長編7
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傷口。

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「やめて!千夏!やめてよ!」

涙で顔をぐしゃぐしゃにした真奈美が、尻もちをついたまま後ずさる。

壁に突き当たり、逃げ場のなくなった真奈美に、音もなく近寄る。

その千夏の顔は血だらけで、ぐちゃぐちゃに潰れている。

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「大丈夫だよ。加奈子と真由も先に行って待っててくれてるから。」

ゴボゴボと口から血の泡を吹き出しながら、千夏が囁く。

「真奈美は加奈子達がいるじゃない。あたしはひとりぼっちだったの。」

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「やめて。。。」

「あたしはひとりぼっちだったの。ひとりぼっちだったのよ。」

「ひ。。。」

「ほら、見て。。。」

千夏の手には、カッターナイフ。

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ぐちゃ。。。

「ひっ!やめて!」

「見て?あたしにも血が流れてたんだよ。真奈美達と同じ血が。赤い血が。」

ぐちゃ。。。ぐちゃ。。。ぐちゃ。。。ぐちゃ。。。

無造作に自分の左手を切り続ける千夏。

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「やめてええええ!!」

「あたしがやめてって頼んでも、やめてくれなかったよね?」

「や。。。いや。。。やめて。。。」

「頼んでもやめてくれなかったじゃない。どうしてあたしだけ聞いてあげないといけないの?」

真奈美の足元に、生温い水たまりが広がっていく。

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「どうしたの?あたしが怖いの?逃げてもいいよ?ほら、。」

そう言って立ち上がり、道をあける千夏。

「っーーーーーーーー!!!」

言葉にならない悲鳴をあげながら、真奈美は走りだした。

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「うふふ。逃げても無駄だけどね。」

ゆらりと立ち上がり、真奈美の後を追う。

無我夢中で階段へと向かった真奈美は、自分の異変に気付いた。

「やっ。。。なんで。。、やだ。。」

真奈美の足は、勝手に上へと上がっていく。

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必死に抗おうとしても、体が言う事をきかない。

真奈美の体は、屋上へと向かっていた。

千夏が屋上へとたどり着くと、真奈美は既にフェンスの向こう側にいた。

「お、お願い。助けて。ごめんなさい。お願い。ごめんなさい。」

繰り返す真奈美。

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「あたしも何度も頼んだわ。でも、助けてくれなかった。真奈美、あたしのこと、キモいって言ったよね。」

「ごめ、ごめんなさい、ごめ。。んなさい。」

「許さないよ?」

千夏が笑う。

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「飛んで。」

千夏がそう呟くと。

真奈美の足が、ふわりと宙に浮いた。

「いやあああああああああああ!!!」

ドン。

鈍い音の後、たくさんの悲鳴が響く。

千夏はニヤリと笑うと、かき消すように消えた。

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昼休み。

職員室から一番遠い位置にある女子トイレで、数人の女子がたむろしている。

ぼちゃん!

朝包まれたままであろう弁当箱が、掃除用具入れの個室の、汚水の溜まった洗浄用タンクの中へ放り込まれた。

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「ほら、腹減ってんだろ?食っていいよー?」

意地の悪いにやけ顔で加奈子が言う。

「。。。。」

千夏は無言のまま、タンクの中の弁当箱を見つめていた。

ドンッ!

不意に背中を強く押され、前のめりに倒れる千夏。

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「ほら!食えよ!もったいねぇだろ!?」

蔑むような目つきで千夏を見下ろしながらそう言ったのは真由。

千夏はタンクの縁に両手をついて倒れた姿勢のまま、横目で入り口を見た。

出入り口を塞ぐように立っている真奈美。

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千夏の事など興味がないとでも言うように、ぼんやりと冷たい眼差しで千夏を眺めている。

真奈美は千夏の幼馴染だ。

忌々しそうに真奈美を睨みつけていると、

ガッ!!

加奈子が脛を蹴り上げた。

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「っ!!」

痛みで顔を歪めていると、髪の毛をつかみぐいっと顔を引き上げながら、

「どこ見てんだよ!弁当、食うだろ?!」

そう言って千夏の頭をタンクの中へ押し込んだ。

後ろで真由が高笑いしている。

「ウケる!超お似合ーい!」

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。。。。。。。。

いつからだろう。

理由は何なのだろう。

きっと些細な事なのだ。

千夏は中学に上がってしばらくすると、小さな嫌がらせを受けるようになっていた。

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最初は確か、加奈子だった。

教室から出る時。

教室に入る時。

廊下を歩いている時。

何故かいつも、加奈子とぶつかるようになった。

必ず加奈子が後ろから歩いてきてぶつかる。

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「あっ、ごめーん、気づかなかったー!」

笑顔というよりニヤニヤとした不快な表情で、全く誠意のこもらない謝罪。

そのうち、

「あれっ、いたのぉ?見えなかったー!」

と、大声で笑いながら去っていくようになった。

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その頃はまだ、真奈美とも普通に話していたと思うし、真由だって普通だったはず。

だけど気付くと、お昼にお弁当を一緒に食べたりはするものの、移動教室や体育の時など、知らない間に3人だけで行ってしまっていたりした。

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「あたしなんか怒らせるような事した?」

3人に聞いてみるも、

「えー?なにそれー、別に何もないよ?普通じゃん?」

と言いながらクスクスと含んだ笑いをするだけ。

モヤモヤしながら日々を送っていると、そのうち千夏を避けるように3人だけで行動し始めた。

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話しかけるきっかけが掴めないまま、3人の行動は少しずつエスカレートしていった。

最初は「別行動」。

次は「無視」。

それから「持ち物の紛失」「破壊」。

そしてついに、千夏本人に攻撃が始まった。

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前方から歩いてきて、明らかに見えているのにぶつかってくるなんて可愛いものだった。

足をひっかけられる。階段から押される。バケツの中の真っ黒な汚水を頭からかけられる。体操服や、制服をハサミでズタズタに切り裂かれる。

数え上げたらキリがなかった。

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最初の頃こそ、

「やめてよ!なんでこんな事するの!?」

と応戦したりもしていたが、濡れ衣を着せられた、ひどい!と騒ぎたて、埒が明かなかった。

そのうち、言い返す気力もなくなり、ただ黙って耐えるようになった。

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クラスメイトは、見て見ぬふり。

千夏に話しかけるものは何時しか誰もいなくなっていた。

ーアタシハココニイルノ?ー

ーアタシハイキテイルノ?ー

ーアタシハイラナイコナノ?ー

千夏の頭の中を、自己否定が埋め尽くす。

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長く長く終わりがない、果てしないイジメ。

無関心なクラスメイト。

まるで空気のように、そこに存在しているのかも危うく感じる。

親にさえも、相談なんてできなかった。

もちろん、教師にも。

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一度担任に相談したら、ホームルームでクラス全体の前で、

「笹野さんに嫌がらせしているのは、誰ですか!」

と斜め上を行く対応をされ、事態は余計に悪化してから、千夏は自分に味方がいない事を痛感したのだ。

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千夏は壊れていった。

学校へ行こうとするだけで、呼吸ができない。

それでも無理に学校へ行けば、何度も嘔吐する。

家にいても、学校にいても、どこにいても自分をあざ笑う声が、自分を攻撃する罵声が、どこからか聞こえてくるような気がして、パニックを起こした。

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奇声をあげて泣き叫ぶ娘に困惑した両親は、心療内科を受診。

たくさんの薬が処方された。

その中で、千夏が肌見離さず持っていたのが、精神安定剤だった。

朝、登校する前に飲む。

昼休みに弁当を食べた後に飲む。

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帰宅しても、フラッシュバックが起きる度に飲んだ。

外にいて、発作が起きた時に水がない時などは、そのまま噛み砕いて飲み込んだ。

それでも治まらない不安。

ひとりぼっちの恐怖。

それが千夏をあらぬ行動に走らせていた。

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夜。家族が寝静まる時間。

千夏は真新しいカッターナイフを握りしめる。

左の手首に押し当てて、何度も何度も切りつける。

流れ出る真っ赤な血を眺めると、千夏はホッとした。

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ー生きてる。

まだ生きてる。

あたしは生きてる。

存在してる。ー

そう思えた。

いつの間にか、真夏でも薄い長袖のブラウスで登校するようになっていた。

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そして事件は起きた。

みんな半袖になってだいぶ経つのに、ずっと長袖で登校してくる事に、攻撃の理由が出来た加奈子達。

昼休み、千夏をいつかのトイレに連れ込んだ。

「ちょっと!やめて引っ張らないで!」

全員がトイレに入ると、加奈子と真由が手を離した。

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「な、なに?」

乱れた制服を直しながら千夏が尋ねる。

「お前さ、何様だよ。」

見下したような表情で加奈子が言う。

「な、なにがよ。」

「なんでお前いつまでも長袖着てきてんだよ。もう夏服着る事になってんだろ?!」

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「それは。。。。」

言いよどむ千夏。

「自分は特別ってか、ああ!?イジメられてアザだらけで半袖着られませんって言ってんのかよ!!」

加奈子がブラウスを掴んだ。

次の瞬間。

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乱暴にブラウスを引っ張られ、全てのボタンが引きちぎれた。

それを合図に、真由が千夏のブラウスを、めちゃくちゃに引き裂いた。

「やめて!!」

うずくまる千夏。

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ビリビリと音を立てて裂けていくブラウス。

ほとんど服としての役割を持たなくなってから、真由の手がとまった。

「。。。なんだそれ。」

真由が呟く。

そこには、自ら切りつけ無数の傷をつけた左手が露わになっていた。

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「うわっ!きもっ!」

千夏の耳に響いた言葉。

それを発したのは、真奈美だった。

今まで、そこにいても暴言を吐くわけでなく、暴力に加わるでもなく、「ただいるだけ」だった真奈美。

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それは「幼馴染」という最後の良心が、真奈美を踏みとどまらせているのだと信じていた。

その真奈美の口から発せられた言葉。

千夏の心は、原型をとどめていられないほどに壊れて、崩れた。

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俯いたまま、ゆっくりと立ち上がる千夏。

その異様な雰囲気に、3人は黙って突っ立っていた。

ドン。

真奈美の体に力なくぶつかり、トイレから出ていこうとする千夏。

「。。。!おい!てめぇどこ行くんだよ!まだ話は。。。」

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加奈子が言い終わらないうちに、千夏がゆっくりと振り向いた。

「消えてやるよ。。。」

それだけ言うと、千夏はトイレを後にした。

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「。。。。なんだあれ、きも。」

加奈子はそう吐き捨てるように呟くと、

「いこ。」

と言って出て行った。

ハッとしたように、真由と真奈美も後に続いた。

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フラフラと階段を登る千夏。

その瞳は虚ろで、既に生気は失われていた。

もうどうでもよかった。

屋上に上がると、躊躇なくフェンスを乗り越えた。

そして、千夏は飛んだ。

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頬を、体を切るような風圧。

近づいてくる地面。

やっと開放される喜びに震える千夏の、笑い声だけが響いていた______。

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沙羅ねぇ、過去作の再アップを読んでくれてありがとね♡
アタシもこれ、自分の体験を元に書いたから結構苦しかったんだ〜
アタシは、絶縁する事を選んだ。
二十代半ばの頃に同窓会に呼ばれて、悩んだ末に出席したんだけどね。
ほとんどのクラスメイトが、全員で頭を下げてきた。
でも、あの頃イジメられてるアタシの味方をしていた女のコが一人だけ、この時アタシに、「お前なに調子ん乗って同窓会出てきてんだよ。目障りなんだよ」ってみんなの前で言ってきたんだ。
みんな、その女のコを批難してたけど。。。ああ、味方をしてくれてた人達も、これが本音なんだな、って思った。
だからもう、それっきり同窓会とか参加してないんだw連絡来てもガン無視してるw
立ち向かう事も、その頃の自分を昇華する行為だからとても大切だけど、それでまた傷付くのなら、未来永劫縁を切るのも、自分を守るのに大切な事だよね(*´ω`*)

ともすけさん、コメント怖ポチありがとうございます♡
ホント、集団でしか強く出られない人達は、実は一番心が弱いですよね。
最初はホント、からかう程度の気持ちなんだと思うんです。
そのうち面白がって加わる人が出て、だんだん人数が膨らんで、もうやめようと思ってもあとに引けない状態になってるんだろうなと。
で、イジメられてる側が怒ると、生意気だ、と。
なんだかんだ理由をつけて、イジメって継続していくんですよね。
このくらいの復讐しなければ、当人達は自分のしている事が人の命や人生を奪う行為なのだという事には、到底気付かない気がします。

まりかさん、夜分に失礼しますm(__)m
いじめの酷さ、集団ででしか出来ない心の小ささ、実はその集団が一番臆病者なのだと、改めて思わされましたね。
話を読んでる時は、千夏さんのことばかり想いました。
可哀想で済まされることではありませんからね(;_;)
加害者はもちろんのこと、学校教員、全生徒に責任があります。
話の冒頭の意味もわかりやすく3人が恐怖に怯え死んでいく様は、読んでいて清々しく感じました(笑)
まりかさんの作品は本当にどれも怖面白いです(*^^*)

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姉さん、俺を騙そうとしても無駄ですよ…ひひ…

続くんでしょ?( ´ ▽ ` )ノ「救いプリーズ♪」

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