中編5
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従兄弟の彼女

この時期になると、いつも従兄弟のことを思い出してしまう。

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 従兄弟は当時大学生で、同じ学部で知り合った女性と交際していた。

 以前何度かその彼女を見たことがあったが、別に変なところもない、探せばどこにでもいるような大人しい感じの人だったように思う。肌の色がびっくりするくらい白くて、「ああ、あまり外に出ないんだな」というのが初めて見た時の率直な感想だった。

 しかし交際を始めてから二ヶ月ほどして、従兄弟から電話が掛って来た。電話に出るなり従兄弟は「彼女の束縛が酷いから話を聞いてほしい」と泣きついてきた。

 従兄弟の話は呂律が回ってなくて、鼻声になっていたり途中でボソボソと呟いたりしていてお世辞にも纏まったものだとは言えなかったが、要約するとこうだ。

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 最初は、「他の女の子とあまり話さないで欲しい」だった。しかしそれが「話す事は禁止」になり、「メールは必ず三分以内に返す・電話は5コール以内に必ず出る」、「自分の隣から離れない」など次第に無茶としか言いようのない要求を従兄弟に押しつけはじめたそうだ。

一ヶ月を過ぎる頃には「常に自分のいる位置を教える」など、完全にプライパシーを無視した要求を言いだし、それを拒んだら彼女の家に閉じ込められそうになったので、友人の家に逃げ込んでいるという事だった。

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 私はそれを聞いて「よくそれで別れようと思わないね……」と返したように思う。彼女の異常としか言いようのない束縛が気持ち悪かったし、そこまでされて別れない従兄弟に少し呆れていた。

 従兄弟は私の言葉を聞いて「別れられるならとっくに別れてるよ!」と怒鳴った。

 気まずい沈黙が十数秒続いた後、従兄弟が口を開いた。

「……別れられないんだよ……。前に別れ話を持ち掛けたら、包丁で刺されそうになって……。冗談だって言ってなだめたら、『じゃあ、これからもずっと一緒にいられるように【ゆびきり】しよ?』って言われて……。ハハハ、小指折られちゃったよ。病院も行かせてくれなくてさぁ。小指、変になっちゃった」

 従兄弟はそこで一度電話を切り、メールを送って来た。

 メールには写真が添付されていて、そこには奇妙な形に曲がってしまった従兄弟の小指が写っていた。

 私は従兄弟に電話を掛け、「やっぱり、別れたほうがいいよ」と言った。

 今にしてみれば随分と冷たい発言だとは思うが、その時の私にはそれくらいしか思いつかなかった。

 従兄弟は暫く押し黙った後、「……分かった。もう一度話してみるよ」と言い、通話はそこで終わった。

 それから数日は何もなかったので、「ああ、上手く別れられたんだな」と思っていた。

 電話には出なかったが、忙しいのだろうと思って特に気にしなかった。

 しかし、それにしても音信が無さ過ぎる。以前はよく連絡を取り合っていたのに、あの日を境にパッタリと連絡が途絶えてしまった。

 流石に怪しいと思ったので、その週の土曜日に従兄弟の家に行ってみることにした。

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 従兄弟の家に着くと、特に何も変わっていない、前に来た時と同じ従兄弟の家だった。従兄弟が普段愛用しているクロスバイクが停まっていたので、従兄弟がいるのだと判断した。

 インターホンを鳴らしたが、誰も出ない。いつもならすぐ出る筈なのに。

 従兄弟から「お前ならいつ入ってきてもいいよ」ということで合鍵を貰っていたので、合鍵を使って扉を開けた。

 中は電気が一つも点いておらず、薄暗かった。嗅いだ事の無い臭いが鼻を突き刺す。誰か中にいるみたいで、話し声のようなものが聞こえる。

 その中に微かに「あっちゃん」という単語が混じっているのに気が付いた。あっちゃんとは従兄弟のあだ名だ。

 どうやらそれはリビングから聞こえてきているらしく、何を話しているのか気になったので足音を殺してそっとリビングの扉に耳をつけた。

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「あっちゃん、今日はいい天気だよ」

「一緒にデートに行こうよ」

「もう……何でいつも寝てるの? 全く、あっちゃんはねぼすけだね」

「でも、ずっと寝ていてもいいよ」

「別れようっていったのはあっちゃんの偽物だったもんね」

「偽物は私がちゃんと殺しておいたから、安心してね?」

「あっちゃんは何も心配しなくていいんだよ」

「私がずっと側にいてあげるから」

 ゾッとした。背筋を嫌な汗が伝う。

 玄関に戻ろうと踵を返して走り出そうとして、床で滑って転んだ。

 派手な音を立てて、全身が床に叩きつけられる。膝を思いっきり打ったらしく、足が思うように動かせなかった。

「……誰?」

 はっきりとその声が聞こえた後、ドドドドドッという物凄い足音が聞こえて、誰かが扉にぶつかった。

 従兄弟の彼女だと、その時はっきりと分かった。

 四つん這いの状態で何とか前に進んで玄関の扉を開こうとした時、肩をトントンと叩かれた。

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 恐る恐る振り返ると、目の前に彼女がいた。目の下には濃い隈が浮いており、髪はボサボサだった。

「ねえ、あなた、だれ?」

「何で私とあっちゃんの家にいるの?」

「何で邪魔するの?」

「ああ、思い出したよ」

「君があっちゃんの偽物をけしかけたんだ」

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 そこまで聞いて、とうとう堪えられなくなった。

 彼女を思いっきり突き飛ばして、扉をぶち破るようにして外に出て逃げた。

 すぐに彼女が転がり落ちるように出て来て追いすがって来る。足はそこまで速くはなかったが、恐怖で足が上手く動かなくて本当にギリギリだった。

 必死に彼女を振り切って電話ボックスに駆け込み、扉が開かないように必死に抑えながら110番した。

 警察が来るまでの間、彼女はずっと電話ボックスをドンドンと叩きながら、意味不明の言葉を絶叫していた。

 カッと見開いた目からボロボロと大粒の涙を流しながらこちらを睨みつけていたその顔を、恐らく一生忘れることはできないだろう。

 やがて警察が来て、彼女はそこから引きはがされるように話され、パトカーの中へと連れて行かれた。

 電話ボックスが開けられて警察官に保護された時、安心のあまり年甲斐も無く泣いてしまった。

 彼女はパトカーのウインドウ越しに、こちらを恨めしそうに睨んでいた。だけどそれはその時、安心しきっていたせいか何も思わなかった。というか、何も考えられなかった。

 パトカーが発進して、彼女の姿が流れて行った。

 それ以来、彼女の姿は見ていない。

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 やはり従兄弟は、彼女に殺されていた。

 従兄弟の家のリビングは凄惨な光景だったらしく、血だらけのぐちゃぐちゃに散らかった部屋で、従兄弟の腐乱死体が発見されたそうだ。

 死後一週間以上は経っていたようで、冬だとはいえ大分腐敗が進んでいたらしい。

 今でも、彼女のことはあまり思い出したくない。従兄弟を殺されたことも腹が立つし、追いかけられた時の恐ろしさも蘇ってくるからだ。

 彼女は殺人及び死体遺棄の罪で拘置所にいるはずだ。もう会う事もないだろう。

 あれ? 何だろうか。こんな時間にチャイムが鳴るなんて。

 出なくてはいけないから話はここまでにしようと思う。

 ああ、心配しなくても話の続きは戻ってきたらするから安心してほしい。

 それでは。

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臨場感溢れる内容で、息をするのも忘れて読みました。