中編4
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不老不死の思い出

music:7

静かに降っていた雨が激しく音を立て、地面を濡らしていく。

それは私の悲しみに答えるように…

もはや誰も訪れない古びた教会でピアノを演奏する。

ピアノの弾き方なんて知らないのに

ただただ悲しみを込めて音を出していく。

なぜ、いつから?

こんなに悲しいのだろう…

忘れてしまいたいほど悲しかったのか?今では、それさえ分からない。

死ねない体になって600年が経った…

これほど素晴らしいことは無いと

喜んでいた頃の私が哀れに思える

……。

できるなら、過去に戻りやり直したい。

そしてまたピアノを弾く…

雨が珍しく止んだ晴れた日に彼女は

やって来た。

music:1

「ねぇねぇ。あなたはいつからここに居るの?」

私は久々の人間に驚き言葉が出なかった。

彼女は笑顔で天井を見上げ

「さっき、ここからピアノの音がしたの。あなたが弾いてたの?」

私は鍵盤を軽く押して返事をする

「あぁ…うるさかったかな?」

彼女の笑顔は、すごく眩しかった。

咲き誇る黄色い花のように。

「ううん、すごく綺麗な音色だった。」

私は鍵盤に手をおいて演奏する

「それは良かった。君はどうやってここに?」

その問いに笑顔で答える彼女

「引っ越してきたの!お母さんが育った、この場所に!」

久々の会話もあって私の心は暖まっていった。

「そうなんだね、この町には素晴らしいところが沢山あって、この教会から少し離れた場所にベンチがあって海が見れるんだ。」

私は演奏をやめて彼女を案内する

「ここは私のお気に入りの場所でもあるんだ。煌めき揺れる海を眺めながら心を落ち着かせる場所。」

彼女は初めての海を見るかのような眼差しで海を眺めていた。

「海を見るのは初めて?」

彼女は笑顔で顔を横に振る

「ううん!こんなに綺麗な海を見るのは初めて!」

私はそんな彼女を見て微笑んだ

「君の名前は?」

「ひまわり!」

「ひまわりちゃんか…いい名前だね。私はナグサ…また遊びにおいで、暗くなる前にお家にお帰り」

「うん!またね!ナグサ!」

やがて日は落ち始め、彼女は私に手を振りながら家に帰っていった。

確か…彼女に似た女の子を20年前にも見たような…。

私に眠る、食べる概念はない…

ただひたすらピアノを弾き、本を読み、変わりゆく景色を眺めていく。

なぜ、不老不死になったのかも、分からない。

ただ時が過ぎていき悲しみだけが増していく。

だが、彼女との出会いで私は変わっていった。

20年後…

私は変わらずピアノを弾き

悲しみに浸っていた。

すると、教会の扉がゆっくりと開き

女性の声が聞こえた。

「まさか…あなたは…。」

彼女だった…立派に成長した彼女であった。

「ナグサさん…あなたなの?」

私は優しく微笑みピアノを弾く

「あぁ…20年ぶりだね。ひまわりちゃん。」

彼女は私が歳をとっていないことに驚いていた。

「ナグサさん、あなたは何歳なの?」

私はピアノを弾きながら

「620歳になるかな?細かいことは覚えていないがね」

彼女は私の横に座り

「ずっと一人だったの?」

私は演奏を止めて

「いや…君みたいに、この教会を訪れた人は沢山いたよ。いたけど…皆んな私より先に死んでいった。」

彼女は私の手を握り

「辛かったでしょ…」

私は顔を横に振り

彼女の手に手を重ね

「確かに辛かった…自殺も考えた…

だけど…君のような子供達に救われてきたんだ。」

私は立ち上がりお気に入りのベンチへと向かう。

「君はなぜ、ここに?」

彼女は悲しそうな表情を浮かべ

話し始めた。

「今日…母が死んだの。病気で。」

私はオレンジ色に染まる海を眺め

「辛いね…」

「うん。泣き疲れちゃった…」

そこで彼女に質問してみた

「お母さんは、この町で育ったって言ってたよね?」

「よく、覚えてるね。20年前の話なのに」

私は教会に戻り、写真とネックレスを取り出し彼女に渡す。

「これ、君のお母さんじゃない?」

「え?」

彼女は瞳を潤ませ写真を眺める

「お母さんは、子供の頃にここに来て私と写真を撮ったんだ。そして君と同じ20歳くらいに、また会いに来たんだ。」

「お母さんは、嬉しそうに産まれてくる子供の話をしていたな。でも、不安でもあった…若くして君を産むことが怖いって言っていた。」

彼女は涙を流しながら聞いていた

「それでも君のお母さんは産むことを決めた。その時に君のお母さんは

、私に会わせたいと言っていた。」

彼女はボロボロと涙を零し泣いていた。

「君はお母さんにソックリだ。お母さんからの贈り物を渡すよ。」

彼女はネックレスを受け取り

「お母さん…」

「あと、お母さんからのメッセージがあるんだった。」

……。

産まれてきてくれて、ありがとう。

私の愛しい、ひまわり。

それから彼女はお母さんからの贈り物のネックレスをして元気を取り戻していった。

10年後…彼女が赤ん坊を連れて

私の元にやって来た。

私はお祝いとしてピアノの演奏をして、最後の別れ際に

「君の幸せを永遠に祈ってる」と言って彼女の背中を見送った。

私は今も、変わらずピアノを弾き続けている。希望に満ち溢れた音色を響かせて

全ての人々の幸せを祈って。

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