中編3
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うどん

 Pさんの母親は『視る人』ではないらしい。

「なのにあの時はなんで視えたんだろう」

 と、Pさんは首を傾げている。

   ***

 Pさんの母・R子さんは、若くして亡くなったご主人の墓参りを毎日欠かさなかった。

 菩提寺が家から近かったということもあり、月命日はもちろん、買い物や散歩に出た時は必ず立ち寄り、ご主人の墓前に手を合わせた。

 それは数十年にも及ぶが、今まで異様な出来事にあったということは一度もなかった。

 だが先日、墓参りを終え門に向かっていると、一組の男女が門前に立ち、こちらをじっと見ているのに気付いた。

 視力が衰えているのではっきりと顔は見えないが、知人ではない。

 一歩一歩近付くにつれ、R子さんはぞっとした。

 門前の二人がびっしょりと濡れていたからだ。顔色が悪く、何とも形容しがたい表情をしている。

 生きている者ではないと直感した。

 がくがくと震える膝は今にも崩れそうだったが、必死で前に進んだ。

 門をくぐり、視えないふりをして通り過ぎる。眼の端で二人がまだ自分を見ているのがわかった。

 視たらあかん。振り向いたらあかん。

 R子さんは足早にその場を去った。まだ見ているのか振り向いて確認したかったが、視えていると気づかれたくない。

 しばらく歩いて寺のある通りを逸れてから深く息をした。このあと買い物に行く予定だったが、ひどく疲れを感じ、別ルートで帰路についた。

 家に着いたR子さんは外出着のままベッドに倒れ込み、泥のように眠った。

 目が覚めた時、開け放したカーテンの窓外がすでに暗くなっていた。照明を点けていなかったが、窓越しに入ってくる街灯の明かりがぼんやり部屋を照らしている。

 R子さんは体を起こそうとしたが、痺れて動けない。

 金縛りだと思った時、ベッドの傍らに立つものに気付いた。

 それは門前にいたあの二人だった。

「うどんたべさせてくれませんか」

「うどんたべたいんです」

「うどんたいてください」

「うどんたべたいんです」

 抑揚のない声で二人は交互に訴える。

 R子さんは訴えを拒もうとしたが声が出ない。

 ぎゅっと目をつぶり、心の中で叫んだ。

『無理や。帰って。無理や。帰って。無理や無理無理――』

「うどんたべたいんです」

「うどんたべたいんです」

『いやあ、いやあ、ぎゃあああああ』

 それでも止まない訴えに喚き散らした。

 声がしなくなったので目蓋を開くと、びしょ濡れの二人が目の前で顔を覗き込んでいた。

「いやあぁっ。もう無理やってっ、そんなんうどんなんか作られへんって。帰ってっ。か、えっ、てっ。帰ってええぇぇ」

 声が出たと同時に体が動いて勝手にじたばたと暴れたらしい。気が付くと疲れ果て放心状態になっていたという。

 いつの間にか二人の幽霊は消えていた。

   ***

「冷たい人間や思われるけど、霊に同情するとあかんからと母は笑っていました。

 それからしばらくの間、菩提寺に行くのが怖くて父の墓参りをさぼったそうです。

 しまいには「お父ちゃんに怒られるわ」って、やっと行く気になって――

 今はまた以前のように、欠かさず行っているそうです。

 あれからその二人は視てないって言っていました。もちろん他の幽霊も視ていません」

 Pさんは笑った。

「なぜ視えたのが父でないのかって母も苦笑いです。うちに会うのん嫌なんやろかって。ははは。

 海や川の近くでもない町中でなぜびしょ濡れなのか、現れたのがなぜ母の前なのか、理由は今もわかりません。

 母は同情してはいけないと言いつつも、あんなに食べたがっていたんだから、うどんくらい作ってあげてもよかったかなと、今ではそう思っているそうです」

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月船様
巡っていただいてありがとうございます。
私の話には「気付かれてはいけない」「死んだ動物や無縁仏をかわいそうに思ってはいけない」など同じ設定の話があります。ので、また書いてる…と思われるかもしれません('◇')ゞポリポリ
この話はほぼ実話です。すごく怖かったとおっしゃってました。

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怖いですね‥ぞっとしました(*_*;
寒かったのでしょうか??ともあれ、お母さんご無事でよかった(;・д・)!!