長編9
  • 表示切替
  • 使い方

シアエガの家

最悪だ。この世の終わりだ。

私は、今、目の前の光景を信じられない面持ちで見ている。

ーとうとう、私の家も侵食されたー

20××年。何世紀もの間、眠り続けていた暗黒神、シアエガがついに目覚めた。

それは暗黒の地底からやってきた。その姿は、無数の黒い触手の塊で、その真ん中に、真っ赤な一つ目というおぞましいものだ。

私は以前より、大師からその存在を知らされてはいたが、よもや、私の生きているうちに、しかも、この街にシアエガが出現するとは思わなかったのだ。

きっとシアエガは、少しずつ目覚めていたに違いない。

この地に根を下ろし、密かに息を殺して、期をうかがっていたのだ。

私の使命は、シアエガから家族を守ること。

そして、大師と同士とともに、この地球を守ることだ。

今、目の前のシアエガは、とうとう私の家に現れ、その触手を佳代子に伸ばしている。

佳代子は寝床に横たわり、玉のような汗をかき、喘いでいる。

許さない!私は、佳代子を守る。この家族を守るのだ。

今、この手にある、聖水をかけんとシアエガと対峙している。

「邪神退散!」

私は叫ぶと佳代子に聖水を振り掛けた。

佳代子の声を借りて、シアエガは不気味に咆哮した。

「ぎぃやああああああああ!」

nextpage

separator

私に、悪霊の影が見えるようになったのは、公園で、雅史、和人、そして、一番幼い裕也を遊ばせている時だった。雅史、和人は小学生のやんちゃ盛りで、公園を走り回って遊んでいた。

私も体力の許す限り、一緒に遊んでいたが、寄る年波には勝てず、ベンチで一休みしていた時のことだった。

裕也が、おびえた顔で、私に近づいてきたのだ。

「どうしたんだい?裕也。」

私が訪ねると、裕也は、公園の隅の小さな祠を指差して言ったのだ。

「あそこから、こわいおばちゃんがこっちをにらんでるの。」

そう言って、私の服の袖をぎゅっとつかんできたのだ。

裕也は、幼い頃から霊感の強い子であった。

私は、裕也を守るため、大師の元を訪ねた。

以前より、神通力を持つと、この界隈で有名な大師は、私を快く迎えてくれた。

私は、裕也を守るため、まずは霊を見る力を授かりたいと大師に願った。

すると、大師は、ある薬草を私に手渡した。

「これを毎日、煎じて飲むのです。そうすれば、あなたは霊が見えるようになり、私の元で修行をすれば、神通力を私より得ることができます。」

それ以来、私は大師より渡された薬草を毎日煎じて飲み、毎日、道場に通い、修行をしてきたのだ。

すると、私にも霊の影が見えるようになってきた。まだ修行が足りないのか、霊の影なら見ることができたのだが霊そのものは見えない。

そして、私は、霊感が強くてすぐに霊に取り憑かれてしまう裕也を守った。

雅史や和人にも悪い霊がとり憑くことがあったが、あの子達は平気だった。

よほど強い加護がついているのだろう。

でも裕也は違う。裕也は、しょっちゅう霊を見たと言って、私にしがみついてきた。

裕也は私が守るのだ。そのたびに、裕也の部屋に結界を張ったり、聖水をかけたり、塩をまいたりした。

そして、ここ近年、この近所で悪霊の影をあちらこちらで見かけるようになった。

そして、ついに悪霊は私の家の家族にも悪さをしはじめた。

最初は、隆だった。

隆は長年勤めた会社をクビになってしまった。

それからふさぎがちになり、ついに病に倒れ、寝込んでしまった。

顔色は悪く、土気色だ。隆の体にも悪霊の影はぴったりとくっついていたので、私は悪霊を祓った。

そして、隆の次は、雅史と和人。私はまた、果敢に立ち向かった。

聖水をかけ、塩をまき、結界を張り、あともう少しというところで、逃げられてしまったのだ。

雅史と和人をさらって逃げてしまった。私の力不足に、私は何日も泣いた。

いまだに二人は行方不明だ。

そして、裕也。あまりに霊媒体質のため、ついに学校に通えなくなってしまったのだ。

私は裕也を守るため、常に裕也の部屋に結界を張り、お清めをする。

もちろん家全体にも結界を張っていた。

にもかかわらず、とうとう悪霊は家の中にまではびこってきた。

これはもう、シアエガの力が強くなってきているに違いなかった。

聖水で清めた佳代子はしばらく、別の場所に居るようだ。

シアエガがはびこってきたので、もうここは安全ではない。

裕也は大丈夫だろうか。

私は胸騒ぎがした。

すると、裕也が結界を張った部屋から出てきて、私の目の前に立った。

「裕也?だめじゃない。結界の中にいないと。」

「クソババア!」

そう裕也が叫ぶと、私の顔を拳骨で打ち据えた。

「死ね!死ね死ね死ね!」

そう言うと、嵐のように暴力を振るい、おなかを踏みつけてきた。

しまった!結界が壊れたか!シアエガの力が強大になりすぎて、裕也を支配してしまった。

「ごめん・・・裕也。ごめんね。」

私は荒れ狂うシアエガによって支配された裕也に詫びた。

裕也、おばあちゃんはお前をついに、守れなかった。ごめんよ。

nextpage

separator

最悪だ。この世の終わりだ。

俺は、今、目の前の光景を信じられない面持ちで見ている。

血まみれになったばあちゃん。

これは紛れも無く、俺のやった所業だ。

「ばあちゃん・・・。」

小さく呟いてみるが返事は無い。

口からはおびただしい血が流れている。たぶん内臓が破裂している。

鼻に手をかざす。息をしていない。

震える手で、スマホを操作して、父親の携帯に電話する。

やはり出ないか。仕事中は、出られないよな。

俺は、押入れから掛け布団を出すと、ばあちゃんの遺体に被せた。

そして、母の入院している病院へ向かった。

「あら、裕也、どうしたの?」

母が痛々しい包帯だらけの顔をこちらに向けた。

「・・・殺した。」

消え入りそうな声で俺は呟いた。

「え?なに?」

「俺、ばあちゃんを殺した。」

包帯の間から出ている母親の顔が青くなり、目がみるみる見開かれた。

「ど、どういうこと?」

母が声を潜めた。

「母さんをこんな目に合わせたばあちゃんが許せなかったんだ。だから・・・。

nextpage

separator

俺は大のおばあちゃんっ子だった。

ばあちゃんはいつも優しくて、俺達男兄弟3人をいつも可愛がってくれた。

俺は末っ子で甘ったれでいつもばあちゃんにべったりだった。

きっかけはそんな大好きなばあちゃんを独り占めしたいという、幼稚な考えだった。

公園で兄の雅史や和人とばかり遊んでいるのを嫉妬したのだ。

「おばあちゃん、あそこからこわいおばちゃんがにらんでるの。」

そう言ってばあちゃんの袖を掴んだ。

そうすると、おばあちゃんはとても心配そうに俺を抱きしめてくれたのだ。

俺はそれが心地よくて、しょっちゅう嘘をついておばあちゃんに抱きしめてもらった。

それがこんな事態を招くなんて夢にも思わなかったのだ。

ばあちゃんはどうやら、俺を霊感の強い子だと勘違いしたらしく、とある宗教に入信してしまった。

それもこれも、俺を救うためだ。俺は子供心に嘘をついて悪いと思った。

だけど、今更嘘だとは言えない。

それからというもの、ばあちゃんは事あるごとに、俺に悪霊がついていると言っていろんな除霊を施した。

聖水だったり、塩だったり、をまいたり、結界を張って、俺を真ん中に座らせたりした。

最初のうちは、面白半分で付き合っていたけど、そのうちにだんだんとばあちゃんの行動はエスカレートした。

もちろん、俺だけではなく、兄達や父や母にも、除霊と称していろんなことをした。

正直、家族はウンザリしていた。ばあちゃんが言うには、シアエガという邪神が復活するから結界を張ると言っては、家の周りに聖水をまき、塩をまき、おかしな呪文を唱えながらぐるぐる回るのだ。

それは奇行にしか見えず、近所からは変な目で見られた。

「おかあさん、やめてください。」

よく母がそう祖母をたしなめた。だがまったく聞く耳は持たなかった。

俺が中学一年生の時に、放課後、友人三人とこっくりさんをした。

その時の一人がこっくりさんに取り憑かれてしまったのだ。

10円玉が物凄い速さで盤上を回りだし、「〇〇をころす」と言ったのだ。

その友人は泣きながら俺に助けを求めた。お前のばあちゃんなら、除霊してくれるんだろうと。

俺達3人は、ばあちゃんに頼んでその友人を除霊してもらうことにした。

奇声を発しながら、ばあちゃんはその友人の周りをグルグルと回り、塩をかけ、聖水をかけた。

家に帰るまでそのままの姿で居るようにとばあちゃんに言われ、友人はその通りにした。

ところが、その日の夕方、その友人の母親がうちに怒鳴り込んできた。

「うちの息子に何をしたんですか!うちの息子まで、あなたがたの宗教もどきに巻き込まないでくれます?」

そう癇癪を起こした。

「あの女には悪霊がついている」

ばあちゃんは、そう言ったが、さすがに俺も怒るのは当たり前で、悪霊などついてはいないと思った。

ばあちゃんは何でも悪い事は悪霊のせいにするのだ。

ばあちゃんは悪霊の影が見えると言ってはばからなかった。

あくる日、こっくりさんは、実は俺が10円玉を動かしてたんだと、もう一人の友人が笑いながら言った。

「お前のばあちゃん、ここがおかしいのか?」

その日から、俺に対するイジメがはじまった。

頭がおかしい婆さんの孫。理由はそんなところだ。

くだらないゲームのようなものだ。俺は、自然と学校には行かなくなり、引きこもった。

兄達は、高校を卒業するとすぐに家を出た。お祓いと称して、塩や聖水をしょっちゅうかけられたからだ。

ばあちゃんの奇行に堪えられなかったのだ。

ばあちゃんは、兄達が悪霊にさらわれたと思っている。

家族はヘトヘトに疲弊していた。ばあちゃんはボケているようではなかった。

ただ、あの宗教がばあちゃんを変えてしまった。

そして、ついに我が家にとって最悪の事件が起きた。

ばあちゃんは、邪神シアエガが眠りから覚めて、母を襲っていると言って、母の顔に熱湯をかけたのだ。

「沸騰した聖水でなければ、シアエガには効果がないのよ!」

父に取り押さえられた、ばあちゃんの目はもう人ではなかった。

俺は許せなかった。

母をあんな酷い目に合わせたばあちゃんが。

nextpage

separator

ばあちゃんの布団の周りに、父と母と俺が立ちすくんでいる。

「どうしよう。」

母は目から涙を流し続けている。

俺は少年院送りか・・・。うなだれていると、父が信じられない言葉を口にする。

「隠そう。」

俺と母は父の顔を見た。

「うちの会社に粉砕機がある。」

母は、信じられない面持ちで口を覆う。手が震えている。

「そんな・・・あなた!」

「じゃあ、お前は、裕也を犯罪者にしたいのか?」

「・・・」

「母さんにはうんざりしていたんだ。母さんのおかげでうちはめちゃくちゃになった。あんな宗教に入らなければ。母さんのいつも飲んでいた宗教団体から渡された薬草ってのが、幻覚作用があるともっぱらの噂だ。母さんはあの得体の知れない新興宗教団体に、幻覚を見る薬草を渡されて騙されてたのさ。」

その時、急に電気がバチンと落ちた。

「・・・停電?」と母。

「いや、よそのお宅は電気がついている。ブレーカーが落ちたんだろう。見てくる。」

父はそう言うと懐中電灯を片手に、ブレーカーのある玄関に向かった。

ニチャリ・・・。

暗闇から音がする。

「何?」と母。

ニチャリ グチャ・・・グチャグチャ

何の音だろう。

ズルッ、ズルッ。

いずれにしても粘着質な音が暗闇に響く。

その時、ぱっと電気がついた。

「やっぱりブレーカーだった。」

父が帰ってきて、ふと足元を見ると違和感を感じた。

祖母が横たわっているはずの布団が妙に平べったいのだ。

俺は、勇気を出して、布団をめくりあげた。

「あれ?ばあちゃんの死体が無い。」

そこには、血溜まりがあるのみで、死体はきれいに消えてしまっていたのだ。

確かに全員で、ばあちゃんの死体を確認したはずだ。

忽然と、ばあちゃんの死体が消えたのだ。

「嘘でしょう?おかあさんの死体、どこにいっちゃったの?」

ニチャリ。

またあの音だ。

俺達は音のするほうに顔を向けた。

押入れがうっすらと開いている。

押入れはしまっていたはずだ。

ニチャリ、グチャリ。

何かを咀嚼するような音。

目を凝らすと、そこからばあちゃんのものと思われる足が飛び出していた。

俺は鳥肌がたった。

なんで?

父は勇気を出して、家長らしく、押入れに向かい、一気に引き開けた。

そこには無数の触手にからまった、ばあちゃんの死体が、バラバラになっていた。

「ひぃっ!」

父が、あまりの光景にしりもちをついた。

nextpage

nextpage

wallpaper:1889

すると、その触手の中心の真っ赤な目がかっと開いたのだ。

nextpage

nextpage

separator

wallpaper:1

「大師様、いかがなされましたか?」

大師に給仕をしていた女が、大師が紅茶を飲む手を止めたので、たずねた。

「贄が四体、捧げられたようです。」

そう笑う大師の口元は、窓から見える漆黒の夜空を切り裂く下弦の月に似ていた。

Concrete
コメント怖い
10
28
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

紅茶ミルク番長先生
いったい誰の真似をしてるんですか?
なに?退会会員?w
一つ目の唐傘おばけにきまってるでしょう!w

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信