長編10
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寄せやすいということ

―これはわたしが成人を迎えた2年ほど前の話になる。

幼稚園のとき、変なものを見た。

たった2回だったがそれからというものわたしの人生の運気は降下気味というものだった。

悪運は小さなことから大きなとこまで様々で、最初に起きたのは5歳のとき、3ヶ月音沙汰もなく行方を眩ました父のことだった。

もちろん帰ってはきたが、その後も小学校上がってすぐは先生からのいじめや度重なる骨折などの怪我。

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ツイていないと言う話はさておき、その時わたしは家で制作の仕事をしていた。

同棲している彼氏もおり、それなりに幸せな生活を送っていた。

いつも通りの朝。突然、家の冷蔵庫が故障をした。

その時期も夏…このままでは中の物がダメになってしまうなあ、と思いながら、彼氏のIに帰りにトラックを借りてきてもらうように頼み送り出した。

彼は現場仕事というのもあり、二つ返事で了承すると帰りにトラックを借りてきた足でリサイクルショップへと向かった。

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「いらっしゃいませー」

時刻は18時を過ぎている。人気が少ないのは家電しか取り扱ってないからだろう。

やる気のない店員の出迎えに少し目をやり、Iはスタスタと冷蔵庫のコーナーへ向かっていく。

わたしは店員に壊れた冷蔵庫を引き取ってもらえるか聞いてからIの元へ行くと、もうひとつの冷蔵庫の前で立ち止まっていた。

わたしを見るなり「これに決めたから」と黒いボディの冷蔵庫を指差す。

「でも他にも綺麗なのあるよ」

「いや、これがいい」

「I、ほとんど触んないじゃん」

「その場しのぎなんだろ。じゃあこれがいいよ」

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いつもはこんなに強引じゃないのになあ、と不思議に思いながらレジに向かっていくIの背中を見ているほかなかった。

壊れた冷蔵庫を引き渡して、代わりに件の冷蔵庫をIは黙々と店員と共にトラックへ積み込んだ。。

その顔が妙に怖くて、鳥肌が立ったことは今でも覚えている。

家について中身を移してもなんだか好きになれない冷蔵庫に小さくため息を吐いた。

Iはどこか満足そうに夕飯を食べているだけで、さっき感じたような異変はない。

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「なんであの冷蔵庫がよかったの?」

「ん~…なんでだろう?」

とぼけているのか本当に忘れてしまったのか、Iは夕飯のおかずをひたすらに頬張っているだけだった。

その日からどこか嫌な空気を放つ冷蔵庫との生活が始まった。

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夜中、ハッと目が覚める。

スマホで時間を確認すると時刻は夜中の3時で、どうしてこんな時間に…と思いながらも飲み物でも飲んでから寝ようと冷蔵庫を開けると何か聞こえたような気がして身構える。

ぼそぼそと誰かが話す声が聞こえた。

外からの声だろうか、でもここはマンションの5階だ。

窓が開いていてもこんな風にぼそぼそと声は聞こえないだろう。

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―じゃあ、どこから?

その瞬間、総毛立つ感覚に襲われ、慌てて飲み物を飲まずに冷蔵庫を閉めてその場を後にした。

何もないのに何かが怖いという不思議な感覚。

汗がドッと出てわたしは布団の中でぶるぶると震えることしかできない。

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朝になり、夜中にあったことをIに話すと「モーター音じゃねえの?」の一言で一蹴されてしまい、言い返す気力もなかったわたしはまたため息を吐いて彼を送り出す。

しかしモーター音と思っていなければ頭がおかしくなりそうに怖かった。

―確かにあれは"声"だったからだ。

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それから1ヶ月と言うもの、体調も優れず眠れない時間が増えてきた。

あのぼそぼそと呟くような声も聞く時間も増えたように感じる。

気づいてからは半日に一回程度だったのが、最近ではずっと何かを話している。

ろくに仕事にも手が付かない。

作るもの全てうまくいかないような気がして、ある程度の蓄えを頼りに仕事を休ませてもらう日々。

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ほとほと嫌気が差していたし、Iはわたしの話を聞かない人になっていく。

最近じゃいつも怖い顔をしているし、一体わたしが何をしたと言うんだ。

寝転んでいた身体を起こしてスマホをいじると珍しい人から連絡が来ていた。

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―"生きてる?"

それは小学校から一緒のRで、引越しで離れてしまったこともあり、あまり連絡を取らなくなっていた。

しかし"生きてる?"とはまた彼女らしいようなそうでないような。

"とりあえず生きてるよ"と返すとすぐに着信が入り、その電話を受ける。彼女は開口一番に「よかった」と一息ついたようだった。

なんのことやらのわたしはハテナマークを浮かべる。

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「どうしたの?」

「いやさ、大学の友達が電話してあげてって」

「え?誰?」

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R曰く、わたしのことは全く知らないらしい。

(もちろんわたしも知らない)

ただRの連絡先の画面を見せるように言ってきて、少し慌てた様子で「この子!電話したほうがいい!」と言ってきたので電話してみたと言う、何とも返事のしづらい内容だった。

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「その子はなんて?」

「なんか死んじゃうかもって…」

「何それ怖いよ」

「え、ごめん」

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わたしたちの淡々とした会話は何の発展もなく、とりあえず近況だけ報告しておくことにした。

体調が芳しくないから仕事ができていないこと、同棲してる彼氏のこと、最近聞こえる変な声のこと。

淡白なRが幽霊なんて信じるとは思えないかもしれないが、話せば彼女はいつになく真剣にそれを聞いてからこう言った。

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「わかった。電話かけるよういった子に聞いてみるね。なんかそういうの得意みたいだし」

わたしは少しうーんと唸る。

幼稚園のときのことを考えるとある種信じられるのだが、どうも"幽霊"となると胡散臭かった。

Rの友人とやらは本当にその類の子なのだろうか。

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「悩んでも仕方ないでしょ。実際お前に電話しろって言ったのその子なんだよ」

「あ、そうだよねえ…」

「とりあえず"いのちだいじに"、な」

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普通にお大事にでいいだろう。

でもRなりの心配だと思ってわたしは少しだけ笑った。

電話を切ると妙に静まり返った部屋。それが嫌でテレビをつけると昼時のバラエティ番組の賑やかな声が部屋中に響く。

こんなことがいつまで続くんだろうと途方にくれるしかなかった。

「おかえり」

「……」

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彼が帰ってきても会話はない。

作ったご飯を勝手に食べて、勝手に風呂に入り、勝手に寝る生活が続いて更に2週間。

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ついにわたしたちは終わった。

終わったが別段悲しみも何もなかったのが不思議なくらいだった。

部屋の名義はわたしだったので彼が出て行く形になり、買い物から帰ると彼のものはすっからかんになっていた。

ちなみに引き出しておいた来月分の生活費もなくなっていた。

深く深くため息を吐いてお金を置いていた棚の前にへたり込む。

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「あんたが出てくより今はこっちの方が辛いわ…」

それからは1人きりの生活が始まった。

何をするにも自分でやらなければいけない、と元気にならない身体に鞭打って毎朝家事を始める。

ただし事件は起こった。

脱衣所の扉に手を掛けたとき何かぴりぴりとしてドアノブを放す。

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「いった、静電気?」

まだそんな時期じゃないだろう。

10月に入ってもないのに。

気にせずドアを開けると、電気をつけるより前に異変に気づいた。

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洗濯機の蛇口に覆いかぶさるように壁から、首が生えていた。

顔にかかる程度の長さの茶髪、それから少しだけ覗く妙に白い肌。

男とも女とも言いがたいが、そんなことより恐怖をあおるのはその状況だ。

総毛立ち、暖房なんてまだ要らない時期なのにとても寒い。

恐怖か寒さかわからないが、かちかちと歯がなった瞬間、その頭はわたしをばっちりと見た。

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いやあ、ともうわあ、とも言えずに、わたしはそのドアを思い切り閉める。

とにかく大きな音を立てて廊下を歩き恐怖をごまかす。

じっとしているのは怖いからいつもはしないキッチンの掃除なんかもしてしまった。

テレビがついてるのに大きな声で歌を歌ったりしてとにかく恐怖心を和らげようと必死になる。

ついにやることがなくなってしまい、日も暮れてきた。

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まだ脱衣所の扉は開けられそうな気はしないし、不定期ではあるがぼそぼそ声も聞こえてくるかもしれない。

咄嗟にスマホを取ってRに電話をかけると、2コール後に彼女は間延びした声で「どうしたー」と電話に出た。

「本当にやばいかもしれない」

「なんか出たか」

「出た、なんか」

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もうそれしか言えなかった。

そうすればRは「迎えに行くから」と言うだけで電話を切られてしまった。

わたしはとにかく1週間分の着替えと戸締りを確認して、Rが到着するまでの40分間テレビをつけながら大声で歌う。

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Rが到着するや否や「酷い顔」とわたしの顔に因縁をつけてくる。

彼女は相も変わらず普通の女の子のままだった。

「Rは変わんない」

「変えてないし」

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彼女の車に乗り込むと、それはそれはホッとした。

そしてRはわたしの大荷物を見て顔をしかめると「あんた、うちにいつまでいるつもりだよ」と言ってくる。

わたしはごまかすように笑った。

「今度はうちに泊まりに来なよ」

「やだよ、お前んちお化け屋敷じゃん」

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彼女に悪気はないし言っていることも確かにそうだと、何も言い返せなくなる。

Rがくる時間より早く、Rの家に到着すると、もうすっかり日が落ちて星が出始めていた。

それから服のストックがなくなるまできっちり1週間。

わたしはRの家に居候して、彼女と一緒に部屋へ帰る。

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Rの家にいる間、例の友人に会って来た。

なかなか活発な女の子で、とてもじゃないが"幽霊が得意"なようには見えなかった。

その子はY。

Yちゃんはその話になると、とても真剣な顔をして「まず冷蔵庫は手放してくださいね」と言う。

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「やっぱり冷蔵庫なんだ」

「多分彼氏さん、寄せられちゃったんですよ」

困ったように笑うと、なんとなく納得しているわたしがいた。

実際、Iはなぜこれにしようと思ったかわからないって言っていた。

それから彼女はわたしの背中を擦りながら「もうひとつ」と話し出した。

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「これは直接スーさんには関係ないんですけど、彼氏さんがしてた仕事ってなんですか?」

「現場の解体工事だよ。この間の現場は○○基地の病院」

「あー…じゃあ持ってきちゃったんですねえ」

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そして置き土産されたということらしい。

彼女曰くわたし自身がそういったものを気づかず寄せやすい体質らしく、現にわたしの背中と肩を念入りに擦っていた。

除霊なんて大層なことはできないが、気休め程度に楽にならできる、ということらしい。

「冷蔵庫と生活していたことで、少しだけ寄り付きやすくなったんですね。だから抱える量も増えちゃって体調崩したんですよ」

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彼女はそう言ってわたしの肩を擦るのをやめてRが出したお茶菓子を全て平らげると元気よく帰って行った。

これは補足だが、わたしの住んでいた地域は震災の被害が甚大で、死傷者も多く出た。

都心からも離れているし、場所が場所なので実際マンションで3部屋もあって5万円という価格。

今となっては何のためにこの場所にしたのか不思議だ。

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久しぶりに家に帰ると1週間も空けていたからか少しだけほこりっぽかった。

窓を開けて換気をして、テレビをつける。

まだまだわたしの苦悩は続く。

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それはとある日の夜中。

遅寝早起きの週間がついているせいか、風呂に入る頃にはすっかり0時を回っていた。

脱衣所で服を脱いでると開け放したリビングのほうからピンポンとチャイムが鳴る。

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「こんな時間に?」

思わず声を上げると、こんな時間にくる訪問客に動悸がした。

そうだ、ここはオートロックがあったはずだ。

どうやって入ってきた?誰かの苦情?それにしてもこんな時間に訪ねてくるだろうか。

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ピンポン。

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またチャイムが鳴った。脱ぎかけた服を着なおして身構える。

脱衣所の扉を開くと、蝶番側の隙間から玄関が少しだけ見えた。

鍵とドアガードは掛かっている。

そこからしばらく様子を見ていると、リビング側からまたチャイム。

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shake

ピーンポーン、ピーンポーン、ピンポンピンポン。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポーン

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あまりのことに心臓が跳ねる。わたしは驚いたままそこを動けなくなっていた。

恐怖心が大きすぎてわたしはドア枠にしがみつき、全身の毛穴から汗が噴出しているような感覚に襲われる。

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shake

ドンドン!!!

ドンドンドンドンドンドン!!!!

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扉は勢いよく叩かれ、わたしにもその振動が伝わるように鼓動が早くなった。

しゃがみこんでじっと終わるのを待つと、もう諦めたのだろうか、5分、10分、一体どのくらい時間がたったのかはわからないが、音はしなくなった。

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本当はIが何か荷物を取りに来たのかもしれない。

Rが心配してきてくれたかも。

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混乱して自分でもそんなわけがないのによくわからなくなっていた。

ゆっくりと脱衣所を出て、なるべく音を立てないように玄関に近づく。

そっと覗き穴を覗くと、そこには何もいなかった。

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あるのはコンクリートの共用廊下だけで、別段いつもと変わらない風景。

煌々と蛍光灯が付いているし大丈夫か。

安心はしたものの、お風呂に入る気はもうなくなってしまった。

入りたいのは山々だがなんとも怖い。

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リビングへと続く廊下を歩いていると今度はとてつもなく小さな音でカタンカタンと聞こえる。振り向くとドアポストの大きな受け口がカタカタと揺れていた。

「え…」

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shake

バタバタバタバタバタバタン!!!!

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ドアポストを誰かが開け閉めしている!

ついにわたしは耐えられなくなり、リビングに駆け込んで思い切り扉を閉めた。

いたずらにしてもたちが悪すぎる。

ドキドキと治まらない鼓動を落ち着けるように深く深呼吸をしてベッドにもぐりこんだ。

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翌日不動産屋に電話をかけて確認したが、回答は「特にそう言ったことはなかったですねえ…」と少し迷惑そうに言われてしまった。

それからわたしがその部屋を出るのにそう時間は掛からなかった。

冷蔵庫はもちろん、大きなものは全て処分し、わたし自身もお祓いというものを初めて体験した。

突拍子もなさすぎて、今でも夢であってほしいと思っているが、残念ながら全てわたしの体験したこと。

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長々とお付き合いありがとうございました。

みなさんも中古の冷蔵庫や、行く先々はお気をつけくださいね。

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