの様にへらへらと笑う。

男はトチロウの姿がそんなにひどい物だったのか、上から下まで見定めると、

「見たところ丸腰だな」

そう言って庖丁を下ろした。

「じゃあ一体、人の家のガギを壊してまでの用ったぁ何だ?」

「鍵?鍵は知らねぇが…ええっと、無病息災に効く人魚様を買いに来たのよ」

トチロウの適当な答えに、

「ウチは出荷はしてるが売りはやってねぇ。周り近所にも人魚細工の事は言ってない。

 お前、何処かの港町の商人からここを聞いて来たんだろう?

 何故そこで人魚を買わず、こんな町はずれまで来た?

 第一、お前が家を詮索している間から、人魚は足下に転がっていただろう?」

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また怪しまれ、刃物を前に出された。

殺すつもりならとっくに刺していると解っていたトチロウにとって、刃物は効果が無かったが、

ここに来た理由をどう言えば信じてもらえるのかを、首をひねらせて考えていた。

この状況で余裕さえ感じるトチロウの物腰に、男の方が内心怯みかけていると、

「えーっとあれだ。こんな安っぽいのじゃなくて、御利益があるいいヤツが欲しかったんだよ」

また適当に答えたのだが、意外と確信を付いたのか、男がピクリと反応した。

トチロウはそれを見逃さなかった。

「あるんだろう?とっておきのが?」

相手の顔色を伺いながら話しを作って行った。

「聞いたんだよ。御利益がある特別な人魚の話しを…」

男はトチロウの話しを聞き終える前に、庖丁をトチロウに振りかざした。

かと思えばそのままトチロウの後ろへ行き、沢山の人魚細工の中から一匹掴むと、そのまま抱えて窓から逃げ出したのだ。

一瞬何が起こったのか解らなかったが、慌ててトチロウは後を追った。

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雨の中どれだけ走ったろうか、男がドロに滑り派手に転んだ。

すかさず取り押さえようと男の腕を掴んだとき、水溜まりに転げ落ちた人魚細工が跳ねたのだ。

まるで喜んでいるかの様に、水溜まりの中へ潜って行ったのだ。

トチロウは自分の目を疑ったが、直ぐさま横たわる男を飛び越え泥水の中を手探りで探していると、

「わぁぁぁ」

後ろで男の叫び声がした。

振り向くと誰もいない…さっきまで男が転がっていたのに、どこにもいない。

周りはただっ広い畑で、隠れようがないのだ。

人魚細工も男も消え、土砂降りの中、トチロウただ一人がぽつんと立っていた。

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手がかりを無くし、聞き込みも虚しく途方に暮れトチロウは帰って来た。

トチロウの話しをあらかた聞くと、

「ふーんなるほどな、そいつが俺を呼んでいたのかもなぁ」

のんきにキセルをくわえながらそう言う親父に、

「おい、本物の人魚なのか?どーなんだ?」と、トチロウは親父に言い寄った。

「どうと言われてもな、俺はお前の細工物から禍々しい移り香を感じただけだからなぁ。

 本物だったんじゃねぇのか…」

適当な親父の答えに不満なのか、トチロウはブツブツと考え込んでしまった。

親父の中では何か納得出来たのか、すでにこの話にはもう興味がない様に、

「木を隠すなら森の中…人魚を隠すなら……」と一言言うと、腰を上げ仕事に戻ってしまった。

「だけどそれじゃあ逆効果じゃねぇのか!?」

親父を追う様に席を立ち、あーでも無いこーでも無いと、いつもの二人の会話が延々と続いたのだった。

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こうしてトチロウの人魚細工の事はすっかり忘れられ、「武者事件」まで人魚細工は蔵で埃をかぶるのだが、

その話はまたの機会に……

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こんにちは。
この喜一お爺様のお父様がやはり気になってしまう…
そして、続編のようなものがあるのですね!?楽しみです!

とても面白いです。
骨董屋は素材として良く用いられる定番なのですが、ベタなネタでも面白く仕上げることは出来るんだなと思いました。続きが楽しみです。

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