皆殺しの家【リレー作品⑨】

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皆殺しの家【リレー作品⑨】

史華(フミカ) ふたご座AB型

 人が住むことをやめた瞬間から、家は劣化を始める。

それは生殖活動を終了し、性を人生の隅っこに無理やり追いやろうとす

る女に似ている。

白蟻の群れに食い尽くされる事。そんなことにさえ悦びを感じるかのように、

劣化は年々その速度を増す。

幸せであったであろう記臆までも惜しげなく投げ与え、家は朽ち果て呆然と

その醜い姿を晒すだけとなる。

懐中電灯に照らされた丸く切り取られた空間が、かつて自分が家族を温めてきた「家」であったことを無言で主張していた。

 凄惨な事件の現場となったリビングルームは、置き去りにされた家具が埃をかぶりそのままになっていた。

心霊マニア達が歩き回った足跡が、埃の白く積もったフローリング床に無数にあった。

高級な南欧風の家具の引き出し類は全て引き抜かれ、無残に散乱していた。

金目のものを物色したのだろう。

カップ麺の空き容器が転がり、おびただしい量のタバコの吸殻が床に落ちていた。

4人とはぐれた史華はただ一人、この広いリビングルームに立ちすくんでいた。

流れの止まったドブ川のような匂いがしたが、じきに慣れた。

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「あたしを置いてきぼりにしやがって。あたしが怖がるとでも思ってんのかよ。

さっきのアレはなんだったの?どうでもいいけど。」

そう言うとためらいなく、ゴブラン織りの生地が張られたソファーに深く腰を下ろした。

手に持っていた懐中電灯をサイドテーブルに置く。すると一匹の巨大な蛾が灯りを目指し、羽を平たく広げテーブルに停まった。

もし鳥が、その蛾をあわてて食ったなら、途端にのけぞり吐き出すに違いない。派手で毒々しい模様の羽をしていた。

史華は小学生の時に図鑑で見た、ある蛾のことを思い出した。

「ヨナグニサン」と名のつくそれは、口が無い。生まれてから一生食料を摂取することなく、死ぬまでの一週間を生殖作業に費やすという。おまけに雌は何も食べずに子育てをこなす。

生殖だけに生まれてきた生き物。

「バカじゃないの。ふん。」そう言うと史華は羽を両指でつまみ上げ、思いきり蛾を左右に引っぱった。

wallpaper:2026

「あたしは口の無い奴より、生殖器のないほうがいいんだよ。」

太い胴体が二つに千切れ、タラタラと乳白色の粘り気のある液体が指の間をつたい、史華の手首で止まった。

焦げ茶色の鱗粉が手の平に大量に付着した。

蛾の死骸を床に投げ捨てると両手をソファーに擦りつけ、そして言った。

「洋子。お前を殺す。お前の自由にはさせないんだからね。」

・・・

灯りに照らされた壁は、天井にいたるまで、激しく飛び散ったような黒い染みがあり、明らかに血痕と判った。

それは史華に、あの忌まわしい出来事を思い出させるのには十分だった。

・・・

 15年前の夏。2階の和室で親子3人で川の字で寝ていた深夜、史華の両親は窓ガラスを割り侵入した男に殺された。出刃包丁でメッタ刺しにされて命を落とした。

幼い史華を最後まで抱きしめ庇った母親の損傷は特に激しいもので、検視官も目を背けるほどだった。

男には妻子がいた。

母親の過ちの相手だった。お互いに今の生活を壊さないように別れましょう。と母親は男に懇願したものの、男の激情は収まらなかった。

事件直後、男は自分の車の中で喉を掻き切り絶命した。

当時、地元の新聞に大きく取り上げられた事件だった。

犯人の男の名を史華が知ったのは最近のことで、それはスマホ検索からだった。

ネット上では様々な情報が簡単に入手できる。

・・・

 その後、身寄りのない史華は児童施設に保護されたがすぐに、子供のできない資産家夫婦に引き取られ養子となった。

それが地元の名士一族である今の造り酒屋の夫婦だった。

資産家の娘として不自由なく暮らせたが、そこでも史華には普通の娘とは違った運命が待っていた。

それは養父による性的虐待だった。妻は名士の世間体を繕い、見て見ぬふりを続けた。

・・・

 思春期の史華は殻に閉じこもり、友人を作ることもできずにいた。

そんな中で近づいて来たのが洋子だった。

洋子は父親のない家庭で育ち、苦労したせいか史華にはとても親切にしてくれた。よく話も聞き友達になってくれた。史華は信頼した。

湧き出る泉水のように史華は洋子になんでも打ち明けた。

自身の出生の秘密も、性的虐待のことも・・・。

ところがその事がきっかけとなり、洋子の史華に対する態度に変化が出始める。

史華から金品をせびるようになった。

史華に好意を寄せる男子をことごとく洋子は奪っていった。

史華は知っていた。

もし、あたしが洋子から離れれば、洋子はあたしの過去をバラしまくるだろう。

幸せになることを許さないだろう。

だからあたし、カワイこぶりっこして、おバカな女の振りをしてこの気持ちを洋子に隠さなければいけないと思った。これはあたしのあみだした処世術なのだ。

洋子は将来、エステサロンを開業したいと言っていた。

男は金を出すための道具だとも言っていた。

金持ちのパトロンを見つけるまでの繋ぎに、今あの太郎と付き合ってる。

太郎もそうとは知らずに・・気の毒だわ。

きっとこれからも洋子はあたしから全てのものを奪っていくに違いない。

そう思いながら史華はミニスカートをめくり、自分の太ももをさすった。

ずっと忘れていたはずなのに、熱をもったようにヒリヒリと感じる。

そこには大きなケロイド状になった刃物による傷跡がくっきりと盛り上がっていた。

懐中電灯の灯りを当てて目を凝らして見ると、ソファーの背もたれから伸びた白い小さな手が何度も何度も史華の傷跡の部分をさすっていた。

そして、聞き取れないような小さな声で

「わ・たし・・ち・・・を・・・わす・・・な・・いで」と

声はソファーの中から聞こえてくる。

「くぅっ。ひっひっひっひひひひーーーーーーーぃぃぃ。」

顔を引きつらせて笑った史華は弾かれたように立ち上がり、その場で失禁した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

洋子(ヨーコ) 蠍座B型

 バッグに釣られて来てしまったけど、やっぱり来るんじゃなかった。

めんどくさい。アイツこそ幽霊みたい。

幽霊なんて全然信じないだもんねー私。

アイツのことだから、きっと10万は奮発してくれるはず。

未使用でオークションかけたとしても7万位は手に入る。

日当7万とおもえば、まあまあか。

・・・

それにしてもこんな所に閉じ込められちゃってどうすんの?

スマホが繋がらないって、ここどういうとこ?

まったく、早く帰りたいわ。

洋子は寝室だったらしい部屋のダブルベッドにドッカリと座った。

灯りがあれば、モウモウと埃が舞い上がるのが見えるはずだ。

・・・

史華は気づいたみたいね。

私達があの事件の当事者の娘だという事。私はあの子が打ち明けた時に、直感的に判ってしまった。

この子、オヤジが殺した女の娘だって。

でも、もうどうでもいい事なんだ。私にとっては。

母さんは精神病で施設に入りっぱなしだし。

早く忘れたいだけなのよ。

・・・

友情?

そんなもん現実にあるのかしらね。

特に女になんて。

史華はしゃべりすぎたのよ。

友達だからって、なんでもかんでも打ち明けるのはよくないよ。

私は史華のこと大好きだったよ。ずっと。

私は誰も信じない。男もね。

自分が一番好きなの。

だって、裏切らないもん。

・・・

先週、初めて史華の殺意を感じたの。

とても恐ろしい眼で私を見た。

もう調べて知ってるかもしれない。

あれは、絶対に私を殺したいという眼だったわ。

でもやれるものならやってみなさいよ。

私はサソリ座。

やられたらやり返す。殺すなら先に殺してやる。

受けた苦しみは100倍返しヨ。

だから私、史華を試してみたかった。あの子をここに誘ってみたの。心霊スポットで殺人があっても幽霊の仕業にできるじゃない。事故だったでおわる。

史華は私をここで殺そうと企んでいるはず。案の定、怖がりの史華が二つ返事でオーケーだった。      返り討ちに合わせてやる。

龍田クンが目的なんかじぁあない。

なぜって?

だってあの子、男を愛せないんだもの。

・・・

その時、洋子は胸の辺りでなにかモゾモゾと動くのを感じた。

体のラインにぴったりとはりついた黒のミニドレス。胸の谷間が大きく見えるデザインだった。

その谷間に巨大な蛾が、まるでオッパイを吸うかのようにへばりついていた。

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「なに、この蛾、スケベねっ! 太郎みたい。」

飛ぶ気配の全くない蛾を摘まみ上げ、床に振り落とした。そしてエナメルのピンヒールの部分でグサリと蛾を踏み、串刺しにした。

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「史華も私も、蝶にはなれないのよ。」

蛾はしばらくの間ヒールにまとわりついていたが、洋子は一向に気にしなかった。

ヒールに蛾をつけたまま、懐中電灯を頼りに物色し始めた。

クローゼットを開いた。

犠牲者の妻のものと思われる、シルクのドレスが何着も吊り下がっていた。

その一着を取り出し、洋子は自分の体にあててみた。

懐中電灯の灯りだけでドレッサーの鏡を見るのは、さすがに霊感のない洋子でも少しためらいがあった。

が、しかし、恐怖感より物欲の方が強かった。

「これ、いけるじゃん。」

ふと顔を上げ、鏡を見た瞬間だった。

洋子の艷やかな黒いストレートロングの髪を握り締め、どす黒い顔をし、黄色い歯を見せ笑う男の首が、洋子の右肩にどっかりとのっかっていた。

「アッキゃーァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!ごぇ。」

と叫んだ洋子は

その場で先程食べた酢豚と八宝菜のミックスした未消化のものを、床にぶちまけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

洋子   地下室にて

 激痛で目が覚めた。

起き上がろうとするのだが、体が動かない。かろうじて上体をおこすことができた。

「痛ーい。なんなのよ。ここどこ!?」

真っ暗な中、つけっぱなしの懐中電灯が傍に転がっていた。

「うそ! なにこれ。」

赤いマニュキュアが施されていた洋子の長い爪が、全て剥がされ、血の色で染められていた。

エナメルのハイヒールのかかとは折れてぶら下がっていた。

体中が痛い。

辺りを照らすと、窓一つ無い、狭く湿度の高い地下室のような空間だった。

洋子は史華にやられたと思った。

「史華のやつ、やってくれたわね。」

その時だった。

「お前はやっぱりダメだった。中に入ってわかったよ。ふっひっひっ。

お前は意思が強すぎて、おまけに頑固ものだ。俺の口には合わねーわ。

つまり、マズかったってことよ。」

それは男の生首だった。

洋子は、もうそれがこの世のものでなかろうと、生首であろうと、化物であろうと全く動じなかった。

恐怖心と怒りが同レベルで、レッドゾーンをすでに振り切っていたからである。

「てめー。よくも私を。ざけんなよ・・」生首の髪をむんずと掴むと、力の限り壁に激しく投げつけた。

ドベシャっ!

鈍い音がした。

ごろごろと転がりながらも生首は黄色い歯を見せ、笑いながら言った。

「こういうの好きぃー。たまらねぇー。

洋子、もうひと仕事してもらってもいいかな。あ、もうエッチなことしないからさ。この箱をチョットだけ開けてくれないかな。

そしたらすぐにお前から出て行くから。おねがいしまーす。」

「ふざけんな!スケベじじい。しね。しね。しね。しねしね。」

洋子は醜く歪んだ生首をゴスゴスと何度も踏みつけた。

「ひぇー」

と声を上げた生首はそのまま、大きく広げた洋子の足の間に入り込み、再びとり憑いてしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

史華   あたしはだれ

 史華は誰かに手をひかれ、階段をゆっくりと降りていた。

その手は温かく柔らかかった。

なぜか懐かしい感情がよみがえった。それは生まれたときに着せられた初着のような感触だった。

「なんなの? この気持ち。ポカポカする。」

なぜか先程まで史華を支配していた憎しみや殺意の感情が、跡形なく消えていた。

導かれるままに辿り着いたのは地下室のドアの前だった。

そっとドアを開け覗いてみると、中に洋子がいた。

あられもない格好で箱のようなものをこじ開けている。

「洋子!」

「史華?史華ねッ よくも私を・・。」振り返った洋子が言った。

「なんのこと?」

「私を殺そうとしたでしょ。」

「なにを言ってるの?洋子」史華は一瞬ドキリとした。

洋子はもうわかっていたんだわ。あたしの心を。

でも、なんなの?

あたし、洋子のこと殺したくないし、逆に洋子を守ってあげたい。

洋子を助けたい!

「洋子、ごめんね。あたし洋子のことが好きなのよ。」

洋子に抱きついた。

鬼の形相の洋子は史華を壁に張り飛ばした。

激しく打ち付けられ気を失った。

その時、地下室の壁の中からする女の声を史華は聴いた。

「史華、負けないで。母さんよ。あなたを命懸けで守った母さんよ。あなたを守ってあげるからね。」

「史華さん、私はあの子たちの母親よ。あの子達のためにもお願い・・助けて。」

「史華ねえさん、わたし凛よ。さっきはごめんなさい。ねえさんのこと大好きだよ。私といっしょに戦って。」

史華はかっと眼を見開き、立ち上がったかと思うと洋子の背中に向かって突き進んでいった。

つづく

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