中編6
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チカちゃん

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今でも少しだけ彼女に対して罪悪感が残っているけど、

あれから30年近く経っているし、

何処で何をしているのかも安否すらも知りようがないし、もう謝りようもない。

ちょっと長くなる上に乱文で申し訳ないけど、よかったら聞いてほしい。

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両親は離婚調停中で私と一つ下の弟は父方の祖父母の家、つまり父の実家で暮らしていた。

この父の実家というのがかなりの田舎で鉄道も通っておらず、3キロ程先の国道に出ないとバスもなかった。

その途中の道は山を切り拓いたような、乗用車が一台通れるくらいの狭い道幅で、片側は木々の生い茂る山、もう一方の片側は田圃が延々と続き、突如、藁に囲まれて肥溜があったり。

山側の木々が急に何箇所か途切れている所に苔生した墓が幾つか点在している場所があって、夏、小川に蛍を観に散歩に出て、ついでに人魂を見た事も。

そう、当時は土葬だったので、そこの人は日常的に見ていたらしい。

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最初は近所の子達と登下校してたけど、そのうちに都会もん、やら気取ってる、とかで軽い虐めを受けるようになり、暫くすると完全にぼっちになってた。

道の途中の木に生った赤い実をくれたけど、気持ち悪くて食べるのを拒否したからかもしれない。

前置きが長くなったが、ここまでが当時の私の前提。

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田舎に来て、一年経ったくらいのある春の昼下がり…

帰り道の不気味さを紛らわせる為に、

図書館で借りた童話の本を一心不乱に読みながら歩いていると

「おーい、○○さんとこの!」と、ふと呼び止められた。

驚いて顔をそちらへ向けるとお爺さんが立っていた。

小さい女の子を連れている。

そのお爺さんは近所の大きな古い屋敷に住んでいる事は知っていたが、面識があるだけ。

それまで一度も話したこともなかったので、私はちょっと身構えた。

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「な、なんでしょうか…」

「うちの孫、今日から暫く預かることになったんじゃが、ちぃっと一緒に遊んじゃってくれんか?」

「あ、あのー、学校帰りなので一度家に帰って、お祖母ちゃんに聞いてみます…」

そう言って私はダッシュで家まで帰ったのを覚えている。

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家に帰ると台所で祖母は昼食の支度をしていた。

さっき会った爺さんと孫娘の話をすると、既に昼食を食べていた祖父さんに向かって、

「ああ、あそこも離婚するかもしれないからね〜」と何の気なしにボソッと呟いて、ハッと口を噤んだ。

ああ、あの子も私と同じなのか…と思うと、子供ながらに妙に同情してしまい、

急いで昼食を食べてから、あの子の家に行った。

すると、あの子が玄関先で妙に覇気のない中年の男性と話をしている。

こんにちは〜!と挨拶してみたが一瞥をくれただけで、あの子を残して何処かへ去って行ってしまった。

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その後すぐに、入れ替わるようにさっきの爺さんが満面の笑みを浮かべながらやってきて、

女の子はチカちゃん(仮名)、5歳であること、普段は隣の市に住んでいる事、

先程の男性は彼女の父親であるが愛想がなくて申し訳ない、などと早口で捲し立てた。

「よろしく、お姉ちゃん」

チカちゃんはそう言ってニコっと笑った。

色白で切れ長の大きめの目、ツヤツヤサラサラの肩までの髪…とても綺麗な子だった。

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それから、チカちゃんとは毎日ではなかったけど、頻繁に遊ぶようになった。

私の家で塗り絵やら人形遊び、本を読んであげたり、近所を散歩したりすることが多かったように思う。

何度か彼女の家にも行ったが、妙に視線を感じて振り返ると、

チカちゃんのお父さんが無表情でこちらを見ていたりして何だか落ち着かなかったからだと思う。

それから一度だけ、家の中でチカちゃんのお母さんにも会ったけど、

「○○はお母さんと暮らしたいよね〜?」

と、チカちゃんに別の名前で話しかけていた。

何だか無言の圧力みたいなものを感じた。

たぶんその時チカちゃんは無言だったと思う。

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爺さんだけは妙に愛想がよかったが、ある時気付いた。

顔は笑顔なのに目が笑っていない…

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とにかく、チカちゃんの家族に薄気味の悪さを感じていたので。

そして、その年の夏休みに事件は起こった…

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その日は従妹一家が隣町から遊びに来ていた。

叔父さん、叔母さん(父の妹)、従妹二人という構成。

従妹の妹の方はまだ2歳で叔母にべったりだったが、姉の方はチカちゃんと同じ5歳だった。

「ねえ、川に泳ぎに行こうよー!」とはしゃいでいたが、

大人の都合がつかずに却下されて、

ビニールプールなんて洒落たものも田舎の年寄り世帯にあるはずもなく…

仕方がないので、家の浴槽に水を張ってもらって、風呂場で水遊びをしていると…

チカちゃんが家に遊びにやってきた…

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私は従妹とチカちゃんは同い年なんだし、皆で仲良く遊べばいいや、と考えて、

「今ね、従妹が来てて、風呂場で水遊びしてるんだよ、一緒に遊ぼ」と家へ上げた。

が、チカちゃんの顔を見るなり、従妹は火の点いたように泣き出した!

訳を訊いても「イヤだ!イヤだ!」と泣きじゃくるだけで、途方にくれる私…

祖母が飛んできて、何事かと尋ねるけど、判らないから説明できない。

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仕方がないので、今日はチカちゃんとは遊べないから帰って欲しいと言うと、

それまで一度も怒ったことのないチカちゃんが、無言で私を睨みつけて帰っていった。

従妹はと言うと、チカちゃんが帰ったのを知るやいなや泣き止んで、

「知らない人と遊びたくなかった」と言ったけど、

それは普段から活発で人見知りをしない彼女にしては不自然な言い訳だった。

そして彼女はその日の晩に熱を出して、叔母一家は泊まる予定を切り上げて早々に引き上げた。

その為、泣いた理由を聞くことができなかった。

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それからチカちゃんは一度も家に遊びにやって来なくなった。

私は悪いことしちゃったな…とチカちゃんの家に何度か行ってみたが留守だった。

そして、最悪な気分のまま、その年の夏休みは終わった。

それから暫くして、祖母から

「チカちゃんはお母さんに引き取られて、元の家に帰ったらしい」

とだけ知らされた。

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その翌年の夏に、チカちゃんの爺さんが亡くなった。

葬列にチカちゃんとお母さんを見掛けたので、謝ろうと声をかけようとしたけど、

彼女は私を無言で睨みつけて、そのままお母さんとタクシーに乗って帰ってしまった。

また、謝れなかったな…完全に嫌われたかなぁ、と悲しい気持ちになった…

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それから間もなくして、夏の終わりの夕暮れ時に、

書道教室の帰り道に自転車であの嫌いな道を走って帰路についていると、

田圃脇の農具を置く為のボロい木造の納屋から火の玉がスゥ〜っと上がって、

空に向かって消えていった。

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無性に恐ろしくなって、ガタガタ震えながら自転車を全速力で漕いで家に帰った。

慌てて祖母に今見たもののことを話した。

たぶん、鼻で笑われるかな…と思いつつ…

でも、祖母の反応は違った。

何か思うことがあったらしく、祖父と何やら真剣な表情でボソボソ話していたと思ったら、

突然あちこちに電話を掛け、それから祖父と一緒に出掛けてしまった。

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ぽかんとしていると、曽祖母が

「チカちゃんのお父さんが爺さんの葬式後から行方不明らしいんじゃ」

とだけボソリと言った。

そして、私と弟は曽祖母と夕飯を食べて、早く寝ろ、と妙に促されたが眠れるはずもなく、

布団の中でまんじりとしていた。

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結局、夜遅くに帰ってきた祖父母は暗い表情で、曽祖母に

「やっぱり、○○やったわ、首吊っとった…」

と襖一枚隔てた居間で話している声が聞こえた。

「○○に知らせたんかね〜」と祖母が言っていたが、

正直、本当に『何で私?』と気味が悪くて仕方がなかったのを覚えている。

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そして、何年かして、ようやく両親の離婚騒動にけりがつき、

私と弟は母の元で暮らすことになった。

祖父母は別れが辛いと見送りに来ず、叔母一家の車で1時間掛けて、

母の待つ空港へ送ってもらうこととなった。

それで、その車中でずっと気になっていたことを従妹に訊いた。

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「何であの時、あんなに泣いたの?」

従妹は周りをきょろきょろ見回してから、私に耳打ちした。

「だって、あの子の後ろで口元にホクロのあるおばさんの顔が見えて怖かったから…」と。

私はゾッとした。

だって、チカちゃんのお母さんの口元にはホクロがあったから…

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実幸さん、お久しぶりです。
怖い&コメントありがとうございます。

あくまでも祖母情報ですが、昔の庄屋だか名主の家系だったみたいです。
膿家なのかはわかりませんが、チカちゃんの爺さんと、両親が教師の家庭に育ったお母さんは折合いが悪かったそうです。

まあ、私もいい歳になった今では色々推察出来ますが、小学生当時で尚且つ知らない土地では想像もつかず、ただただ異質なモノに対する気持ち悪さしか感じませんでした。

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