長編7
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白衣の何か・後編

「白い死神かもな。」

「白い死神?」

つんつんとスマートフォンの画面をつついていた友人が言った言葉を繰り返すと、口がどうにもムズムズとした。

白い死神。白い死神。

・・・なんて胡散臭くて中二臭い単語なんだ。

思わずふざけた応答をしてしまう。

「連邦の機動戦士か?」

「それ白い悪魔な。」

ふん、と軽く鼻から息を吐き、友人はスマートフォンのディスプレイを此方に向けた。

黒字におどろおどろしいフォントの文字列。

どうやら僕の住んでいる県の心霊スポットマップらしい。

「お前の婆ちゃんが入院してる病院。」

営業妨害だと訴えられない為だろうか、名前は伏せられているし、写真も無い。けれど、文を読めば彼処だと直ぐ分かった。

白い人の形をした靄が病人のベッドの隣に現れ、そうすると、其のベッドの病人は死ぬ。病人の死を察知して来るのか、はたまた靄自体が病人の命を刈り取っているのか。

通称、白い死神。

「で、僕は其の正体を見てしまったと。」

僕の言葉に友人が肩を竦める。

「まぁ、知らねえけどな。でも、あの病院、昔は普通の白いナース服着てたんだろ?」

・・・・・・待て。

「いやあの病院の制服事情なんて知らないけど。なんでお前知ってんの?」

「純白ナース服は男のロマンだろ。」

「いきなり何言ってんだお前。」

「姉貴はどうしてピンクナース服が好きなんだろな。絶対白のが良いのに。な?」

「知るかボケ。同意を求めるな。」

「着る側としてもさ」

「其れ以上喋ったらぶん殴るからな。」

「○○ピンク似合わねーよ。白のが良いって。」

「お前もセーラー似合わないけどな。ブレザーの方が良いんじゃないか?」

ピシリ、と空気が固まる。

其れからお互いに見詰め合うこと数秒。

僕等はほぼ同時に口を開いた。

「変態ミニスカナース男。」「変態セーラー男。」

「好きで着てる訳じゃな「俺もだよ。あんなの好きで堪るか。」

そして更に数秒の沈黙。

今度は友人が先に口を開く。

「・・・結局、二人して姉貴の被害に遭ってるだけじゃねえか。」

「全くだな。」

また沈黙。今度は数十秒。

一体何をしていたんだろう。

お互いに不毛な会話をしてしまった。

「ま、まあ、アレだな。別に面倒事に巻き込まれたとかじゃなくて、単に見ただけだろ?元々病院なんかにはそんな感じの奴等が居るもんだし、大丈夫だろ。多分。」

気まずい空気を打ち消すように友人が言う。

「早く治るといいな。」

「えっ、あっ・・・・・・うん・・・え?」

何気無い言い方だったので、つい反応が遅れた。友人は呆れたように笑った。

「お前の婆ちゃんのこと。」

別に治らなくても構わない。

が、そんなことを言うと角が立つ。彼は祖母と僕の確執について何も知らない筈だし、此れから教える積もりも無いのだから。

僕は、適当に

「そうだな。」

と答えた。

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祖母が目覚めない。

半日の授業を終えた僕が帰宅すると、母が開口一番に言ったのだ。

「だから、お父さんはお見舞いに行くから、夕御飯要らないんだって。どうする?○○は行く?」

元々大した病ではなく、手術により意識不明になることも殆ど無い筈だったらしいが。

「其れって危ない状態ってこと?」

問い掛けると、母は少し難しい顔をした後、緩やかに顔を背けた。

「お見舞い、行ってあげれば。」

「意識無いのに?」

僕の言葉に、母がついと目を逸らす。

「・・・・・・うん。やっぱり、最後かも知れないし。行ってあげなよ。」

「昨日も行った。昨日もそう言われた。」

「うん、まあ、そうなんだけど。」

僕は数回瞬きをした。母は、確か祖母のことが嫌いなのではなかったか。

「僕が行ったところで、何がどうなる訳でも無い。行く必要無いと思う。」

昨日の不快感が、じわじわと胃の辺りから競り上がって来る。行きたくない。

行ったとしても、祖母は喜ばないだろう。

僕が行くことによって幸せになる人は誰も居ないのに、どうして行く必要があるのか。

目の前の母が、宇宙人か何かのように感じた。

日本語を使っているのに、話が通じていないのだ。

困ったような笑いを浮かべられて、淡々と同じ言葉を繰り返される。

「行ってきなよ。美味しいものでも食べてさ、そのついでとでも思って。」

困ったような笑い顔。駄々っ子をあやすような。

父を見ると、これまた同じような顔をしていた。

なんだかとても怖くなって、頷いてみせた。

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車に揺られながら思い出す。

思えば、物心着いた時から、僕は父方の祖母との仲が悪かった。いや、仲が悪かったというより、人間性が合わなかったのかもしれない。

きっと彼女のしたことは昔なら《躾》として罷り通ったことで、けれども、最近の子供である僕にはあまり合わなかったのだろう。

男子厨房に入らずを信じ、家の中で一番偉いのは父親であると信じ、威厳と風格と力強さに男らしさを見出だすような、そんな人だった。

僕の為を思っての躾。そんな言葉で包まれてはいたが、幼かった僕からすれば祖母のしたことは歴としたいじめだった。いや、僕の視点からだけではない。端から見てもそうだった。

だからこそ、つい最近まで絶縁状態を貫いていたのだ。

切っ掛けとなった事件のことは、今でもよく覚えている。

・・・・・・けれど、僕は此れから、其の僕をいじめた祖母本人の見舞いに行くのだ。この間のような不快な気持ちになるのはごめんなので、思い出さないように頭の隅へと追いやる。

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「そろそろ、着くよ。」

父の言葉が耳に入って来た。

僕は頷き、荷物を持った。

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病院は相も変わらず薄暗かった。前回来た時は夜だったが、昼の今と明るさはあまり変わらなかった。けれど、消毒液の匂いが夜よりも強い気がする。病人が動き回っているからだろうか。

病室は五階。見舞い時間・・・精々、長くても十分かそこらだろう。何せ相手は意識不明の状態なのだから。

受付から右側の通路を通り、エレベーターホールへ。ポチと上矢印のマークを押した。程無くしてエレベーターが降りてくる。

病院のエレベーターは何だか妙に遅くて不安になるから嫌いだ。僕は顔をしかめた。

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病室は四人部屋で、祖母は微かな寝息を立てていた。

「は?」

思ってたのと何だか違う。何か普通に寝てるし。

父を見ると、気まずそうに目を逸らしていた。

追及すると、なんやかんやと理屈を捏ねる。

「意識不明で死にそうとか言ってたのに。」

「いや、意識は不明だよ。ほら、寝てる。」

「そうか。騙したのか。」

「いやいや、此処から血圧がストーンと落ちて昏睡状態になる人も居るし。」

「そういうことじゃ・・・・・・!」

声を荒らげそうになったが、途中で周りの人の視線に気付いた。

じっと父を睨み付ける。

父はわざとらしく

「あ、ジュース買ってくる。」

等と言って部屋から出て行った。

取り残された僕は、何をどうすることもなく、仕方ないのでベッド横の椅子に腰掛けた。

父は暫く、戻って来なかった。

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椅子に座りながら父を待っていると、後ろに気配を感じた。振り向くと、誰も居ない。

また前を向くと、白いナース服が目に入って来る。

白い死神。

友人に教えられた名前が、脳裏を過った。

祖母の枕元に身を乗り出し、何かしている。何をしているかは、背中に隠れて見えない。

祖母を殺そうとしているのか。

僕は椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと白いシルエットを見ていた。

あの祖母が死ぬ。昔はそう考えると嬉しいような悲しいような気がしていたのだが、不思議とどんな気分にもならない。

ただ、何をされているのかは少し気になった。

椅子から立ち上がり、手元を覗く。

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「あ。」

思わず微かな声を上げた。

ナース服の何かは、祖母に触れてさえいなかった。

触れていたのは、ボタン。祖母の右手近くにある、ナースコールのボタンだった。

然し、ボタンは押されていない。手がすり抜けてしまうのだろうか。

恐る恐る顔を見てみると、涙を流していた。

・・・・・・ああ、そうか。彼女は相手を看取る、況してや殺す為に病人の枕元へ来るのではない。

病人を、助ける為に来るのだ。自分では助けられないことを知りながら。

僕は手を伸ばし、そっとナースコールを手にする。

彼女は僕がナースコールを手にしてもなお、ボタンを押そうとしていた。

横の祖母は静かに眠っている。

幼かった僕が誕生祝いに作ったケーキを、一口も食べずに流しに捨てた祖母だ。

怒って抗議した僕を引き摺り、押し入れに閉じ込めた祖母だ。

両親が僕の不在に気付くまで、自分で閉じ込めていた僕を忘れていた祖母だ。

出られずに押し入れの中で粗相をしてしまった僕を全力で平手打ちした祖母だ。

ずっとずっと嫌いで、一時期はその死さえ願った祖母だ。

其の祖母が、今、こんなにも静かに眠っている。

そして、このまま僕が何もしなければ、永遠の眠りに着くかもしれない。

ボタンは手の中だ。押すも押さないも僕の自由だ。

例え押さなかったとしても、誰も僕を責めないだろう。

僕は小さく頷き

ナースコールのボタンを押した。

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其れからの顛末を詳しく話しても、何も面白いことはないので割愛させていただく。

祖母は何やら面倒なことになっていたが、先日無事退院した。しかしながら、何も知らない彼女が何か変わる訳も無く、僕への態度は相変わらず悪い。

あの白いナース服の誰かの招待は、僕の想像通り病人を助けようとするものなのか、殺めようとするものなのか結局分からなかった。

其れでも、今日もあの白い誰かは独り廊下を進み、誰かのベッドのナースコールを押そうとするのだろう。

そして僕は、今日も祖母のことか大嫌いだ。

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紫音さんへ
コメントありがとうございます。

ご無沙汰しております。返事が遅れてしまい申し訳御座いません。

思っているというか、多分本当に嫌いですよ。親戚の子供の中で一人だけ対応が違いましたし。今でも違いますし。
まあ、原因もあるので、全て彼方の非という訳でもありませんが。

正月には挨拶、誕生日にはプレゼント、お盆には里帰り、敬老の日もプレゼント・・・。
絶縁前は数々の行事を共に過ごして来ましたが、一度として仲良く出来たことはありません。
で、どうしたら好かれるか頑張って考えた結果、もう片方の祖母達に一番受けの良かった手作りケーキを持って行ったらあの結果でした。喜んで貰えるものと思っていた僕も大概馬鹿でしたけどね。

ケーキを捨てた云々より、押し入れで小便漏らすまで放置が嫌でした。抗議したと言っても小学校低学年です。其れに、他の従兄弟は癇癪を起こしても叱られていませんでした。

今、絶縁した筈なのにまた復縁して少し憂鬱です。前にも書いた通り、こうなったら最後まで良い孫でいようと思っています。でも、其れであの祖母が変わるとは思えないし、というか現在変わっていないし、もし変わっても僕は彼女のことを好きにはなれないと思います。

歩み寄るとはどういうことなのでしょうか。今まで以上に祖母に優しく敬いながら接することですか。僕が祖母からされたことを全て忘れることですか。

最後に。
紫音さん、僕の言ったことで傷付けてしまったのなら、本当にごめんなさい。
僕も、今更祖母をどうこうしてやろうなんて考えていないんです。
好きになることは難しいけれど、まっとうな孫であろうと思います。
アドバイス、有り難う御座いました。

お婆ちゃんは紺ちゃんを嫌いって、紺ちゃんは思ってる。
紺ちゃんは、お婆ちゃんが嫌い。

啀み合うって言葉悪かったね。争っているわけじゃないしね。申し訳ないm(_ _)m

たださ・・・お互いに嫌いって思って、接してるわけでしょ?どちらかが歩み寄らないとずっとこのままだよ。
別にこのままでいいって思ってるかもしれないけど。

紺ちゃんが生まれた時からずっと酷い事されてたわけじゃないでしょ?優しく接してくれてた時だってあるはずだよ。

そりゃ、紺ちゃんが作ったケーキを食べずに捨てたのは酷いって思うけどさ。

紺ちゃんが歩み寄れば、お婆ちゃんだって変わるかもしれないよ。変わらないかもしれないけど・・・

社会人になったら、会社で上司とかに酷い事されたりするかもしれない。でも、ちょっとした事で見直してくれて仲が良くなったりもするし。

実際、私が経験した事なんだけどね。

私、頭悪いから要領悪くて怒られてばかりだったんだよね。で、上司が大変そうにしてたから、手助けしたら、最初はびっくりしてたけど『ありがとう』って言って、それからは優しく接してくれるようになったんだよね。

みんながみんなそうだとはかぎらないけど、歩み寄る事は大切だと思うんだよね。

どちらかが変わらなければ、何も変わらない。

紺ちゃんは、自分は悪くないから変わりたくないし、変わる必要もないって思ってるんだと思う。

お婆ちゃんが、亡くなってから後悔するんじゃ遅いから言ってるの。

私みたいに後悔して欲しくないから・・・

沙羅さんへ
コメントありがとうございます。

よくよく思い出してみると、祖母への思い以前に、単にナース服の誰かさんが可哀想に思えたから助けたのだったかも知れません。そう考えると僕も中々に単純な人間です。

ネットで検索したら、僕がされてたこと、今テレビで取り上げられる程有効な躾なんだそうです。
ちょっとびっくりしました。
案外、僕が両親に甘やかされていただけなのかも知れませんね。

りこさんへ
コメントありがとうございます。

人間は結局どんな選択肢を選んでも後悔するんだそうですよ。そう思うと、なんだか安心して後悔出来ますね。
だから、まあ手を汚さなかっただけ、此の話での選択は良かったんじゃないかなと思います(笑)

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

優しいというか、単に見殺しにする勇気が無かっただけのことです。正にヘタレ。誰に似たんでしょうか。
壮絶というには剰りにチンケな嫌がらせですよ。でも、小便漏らしと呼ばれたのは地味に嫌でした(笑)

本編、話が沢山溜まってるんです。そろそろ書かないと本当収拾がつかなくなりそうです。早く兄達の話を書き上げないとですね。
薄塩シリーズなのに薄塩が出ないとは此れ如何に。

紫音さんへ
コメントありがとうございます。

故人は古ければ古いほど善人に見えるものですよ。
・・・其れでも、紫音さんが流した涙はきっと本物でしょう。心中御察しします。

和解・・・ですか。
僕はそもそも祖母と啀み合っている積もりなど有りませんが。僕から彼女に何かした覚えも無いですしね。
僕が一方的に祖母に嫌われているだけです。
双方敵意をもって争っている訳ではありません。

参考までにお聞きしたいのですが、紫音さんの仰る理想とは具体的にどのようなものなのでしょうか。当方無学の為想像がつかないのです。
宜しければ、御教示頂けますでしょうか?

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この文章から出てくるのは、紺野さんの優しさでした。
そこまで壮絶な過去がありつつも…
いつもどんな目に合っても、紺野さんのお話しは第三者的に淡々としているイメージなのですが、今回ばかりは、紺野さんの心情が見えた気がして、涙が出そうした。
久しぶりの薄塩さん登場が嬉しかったです。

1度嫌いになったものを好きとまではいかなくても嫌いではなくなるって事は、簡単にはいかないよね。

大好きだった親戚のおばちゃんが、火葬場のあの中に入れられてしまう時に大号泣したけど、生まれた時から一緒に暮らしてきた婆ちゃんの時は全く涙が出なかった。

婆ちゃんがほぼ寝たきりの状態になった時に、おかあに内緒で婆ちゃんにお饅頭を買ってきて食べさせてあげた時の、あの嬉しそうな顔だけは、何故か鮮明に覚えてる。

なんでお饅頭を買ってきて食べさせてあげたのか、覚えてはいないけど『甘くて美味しいねぇ~』って言ってた嬉しそうな顔で言ってたんだよね・・・

紺ちゃんだから話す。

今、これ打ち込みながら涙が何故かとまらないんだよね・・・なんでだろうね。

色々と酷い事言われたりされたりしてたのに、婆ちゃんの『甘くて美味しいねぇ~』を思い出したら涙がとまらないんだよね。

なんで今頃なんでだろう。婆ちゃんが生きてる時に和解出来なかったのかなって・・・

なんか今になって後悔してる。

だからって言うのも変だけど、紺ちゃんと婆ちゃんには今のうちに仲良くとまではいかなくても、啀み合うのだけは解消出来ないかなって思う。