長編23
  • 表示切替
  • 使い方

殲滅

中学二年生の秋、

付き合っていた彼氏が『コックリさん』にハマった。

学校で大流行したから仕方ないとか思ったけど

正直なところ、彼氏にだけはやって欲しくなかった。

オカルトとか気持ち悪いし、オタク臭いし。

放課後になれば、生徒達が居残って『コックリさん』をしている光景を、

どの教室でも目にすることができた。

最初は、文化部の女子達が恋占い感覚で始めたみたいだけど、

あっという間に全生徒へ伝播して歯止めが掛からなくなった。

特に男子達は信じられないのだけれど、

カーテンを揺らしたり、鉛筆や消しゴムを移動させたりなど、

『コックリさん』に怪異現象を起こすよう依頼して楽しんでいたらしい。

そのうち、『コックリさん』の扱いが上手な生徒が現れ、

生徒達は『達人』『名人』と持て囃し…それが男子達の競争意識に火を点ける。

それで、校内は明けても暮れても『コックリさん』の話題一色に染まる事となった。

私は『コックリさん』を含めたオカルトにまるで興味は全然無い。

部活でレギュラーの座を死守する為、

夜遅くまで練習に明け暮れる…そんなものに構ってる暇なんかないし、

彼氏も既にいるから恋占いなど必要ない、リアルで充実している身だから、

普通より醒めた目でこの騒ぎを傍観してた。

本当に馬鹿馬鹿しい。

そんな私とは対称的に『コックリさん』へ彼氏は傾倒していき…

とうとう『達人』と呼ばれるまでになった。

新人戦後、エースと目されていた部活動にも出なくなり、

放課後の教室で『コックリさん』三昧…

授業中に休み時間に昼休み、帰宅して寝る寸前まで、

私に送られてくるメールの中身は、

全て『コックリさん』に関連する内容で埋まっていた。

呆れもしたけど、

それ以上に『コックリさん』にムカついた。

嫉妬だなんて言われたら、当時の私は切れて殴りかかったに違いない。

彼氏ではなく『コックリさん』を心底憎むようになった。

それから不安にもなった。

クラスが違うし部活があるから…なかなか逢える時間が取れない。

オカルト好きなクソビッチが現れて彼氏を横から奪っていく…

なんて、妄想に取り憑かれたりもした。

『ミツルにコックリさんを仕掛けて怖がらせてやるプロジェクト(*^0゚)v』

火曜日の夜。お風呂から出ると彼氏からこんなメールが届いてた。

『ミツル』と言うのは彼氏と同じクラスの生徒。

一年生の時にあった宿泊学習で、夜に一人でトイレへ行けず、

寝袋の中でおしっこを漏らして伝説となった、校内で知らぬ者無しの臆病者…

その『ミツル君』に『コックリさん』を使って散々怖がらせ、

二度目の『尿漏れ伝説』を打ち立ててやろうという魂胆らしい。

先日、テレビで放映されていた怪奇特番を観ていて思いつき、

協力者を募っている最中とかで、私もメンバーに入って欲しいそうだ。

私に頼むということは…今のところ浮気の心配は無い…

『金曜日に決行予定! (≧ω≦)b 協力頼むゼ♪』

水曜日の夜。

就寝前、彼氏へメールを打ってる最中に…彼の方から先に届いた。

また内容は『ミツル君』と『コックリさん』の話ばかりで…

彼氏彼女の間で平凡だけど言われると、とても嬉しくなっちゃう言葉は無し…

『ミツル君』を尿漏れまで如何にして導くかの案がズラズラと並んで…

彼氏は全然悪くないんだ…

悪いのは全部『コックリさん』で、

あ、そうか…協力者となれば彼氏の許へ休み時間でも堂々と会いにいけるんだ。

いいじゃん『コックリさん』。

『柱| ̄m ̄) ウププッ 任せて、手伝うよ♪』

『ミツル君』の人生を大きく変えてしまう重大なことになる…かも知れないのに、

当時の私は自分のことばかりで…とても軽く考えていた。

決行当日、金曜日の昼休み、

ギャラリーとして立ち会う為、私はクラスメイトを誘い彼氏の教室にいた。

彼氏は私と目が合うと口の端を吊り上げ軽く頷いてみせる。

準備が全て整ったと昨夜、彼からメールがあった。

五分ほどして『ミツル君』が彼氏の友人に連れられ教室に入ってくる。

給食当番だったらしく、未だ白衣を着ていた。

 ここで簡単に『コックリさん』に使う盤への記入の仕方を述べておくことにする。

 地方によってそのやり方に幅があるみたいなので一応。

 A3サイズの紙か同じ大きさほどの木製ボードを用意する。

 もっとサイズが大きくても構わないけど、

 小さすぎると十円玉が移動して文字を示す時、

 何の文字を指しているのか分からなくなるので大きめの物を選ぶ。

 1.まず盤の中央の上部に『鳥居』を描いて丸で囲む。

   鳥居の形状は地図記号にある神社のマークで構わない。

 2.鳥居からだいたい5~8cmほど離した位置に紙の中心から

   対称となるように『はい』『いいえ』と縦書きで記入する。

   その外側に同じく中心から対称となる位置へ『男』『女』と書く。

 4.鳥居の下へ左端から1、2,3,4~9、0を、

   漢数字、アラビア数字どちらでも構わない

   等間隔で紙の端から左右均等に配置される様、書き込む。

 5.右端から『あいうえお』の五十音を縦書きで記入し、

   最後は『わ を ん』で終わる。

   文字の間隔や紙の端からのバランスをよく考えて書き込むこと。

 これで盤への文字記入は完成となる。

 あとは『コックリさん』なる霊なのか小神なのか不明な、

 姿無き者を呼び出す呪文を唱え、用意しておいた盤上の十円玉へ…

 『コックリさん』を行う三人の人差し指を乗せた十円玉へ乗り移らせ、

 『演者』達が質問し、十円玉がそれに答える為に自ら動きだす…のだとか。

閑話休題。

彼氏達は状況を掴めずにいる『ミツル君』を、

『コックリさん』のボードが置かれた席へ有無を言わせず座らせると、

「コックリさん、コックリさん、コックリさんいらっしゃいましたら、

 鳥居の中へお進みください」

間髪入れずに、三度唱えて『コックリさん』を始めてしまう。

席に着いている『演者』は彼氏とその友人、そして『ミツル君』…

彼は『コックリさん』の演者にされたと知り、今にも泣き出しそうな表情となる。

『コックリさん』が入場する際、本来なら南側の窓を開けるらしいのだけど、

『ミツル君』を怖がらせるだけで、

本当に『コックリさん』を呼ぶ必要はないからと、北側の窓にしたらしい。

十円玉はもちろん彼氏とその友人が操作している。

恐怖に歪む『ミツル君』の表情を見てギャラリー達がくすくす笑った。

『コックリさん』への質問は恋愛に関するものから入る。

クラスの誰が誰のことを好きかとか、誰と誰が付き合っているとか、

付き合ってる誰と誰はどこまでエッチなことしてるとか…

女子達は質問と答えが出る度にキャーキャー黄色い声をあげる。

私も彼氏との事を見事に『コックリさん』に当てられて、

周囲から冷かされ、照れ笑いする茶番を二人で演じてみせた。

だんだんと『ミツル君』の表情に笑顔が浮かぶようになってきた。

『コックリさん』は占いの類なんだと安心したみたい。

これからが本番だ、彼氏が周囲を見渡す意味ありげな視線で合図を送ってきた。

ギャラリーに紛れ込んでいる仲間が

彼氏達が十円玉を操作しているのでは、インチキではないかと、

予定通りに指摘して軽い騒ぎを起こす。

扇動されたギャラリー達も口々に証明してみせろと横槍を入れてきた。

それを、三人全員が目を閉じて『コックリさん』を実演してみせようと、

落ち着き払った彼氏が答えた。

おおおと周囲から歓声があがる。

そして、これを境に今までと質問内容がガラリと変わった。

『ミツル君』は自分がこれから何が起こるか知らず、言われるが儘に目を閉じてる。

「じゃあ、今度は『コックリさん』本人について質問してみるぞ」

「あ、それ…すごく私も知りたい♪」

私がお追従のセリフを吐き、ギャラリー達がうんうん頷く。

「『コックリさん』って霊なんでしょ?どうして亡くなったとか、

 どこで死んだのかとか訊いてみたいよ」

「なんだか『コックリさん』らしくなってきた!」

「じゃあ、今のを加えて『コックリさん』に色々と質問していくからな」

「是非是非、よろしく~♪」

「『コックリさん』『コックリさん』、あなたのお名前をお聞かせ下さい」

目を閉じた彼氏が質問をすると、

盤上を滑るように10円玉は動き、文字を示していく。

それをギャラリー全員が目で追い、言葉に出して読み上げる。

(い……え………な………い)

「それは、なぜですか?」

(い……え………な………い)

「それは、この近所で亡くなられた方、だからですか?」

10円玉は一度、『はい』の方へ向かおうとしたが途中で止まってみせ、

さらに『いいえ』に行きかけてから初期位置の『鳥居』へ戻って動かなくなる。

ギャラリーは色めき立った。

前もって聞かされていなければ、本当に十円玉が意思を持って自ら動いているみたい。

毎日、特訓したとか言ってたけど…

定位置で止まり、ぴくりとも動かなくなった十円玉に業を煮やし、

彼氏は質問を変えてみることにした。

「あなたはここ最近、亡くなられた方ですか?」

この質問に、十円玉はすっと『いいえ』へと動き出した。

「あなたは恨みをもって亡くなられたのですよね?

 どんな死に方をされたのですか?」

(い……き………て………い…る………の……に…

 ま…………い……………そ………う……さ……れ…………た)

「生きているのに埋葬された?ってことは…

 この『コックリさん』は土葬だった頃の人!?」

「まぁ、まだ医学だってそんな発展してた訳じゃないし、

 子供の頃、祖父ちゃんに聞いたことあるよ。

 死んだと思って土に埋めたら、土の中で蘇生したみたいなのが、

 たまたま理由があって掘り返した時、

 棺桶の蓋をバリバリ毟る爪で引っかいた痕があったとか」

「こええええええ!!」

「身動き取れない狭い棺桶の中、酸欠で誰にも知られず死んでいく…」

「マジかよ!?」

『コックリさん』が出した答えに騒然となるギャラリー。

目を閉じている『ミツル君』の顔色が青白くなっている…

(い………て……つ……く…ま……つ……く………ら…の……

 や……み……の…な……か……だ……ん………

 だ………ん……い…き……が…く……る……し…く…な…つ…て…)

十円玉は止まる事無く、怒りを示す様に直線的に動いて文字を示し続ける。

(さ……む……い………と…て……も……さ……

 む…………い……こ……こ………は………さ……む……

 い………わ………た……し……う………め……た……か……そ……

 く…………か………に……く……い……

 に…く…い……の……ろ……つ…………て………や……………る)

彼氏…本当に凄いよ。

本当に目が見えているかのように…

ギャラリーからも驚嘆と賞賛のどよめきが上がった。

「もう、あなたが死んで時からかなりの時間が経ってしまってますよ?

 ご家族だって、ほとんどが他界されたのではないでしょうか?

 呪うことは止めて成仏することを考えてみては如何でしょうか?」

10円玉は彼氏のセリフで怒ったみたいで、

激しくボード上をぐるぐると大きな円を描いて止まらなくなってしまう。

「どうすんだ、『コックリさん』怒っちまったみたいだぞ!?」

「指が十円玉から離れない!!」

十円玉が離れない合図来た!

ギャラリーに混じっていた仲間達が手筈通りに騒ぎ始める。

「どうすれば怒りを鎮めてくれるか聞いてみたら?」

「そ、そうか!『コックリさん』どうしたら怒りを解いてくれますか?」

(み……つ……る………ほ………し……い……み…………

 つ……る…つ……れ………て………い……く……………

 る………つ……ほ……の……な……か………へ…………)

十円玉が示す文字をギャラリーが読み上げる。

名前を出された『ミツル君』の体がびくんと仰け反るように大きく震えた。

椅子を座ったまま後ろへにずらして盤から身体を遠ざけようとしている。

逃がさないとギャラリーに紛れ込んだ仲間が、

『ミツル君』が座る椅子の背もたれをさりげなく手で押さえるのが見えた。

「連れて行く…とはどういう意味なんだ?」

(く……ら………い……ふ……し……と……み……つ………………

 る……つ……れ……て……か……え……る…ふ……た……り……

 え……た……な…ら……さ……ひ……し……く……な……い……

 つ……ち……の……な……か……み……つ……る……と…………

 ね…む…る……い……つ……ま……て…も……い…つ…し…よ…

 に……ね……む……る……)

「そんな勝手はさせないぞ!」

十円玉は、またも盤上を激しく円を描いて止まらなくなる。

「怒っても駄目なものは駄目だ!

 『ミツル』を連れて行くことは俺が許さない!!」

十円玉の動きと、会話の応酬が見事に噛み合っている…

彼氏の焦りの表情…声なんてもう迫真そのもの。

目を瞑る『ミツル君』が雰囲気に呑まれているのが傍で見ててもよく分かった。

(み……つ……る……つ……れ……て……か……え…る…

 み……つ……る……つ……れ……て……い……く…し…

 や……ま…は……さ……せ……な……い……)

稲妻のような速さと機動で十円玉は文字を示していく。

「絶対に駄目だ!

 『ミツル』!お前だって一緒に行くのは嫌だよな?

 『コックリさん』に絶対に嫌だから一人で帰れと言ってやれ!!」

『ミツル君』の横顔…閉じた目尻から涙が流れ、頬に太い筋を作ってる。

おかしくて吹き出しそうになる。

肩が震えて…脇腹がすごく痛い…笑っちゃいけないと思うと余計に…

「嫌だよ!僕は絶対に行かないから!一人で帰ってよ!!」

上擦った声で叫ぶ『ミツル君』…

だけど、一人称が『僕』!?

腹筋がかなりヤバい!

(つ……れ……て……か……え……る…

 つ……れ……て……か……え……る…

 つ……れ……て……か……え……る…

 つ……れ……て……か……え……る…

 み……つ……る……つ……れ……て……い……く……

 し……し……や……の……せ……か……い……)

彼氏と友人で操る十円玉の動きに、

ついていけなくなった『ミツル君』が、指を離してしまう。

「ああ!?『ミツル』が指を離しちまった!!」

「どうすんだよ!?『コックリさん』を帰す前に指離して!?」

「『コックリさん』が帰らなくなったらお前の責任だからな!!』

周囲から『ミツル君』を非難と罵倒の声があがった。

皆から責められて、ついに彼は大声で泣き出してしまう。

こういうのを号泣っていうのかな。

そうだ、『ミツル君』…尿!?尿の方はまだ決壊してない!?

「十円玉を無理矢理、鳥居まで戻すぞ!

 『コックリさん』には絶対に帰ってもらう、これで終わりにするぞ!」

「分かった!でも、この力…すごい力で俺たちに反抗してくる!」

「な…なんだ?

 『コックリさん』は何か言いたがってるみたいだ。

 仕方ない、好きにさせてみよう!」

十円玉はボードの上を走り、言葉を紡いでいく。

(ち……か……ら……と……と……の……う……

 ら……い……し……ゆ……う……の……き……

 ん……よ……う……ひ……に……こ……こ……

 へ……も……と……つ……て……く……る……

 そ……の……と……き……み……つ……る……

 い……つ……し……よ……に……か……な……

 ら……す……つ……れ……て……か……え……

 る……し……や……ま……し……て……も……

 む……り……)

「クソ、絶対に『ミツル』は渡さないからな!」

彼氏は叫んだ。

これで終了。

二人は盤が壊れても構わないと指に渾身の力を込めて十円玉を鳥居の中へ戻す。

「コックリさん、コックリさん、コックリさん、どうぞ御帰りください!」

三度『退去』の言葉を唱え、二人は十円玉から指を離した。

どちらも疲れたと言って、長い息を吐いて背もたれへ身体を預ける。

十円玉に宿っていた嫌な気配と力が消えた気が…した。

すごい演技だった。

ギャラリーからも深い溜息が漏れ、教室内の空気が一気に弛緩する。

そこで、疑問が浮かんだ。

彼氏から貰ったシナリオでは、

『ミツル君』を連れて行くのは来週『水曜日』の筈…

『金曜日』って十円玉が指し示していたよ?

ただの記憶違いじゃない…確かに水曜日だった。

計画が急遽変更となったのだろうか?

このいたずらの結果に大して影響はないと思うけど…

そのことが、喉の奥へ刺さった魚の骨のように…妙に引っ掛かった。

『ミツル君』は椅子に座ってまだ泣いている。

畳み掛ける様にギャラリーの中へ紛れ込んだ彼氏の仲間達が、

悲嘆にくれる『ミツル君』を煽った。

「『ミツル』どうするんだよ!?お前連れて行かれちゃうってよ!?」

「来週の金曜日?に迎えに来るってよ!!」

「連れて行かれたらどうなるんだ!?お前死んでしまうのか!?」

「最悪だ!最悪だわ!!」

「なんとか防ぐことはできないのか!?」

「俺たちに幽霊をどうにか出来る力があると思ってるのか!?」

「何も出来ないに決まってるだろう!?」

「誰かに頼むとか?」

「頼むって誰にだよ!?」

「ほら、テレビでやってる霊能者とかお坊さんとか神主とか…」

「陰陽師とか!?」

「陰陽師なんて、この辺りにいるわけないだろうが!?」

「お前等!まじめに考えろよ!!」

ざわつく皆を手で制し、彼氏が泣きじゃくる『ミツル君』へ声をかけた。

『ミツル君』は零れ落ちる大粒の涙をそのままに彼氏へ顔を向ける。

「こんな結果になってしまって申し訳ないと思う。

 だが、俺達は仲間だろ?お前を金曜日?に連れて行かせないために、

 俺達は全力を尽くすから!」

「なんとかなるの?」

「素人の俺達が何とかできるわけないだろ?

 今から全力で調べるに決まってるだろアホ!!」

「うわぁん!ボクは『コックリさん』に連れて行かれちゃうんだぁあ!!」

椅子を蹴って『ミツル君』は大声で叫び立ちあがり、教室を飛び出して行った。

もう、止める必要は無いから…

彼氏達は『みつる君』が座っていた椅子を確かめる。

尿漏れはなかった。

でも、『みつる君』を大泣きさせたことで皆、大満足だった。

彼氏と仲間達、ギャラリーも顔をくしゃくしゃにして大爆笑してる。

私も彼氏が喜ぶ顔が見れて大満足だった。

その日の放課後、

顧問に用事があるとかで部活は五時半で終わった。

こんなことは滅多にない。

私達二年は体育館の掃除と戸締りを一年に任せ、

さっさと制服に着替えて部室を出て行った。

彼氏持ちは体育館を出る前からフライングしてメールを打ってるし。

私も…と遅ればせながら携帯を取り出そうとしたところ…

裸電球一個が灯る自転車置き場で彼氏を発見…隣には『ミツル君』…

小走りになって彼氏の許へ向かう私。

顧問に用事が出来たから早めに部活が終わったことを告げると、

途中まで一緒に帰らないかと誘ってくれた。

地面から身体が浮いちゃうような気分になった。

これで『みつる君』がいなければもっと良かったのに…

三人肩を並べて自転車を押しながら校門まで歩く。

校内は必ず徒歩と校則で決まっているから。

「同じクラスのタカハシがな、掃除の時間に学校を抜け出して、

 近くにある稲荷神社でお守りとお札をもらってきてくれたんだ」

西の空が鮮血のような赤で染まっていた。

彼氏の提案で、頂いた御札の礼を言う為、稲荷神社へ寄っていくことになる。

三人ということもあって『ミツル君』も怖がる様子は見せなかった。

神社に着いた頃にはさらに日は傾き、

鎮守の森に囲まれた参道は濃い闇が落ちている。

私が見ても不気味な光景…『ミツル君』は案の定、逃げ腰になった。

そんな彼をなんとか宥め、赤く塗られた鳥居を自転車を押しながら三人で潜る。

前方に一対の真白い狐の像が浮かび上がった。

不思議…どこの神社でもだけど、鳥居を潜った辺り、

空気が変わったような印象を受ける。

気温が一気に下がったような…

白狐像の間を抜けて拝殿の手前まで来た。

「じゃあ、ここで俺達は待っているから、お前はお礼を言って来い」

「ええ!?ここから僕…一人なの!?」

「お礼を言わなければならないのはお前だけだろ?」

直線距離でたった3メートル程なんだけど、

『ミツル君』は彼氏の傍から全く動こうとしない。

業を煮やした彼氏が隣で半ベソかいている『ミツル君』を自転車ごと蹴り飛ばした。

盛大に音を立てて転がる『ミツル君』と自転車…

「礼に行くまで蹴るからなマジで」

のろのろと起き上がった『ミツル君』は泣きながら、

神社の本殿へ向かって歩き出す。

と、思ったらいきなり立ち止まり、一歩も動かなくなった。

『ミツル君』に拳大の石を拾って投げつける彼氏。

かなり痛かったみたいで『ミツル君』は悲鳴をあげた後、大声で泣き出した。

彼氏は自転車を放り出して『ミツル君』へ迫り、お腹を蹴った。

拝殿の階段まで『ミツル君』は吹っ飛ぶ。

賽銭箱の上にある裸電球が倒れた『ミツル君』を煌々と照らす。

『ミツル君』…痛い痛いってお腹を押さえて泣いてる…

でも、彼氏は倒れている『ミツル君』を、さらに何度も蹴った。

汚い言葉で罵りながら蹴った。

やりすぎだと思って、

やめなよ!って彼氏に言ったけど聞いてもらえなかった。

『ミツル君』に馬乗りとなって殴りつける。

彼氏のやっていることは弱い者虐めなんだ…って、今頃になって気付いた。

『ミツル君』があげる悲鳴が、獣の唸り声みたいになってる。

このままじゃ、死んじゃうと思って彼氏に止めてって何度も言ったけど、

黙って見てろと凄まれ、それ以上言えなかった。

クラスのリーダー的存在で、勉強も出来て、運動神経も良くて部活でもエースで…

そこに憧れて私から告ったんだけど…

彼への気持ちが一気に醒めた。

好きで好きで…彼が言うことなら何でも従って、

彼氏が望むなら何でもしてあげたのに…

今あるのは…私はなんでこんな人を好きになったのだろう、という後悔…

乱暴で、横暴で、独善的な卑怯者…最低…

彼氏は『ミツル君』が抵抗を無くすまで殴り続けた。

啜り泣いているから死んではいないみたいだけど、起き上がることはなかった。

心配になって『ミツル君』に駆け寄ろうとしたけど、

彼氏に怖い声で放っておけと言われて出来なかった。

「家まで送る」

自転車に乗るよう私を促し、

倒れている『ミツル君』を放置して神社を後にした。

自分もあんな事をされるかと思うと、怖くて従うしかなかった。

身も心も重かった。

いつもだったら泣いちゃうくらいなのに、

家まで送ってくれたこと…ちっとも嬉しくなかった。

そればかりか、別れ際に彼氏がキスしようと迫ってきたのを、

私は全力で拒否った。

知らない人…大嫌いな人に無理矢理されるみたいで気持ち悪くて…

彼氏を見送り、家の中へ入ってからも不快感が去ることはなく、

晩御飯も喉を通らなかった。

部活していつもお腹空かしている私にしては珍しい事だから、

家族に心配されてしまった。

お風呂に入って寝るまで勉強したけど…

神社での事もあって全然、身に入らなかった。

ベッドへ移動したのは午後11時…

蛍光灯のスイッチ紐を引っ張って明かりを消し、

捲りあげてあった掛け布団と共に、

背中から勢いよく倒れ込んで寝ようとした瞬間、

見えない何者が腕を掴んできたみたいに全身が動かなくなった。

掛け布団の端を掴んで、枕目掛けて後へ倒れる途中の姿勢で…

指一本動かせない。

声も出ない。

瞼も眼球もダメ…目の表面が乾いて痛い…

呼吸…呼吸は…

実際に呼吸ができているのか分からない。

恐怖に思考が染められ、気が遠くなっていく。

視界が白く霞んでいく。

白く…

左右両方の二の腕に鋭い痛みが走る。

切られる様な痛みで意識が引き戻された。

白い霞も…はっきりとしてくる…

刺繍が施された袷の無い…大河ドラマとかで公家が着るような服…

太腿に掛かる重み…

誰かが私に跨り、両腕を掴んでいる…

歴史の授業で、貴族…公家が身に着けてた衣装を、確か…束帯と習った気がする。

眼球のみが動くようになった。

その束帯とかいう服の袖から私の腕へ伸びる、真っ白い毛で覆われた腕…

人間じゃない…恐怖に押し潰され、

またも気が遠くなりかけた首が勝手に上を向く。

大きく左右に張った顎、

そこから先へ先細りながら伸びる長い顎、

イヌ科独特の…頭部…

尖った鼻先…長い髭…赤い瞳…

天を向いて尖る三角の耳…白い毛に覆われた狐の貌。

それが静かに私を見下ろしてた。

動物園にいるような狐とは違う。

私を見る目に怖ろしく高い…知性が宿っている。

人間を虫を同列と断じられる程の高みから…

私に、いつでも死を与えられる存在。

眼前にいるのは…絶対の死。

死が私を見つめてる。

私の顏を見ているのかと思ったけど…違う。

口の端が吊り上がる。

下腹部に鋭い痛みが走った。

無理矢理、割り裂かれ押し広げられてく…

中を幾本もの指で掻き混ぜられているような不快感…

それは奥へ奥へと侵入し…きつく閉じられたその先まで…

灼熱と極寒が同時に…

身体が真ん中から裂けていく様な耐えがたい痛み。

視界が白光に呑まれ…

意識が暗黒の中へ落ちた。

目を覚ますと朝になってた。

枕元でけたたましく鳴り続けるアラーム。

布団を掛け、枕に頭を乗せてちゃんと私は寝ていた。

夢…あれは夢だったの?

否定するように両腕と下腹部に鋭い痛みが走る。

血の匂いがした。

布団を抜け出し、慌てて洗面所へ向かう。

パジャマの上着を脱いで鏡に左腕を映す。

「あああああああああああ!?」

部活で鍛えられた筋肉質で可愛くない二の腕に赤黒いあざ、

螺旋を描く様に幾本もの切り傷が出来ている。

血がまだ止まってない箇所もある…

下腹部に鈍痛と違和感…

膝まで下ろした下着は重く冷たく湿り…汚れてる。

内腿には赤いミミズ腫れが幾本もできていた。

あれは夢なんかじゃなかった…

口が耳まで裂け…鋸みたいに鋭い歯列…

私に向かって伸びてくる赤く長い舌…

獣の…白狐の貌で無理矢理、人間の笑みを象った…

それが最後に私の見たもの…

私はその場にしゃがみ込んで声を上げて泣いた。

家族が何事かと駆けつけてきたが、構わず泣き続けた。

流した涙は

死と同意の恐怖を味わった為ではなく

あの白い狐は私を生かしてくれた…

私の生を認めてくれたという

安堵から来るものだった。

私は高熱を出して学校を一週間休んだ。

病院へ行ったが原因は分からず、

心身の疲れが溜まったのだろうと言う事になった。

その間、彼氏から一度も返事はなく…

結局、二度と会うことは叶わなかった。

もう一人の当事者『ミツル君』が学校内で、

それも授業中に忽然と姿を消した。

『コックリさん』が指定した金曜日のことだった。

私と部活が同じで『ミツル君』と同じクラスの女子から聞いた話では 、

突然、教室のカーテンが風に煽られたのか大きく翻り、

『ミツル君』の姿が一瞬、誰の目からも見えなくなった。

カーテンが元に戻ったときには『ミツル君』の姿が消えていたのだそうだ。

大騒ぎとなった。

午後の授業が全て自習となり、

教師達は『ミツル君』を探して学校中を走りまわったのだと言う。

それで『コックリさん』を使って『ミツル君』を虐めたことも露見し、

学校を休んでいた私の家へ担任と『ミツル君』のクラス担任が訪ねてきた。

熱に浮かされている頭で、なんとか知っていることは全て話したけど、

『ミツル君』の発見には結びつかなかった。

次の週になって登校した私は校長室へ呼び出され、

事件に関わった人間と共に教師達から吊るし上げを食らう事となった。

おかしな事に首謀者である彼氏がいない。

校長を含めた教師達の怒りは相当なもので、

更に同席していた『ミツル君』の両親は息子が発見され次第、

私達を相手に訴訟を起こしてやるから覚悟しろと息巻いてた。

結局、『ミツル君』は見つからず、警察の手に委ねる事となった。

私の所へ警官が訪ねてきたが一度きりだった。

消え方も消え方で『ミツル君』は神隠しに遭ったのではないか…と、

生徒の間で噂になる。

それほど、異常な消え方だったらしい。

学校は警察の他に、常識を超えた事件が起きた際、

昔から頼っているという専門の業者に『ミツル君』捜索を依頼した。

なぜ、私がそれを知っているかというと、

その本人が家に訪ねてきたからだ。

大きな旅行用のトランクを手にした、

黒の三つ揃いの似合う…

武士みたいに白髪混じりの髪で髷を作った七十代と思われる老人が。

自分のことは『天狗』『仙人』とでも呼んでくれと…

両親立ち会いの許、私は知る限りの事を彼に話した。

全て聞き終えた老人は、予測した展開の中のひとつだと言い、

これから信じがたい話をすると言った。

私が見た人身狐面…異形の正体。

老人は私の生年月日を確認した上で、三柱の神名を口にする。

何れもインドを起源にしたヒンドゥの神で、

仏教でも神道でも祀られる存在で、稲荷神と習合した神…なのだそうだ。

その三柱をさらに習合した神…まだ顕現してはならぬ神が、

予定を早めて地上へ降りる計画の…その要が私であると老人は言った。

太古より偶然と偶然を重ね合わせて作り上げた一筋の予定調和。

二人の男子生徒がその贄として死ぬこと、

二体の死霊がその贄として消滅することが最後の一手。

それを触媒として、あの神社へ道を開き、

人身狐面の神と逢わせ、私の子宮を使って受肉し顕現する…

絶対不変、改編不可能な未来にまで伸びる歴史。

だから、この辺りに住む人間全てが生気に乏しいのかと、老人が納得する。

己の威光を知らしめる為だけに、

エジプトに生まれた長子である赤子全てを殺戮した神もいた。

現世へ肉体を持って現れる為に、

今回はこの町…いや、この周辺に住む人間の命を、

上位者の傲慢により、後払い決済で使ってしまったのだそうだ。

その所為で、事故や自殺…伝染病や自然災害…絶対に避けられない確実な死が、

これから私達へ降りかかることになると。

それから二日後、彼氏と『ミツル君』の遺体が、

中学校傍の墓地から埋められた状態で発見された。

埋葬した際、何層にもビニールで包んでいた為、

何十年経過してもなお、腐肉を残した女性の遺体と共に…

見つけたのはもちろん髷を結ったあの老人。

私から聞いた話の中にのみ、彼氏についての証言があった事から、

人智を越えた存在が関係者の記憶へ介入をしたと確信…

彼が私を家に送ってくれた後の足取りを調べた結果、発見出来たそうだ。

女性は妊婦だった。

彼氏と『ミツル君』はビニールの中で、

前後から女性にしがみつく形で死んでいた。

女性の遺体は私の見立てにされたと…

「あんたに使った侵入鍵の出所を見つからなくする為に、

 あの男子生徒に関する情報を、人の記憶から消したのだろうな…

 我等術者が、予定調和から抜け出し、

 彼を探し出せたとしても、対抗措置が取れないよう、

 残らず腐肉へ搾り出されていた。

 虐められていた子と女の死体は鳥居…着地点の役目だ。

 用済みとなった道具は、ひとつにまとめて捨てられた」

老人は言葉を濁したけど…

二人は女性の死体を犯しながら死んだんだと思う。

鍵は彼氏の精子…私は要求に応えて幾度も受け入れてたから…

『ミツル君』捜索依頼を解決した老人が、

この地を去る前にわざわざ私の家を訪れ、詳細を教えてくれた。

老人は私に、時来たらば仏門へ帰依する手筈をつけておく。

だが、僅かな可能性だが…あなたが生きている間に、

彼の神が目覚めぬことを切に願うと…

十年が経ち…

当時の校長、教頭、担任にクラスメイト…

なにかれと心配して私を幾度も訪ねてくれたあの老人…

信じられな程、大勢の人間が亡くなった。

学校も町も地上から一掃された。

事件に関わった生徒で、

私以外に生きている者はもういない。

ジガバチの卵を産み付けられた芋虫…

いつ目覚めるか分からない

神を宿した…

事件の唯一の生き残りである

私がこの物語を記す…

Normal
閲覧数コメント怖い
9196
14
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意

>よもつひらさか様
はじめまして♪読んでいただきありがとうございます♪
風呂敷が大きくなりすぎてしまいましたw
出来るだけ短くなるように削りに削ってまだこの長さでして…
長いお話は敬遠されるとよく聞きますので(つ_T)私の書くお話は長すぎるってよく言われてて…

長編がんばってみます♪
ありがとうございました♪

表示
ネタバレ注意
表示
ネタバレ注意

>りこ様
私の拙いお話を読んでいただきましてありがとうございます♪
書いては直しを繰り返している内に、だんだん何を書いてるのか、分からなくなっちゃいました。
今度はもう少し短いお話を投稿させていただこうかと思います。
感想いただきありがとうございました♪m(_ _)m

表示
ネタバレ注意