中編3
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峠の怪異

 友人Dの話。

「あれは、マジ怖かった」と開口一番にDは言った。

 だが見た目のチャラさで、「あの場所、チョーやばい」と言ってもみな笑って信じてくれないらしい。

 あの場所とはP県とQ県の境にあるX峠。そこは一般の峠道と並行して高速道路が通っている。

 峠道の周辺は鬱蒼とした雑木林で、民家は一軒もなく、自動販売機も置いていない。

 蔓延った枝に隠された高速道路からは車の走行音しか聞こえてこないが、夜になるとオレンジ色の街灯とヘッドライトの光が枝葉の間から見えた。

 峠道にも街灯はあるものの汚れと虫の死骸がこびり付いて仄暗く、高速道の明かりは薄寂しい山道を行くドライバーにちょっとした安堵感を与えていた。

 一か所、重なった枝が途切れた場所がある。そこからほんの少しだけ高い位置に高速道のガードレールが見えた。壁や金網がなく人が侵入するのではとつい考えてしまうが、峠道との間の雑木林がそれを防ぐのだろう。そもそもあまり人が通らないので、そういう心配はないのかもしれない。

 Dはある深夜、Q県に住む友人に会いに行こうと車を走らせた。

 広い国道のほうが走りやすいがかなり遠回りになる。急いでいたDは近道のX峠を経路に選んだ。狭い上にカーブも多いが、車の運転が得意なので苦痛にはならないらしい。

 Dが「マジ参った」のは小便が我慢できなくなったことだという。夕食に食べたカップ麺のせいで喉が渇き、出発前に水をがぶ飲みしたからだと苦笑した。

 コンビニなどあるはずもなく、薄気味悪いと思いつつも立小便しようと道の脇に車を止め外に出た。

 そこはあのガードレールが見える場所だった。

 高速道の車の行き来する音を聞きながら、オレンジ色に照らされた雑木林に向かって用を足す。

 長い放尿に自分でもうんざりして頭を上げた時、ガードレールに座る黒い人影が走ってくるヘッドライトの逆光に浮かびあがった。男か女かはわからない。とっさに「あぶなっ」と思ったという。

 影は高速道路のほうに脚を向けて座っていたので、迷い込んだ人か事故の救助を待つ人がいるのだろうと考えた。どんな状況でも危険な行為だ。

 通報すべきかな?

 用足しを終え、うつむいてチャックを上げる。

 でもなあ、関わるの面倒くせーし。

 Dは知らんふりを決めて車に戻ろうと顔を上げ、何気なくガードレールに目をやった。

「えっ」

 次に来たヘッドライトに浮かんだ影がこっちを向いて座っている。

 すっと背筋が冷たくなった。

 その時、影の頭がごろんと外れ、雑木林に落ちた。

 ええっ。

 車へ戻ろうとしたが足が動かない。体ががたがたと震え出す。

 見るな。見るな。見るな。

 視線を外そうとしても首は動かず、目も閉じられない。

 今度は頭部のない影が飛び降りた。

 枝葉の擦れる音が近付いてくる。

 金縛りを解こうと全身に力を入れるが動けない。

 がさがさという音が間近に迫ってくる。

 あがいていると下草の中に丸いものがあるのに気付いた。真っ黒に焼け爛れた顔がDをじっと見つめていたという。

 悲鳴が喉をついて出た。と同時に金縛りが解け、Dは転がるように車に飛び乗り、猛スピードでその場を離れた。

 どこをどう走ってきたか覚えていない。運転が下手だったら事故を起こしていたかもしれなかったが、Dは無事友人宅に着くことができた。

 血相を変えて部屋に飛び込んできたDに理由を聞いて、友人は大笑いした。「お前の見間違いだ」と信じてもらえない。絶対見間違いではないと反論すると、「立小便なんかするからだろ」とまた笑われ、それ以上何も言えなかった。

 今でもあの黒い顔を思い出すと「チョー怖い」らしく、あれ以来DはX峠を通っていないという。

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ありがとうございます。
これも半実話です。
ちなみにカーテンの話も半実話です。あっ、うどんの話も。

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