中編4
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シジミ蝶が飛ぶ時期

夏山

彼女と二人、ハイキングにやってきた。

彼女とはこれが最後のデートだ。

俺は新しい彼女が出来ていつ別れるか時期を見計らっていた。

彼女は一昨日まで喧嘩していたのが、うそのように機嫌がよく

以前交際を始めた時と同じように振舞っていた。

俺は、この女の性格に飽き飽きしていた。喜怒哀楽が激しく

並みの男では付き合って行けないほどではないかと俺は思っていた。

「あなた。この湿原私一度来てみたかったの凄くきれい。本当にありがとう。」

その言葉を聞き俺はギョッとした。

いままで俺と居る時は、お嬢様言葉など一度たりとも使ったことが

なかったからだ。

それに「ありがとう」だって。

「どうしたんだ、もしかすると別れることを知っていて、最後の優しさか?」

そう思うと、俺は不気味ささへ感じた。

「あなた、あの花や枝に舞う蝶の群れなんていう名前。」

俺はあまりの変貌ぶりに白けた。

「アゲハかな?いや小さからしじみ蝶かな」

頭に浮かんだ名前を適当に答えた。

彼女は「あれが、しじみ蝶なの?」

枝に無数に止ったマダラ斑点の蝶の群れをしげしげと眺めてほほ笑んでいた。

俺は「何だこいつは、白けるぜ、お嬢様ブリやがって。」と思うと

さっさと湿原の中に彼女を残し外に歩き始めた。

湿原を抜け駐車場に戻る頃には昼過ぎになっていた。

彼女は自分で作った弁当を持参していた。

車の中でいっしょに食べた。

俺はお世辞にも上手いと言えない弁当を食いながら精いっぱい彼女にお世辞を使った。

「上手い。こんなうまい弁当、本当にお前が作ったのか?いままで3年付き合って

初めて家庭的にふるまってくれたな。」と精いっぱいのお世辞を言った。

「ありがとう。もう少し早く作っていればよかったね」と言うと笑顔をみせた。

食い終ると、用意したお茶を飲み

俺は腹が一杯になると「これで最後、これで最後」と心の中で笑っていた。

俺は何気なく「未だ時間がある。次は何処に行こうか?」と聞いた。

彼女は「無理しなくていいよ。この湿原の少し奥にまたあの蝶ちょ見に行こうよ」

と言うと、くるまから落ちて歩き始めた。

それに釣られ俺が落ちると俺に寄り添い肩に頭を傾けて

先ほどの蝶が一杯舞う湿原の奥に向かって歩いた。

もうハイキングコースを外れ小さな沼地が転々と続く崖の所まで来た。

そこで時計を見るや

彼女は突然足を止めて笑いだした。「ア、ははははははははは」何だこいつ

と俺はぎょっとした。そして俺の手を振りほどくと、俺に向かい大きな声で

話し始めた。「もう鈍いんだよね。途中まではばれるかと思いハラハラした。」

「何のことだ」俺は彼女をにらみ着けた。

「あんたとはこれが最後だってことよ」そう言うとまた高々と声をあげて笑った。

「アははははは」

「昨日の今日喧嘩して、お前の暴力受けて機嫌が直ったら

私は大馬鹿よ。お前に着く女など一生居ない。ここでお別れよ」と言うと

サッサと今来た道を小走りに引き上げて行った。

俺は大声で「お前とは今日で最後だよ。新しい彼女が居るんだ。ザマー見ろ」と言うと

彼女の後姿めがけて、道に落ちている石を蹴った時だ。

崖の淵に立っていた俺はバランスを崩し「あ、落ちる」と思った瞬間。

shake

濡れた草に滑り沼に向かう崖を転げ出した。

彼女は俺の叫び声聞いても振り合えることは無かった。

「新しい彼女ですって。会えるわけないでしょ。蝶のえさになるのに」

「この日のために、免許まで取ったのよ。私名義の車、あなたが居なくても

誰も怪しみはしない。」

そう言い残すと、小走りに湿原を抜け去っていった。

俺は「足がもつれて動かない。どうしたんだ。体までしびれて止める事が出来ない。

チキショー助けてくれー。」そう思いながら坂をごろごろと転げていた。

沼辺まで転げると、ようやく止まり沼のほとりで停止した。

「あちこち擦りむいたが大きな怪我は無かった。あの女と何の代償もなく別れられた。」

そう思うと俺は擦り傷や打撲を堪えて笑った。

そしてこれから送る新しい彼女との生活を夢見ていた。我に返り

俺はどのくらい落ちたか崖の上を見上げた。10m以上転げたことが判った。

痛い足を引きずり腕の傷みを堪えて上り始めた。

3mほど登っただろうか。

俺の頭の上や体の周りに蝶が飛び始めた。

上を見上げると無数の蝶の群れが飛び交っていた。

上ろうとする俺の腕や足の擦れ剥けた傷の所に食いつくように

10匹、20匹と群れで、食らいついてきた。

俺はおびえた。「蝶が肉や血を飲むだって。」

「きっと俺は夢を見てるんだ。悪い夢を」

考えるたびに、現実を否定した。

しかし、その蝶の群れは俺の服の間にも入り、全身がしびれ始めた。

俺は手や足の力が奪われ、

蝶の群れに引き戻されるように沼のほとりにまた転げていった。

しびれて動けない「蝶に毒があったのか?」俺は薄れて行く意識を

引き戻そうと蝶を潰したり、払ったりした。

しかし、後から後から蝶が俺の体に群がってくる。

それに蝶のまく麟粉が俺の口や鼻に入り麻痺してきた。

おれの眼には青い空さえも蝶の羽でさえぎられて見えない。

だんだん意識が無くなって来た。。。。。。。。。。

「今頃アイツ蝶の餌になっている。ははははは言い気味」

「今年の秋はお前を食らった親が子供をお前に沢山産み付ける。

来年はその子供がお前を餌に成長して飛び交う。何千何万と言う数のしじみ蝶が」

「この湿原はお前を餌にしたゴイしじみの名所になる。」

あははははははあはあははあはははは………………………………

女は駐車場の車に乗り立ち去っていった。

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