中編6
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翼をください

私が小学3年生の秋、仲良しのユカちゃんが急性虫垂炎で入院しました。

入院先の病院が、私の家から近かったのもあって、ほぼ毎日のようにお見舞いに行きました。

「ユカちゃん、いつ退院できるの?」

と私が尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに、

「…オナラが出たら、だよ」

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「そっかー、大丈夫だよ!すぐ、プゥッて出るから!」

私が言うと、ユカちゃんは「お腹痛くなるから笑わせないで」と言いながら楽しそうに笑いました。

ユカちゃんのお見舞いに行くのには、他にも目的がありました。

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「この病院ね、屋上に出れるんだけどね、街が見渡せて眺めがいいんだよ」

ユカちゃんの急性虫垂炎の手術が成功して3日ほど経った時、ユカちゃんが教えてくれました。

教えてもらった日に、私はついでに屋上へ行ってみることにしました。

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屋上への扉を開けると、その日は良く晴れていたのもあって富士山まで見えました。

「いまーわたしのーねがーいごとがー…」

ふいに、歌が聴こえてきたので歌声の方を見ると、パジャマを着たお姉さんがいました。

「…そのお歌、好きなの?」

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私が声をかけると、お姉さんは少し驚いたように顔を上げました。

「…うん、好きなお歌だよ。…誰かのお見舞い?」

「うん!友達がモーチョーで手術して入院してるんだよ」

私が答えると、お姉さんは「そっか」と笑いました。

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私は、お姉さんが何か描いていることに気づきました。

手元を覗くと、画用紙にウサギやクマさんがクレパスで可愛く描かれていました。

「わーぁ、ウサギさんだー!お姉ちゃん、絵が上手〜!」

私が目を輝かせると、お姉さんは嬉しそうに笑いました。

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そんなこんなで、私はユカちゃんのお見舞いを口実に、このお姉さんに会いに行くようになったのです。

お姉さんは17歳で、骨髄性急性白血病で入院していました。

いつも大きなリボンを付けている私を「リボンちゃん」と呼んでくれていました。

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「この大空にー翼を広げー飛んでーゆきたーいーよー…」

屋上でお姉さんに「翼をください」という歌を教えてもらい、いつも一緒に歌いました。

「お姉ちゃん、鳥さんになりたいの?」

私の質問に、お姉さんは「どうして?」と聞き返してきます。

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「んー、なんか、このお歌、鳥さんになりたい歌みたいだから」

私の答えに、お姉さんはウフフと笑いました。

「…うん、そうだね。鳥さんになりたい」

お姉さんはそう言って、青空を見上げました。

「どうして鳥さんになりたいの?」

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私が尋ねると、お姉さんはこう答えました。

「お歌にあるように、お空には悲しみがないから」

「そして自由があるから」

「それに、お薬の苦しみも、お母さんに苦労をかけさせることもないから」

それから、いつも被っていたニット帽を外しました。

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「あ…、お姉ちゃん…髪が…」

そこには、毛髪がすっかり抜け落ちた頭がありました。

「抗がん剤っていうお薬の副作用で、みんな抜けちゃって…、つるピカハゲ丸君になっちゃった」

お姉さんは笑っていたけど、私は哀しくなりました。

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「お薬飲むの…つらいの…?」

私が心配そうな顔をしたせいか、お姉さんは私の頭を撫でました。

「飲むと気持ち悪くなって吐いちゃうの。ご飯も食べれなくなっちゃうから、お母さんが心配して悲しそうな顔をするのが嫌なんだ…」

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それからポツリと呟きました。

「私は大人になれないかもしれないの…」

お姉さんの言葉に私は、

「じゃぁさ、じゃぁ、もし大人になれたら、お姉ちゃんは何になりたいの?やっぱり鳥さん?」

そう尋ねると、お姉さんは首を横に振りました。

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「私の夢は、絵本作家なんだよ」

そう言って、お姉さんは絵本作家のことを話してくれました。

「じゃぁ私、お姉ちゃんが本を出したら1番最初に買うね!」

「リボンちゃんには、タダであげるよ」

「ほんとー!?楽しみー!」

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お姉さんとの毎日は、とても楽しいものでした。

絵本のお話を一緒に考えたり、登場人物を一緒に描いたりしました。

そんなある日、ユカちゃんが無事にオナラをして退院の日取りが決まりました。

私はその日もお姉さんに会いに、屋上へ行こうとしていました。

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「リボンちゃん」

屋上へ続く階段のところで呼ばれて振り向きましたが、誰もいません。

廊下へ出てみると、ちょうど角をお姉さんが曲がるところでした。

「お姉ちゃん!」

私は追いかけました。

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お姉さんは、病室へと入って行きました。

「お姉ちゃん!今日は屋上に行かないの…?」

私がお姉さんを追って病室に入ると、看護師さんがベッドの片付けをしているだけでした。

「…あら、迷子?」

私の気配に振り向いた看護師さんが尋ねてきました。

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「うぅん、お姉ちゃんにご用があって…」

私が言うと、看護師さんは、

「…お姉ちゃん…って、ミキちゃんのことかしら?ミキちゃんなら、今朝方に…」

亡くなった、と言われました。

それから、看護師さんから手作りの絵本を渡されました。

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画用紙で作られた絵本には「リボンちゃんへ」と付箋が貼ってありました。

「リボンちゃんって、お嬢ちゃんのことでしょ?」

看護師さんの問いに、私は何度も頷きました。

それから床に座り込んで泣きました。

看護師さんは最初、困ったようにしていましたが、優しく私の頭を撫でてくれました。

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「ミキちゃんねぇ、リボンちゃんと会うようになってから、すごく元気になったのよ。いつも楽しそうにリボンちゃんの話をするの。それにね、お薬や点滴も頑張ってしてた。でもね…、夜中に急に容態が悪くなっちゃってね…」

亡くなる間際に、出来上がった絵本を「リボンちゃんが来たら渡してほしい」と言ったそうです。

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廊下で見たのは、お姉さんの幽霊だったんだと気付きました。

私に絵本を渡したくて、病室まで案内してくれたんだ、と。

私は絵本を開きました。

クレパスや水彩を使って綺麗に描かれています。

それは、こんなお話でした。

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あるところに飛べなくなった青いカナリヤがいました。

青いカナリヤは翼の痛みに、いつも泣いていました。

そこへ白いウサギが現れて、カナリヤの手当てを一生懸命してくれました。

白いウサギは、毎日毎日、カナリヤの包帯を取り替えながら楽しいお話をしてくれました。

カナリヤは、白いウサギに会うのが楽しみになりました。

でもカナリヤは、本当にまた空を飛べるようになれるのか、とても不安でした。

飛べない自分の元へ、それでも白いウサギは来てくれるのだろうか。

ある日、突然襲った翼の激痛に、カナリヤは「もう、このまま飛べずに死んでしまうんだ」と泣きました。

そこへ白いウサギがやってきて、カナリヤに「希望」という名前の薬草を翼に塗ってくれました。

すると、どうでしょう。

みるみる痛みが引いて、翼を羽ばたかせられるようになりました。

カナリヤは嬉しくて大空へ飛び立ちました。

何度も何度も羽ばたいて、いつしか青空へ溶けてしまいました。

カナリヤが消えて悲しむ白いウサギの手には、青いカナリヤの羽根が1枚だけ残されていました…。

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「…カナリヤさんは、ウサギさんに、自分は確かにここで生きていたよって…、その証を残したんだね、お姉ちゃん…」

また、涙が溢れてきました。

一緒に絵本を見てくれた看護師さんも、泣いていました。

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「お姉ちゃんは、一生懸命に生きたんだね…。一生懸命に生きたよって、私に伝えたくて…絵本、描いてくれたんだね…」

私は絵本を、ギュッと抱きしめました。

「ありがとう、お姉ちゃん…」

私はずっと、忘れないよ。

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「今〜私の〜願〜いごとが〜、叶うな〜らば〜、翼がほし〜い…」

その後、学校で翼をくださいを音楽で習いました。

「悲しみのない〜自由な空へ〜翼〜はためかせ〜ゆきたい〜」

歌うたびに、一生懸命に生きようと思いました。

[おわり]

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裂久夜 様

コメントありがとうございます。

支えになれていたなら嬉しいんですけどね(T ^ T)
単に遊びに行っては、ピーチクパーチクおしゃべりする子供だったので、迷惑じゃなかったかなー?なんて、後々思いました(笑)

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悲しいけれど、一生懸命に生きたお姉さん。
リボンちゃんは、心の支えだったんですね。
透明な青空の一吹きの風を感じました。

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ONS 様

コメントありがとうございます。

そう言っていただけると、投稿した甲斐があります。
ありがとうございました。

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