中編3
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口は災いの元

朝起きて一杯のコーヒーを飲む

俺にとってそれは

一日のなかで唯一至福の時間だ

ん、あれ味がない…?

もう一度コーヒーを口に入れる

やっぱり味がしない!?

なんなんだ?コーヒーの淹れ方を間違えたのか?

そんなことはないはずだ

自分でコーヒーを淹れてかれこれ十年が経つ

今更間違えるなんてことはないだろう

『ブラックしか飲まないが砂糖を入れてみるか』

ない!味がない!砂糖も味がしない!

俺は冷蔵庫を開けて

あらゆる食べ物や飲み物を口に入れた

だが、どれもこれも味がない

冷蔵庫のものを全て口にして

やっと俺の口がおかしいことに気づいた

『なんてことだ、俺は調理人だ

今と味が変われば客は離れる…』

一瞬悩んだが長年の経験で乗り切れるだろうと

暫くこのことは誰にも言わないことにした

いつものように店に出勤して調理をしたが

俺の作った料理に文句は出なかった

仕事上困ったことは起こらないが

味のない食事は辛い

空腹は満たされても

精神的欲求は高まるばかり

味を感じなくなってから初めての休日

俺は味覚障害を調べるため病院へ行った

不思議なことに病院では

とくに異常はないという診断だった

そして精神的なものかもしれないと

精神科への診察を促された

精神の異常で

味覚がなくなるのか半信半疑だったが

俺は言われたとおり精神科へ行った

いろいろな検査の結果

また原因不明の診断がくだった

俺は納得できなくて

『どうして原因不明なんだ!

誰かわかる医者はいないのか!』

イラ立ちから興奮して叫んでいた

精神状態は最悪で

いくら叫んでも足りないくらいだ

俺は力の強い男の看護師に

羽交い締めにされて個室部屋に入れられた

窓の鉄格子が恐怖心をあおる

入り口は外から鍵をかけられ

開けようとしてもビクともしない

俺のイラ立ちはまた限界に達し

動悸と息切れが始まった

その時

『入りますよ』

誰かの声がした

ドアを開けて入ってきたのは

見知らぬ男とさっきの看護師だった

『はじめまして、私は悪魔払いです

あなたの味覚障害は病気ではないようです

そのために私が呼ばれました』

『悪魔払い?俺に悪魔が取り憑いてるのか?』

『まあ、そんなところです

悪魔払いをしますか?するかしないかは

あなたの自由ですよ

過去には悪魔払いなんて信じないと

断った方もいます』

『悪魔払いを断った人はそのあとどうなったんだ?』

『それは、個人情報ですから答えられません』

『じゃあ、悪魔払いはいくらなんだ?』

『悪魔の程度によりますがあなたの

給料三ヶ月分でいかがでしょう?』

『三ヶ月分!?随分と取るんだな

それはどのくらいの時間で終わる?』

『数分で終わるでしょう』

数分で給料三ヶ月分が飛ぶのか…

しかしこのまま味がわからないのは困る

一か八か試してみるか…

俺は悪魔払いを頼んだ

すぐに悪魔払いの準備が始まり

俺はベッドに手足を固定され

身動きが取れなくなった

すると悪魔払いの男は言った

『私の娘の味はどうだった?』

『娘?いったいなんのことだ?』

『お前が遊びで付き合って捨てたのは

私の娘だったんだよ』

『ちょっと待ってくれ、どの女のことだ?』

『忘れているとはな…

娘をどれだけ侮辱すればいいのだ

娘はお前のせいで自殺した

だからお前を許すわけにはいかない』

『違う!あんたの娘だって合意のはずだ

大人の関係だ!俺は悪くない!』

『名前も職場も嘘ばかりついて

最初から騙すつもりだったんだろ?

私は全てを調べてあるんだ

今更お前の言うことなど聞く気はない

大人しく観念しろ』

『な、何をする!?俺は何も悪くない!

助けてくれ!うわーあああ!!』

悪魔払いの男は俺の舌を抜いた

これで俺にはもう弁解の余地はない

悪魔払いの男に言われたように

この嘘つきな口のせいで今まで俺は

何人もの女を傷つけてきた

女たちはこんな俺に呆れて

訴えることもせずにいたから

俺も調子にのっていたんだ

俺は酷いやつだったがこれで安心だ

なぜならもう、これで

誰にも嘘をつかなくて済むんだから

俺の中の悪魔は消えた

Concrete
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