中編5
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悪魔の子

「おばあちゃん、キチガイってなに?」

年端も行かない僕の言葉に祖母は泣いた。

「誰がそんなこと言ったの?」

「ユウヤくん。やーい、キチガイの子供って言われたの。」

祖母は泣きながら僕を抱きしめた。

「おばあちゃん?」

その夜祖母は眠らずに泣いた。

僕は幼心に、この言葉は悪い言葉なのだと思った。

僕は執拗にその言葉で傷つけられ続けた。

僕もある程度物心つけば、それがどんな言葉だかわかる。

ついに祖母に聞いたのだ。

祖母が始めて母について重い口を開いたのだ。

僕は、母は僕が3歳の頃に死んだと聞かされていた。

だが母は生きていた。僕は死んだとばかり思っていた母が

生きていると聞き、会いたいとすぐに祖母に言った。

祖母は優しかったけど、僕には何故両親が居ないのかと

心寂しく思っていたのは確かなのだ。

でも、祖母は首を横に振った。

「どうして会えないの?」

僕は素朴な疑問を口にする。

なんでも精神に異常をきたしていて、とてもまともに話せはしないと言うのだ。

それでも僕は会いたいと無理を言って、一度だけ母の入院している

精神病院へ面会に行ったことがあった。

「お母さん」

僕は、目の前のどこを見てるのかわからない虚ろな目をした女性に

声をかけた。すると、僕の方を見て言ったのだ。

「健二は早く殺しておいたほうがいいよ。」

僕は凍り付いてしまった。

それから僕は、二度と母に会いに行くことはなかった。

その病院から帰った夜、僕は祖母に全てを聞いた。

母は18の頃、当時悪名高かった宗教団体に属していた。

表向きは自己啓発を行う健全な宗教団体を装っていたが、

悪魔信仰の噂があったのだ。脱走した信者からのその

おぞましい体験談の告白は世間を騒然とさせた。

団体にとって好ましくないと思われた者を生贄として

悪魔にささげ、その血を皆で飲んだというのだ。

脱退させようと乗り込んだ家族、親族が帰ってこないなど、

何かと黒い噂は立っていて、ついに警察も強制捜査に着手したのだ。

団体は十数人もの生贄として、リンチ殺人を繰り返して尊い命を奪った。

その団体は解散に追い込まれ、母は祖母の元に帰ってきたのだ。

しかし、母は帰ってきた時には、誰の子ともわからぬ子供を妊娠していた。

それが、僕だ。

僕にとってはその話は衝撃的だった。

でも祖母に無理を言って聞いたのだ。祖母は話したがらなかったが

僕は真実を知りたかったのだ。

母は双子を妊娠していた。出産した時には、僕の弟になるはずの

「健二」は死んでいたのだ。

妊娠中も母はまともではなかったようだ。

「悪魔が生まれてくる」

毎日のように祖母にそう言ったそうだ。

そして、母は、健二が死産で出た時にこう言ったそうだ。

「良かった。悪魔のほうが死んで。」

祖母はそんな母に僕を育てられないと判断し、僕が3歳の頃、

母を精神病院へ入れたのだ。

そうだ。健二は死んだのだ。

でも母は「健二を早く殺せ」と言った。

その意味を知るのは僕だけなのだ。

健二は僕の中で生きている。

僕は幼い頃、祖母に言ったことがある。

「健二がね」

僕がそう言って健二の話をすると悲しそうに泣いたのだ。

「お前まで、おかしくなっちゃったのかい?」

そう言って泣いたのだ。

だって、僕の中に、健二はいる。

ずっと一緒なのだ。でも、それは祖母を悲しませることだと気付いてから

二度と健二の話をしてはいけないのだと心に決めた。

たぶん僕は他の人と違う。

それを誰にも気付かれてはならない。

田舎は世間が狭く、僕が成長して中学生になっても、

母がそういう人だったという偏見で僕は苛められた。

中学にもなって幼稚で稚拙な人間はいるのだ。

子は親の鑑、きっとその親が意地悪なのだろう。

そして、ついに健二の悪魔的な僕が牙を剥いた。

僕は長年、執拗に親のことで言われ続けた同級生を

病院送りにするほど痛めつけたのだ。

「どうだ?悪魔の力はすげーだろう?

いざとなったら、俺がお前を守るから安心しろ。」

僕らはますます、そこには居辛くなり、とうとう引越しを余儀なくされた。

「今度やったら、死ぬ。」

僕はそう言って、健二をけん制した。

僕の肉体が無くなれば、健二も死んでしまう。

健二はそれからは、暴力を振るうことはなかった。

ただし、人間には。

僕が寝ている間に、知らない動物の死骸が部屋にあったりした。

健二の普段抑制されている悪魔の感情が僕の意識の無い時に

爆発している。

このままでは、健二が暴走してしまう。

僕がそんな悩みを抱えていた中学3年の頃、突然母が帰ってきた。

精神が安定していて、ここ1年、何もおかしなところはなく、

ごく穏やかに生活していて、突然、僕に会いたいと言い出したそうだ。

初めて一緒に暮らす母は、以前会った時と全く様子が違い、

優しくて、綺麗で、僕は長年憧れた母との生活を送ることができたのだ。

母との生活が3ヶ月目に入る頃、祖母もすっかり安心し、ある日

僕と母だけで留守番をするまでになった。

その夜、事件は起こった。

母が寝ている寝室に、健二の僕が侵入して、あろうことか

健二は母を犯したのだ。正確に言えば僕が母を犯した。

「母さん、綺麗だ。」

健二は母さんの手足を縛りあげ、抵抗できない母を犯した。

僕は必死で健二を止めた。

「やめろ!僕の体を返せ!それはお前の母さんだぞ!

何やってるんだよ!」

必死に訴えるが、無意識の時の僕の体を乗っ取られて

今の僕には成す術もない。

母は、子供を身篭った。

僕の子でもあり、健二の子でもある。

「また、この子は!誰の子なの?」

祖母は母を責めた。

でも、母は決して言わなかった。

健二、つまり僕の子だとは。

そして、母はその子を産んだ。

そのとたん、僕の中から健二が消えた。

母はたぶん、健二を産んだのだ。

そして、その日、母はわが子を手にかけた。

「健一、長い間辛かったね。ごめんね。」

そう言い残し、母は自らの命を絶った。

僕は悲しかった。

もちろん、母の死が悲しかったが、それ以上に

長年僕の中にいた健二の死が悲しかった。

たとえそれが悪魔の子だとしても。

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衝撃でした…最後まで…
本当に、読みごたえがあります。さすがです。

母親の『健一』に対する愛情と、健一の『健二』に対する思いと…
あぁ(T_T)、上手く言葉に出来ない自分に苛立ちますが…結局…一生懸命育てたお婆さんを思うと、一番やるせないです…
はぁ…下手くそなコメントですみません。

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