皆殺しの家【リレー作品⑥】

長編17
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皆殺しの家【リレー作品⑥】

洋子を呼ぶ声が聞こえる。

誰だろう・・・・

普段の洋子なら、気味悪くて警戒するような猫なで声だ。

何かに憑りつかれたように、ふらふらと歩みを進める。先程まで一緒にいた太郎のことは頭のどこかへ追いやってしまった。

別荘の二階へ続く階段下-物置部屋へ、洋子は足を踏み入れた。

奥に一メートル四方の木箱が置かれているのみで、他には何もないがらんとした空間。

洋子は躊躇いもせず、その木箱に直進した。

木箱の正面に立ち、虚ろな目で見下ろす。

蓋は固く閉じられており、開けることは容易ではなさそうだ。尤も、そのような正常な思考が出来ているかは疑わしい。

懐中電灯を木箱の上に置き、木箱の両側をがしっと掴んだ。

それを動かそうと、満身の力を込める。

「ぐ、ぐ、ぐ、ぎ、ぎ、ぎ・・」

女の細腕では通常動かせない重量の木箱が、徐々にその位置を変えていく。

じり、じり、じり、じり・・・・

床をこする音を気にも留めず、洋子は木箱を動かし続けた。

指の皮が剥け、血が滲んでも一向に構わずに。

手足の靭帯が悲鳴を上げ、このままでは損傷するという寸前で、ようやく作業を終えた。

にやりと狂相を浮かべる洋子。

木箱が元有った場所には、何の変哲もない板戸があった。台所の床下収納くらいにしか見えない素っ気ないものだ。

洋子はその板戸の側に立ち、思い切り足を踏み下ろした。

バキッ!!

最初の一発でヒールの踵が折れた。

バキッ

バキッ

バキッ

狂ったように足を踏み下ろす。

洋子の足から、嫌な音が響く。それすら気にせずに、一心不乱に踏み下ろす。

バキッ

バキッ

バキッ

バキッ

そして、戸板が凹み始め、穴が開く。

そこまでやって、ようやく彼女は足を止めた。

戸板の側で屈みこむ。

穴の向こうには、闇がぽっかり口を開けている。

洋子はがしっと右腕を穴に突っ込み、戸板を引きはがした。

破れた戸板で手首を引っ掻いたが、まるで痛みを感じていない様子だ。

戸板が剥がされた後には、地下への階段が続いていた。

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吉田は、嫌な汗をかきながら画面を見つめる。

戦時中に発覚した猟奇殺人事件。

戦後のどさくさに紛れ、証拠も少なく捜査は難航し、被疑者死亡で幕を閉じた。

以下、県警のデータベースの情報と、捜査の一部を担当した吉田が口づてに聞いた、あるいは直接知っている事件のあらましである。

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『N:

本名・身元不詳。XX県○○村で発覚した連続殺人死体遺棄事件の犯人と目される。1943年に発生した女性失踪事件を発端に、主に暴行や監禁などの虐待により死亡したとされる十数名の被害者が確認されている。

事件には報道管制が敷かれ、一般人への情報公開は著しく制限されたが、警察関係者は○○村連続殺人事件と呼ぶことが多い。

Nに監禁されていた30代女性(D家次女)が監禁状態から抜け出し、警察に駆け込み、NがD家次女に対する傷害容疑で指名手配された。

Nは逮捕直前で逃亡したが、その女性の母親(D家母)の死亡事件が発覚する。

被害者の証言を元に捜査を進めた所、被害者宅や近隣の山で15人分の遺体が発見された。

しかし、Nの逮捕には至らず、事件の捜査を続けていたXX県警による捜査本部は、1945年9月に解散し、捜査は事実上終結。

被害者の数が15名と多いものの、余りにも残虐な殺害方法の為、戦時中という時局を鑑みて警察が情報開示を控え、公式に報道されることが無かった。

証言によると、三つの血縁でない家族が一軒の広い屋敷に集められていた。

そこでは、些細な失敗や弱みに付け込み威圧的に彼ら被害者を支配するという、暴力と恐怖による示威行為をNが日常的に行っていたことが明らかとなった。

更に、被害者同士での暴力を強要したり、飲食や睡眠を制限するなどの虐待が行われた。

事件中に三家族とも、家庭崩壊に追い込まれていたと考えられる。集められた三家は財産管理の主導権をNに奪われていた。

殺害は専らNの手で行われた。凶器は猟銃、斧、金槌など。殺された被害者は庭や山に埋められた。最終的に、その三家族の殆どが殺害されるに至っている。

捜査は戦後中断していたものの、事件の重大性を強く懸念した捜査官らが独自にNの行方を追い、1946年、遂に▲▲県で追い詰めるも、被疑者は自ら灯油を被り自殺。

その為、指紋などの確認も取れなかった。尚、被疑者は念入りにも全ての歯を抜歯しており、歯型の確認も不可能であった。

第二の事件はそれから五年後の1951年に起こる。Nを名乗る者からXX県警へ手紙が届く。

そこには、数年前の事件の詳細と、新たに殺害した被害者の名前、遺体の場所が記されていた。

秘密裏に捜査を進めた刑事らは、手紙に記された山中で女性の惨殺死体を発見する。

同時に、そのすぐ近くで二十代の男性の焼死体が発見された。遺体の近くから、自分がNであると自供する内容の手紙と、男性のものと思われる切断された手首が発見された。警察に届けられた手紙の指紋とその手首の指紋が一致した。

しかし、その男性の遺体は1946年と同様に頭部が焼けただれており、身元の確認は困難であった。Nの情報は伏せたまま公開捜査が行われたものの、結局は迷宮入りとなった。

第三の事件は、更に4年後の1955年。

再びNを名乗る者から手紙が届く。1951年と同様に、殺害した被害者の遺体の場所、そして戦前の事件と1951年の事件の詳細が記されていた。

再び捜査に臨んだ刑事らは、前回と同様、惨殺死体と犯人らしき者の遺体を発見する。

前回と著しく異なるのは、犯人と思われる者の遺体が綺麗に残っていた事である。身元もすぐに判明した。なんと、地元の小学生であった。

被疑者となった小学生は、ごく普通の中流家庭出身であった。テレビアニメのヒーロー談義で熱くなるような、よく見かけるような元気な子供だったらしい。それが、事件前後に行方をくらましていた。

ちなみにその小学生の指紋も、警察に届けられた手紙の指紋と一致している。

事件について、両親は何も知らなかったようだ。二つの遺体が発見されたのは、捜索願を出して二日後のことであったという。

その小学生や親族のどこをどう洗っても、以前の事件との関連が見えて来なかった。

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ここでXX県警は一つの決断を下した。戦前と同じく、徹底した報道管制を敷き、犯人しか知り得ない情報の保全に努めた。小学生の両親は、情報の秘匿に寧ろ進んで協力した。

同時に、決して公にはされない捜査が開始された。

強力な霊媒師に捜査協力して貰い、生死を問わず真犯人Nの捕獲と、次の事件の発生の抑止に努めたのである。

霊媒師は、Nは既に死亡しており、悪霊となって誰かに憑りついては犯行を繰り返していると喝破して憚らなかった。

捜査官の中には、霊媒師の言動に顔を顰める者もいたが、それ以外に説明が付かないのも事実であった。

そして、鼬ごっこの殺人事件と追跡が数度行われた後、遂に捜査官らはNの捕獲に成功する。その際、吉田自身がNの捕獲に関わった。とは言え、若手だったこともあり、半ば先輩に同伴しただけとも言えるが・・・

場所は海を一望できる、人里離れた山間の中腹-

霊媒師と捜査官らは、ここで超法規的措置を採った。

まず、被疑者の体からNが出て行かないように、霊媒師が術を掛ける。

その間に、捜査官らが被疑者を銃殺。

そして、被疑者の遺体を頭部、右腕、左腕、上部胴体、下部胴体、右足、左足の七つに分け、バラバラにして封印を施した。

死体の各部は鍵付きの耐腐食性の金属製ケースに入れられ、霊媒師によって厳重に封が施された。

当初はこれらを県警本部で保管する予定であったが、霊的地場の関係からこの地が最も相応しいとの霊媒師の助言もあり、当該地で管理する運びとなった。

早速霊媒師の進言に従って七芒星を象った地下室が掘られ、各頂点に死体の各部分が封印された。七芒星の中心に位置する部屋には、各頂点に至る扉が設えられ、これも物理的、霊的に厳重な封がされた。

その地下室へ至る通路は只一か所―

また、この地が掘り返されたりしないように県に土地を買い取るよう働きかけ、七角形の各頂点に別荘が建てられた。元々別荘地が散在する地域であったことから、カモフラージュにもうってつけであった。

そして、時が流れ・・・本来は警察関係者が管理すべきであったのに、ここで県警本部長の交代と、予算関連の締め付けもあり、土地もろとも一般人に売却された。

既に老齢の霊媒師は危篤にあって意識も昏倒していたが、もしそれを知っていたら激怒していただろう。

そして、情報漏洩を恐れた警察関係者は、民間の管理人に敢えて何も知らせなかった。

そして、時は過ぎる・・・・

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失敗した時に、通報できないように電線と電話線を切っておいた。付近は停電中だろう。

(早く済ませよう)

さっきから、秀夫に囁く声―

殺せ、殺してしまえ・・・・

秀夫は、その声に導かれるまま一家の父親を銃殺した。

昼日中、庭先で猟銃を向けた時の父親の顔―

ピクピクとこめかみを引きつらせて、しかし状況が理解できないという不思議そうな表情をしたまま―

ズドン!!!

銃弾に身体を弾き飛ばされる。

これで、みんなが平和に暮らせる。奥さんも、子供たちもきっと喜んでくれる・・・

しかし―

秀夫の期待の眼差しの向こうには、恐怖に凍り付いた娘たちと、母親の姿が映っていた。

「な、そんな目で見ないでよ。俺、君たちを救ったんだよ?」

ひ、と誰かが声を上げた。

「怖がらないで、みんな・・」

一歩踏み出した途端、その場にいた全員が、別荘内に駆け込んだ。

慌てて追いかける秀夫―

銃声を聞いて顔を出してきた老人と老婆・・・

秀夫を見て驚愕の表情を浮かべ、子供と母親の後を追おうとする。

―殺せ!!

今自分に囁いたのが、例の誰かの声なのか、自分の声なのかも、秀夫には分からなかった。

衝動的に、引き金を引いた。老人と老婆が、木の葉のように吹っ飛んだ。弾が貫通してまとめて殺してしまったらしい。

「ねえ、どこにいるの?話を聞いてよ!!」

姿の見えない母娘に声を掛ける。

焦燥に駆られている自分にようやく気付く。冷や汗が流れる。

自分の体が、どこかふわふわと浮いているような感覚がする。

取り返しのつかない、二度と引き返せない所まで、俺は一気に突き進んでしまったのかも知れない―

そう思いながら、どこか他人事のように感じている自分がいた。

―なあ、お前が本当に欲しかったのは何だ

「俺が、欲しかったもの?」

―そうだ。

「・・・」

―分からないか?何故お前は父親を殺した?

「あの母娘を救いたかったからだ。奥さんと、子供達の笑顔を守りたかったんだ」

―綺麗ごとだな。お前が本当に欲しかったのは、あの母親だ。あの男から母親を奪い、自分のものにしたかったんだ。

「違う!!」

―違う?そうか?夜な夜なあの奥方との秘め事を妄想しては、自分を慰めているくせに?

「黙れ!!」

―おいおい、落ち着けよ。俺は味方だ。いいか?考えてみろ。あの父親はもういない。

老夫婦も死んだ。残るは娘達。お前にとっては脅威にもならん。つ~ま~り、奥方はお前の意思次第ですぐに手に入るんだぞ?

「奥さんが、俺のものに・・・?」

―そうだ!!お前を母親として優しく包み込んで、しかも女として愛してくれるのはあの奥方だけだぞ!!ずっと欲しかったものが、今こそ手に入るんだ!!男だろ、ここで度胸を見せろ!!

「そうか・・・そうだな」

秀夫は一人頷く。

「それで、お前は何が望みだ?」

―・・・察しがいいな、相棒。俺は、只の霊体だ。だから、肉体が欲しい。誰かの体を乗っ取って、この世を楽しみたいのさ。それで、お前が奥方を手に入れたら、俺を閉じ込めている封印を解いてくれ。

「封印?お前、幽霊なのか。俺に乗り移ることは出来ないのか?」

―無理だな。俺は封印されていて、力のほとんどを使えない状態だ。だから、お前がその封印を解いて欲しい。

「俺の得になるのか?」

―ああ、なるとも。奥方の意識を操って、お前に服従させることもできるんだぞ。

「そうか・・・それは、凄いな・・・よし、乗った!!!」

―後は、邪魔者は娘たちだけだ。奴らを排除しろ。

「・・分かった。奥さん、待っててね!!」

秀夫はどこか晴れやかな表情を浮かべると、猟銃を持ち直して廊下を進んだ。

この辺に、いるはずだ。

子供部屋がある。小さな洋室。

ガチャガチャ・・・

鍵がかかっている。秀夫の顔ににんまりと笑みが浮かぶ。ここにいますと言っているようなものじゃないか。

銃口を向け、発砲する。ドアのロックが容易くはじけ飛んだ。そのまま、ドアを足蹴にして部屋に入る。

隠れているのか、子供の姿は見当たらない。

「ど~こ~にぃ、い~る~の~か~な~?」

嗜虐的気分で部屋を見渡す。

「封印を~♫解いたら彼女は俺のもの♫」

妙に高揚した気分で、即席の歌を口ずさむ。

「僕は、君たちのね、お母さんと結婚するんだよ!!」

ベッドの下で、微かな泣き声が聞こえた。屈みこむと、次女が、涙を流してがたがた震えていた。

「―――――」

恐怖の余り言葉も出ないようだ。

銃口を向けると、いやいやをするように首を振る。その様を目に焼き付け―

ズドン!!!

引き金を、引いた。

娘の脳漿が弾け飛び、辺りに血の匂いが充満する。

「ひっ」

声が上がる。

秀夫は、クローゼットに銃口を向けた。敢えて姿が見えない状態で追い詰めるのも楽しそうだ。

一発目。

ズドン!!!

「ひっ」

外れたか。よし、次だ。

二発目。

ズドン!!!

「っ!!」

当たったようだ。しかし、まだ身動きするような音が聞こえる。

三発目。

ズドン!!!

体が叩きつけられるような音が聞こえた。

声も物音もしなくなったクローゼットの戸を開く。

胸部を打ち抜かれた長女の姿があった。血がどくどくとTシャツを染め上げて行く。

―よし、いい調子だ。娘はあと一人。このまま殺ってしまえ!!

「おう!!」

元気よく答え、部屋を後にする。リビングを探す。いない。

さては、外に逃げたか?そう勘付いて庭先に飛び出した。

「あ・・・」

裏口に回り込むと、丁度外に出ようとしていた母娘を見つけた。

すかさず銃口を向けると、二人は慌てて中に逃げ込んだ。

ズドン!!!

ドアロックを銃で撃ち抜き、再び中へ。二人が二階の階段を駆け上がるのが聞こえた。

「馬鹿め」

二階に退路はない。飛び降りたりすれば、足を怪我するに決まっている。

二階に上がった秀夫は、手前にある部屋から順々に探していった。そして、奥の部屋―

鍵がかかっている。

秀夫は流石にいらっとして、すぐさま銃を向けた。

ズドン!!!

ドアを押し開けようとすると、何かにゴツンとぶつかった。家具で抑えているらしい。

「お願いします!!もうやめて下さい!!」

奥方の声が聞こえる。

「何もしませんから!!奥さん、とにかく中に入れて下さい!!」

「お願いします、娘だけは、娘だけは助けて下さい!!」

母親の泣き声が聞こえて来た。

「じゃあ、取引しましょう。奥さんが出てくれば、娘さんは見逃します。なので、こちら側に来て貰えますか?」

「・・・・」

「僕が欲しいのは、奥さんだけです!!奥さん、貴女が好きだ!!貴女を初めて見た時から、貴女のことが、頭から離れません!!奥さん、信じて下さい。僕は、貴女を愛しているんです。ずっと、愛し続けます。ですから、奥さんは僕を受け入れてくれるだけでいい!!」

「・・・・・」

ドアの向こうで、考え込む気配が伝わる。

さあ、奥さん、今こそ・・・

「駄目よ!!」

静寂を破る声が聞こえた。

「ちっ」

末娘だな。活発でボーイッシュな性格だが、この状況では邪魔なだけだ。ちょっと前まで、おじさん、おじさんと可愛い声で俺を呼んでいたくせに・・・

こいつも、所詮は裏切者だ。排除する。

そう決意して、ドアに体当たりを始めた。

ドン!!!

「ひっ」

母娘の、どちらともつかない声が上がる。

ドン!!!

ドン!!!

ドン!!!

ドン!!!

ドン!!!

ドアの向こうで、必死に家具を抑え込んでいるようだ。よし・・・

ドアの上部に銃口を向ける。

ズドン!!!

ドアに穴が開く。

「あっ!!」

悲鳴が漏れた。すかさず、ドアに体当たりをする。

母娘二人は、ドアから一旦離れたのだろう。ドアが一旦何かにぶつかるが、少し隙間が空いた。秀夫がもう一度体当たりをすると、ドタン、と音を立てて、箪笥が部屋の内側に倒れ、ドアが開いた。

奥で、恐怖で震えながら抱き合う母娘の姿があった。ここで銃を向ければ、奥さんに当たるかも知れない。

「奥さん、もう一度言います。僕を受け入れてくれれば、凛ちゃんは見逃します。僕を、愛してくれますか?それとも、ここで二人仲良く死にますか?」

「お、おお、お母さん、信じちゃ、駄目よ、ぜ、ぜぜ絶対、嘘なんだから!!」

涙目で母親に訴えかける三女。

(鬱陶しいなこいつ・・・)

顔に笑みを貼りつかせたまま、奥さんに目を移す。

「わ、分かりました。では、一階の寝室に行きましょう。ベッドがありますから」

「駄目よ!!」

「いいから、凛は大人しくしてなさい!!」

「嫌!!!!」

泣いてしがみつこうとする凛を、何とか落ち着かせて引き離そうとする奥方。

面倒だな。

「ねえ、春華さん・・・」

初めて、奥さんの名前を呼ぶ。

はっとしたように、秀夫に顔を向ける奥さん―いや、春華さん。

「封印を解いたら、貴女を奴隷にすることもできる。でも僕は、貴女から僕を選んで欲しい」

にこやかな笑顔を向け、秀夫はずかずか二人に近づく。恐怖でびくっと体を硬直させた春華と凛。

突然、銃を持つ秀夫の腕に凛が飛び掛かった。

(ははん、銃を奪おうとしているのか・・・)

しかし、子供の力ではビクともしない。凛を容易く振りほどく。投げ飛ばされた凛に駆け寄ろうとする春華の腕を、秀夫の手ががっしりと掴んだ。

「やめろ!!気違い!!!お母さんから離れろ!!!!」

凛の叫び声。

― 

一瞬、頭の中が真っ白になった。

腕が勝手に動き、凛の目の前に銃口を向け、その呆然とする顔の真ん中に―

ズドン!!!

「あ!!!あ!!あああああああああああ!!!!!凛!!凛!!!凛!!!!!!」

母親が、頭部が吹き飛んだ娘を抱きしめて叫んでいる。

―よおし、邪魔者は消えたな、もうお宝は目の前だぜ!!

秀夫は、血まみれの娘を抱きしめる母親をはり倒し、その体にのしかかった。

半狂乱状態の母親の衣服を無理やり脱がせる。

「春華さん!!!春華さん!!!春華さん!!!春華さん!!!」

秀夫は、欲望の赴くまま、数時間にわたって春華を凌辱した。

日が暮れるころ―呆けた顔で天井を見つめる春華。

一階の寝室に移り、更に凌辱を重ねた後だ。

その顔に舌を這わせ、秀夫が囁く。

「春華さん、愛しています。ねえ、結婚しましょうよ!!きっと、幸せな家族ができますよ。僕の子供を産んで下さい。そして、家族で平和に、仲良く暮らしましょう」

春華が、秀夫に光を失った目を向けた。

(いいぞ、きっと承諾の返事が・・・)

「死ねよ」

―は?

「死ねよ、気違い。くたばれ」

―は?

春華は、これまで見たことも無いような冷酷な視線で秀夫を貫いていた。

「だれが、お前みたいな気違いと・・・結婚だって?」

そこまで言って、春華は糸が切れたように・・・

「ぷっ・・・くくく・・・あはははははははは!!!!ばっかじゃないの?だれがあんたみたいなちんけであほたれでのろまな奴と恋に落ちるんだ?死ねよ!!死んで償え!!!」

鬼女の面相で罵倒を繰り返す春華―

(は?何?なんで?こんなの、春華さんじゃない・・・お前、誰?春華さんはこんなじゃない!!春華さんは、優しくて、奥ゆかしくて、控えめで、淑やかで・・・こんなじゃない!!!)

「死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!」

叫びながら暴れ出した春華に、秀夫は・・・

ゆっくり銃口を向け・・・・

ズドン!!!

胸に大きな穴が開いた。

春華さんの血が、顔に飛び散った。

血塗れの胸を、顔を、そして下半身を、舌で、両手で、舐りまわした。

そして、

「お前は、春華さんじゃない」

冷たくそう言い放ち、呆けたように仰向けに寝転んだ。

―気が済んだか?相棒?

「・・・・」

―まあ、なんだ、女ってのは、薄情なもんさ。俺も経験がある。気を落とすなよ。またいい女に出会えるさ。

「・・・・」

―なあ、ところで、取引の事は覚えているか?

「お前、何者だ?」

―俺?俺はちんけな幽霊さ。せいぜいケチな盗人家業ぐらいしかできない小物だよ。

「そう・・・は思えないが・・・」

―それでだ、封印を・・・

「何で、こうなったんだ?俺は、母娘を救おうとして・・・それで・・・」

―いいか?物事は根本まで遡って考えるんだ。お前がこうなったのは・・・誰のせいでもない、お前の母親のせいだ。

「おふくろの?」

―そうだ。お前が、うら若き乙女ではなく、既に母親となっている女に愛を求めるようになったのは何故だ?

「それは・・・母親からの愛情に飢えていたからだ」

―そうだろう、そうだろう。お前の母親が、たっぷり愛情をお前に注いでいれば、お前はもっと自信に溢れた青年に育っただろう。他の多くの男のように、もっと若い娘に目を向けていただろう。それが、なぜ、よりにもよって家族持ちの年増なんぞに懸想した?

「おふくろ・・・・あいつが、諸悪の、根源・・・」

―そうだ!!お前をこんなにしたのは、他ならぬあの女だ!!

「夏子・・・・お前が・・・憎い!!!お前を呪ってやる!!!」

―いいぞ!!!その意気だ。よし、俺の封印を解いたら、お前の復讐の手助けをしてやる。これから、言われた通りにするんだ。

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吉田はあの時のことを思い出す。

血塗られた別荘。銃声を聞いた付近の滞在客の通報で駆け付けた吉田らは、7番目の別荘の地下に急行した。

あの地下室で、秀夫は7つの封印のうち三つを解いた後だった。限られた条件で、一体どうやって扉の封印を解いたのか・・・。いや、生きている人間が手伝えば、やはり扉を開くのは容易かったのだろう。

懐中電灯で照らされる中、猟銃を自らに向けた秀夫は、そのまま自殺。自殺する間際、秀夫は薄く笑いながら、誰も居ない空間を見つめてこう言った。

「そうか・・・あの女に、夏子に、復讐させてくれるんだな・・・お前、いい奴だな」

地下の中央の部屋には、一家の母親である春華のむごたらしい遺体があった。何やら儀式めいたことをしている最中だったようだが・・・

その後、吉田らは、例の霊媒師の跡を継いだ男に協力を依頼した。

男は七芒星の中心に、五芒星の刻印が描かれた呪符で再びNを封印した。

「ここは封印には最適の地です。ただ、もう人は遠ざけた方が賢明でしょう。それに、いかに好条件とは言え、それは永遠に続くわけではありません。例えば、地震などの天変地異が起これば、自然に霊的地場に変化が生じます。十分に気を付けて下さい」

去り際に、吉田に黒漆の木箱を手渡した。あの呪符と同じ刻印が金箔で描かれている。そして、蓋はより紐で固く結ばれていた。

「いざという時以外は、決して開けないように」

吉田らにそう固く約束させ、何かあったら遠慮なく連絡するように伝えると、男は車に乗って去って行った。県警本部長は密かに国に働きかけ、その地を国有地にし、背の高いフェンスで周辺を囲った。その後、心霊スポットなどと騒ぎ立てる馬鹿どものせいで、若い連中や雑誌記者らが潜入しようとしたが、殆どは追い払ったはずだ。

それでも、何かが吉田の頭の中で引っかかる。

「天変地異・・・天変地異!!!そうか!!!!」

何で、気が付かなかった!?少し前に、起こったではないか!!

東日本を襲った、未曽有の大災害。千年に一度と言われた大地震と大津波。

あれが原因で、もしあいつ―Nの封印が一部でも解けているとしたら・・・・

「糞!!!」

吉田は煙草の火をもみ消し、電話を手にした。相手は、木箱を預けるのに最も信頼に値した男。元県警本部長、草加聡一。

「もしもし!!草加元本部長のお宅でしょうか?」

吉田の怒声が狭い部屋に響き渡った。

(つづく)

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今仕事から帰ってきました、連絡が遅れまして申し訳ございません。
ゴルゴム様、私なぞにバトンを回していただいてありがとうございます。
朝、仕事前に7番目のバトンとゴルゴム様の6番目の物語を読ませていただいて
そこで仕事にぎりぎりでコメントを残す時間がありませんでした。
ご迷惑をおかけしました。

仕事中にストーリーの大枠は練れておりますので、今から書き始めます。
もし間に合わないと判断したら、マガツヒ様カードの使用となってしまうかも
せっかく祝日にバトンを回していただいた身でありながら、
後の作者様に差し支えのないよう頑張ります。

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だ、だれか?!ラグト先生を見かけませんでしたか?!=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

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あんみつ姫様
コメントと怖いありがとうございます。
投稿前のお気遣い、改めてお礼申し上げます。
皆さんがせっかく敷いて下さったレールから脱線しないように心掛けたのですが、初回投稿時はちらほらおかしな点が・・・読者の皆さまにはご迷惑をおかけしました。
登場人物が普段より多いので、適当な所で場面転換がしやすかったのは助かりました。
あとはラグト様にお願いしたのですが・・・僕の張った伏線の後始末、どうなるのか楽しみと不安がごちゃごちゃです。

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鏡水花様。
コメントと怖いありがとうございます。
うつらうつらで余り眠れてないのですが、妙に目が覚めてしまったのでコメント返させて頂きます。
よもつ様の件ありがとうございました。ふう、一時はどうなることかと思ったのですが、何とかなったみたいで一安心です。

ゴルゴム様、お疲れ様でございました。
そして、バトンを引き継いでくださりありがとうございました。
休日ゆえ、子供たちがうるさく、やっと読み終えることができました。遅くなりまして申し訳ありません。

いきなりの【閲覧注意】の文字。そこから、ゾクゾクが止まらないまま最後まで来ました。
さすがでございます。
ゴルゴム様にバトンを渡した私は、間違ってなかったと、自分を褒めてもおります。

私が一才触れる事が出来なかった…でも、絶対重要ポイントのあんひめ様が残してくださった《吉田》の存在。
楽しみすぎて、ゾクゾクがまだとまりません。

本当にありがとうございました。
お疲れ様でした。

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