中編4
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後悔の念

 はじめまして、いつも楽しく拝見させていただいております。投稿するには文才などなく遠慮していましたが最初で最後のつもりで実体験を書きたいと思います。

 11年前になります、大学4回の卒論の仕上がりをチェックする毎日の事でした。

 私の父は私が10歳の頃(23年前)から心臓や腰の病気を患い、家業である運送屋を引退(隠居)し静かに暮らしておりました。

 日頃から寡黙な昭和人である父は自分が苦しくても家族に決して頼らない頑固者でした。しかし、病状が進むに連れて夜中に呻き、起きては落ち着くまで家族が見守る、または救急車を呼ばざるをえないそんな日々が時折ございました。

 かくいう私は華の大学生、内定もいただき浮かれた気持ちで過ごす親不孝者でした。

 ちょうど11月の事です。大阪でアルバイトをしていた私は実家の京都に着くのは終電で家に着くのは深夜1時頃、当然家族は皆寝静まっております。

 我が家は個人の部屋が無く家族2人ずつ(両親&私と姉)2部屋で眠る生活をしていたのですが、自分と姉の寝る部屋に入るには両親の部屋を経由しなければいけませんでした。

 いつものように深夜に帰宅し、両親が眠る部屋に入ると父が布団の上に座り込み俯いています。母親は気付いておらず隣で眠っています。

 私が発作が出たのかと「大丈夫?救急車呼ぼうか?」と聞いたのですが「しばらくしたら収まるから先に寝なさい」と言われました。

 言い出すと聞かない父のことですので、「無理になったら言ってな」とだけ伝え自分の部屋でヘッドホンを付けていざという時の為に音量小さめで音楽を聞きながらiTunesをいじっていたのです。

 ふとした表紙に後ろ(両親の部屋との境で襖があります)を振り向きました、ヘッドホンも付けていましたし音や気配などではなく本当に何となくです。

 すると1メートルほど片側の襖がスーッと開きハッとなった私は凝視したのですが、奥には両親の眠っている姿しかありません。一体どうやって開いたのか…

 父が落ち着いていることへの安心もありましたが突然のことに怖くなりPCを落とし襖には近寄らず毛布を被って寝ました。(そういった現象は少なからず過去にありましたが)

 何分、何時間眠ったのでしょう。意識を取り戻した私はその瞬間から激しい耳なりと金縛りにあっていました。(過去にもありましたので特に気を留めていません)

 しばらくの我慢と思いジッとしていると、布団の足下から人が潜り込み私の脚から順に腿、股、腹、胸と手を這わせてくる感覚に襲われました。いやらしい要素など全くなく、全身に鳥肌が立ち体温が急に下がったかのように意識が少しだけ薄くなりました。

 その手が毛布にくるまり目を瞑る私の頬に触れた時、か細い女性の声で(聞き覚え無し)「お経を唱えないで」と言われたのです。

 私は経文は全く知りません。しかし父親は熱心な宗教家(某世界的宗教)で、一般人にも関わらずお寺さんや近所のお坊さんとも仲の良い人でした。

 その後すぐに金縛りは解け、急に心配になり父親を見たのですが全く元気にいびきをかいて寝ていました。 帰宅時の父親のことを思い、自分の心配がこういう形になったのかと気を取り直して眠りにつきました。

 そして迎えた朝、いつものように目覚ましで起きると両親が居ません。姉も知らないそうです。

 当時携帯を持っていなかった両親に連絡を取る術が無く、仕方ないので学校へ行く準備をしていると母親から公衆電話で私の携帯に電話がかかってきました。

 開口一番「あんた、お父さん亡くなったよ…学校には連絡しとくからしばらく休ませてもらいな。」と言われ、「え…?なんで?昨日帰ってきて俺普通に話したよ、しんどそうやったけど落ち着いていつも通り寝てたのに。」と答えましたがあとの会話は覚えていません。

 その後何年とあの時(家に帰った時)私が救急車呼んでいたら父を亡くさずに済んだのではないか、金縛りの後に勇気を持って父を見守ってやれたら容態の変化に気付けたんじゃないかとずっと後悔していました。

 それを祖父に話した父が亡くなった数年後、今から数年前、祖父は「父は病を患っても将来の掛かる時期の息子に迷惑を掛けたくない、心配される親になるものかとお前が中学に上がる頃からずっと言っていた」と初めて聞かされました。

 涙と同時に出た言葉は「昔から病気で心配かけまくりやったのに本当にバカだね」でした。祖父は「そう言うな、最期までアイツなりに格好付けた父を誇りに思ってやってくれ」と寂しい笑顔で私に言いました。

 「勿論お前の今の姿も見たかったろうが、きっと最後に格好付けれたのが息子のお前で満足してるはずだから。」とも。

 父の父が言うわけですから、きっとそうなのでしょう。孫への気休めにしては随分と寂しそうに見えました。

 そのおかげばかりではありませんが、私は父の件に後悔はもうしないと決め、父を誇りに思いながら今を生きています。きっと誉められた生活ではないのですが自分なりに精一杯。

 金縛りの時の女性がどう関連したのか、関係なかったのかわかりません。たまたま自分の恐怖体験と父の命日が重なっただけなのかもしれません。

 冒頭にも書きましたが文才もないのに個人の経験に過ぎない怖話にもなってないような話を書くのはためらいましたが、もし自分と似たような経験で十字架を背負う人が居たりしたら何か参考になればと思い投稿いたしました。

 御拝読ありがとうございました。

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珍味様、コメントありがとうございます。
そうですね、大人になってそう思える様になりました。
親として子の成長を見届けきれなかった無念を、自分の生活をもって晴らしてあげられたらなと日々生活しております。

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ネタバレ注意

hmaさん怖い&コメントありがとうございます。
卑屈ですみません…こういったところでお話することが初めてで、ふとお酒を飲みながら思い立って書いたものですから用意した文とかも無くダメなところだらけだと思います。
でも誰かに読んで貰えるというのは嬉しいことですね、自己満足ではありますが、、改めてありがとうございました。

とてもいい。ただ、変に卑屈なのは頂けない。