中編5
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漂泊の兵士

うん?戦争の話?いいよ、何度でもしてやるよ。もう、だいぶ慣れたからなァ。ははは。

まあ、とにかくね、本当に地獄でしたよ。南太平洋の楽園が突然地獄に変わったんだ。

戦力は圧倒的に不利、マラリアとか熱帯性の病気は蔓延する、補給も皆無、腹は減るばかりでね。挙句の果てに、ご覧のとおりの大けがもした。さんざんな目にあったよ。

だけど一番ヒドイと思ったのは、やっぱり人の心だねえ。前にも話したけど、僕が所属していた分隊が全滅したことがあった。

兵舎が急襲を受けて、味方が全滅したんだが、そのとき僕は一人だけ見張りに立っていて、少し離れた場所にいた。ほんの僅かな距離で、僕は命拾いをしたんだ。

ところが、一人生還した僕に対して、上官は「何で、死んで来なかった!生き恥をさらすようなまねをしおって!」と叱責するんだなァ。生還したことを誰も喜んでくれないばかりか、「死んでこい!」だもんねえ。あの時は、本当にこの人達は頭がおかしいと思ったよ。米軍よりもマラリアよりも、味方のはずの日本軍が一番怖ろしいと思った。

でもねえ、そんな地獄の様な日々の中でも、僕を助けてくれた人もいたんだよ。

僕が傷病兵として悶え苦しんでいた時、何かにつけて、面倒を見てくれた人がいた。

通常の食事以外にも、どこからか果物とか調達してきてくれて、こっそりくれたりした。毎日のように僕の状態を見に来てくれて、「大丈夫か?欲しいものは無いか?」と声をかけてくれた。あんなに物の無かった戦場で、できる限りのことをしてくれたよ。

本当に優しい人でね。そして、とても物知りなんだ。色んな話をしてくれた。特に歴史には物凄く詳しくてねえ。関ヶ原の合戦とか、応仁の乱とか、壇ノ浦の戦いとか、その人の話は、もう、すごい臨場感でね。おかげで、全然退屈しなかった。

有る時、聞いてみたんだよ。なんで自分にそんなに親切にしてくれるのでありますか?ってね。そしたら、こういう話を始めたんだ。

「お前は味方が全滅したとき、一人生還して、そのことを厳しく責められたのだろう?実は俺もずっと以前に似たような経験をしたことがある。だからお前のことが放っておけないのだ。

「俺の所属していた部隊は、敗走を続けていたのだが、とうとう有る日、圧倒的に多数の敵と渡り合うことになった。

「俺の主人、いや、上官はとても戦上手で、素晴らしい人だったが、さすがに何十倍という兵力差は、どうしようもなかった。はなから勝負は見えていたのだ。上官も、豪勇を誇った戦友も、みな戦死した。

「だが、この時、俺を含む10名ほどの兵は、朝から別行動を取っていた。このため、戦闘に巻き込まれず、離脱することができたのだが、そのことで、俺達は裏切り者の烙印を押されることになった。ひきょう者よ、裏切り者よと後ろ指を指されながら今日まで生きてきたのだ。」

ところがねえ、そう言いながらも、その人の表情は何となく清々しい感じがするんだ。負い目を負ったような雰囲気が全然無いんだなあ。何故だろうと思ってたらね、僕の心を見透かしたように、こう続けたんだ。

「お前には話しておこう。実はこの別行動は、あらかじめ部隊全員の合意で決まっていたことなのだ。

「俺達の上官は、明らかに勝ち目のない戦闘で、兵を無駄死にさせることは何としても避けたかったのだ。いよいよ明日にも敵襲が迫っているという情報が入ってきた時、上官は俺達全員を集めて、その考えを伝えた。

「最初は勿論皆反対した。一緒に死なせてくださいと涙ながらに訴えた。だが、そんな俺達を上官はこう諭した。

「”お前達には、犬死よりも、もっと大事な任務があるのだ。銃後に戻り、戦争を知らぬ者たちに、俺の無念、仲間の無念、そして、戦争の虚しさ、惨たらしさをしっかりと伝えよ。そうすることによって、十年後、百年後の戦争を回避するのだ。” 静かにそう諭されて、誰も反対はできなかった。

「だが、どうしても上官の傍で散りたいときかぬ者もいて、結局、部隊をほぼ半分ずつに分けることになった。最後まで戦って散る者、別行動して離脱する者。皆が涙ながらに合意した決定だったのだ。

「俺は今でも忘れない。圧倒的な兵力差の前に、残った半分の仲間たちが、勇戦虚しく一人、また一人と倒れて行く光景を。燃え上がる兵舎を。そして、俺達離脱組は、遠くからその光景を見ていたのだ。上官や戦友の名を呼びながら、俺達は皆泣いていた。」

そう語るその人の目からは、涙が一筋こぼれて来た。聞いていた僕の方まで泣けてきてしまったよ。そしてその人は、こう話を続けた。

「俺達は離脱のせいで、世間から裏切り者呼ばわりされた。だが、そんなことは屁でもない。上官から命ぜられた重要な任務のために生還したのだ。誰にも恥じることはない。

「帰還した後、俺は自分の任務を文字通り命がけで遂行してきた。俺はそのために命をもらったんだからな。少しでも多くの人々に、上官の、そして多くの兵士の悲しい最期、戦争の虚しさを伝えるために生きてきた。

「その後も、色んな戦地を転々として、その悲惨な現場を見てきた。そして、お前のように、少しでも命をつなぐ可能性がある者がいれば、可能な限り助けてきた。世の中が平和になるのをこの目で見届けるまで、この任務を続けなければいけないと思って、俺は今日まで生きてきたのだ。」

そして、その人、僕の目をじっと見つめてこう言ったんだ。

「お前は生きろ。必ず生きて帰れ。そして、精一杯人生を生きるのだ。好きなことをしろ。腹いっぱい食べろ。色んな人と出会い、話し、笑ったり泣いたりしろ。

「そして、そんな素晴らしい命を何百万も奪ってしまう戦争の虚しさ、惨たらしさを世間に伝えろ。お前は大けがをしたが、何とか命は繋いだのだ。お前が命拾いをしたということは、お前もまた重大な任務を帯びた人間ということなのだ。それを忘れるな。」

そう語るその人からは、物凄い念というか、業みたいなものを感じたのを覚えてる。とても怖い感じがしたねえ。

その後、ともかくも内地に戻ってきた僕は、あの人に言われたように、とにかくがむしゃらに生きてきた。貧乏もしたけど、それなりに楽しかった。

そして、あの人に言われたように、戦争の悲惨さ、虚しさを、こうやって語り続けてきたんだ。助けてくれた恩に少しでも報いなければ、と思ったからねえ。

あの人、どうしてるんだろう。こんな夜は、つい、考えてしまう。あの人がなんであそこまで歴史に詳しかったのかと考えると、何だか怖い気がする。

僕はあの人に助けてもらったけど、あの人のことは、何時、誰が救ってくれるのかなァ。そう考えると、何だか悲しい気持ちになる。。。

ホント、戦争は駄目です。悲しみが増えるだけです。

注記)常陸坊海尊:源義経の従者。衣川の戦いで義経主従が討ち死にした時、海尊達11名は朝から近所の寺に参拝していたが、そのまま行方をくらましたとされる。その後不死となり、数百年に渡り、義経の最期・源平の盛衰等を語り継いでいったとも言われているが、未だ謎の多い人物である。

[了]

Concrete
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珍味様、こんばんは。
珍味様が投稿されていること、先ほど気づきましたので…今頃の訪問となりました。
申し訳ありません…

今では考えられないことが、昔は“美徳”であり、今では当然の事が、昔は“願い”であったり…
この様な上官に出会えた人、真逆…でも当時はそちらが当然の教えを持った上官に出会った人…
そこから、人生が大きく変わって行ったのでしょう…
《敵は味方にあり》深い言葉です…

しかし、その様な歴史と、犠牲になった多くの方々のお陰で、今の私の《当然と思う幸せ》があるとも思います。
折に触れ、この様な歴史を振り返り、《当然》でない日常に感謝する大切さを思います。

お話し事態、面白かった(と言う表現は失礼ですが…“わはは”の面白いではなくて…)ですが、最後の数行…
とても惹かれました。
こういう終わりかた、大好きです。
また、読ませて下さい。

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西内英之様
この度は、小生の拙い初投稿作品に、怖いポイントを頂きまして、誠に有難うございます。何分にも文才が無いので、多分退屈されたかと思いますが、今後少しでも楽しんで頂けますよう精進して参りますので、どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

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リラコ様
この度は、小生の拙い初投稿作品に、怖いポイントを頂きまして、誠に有難うございます。何分にも文才が無いので、多分退屈されたかと思いますが、今後少しでも楽しんで頂けますよう精進して参りますので、どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

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りこ様
この度は小生の拙い初投稿に、怖いポイントを頂きまして、誠に有難うございました。とても励みになりました。何分文才に乏しいので、多分、物凄く退屈されたのではないかと。(解説欄に書きました、格好の睡眠導入剤になる云々は、お読みになると眠くなるという趣旨です(-_-)zzz。)今後とも、読んで頂けるような作品を目指して精進してまいりますので宜しくお願い致します。

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