中編4
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手ぶくろを買いに

小学校1年生から2年生へ進級する年の冬、ドカ雪が降りました。

幼稚園児の頃から愛用していた手袋は、毛糸があちこち解れてボロボロになっていたので、学校から帰ってきたら、お母さんと一緒に買いに行くことになっていました。

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昨日から降り続く雪は朝になっても止む気配はなく、学校へ行ったあとも降り続き、学校側は『あまり積もると子供達が家に帰れなくなる』と判断して、その日は午前中授業で切り上げ、給食を済ませて掃除をしたあと下校することになりました。

下級生は上級生に連れられて家まで帰ることに。

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家に帰り着くと、すぐ下の弟はすでに幼稚園から帰宅していて、その下の弟は昼寝をしていました。

母は近所の商店街まで買い物に出ている、と弟が教えてくれました。

すぐ帰ってくるだろうと思った私は、外で待つことにしました。

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ダッフルコートを着てマフラーをして、手袋は学校帰りに雪に触ったりして濡れていたので手をダッフルコートの袖の内側に引っ込め、頭にはニット帽を被って外へ出ました。

当時は父の勤める日本鋼管(現・JFEスチール)の社宅に住んでいたので、社宅の門で母を待つことにしたのです。

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社宅の門へ行くと、まだ続々と学年の違う生徒達が帰宅してきていました。

キャッキャとはしゃいでうるさいはずなのに、深々と降り続く雪が、まるで音を消し去るかのように静けさをもたらしていました。

<お母さん、まだかな…>

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コートの袖の内側に引っ込めた手も、冷たくなってきていました。

社宅の門のそばには少し背の高い囲いの花壇があり、私はコートの袖で雪をパパッと払うと花壇の縁に腰を下ろしました。

相変わらず辺りは静かな銀世界。

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「あら、どうしたの?こんなところで」

不意に声をかけられて顔を上げると、優しそうなおばさんが私を見つめていました。

「お母さん待ってるの。買い物に行ってて、もうすぐ帰ってくるから」

私の言葉に、おばさんは「そうなの」と答えて私のコートの袖を手に取りました。

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「あらまぁ、手袋はどうしたの?」

内側に引っ込められた私の手を見て、おばさんが尋ねてきます。

「ボロボロになったから、今日ね、お母さんと一緒に買いに行くんだよ」

「でも、寒いでしょう?お手々、冷えてるもの」

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おばさんはそう言って、自分のしていた手袋を外すと私の手を手袋へ。

私が戸惑っていると、おばさんはニッコリ笑いました。

「お母さんに手袋を買ってもらうまでの繋ぎよ。おばさん、このままお家に帰るから手袋してなくても大丈夫なの」

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私は、おばさんが貸してくれたピンクの可愛い手袋を見つめたあと、「ありがとう」と言って顔をあげました。

すると、そこにはもう、おばさんの姿はありませんでした。

「…やだ、寒いのに何してんの?」

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母の声に振り返ると、母は私がしていた手袋に気付いて、「それ、どうしたの?」と言いました。

「同じ社宅に住んでる知らないおばさんが、貸してくれた!」

私の言葉に、「はぁ?」という顔をしてから、

「どなたさんか、聞いたの?」

と母。

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私が首を横に振ると、「誰か分からないと、返しようがないじゃない」と母は言いましたが、後でママ友に当たってみると結論を出したようでした。

私は母といったん家に帰ってから、手袋を買いに出かけました。

母と歩く雪道は、学校への通学路よりも楽しいものでした。

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私は手首にファーが付いた、表は防水のナイロン地で中はモコモコであったかい桜色の手袋を買ってもらいました。

とても嬉しかったのを、覚えています。

おばさんから借りた手袋は、ダッフルコートのポッケへしまいました。

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その翌日は、前日までの雪が嘘のように快晴になりました。

かなり積もっていた通学路は、大人達が雪掻きをしてくれていてスムーズに歩けました。

1日の授業が終わって帰ってくると、母が私の帰宅を待っていました。

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「手袋の持ち主が分かったから返しに行くよ」

母はそう言って私の手を引き、社宅の私が住んでいる棟の隣の棟へと行きました。

手袋の持ち主の家のチャイムを押すと、20代くらいの若い女性が出てきて中へ入れてくれました。

「あ!おばさんだ!」

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仏壇に、あのおばさんの写真を見つけて私が言いました。

「間違いない?」と母。

「うん。このおばさんだったよ!」

私が言うと、若い女性は涙ぐみました。

「先々月に亡くなった私の母です」

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女性はそう言って、私にはココアを、母にはお茶を出してくれました。

母は洗濯したピンクの手袋をテーブルの上に出しました。

「…間違いありません、私の母の手袋です。昨日から見えなくなって、失くしたのかと思ってました」

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女性は、また涙をポロポロこぼしました。

「子供好きだったので、雪の中のお嬢さんを見るに見かねて声をかけたんでしょうね」

女性は涙を拭って、

「とても母らしいです」

と言った。

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私と母は、おばさんの御霊前にお線香を上げさせてもらいました。

「世の中には不思議なことが本当にあるものなんですね」

帰り際、女性がそう言いました。

私と母で再度お礼を言って、家に帰りました。

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幽霊はみんな怖いと思っていたけど、優しい幽霊もいるんだなぁ、と幼心に思いました。

それに、手袋を返した時に女性が涙したのも、亡くなったお母さんが今もそばで見守ってくれていることに気付いたからなんだろうと、私の中で自己解決していました。

[おわり]

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私も、題名から大好きだった絵本を思い出していたので、ゆっくり読める時間を楽しみに…そして、今読ませていただきました。

寒いなか、母親を待つ子供の心境なども考えてしまい、本当に心暖まりました。

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