長編9
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ゆめちゃん

今回のお話は前回の「孤独の山」のお話から2ヶ月ほど経過したもうすぐ山が紅く染まり始める初秋の時期だったと思います。

その日、私は同じ職場の黒川先輩と取引先の高遠さんという事業主から私的に話をしたいことがあるということでその事務所を訪れていました。

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「わざわざ来てもらって悪いね、それとこの前はうちの息子の結婚式来てくれてありがとう」

「いえ、高遠さんにはいつもお世話になってますから」

黒川さんはにこやかに受け答えします。

高遠さんは私の高校時代の先輩の父親でもあり、その先輩は以前いわゆる霊感のある黒川さんに心霊ストーカーの相談を持ちかけたことがありました。

彼は仕事場の女の子を妊娠させたためにその彼女から生霊を飛ばされていました。

危うく死にかけたところを黒川さんに救ってもらい、結局責任を取ってその生霊を飛ばしていた彼女と結婚しました。

父親はとても誠実な方なので、そのギャップには考えさせられます。

黒川さんからは人格者の子供が人格者とは限らないでしょうと一蹴されましたが・・・

「いや、実は相談というのはね、うちのえっちゃんのことなんだけど・・・」

えっちゃんというのはおそらく従業員で、自分の息子と結婚したお嫁さんでもある絵梨花さんのことと思われました。

「彼女ね、最近ゆめちゃんが見えるようになったって言うんだよ」

ゆめちゃんという名前は聞いたことがありませんでした。

絵梨花さんもまだ出産はしていなかったはずなので、お孫さんの名前でもありません。

黒川さんも怪訝な表情をして、その言葉の意味がよくわからないようでしたが、すぐになにか思い出したようでした。

「・・・ゆめちゃんって、高遠さんもしかして」

「そう、黒川さんが前に解決してくれた事件の女の子だよ」

高遠さんの事件、そういえばストーカー相談の時にも聞いた覚えがありました。

黒川さんもなにか思いやるような動作を見せます。

「うーん、別にあの子に関しては見えるだけなら特に問題はないと思いますよ」

黒川さんは心許なさ気ではありましたが、高遠さんに答えます。

「うん、僕もそう思ってたんだけどね」

含みが感じられる言い方でした。

「実はね、ちょうどえっちゃんが見えるようになったころから、ゆめちゃんの姿が変わってきてるんだ」

「・・・姿が変わってる? どういうことですか?」

少し当惑したような表情で黒川さんがゆっくり問いかけます。

「あ、あの、話が全く見えないんですけど・・・」

ふたりの話について行けなくなった私は妨げになるのは分かっていましたが、話に割り込みました。

「あれ、今まで話したことなかった?」

「ないですよ!」

高遠さんの以前の事件に関しては間違いなく聞いたことがなかったので即答しました。

「まあ、まあ、せっかくだからあの時の話もしようか」

高遠さんがそう言ってくれたおかげで、私はその事件の詳細について聞くことができました。

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お話は黒川さんが高遠さんの事務所に営業に来るようになってしばらくしてからのことです。

その日、彼女が事務所に入ると高遠さんがどこか別の会社の営業と思われる人物と話をしていました。

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「だからね、私の他にも見たって従業員もいるんだよ。この物件、何か変な曰くがあるんじゃないの」

どうも横で話を聞いていると高遠さんが話をしているのは不動産屋のようです。

彼の会社は少し前に山の麓の空き物件を購入して、新事務所兼工場として古い事務所から引っ越してきていました。しかし、その事務所でどうも幽霊らしきものが出ると話しているように聞こえます。

「ですからここがいわゆる事故物件などということはありませんので・・・」

不動産屋の担当者は困った表情で説明していました。

「けどねえ、着物の女の子が事務所の中や庭で見えたりするんだよなあ」

不動産屋の担当者も本当に何も知らないようなので、高遠さんもどうしようかと迷っているようでした。

「・・・あのぉ、すいません」

横で聞いていた黒川さんはおそるおそる高遠さんに話しかけました。

「ああ、〇〇さん(うちの会社の名前)、ごめんね今日はちょっと取り込んでて、悪いけどまた今度にしてもらえるかな」

高遠さんは黒川さんを確認してにこやかに応対します。

「いえ、先程から話をされている着物の女の子というのはちょっとふんわりしたくせ毛の長い髪で昔話に出てくるみたいな粗末な着物を着た女の子ですか」

その意外な言葉を聞いた高遠さんはびっくりしたようでした。

「え、君も見えるの?」

「ええ、まあ、いままで訪問させていただいた時も何かいるなあとは思って見ていたんですが」

「なんで黙ってたの?」

「いえ、そんなこと普通に喋っていたら、変な人に扱われてしまいますので、いつもは何か問題になるか、聞かれるまで話したりはしないんです」

黒川さんは自分がいわゆる霊感のある人間で、プロではないがいままでも身内のこのような案件相談にのってきたことを詳しく説明しました。

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「じゃあ、ちょっと教えてほしんだけど、君はあの女の子が何者かわかる?」

思いがけない展開に高遠さんもおそるおそる黒川さんに訪ねます。

「うーん、まずあの子は少なくとも悪霊みたいなものではないと思います」

「え、なんでわかるの?」

「いえ、普通悪霊なんかが住み着いていたり、因縁のある悪い土地だったりするともっとこう建物の雰囲気が悪くなるんですけど、ここはそんなことないですし」

「でも、だったらあの女の子はなんでここに現れるの?」

「そこなんですけど、あの子がどこから来ているのかちょっと調べてもいいですか?」

黒川さんが尋ねると、高遠さんはもちろん了承し、事務所と工場の中を色々と調べて回りました。

しばらく探索していると彼女は1階のベランダのあたりで何かを見つけました。

「あ、いた」

黒川さんは女の子を見つけたようで追いかけ始めました。高遠さんも黒川さんの後を追って庭の方へ出て行きました。

行き着いた先は作業所の裏手にある山との境に植わっている桜の木でした。

「・・・これですね」

「え、なに?」

「たぶん・・・この桜の木があの女の子です」

「え? 意味がよくわからないんだけど」

「うーん、どうしても一言で説明するなら・・・いわゆる木霊ということでしょうか」

木霊、字のごとく木に宿る霊のことです。

「・・・木霊、ああ、なんか外国の童話とかで見たことがあるよ」

自然界の気の流れなどは専門ではないので確定的なことは言えないのですがと断ったうえで、黒川さんが説明しました。

裏手の山から降りてくる気脈の力がこの桜の木に強く及んでいて、それによって女の子の姿をした木霊が木に宿り、近くを戯れて回るという影響が出ているのではないかということでした。

なぜ女の子の姿なのかということに関しては、この土地の昔の人の姿の反映という仮説は考えられましたが、詳しいことはわかりませんでした。

結局、木霊の女の子としては木の周りで遊んでいるだけで特に害はないので、あまり気にしないでいいという結論に至り、とりあえず問題は解決したのでした。

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私は彼女の話をひと通り聞いて、あらためて何が気になっているのか高遠さんに尋ねました。

高遠さんの話によると絵梨花さんも最近になってこの木霊の女の子が見えるようになったらしく、かなり入れ込んでしまっているということでした。

そして、その事と呼応するかのように高遠さんが見える木霊の女の子の姿が変化してきているというのです。

入れ込むということがどういうことか具体的にわからなかったので、連れられて見に行くと事務所の窓際のところに神棚を模したようなものが備え付けられており、お菓子などがお供えされていました。

椅子やクッションもあり、まるで憩いの応接スペースのような感じです。

高遠さんによると従業員が絵梨花さんのお願いに応じてこしらえたそうです。

そこに当の絵梨花さんが私達を見つけてやってきました。

「あ、瑞季さん来てくれてたんですか、嬉しいです」

絵梨花さんは本当に嬉しそうに黒川さんを出迎えます。

まるで憧れの芸能人が訪ねてきたかのような感激ぶりでした。

黒川さんいわく例のストーカー事件の後、どうもかなりなつかれてしまったようで・・・

絵梨花さんはあまり目立たない感じでとびきり可愛いとかスタイルがいいとかそういうことはなかったのですが、優しくて気配りのよくできるほんわかとした雰囲気の女の子でした。

たしか高卒でここに就職して3年目ということだったので、私よりも年下だったのですが、小柄で華奢な体つきだったので、実際の年齢よりもさらに幼く見えました。

そのため、ある程度お付き合いができて、その人となりがわかってくるとあのような生霊事件を起こしたことが私は信じられませんでした。

「瑞季さん、どうですかゆめちゃん用のスペースを作ってみたんですよ」

絵梨花さんはにこやかに説明します。

「な、なまえもつけたんだ、えっちゃんも見えるんだね」

「そうなんですよ、最初は見えなかったんですけど、お義父さんから話を聞いて、気になっていたら少しづつぼんやりと見えるようになってきたんです」

詳しく聞くと、絵梨花さんはいわゆる霊感というものはなく、いままでも幽霊などのたぐいは見たことがなかったそうです。

しかしあの桜の女の子は意識していると、徐々に見えるようになってきたそうです。

「それとですね、私とお義父さん以外の従業員はほとんど見えないので、絵に起こしてみたんですよ」

彼女はそう言って一枚の絵を持ってきました。

大きめの色紙のような厚紙に女の子の絵が描かれています。

「す、すごい達者に描いてるわね・・・それにしてもちょっと誇張しすぎじゃない」

黒川さんはその絵の出来に固まっているようでしたが、私も見てびっくりしました。

水彩画っぽい画材でそのゆめちゃんと呼んでいる桜の女の子が可愛いらしく描かれています。

誇張と黒川さんが言ったのはまるでアニメや少女漫画に出てくる女の子のように可憐に描写されているからでした。

後で高遠さんから聞いたのですが、絵梨花さんは漫画やアニメ、イラスト等に造詣が深いらしく、実はゆめちゃんという名前も絵梨花さんがその時はまっていたゲームのキャラクターから付けたそうです。

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「おなかちょっと大きくなってきたね」

「そうなんですよ」

まだ新婚さんでしたが、出来ちゃった婚でしたので既にお腹が少し目立つようになっていました。

おそらく高遠さんが心配したのも生まれてくる孫のことを心配してということもあったのだと思います。

絵梨花さんが仕事に戻ってから、高遠さんにはとりあえずその姿が変わったという木霊のゆめちゃんを見てみますと言って庭の方に出て行きました。

そして、事務所の裏手にまわり、例の桜の木を見て黒川さんが驚きました。

「あの子の存在が高まってる」

「どうしたんですか?」

黒川さんによると以前見たときは昔話に出てくる農民のような着物姿だったらしいのですが、今は髪型も着物も絵梨花さんのイラストに描かれていた通りの整えられた髪型と桜の花柄の着物に変わっているということでした。

「それって、どういうことなんですか?」

「・・・たぶんえっちゃんの強い念があの子の中に入っていったということかしら」

黒川さんの推察によると、もともと生霊を飛ばすぐらい念の強い彼女が桜の木霊の話を高遠さんから聞いて、好奇の念を送ってしまったのではないかということ、

また彼女が絵に姿を描いたから、ここの従業員があの桜の木にはこんな霊がいると認識して、一種の信仰心的な念が集まったのかもということでした。

「それって神様みたいになったってことですか」

「まさか、そんなレベルではまだ全然ないわよ、でも・・・お互いにいい影響を与えているようだし、いいんじゃないのかな」

確かにゆめちゃんという木霊にとっても綺麗になる気を送られているのであれば、良いことです。

前回と同様、特に問題はないようだったので、彼女は高遠さんにそのことを説明しました。

問題はないといっても、さすがに高遠さんは苦笑いをしていましたが・・・

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その後の話ですが、生まれた絵梨花さんの娘さんもゆめちゃんを見えるらしいです。

春に高遠さんと従業員がお酒もかなり入って騒がしくお花見をしていると、

ゆめちゃんがうるさがってるでしょと娘さんがみんなに注意したというお話を絵梨花さんが笑いながら話してくれました。

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