長編9
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【2話】奇縁【店長】

季節は春から夏に移ろいつつあった。

俺はと言うと注文していた品が届く予定だったので店は開けず、それらの整理をしていた。

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全ての作業をし終え店内から外を見ると、陽は大分傾き下校途中の学生達が楽しそうに店の前を通り過ぎて行った。

それなりに動いた後だ、腹は減っているが夕飯にはまだ少し早いな。

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今日新しく入荷した内の1つを手に取る。

「セカンドフラッシュ」甘み、旨み、そして渋み、その全てを兼ね備えたこの時期に摘まれる茶葉だ。

腕が鳴る、ティータイムの始まりだ。

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我ながら完璧に入れれたと思う。

やはり旨い。風味、香り共に濃厚だ。

この誰にも邪魔されない至福のひとときを堪能することにしよう。

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「てんちょー!」

俺の至福のひとときをぶち壊しつつ、店の裏口を勢い良く開けながら飛び込んで来たソイツは、ウチで雇っているバイトだ。

名前は倉科、オカルト好きな大学生だ。

なのにビビリだ。

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最早相手をするのも面倒なので。適当にあしらってしまおう。

「居ましたよ!居たんですよ!」

主語を付けろ主語を。

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「何が?有名人でも居たか?」

「違いますよ!幽霊です!そこのファミレスに!」

「あ、そう」

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詳しい話を聞くとこうだ。

今日は朝から大学の友人と遊びふけっていた彼女だが。

昼食を取りに入ったファミレスで女の霊を見た。

友人には見えなかったようなのでその場はそのまま済ませたが、解散した後に此処に駆け込んで来たとの事だ。

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「店長?お腹減ってます?」

「あぁ、店の整理してたからな。もうしばらくしたら食べようと思ってた。」

正直に答える辺り俺も人が良いと思う。

「ファミレス行きましょ!ほら!」

すまないなセカンドフラッシュ、お前を堪能できるのはもうしばらく後になりそうだ。

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目的のファミレスは店から徒歩5分程の所にある。

この辺りならそこそこ名の知れたチェーン店だ。

その程度の距離で車を回すのも憚られるので徒歩で移動している。

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丁度店とファミレスの中間辺りに差し掛かると大きな交差点がある。

右折ラインを入れると片側3車線になるその場所では、つい先日大きな交通事故があった。

「ここ私と同い年の人が亡くなったんですよね・・・」

俺と同じことを思っていたのだろう、反対車線に未だ残る事故の痛々しい痕跡を見ながら隣の倉科が呟いた。

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「友達の1人がここで亡くなった人と高校の時の友達で、今日お通夜だって言ってました。」

事故死では警察も絡んでくるので最悪は行政解剖にまで至る事もある。

なので通夜を行うのが死亡してから大分時間が空く事もあるのだ。

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ニュース等で見るのとは違う身近に感じる人の死に少し空気が重苦しくなる。

こう言う空気はあまり好きにはなれない。無理にでも話題を変えてしまうのが無難か。

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「そうやってしんみりする所を見るとお前も至って普通の女子大生なんだけどなぁ・・・なんでこんな・・・はぁ」

大げさに溜め息を吐きながら呆れたように言う。

「なんですかそれ!」

倉科の恰好はTシャツにロングシャツを羽織り、ショートパンツと言う雑誌に載っていそうなコーディネートだ。

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それでいて着こなしている辺りまた腹の立つ。

ほんの少しだけ倉科のファッションに違和感を感じるが、それは俺がファッションには疎いからだろう。

一丁前にリングネックレスなんて付けやがって。

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見てくれも良いし普通にしていればいい奴なのだが。

先程までの重苦しい空気を振り払うかのように売り言葉に買い言葉で貶し合っていると目的のファミレスに到着した。

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「ここですよ!ここ!」

切り替えの早い奴だ。

到着する前に言われた「店長なんて早く禿げろ!」と言う言葉はしばらく根に持つ事になりそうだが。

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夕飯時の少し前なのもあり店内にはそこそこの客が居る。

店内をキョロキョロと見まわし。

「あれ?居ないなぁ。」

どうやら件の女の霊は不在らしい。

霊が不在なので帰ります!とは言える筈もなく。

先ほどまで倉科が使用していた席が空いていたので「あそこの席でいいですか?」と少し我がままを言わせてもらい席に着く。

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俺はナポリタンとアメリカンクラブハウスサンドとドリンクバー。

倉科はオムライスとドリンクバーを注文した。

「スパゲッティとサンドウィッチですか・・・」

変な物を見る目で見られた。

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「で?今その女の霊は居ないのか?」

「居ませんね・・・あそこに居たんですけど。」

倉科が指射す先には大学生らしきグループが座って話に華を咲かせている。

俺の座った位置から見ると左後ろ、俺の正面に座った倉科から見れば右斜め前の席に位置する場所だ。

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今は彼等以外にはなにも見えない。

倉科が見た時はその席には客はおらず、女の霊はテーブル横の通路でずっと立ち続けて居たそうだ。

「あの席のすぐ横にトイレあるじゃないですか~。女の横通らなきゃいけないので私トイレいけませんでした。」

「ふ~ん。で、見た目は?」

「あ、酷い!髪はロブヘアで服装は今の私と似てました!顔は俯き加減で良く見えませんでした。」

ロブヘアとか言われても俺にはどんな髪型かわからんが。

コイツと似たような恰好と言う事は比較的若い・・・と言う事なのか。

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思考を巡らせていると注文していた料理が運ばれて来た。

もののついでだ、料理を運んで来てくれた店員に先ほど倉科から聞いた情報に合う店員が居ないか聞いてみる。

不思議そうな顔をされたが「その様な者は居ませんね。」と言われた。

俺の中で店員の生霊説は消えた。

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正面では倉科が「う~ん・・・う~ん」と唸っている。

「まぁ、たまたま通りすがりが見えたんじゃないのか?」

「う~ん・・・そうですかね。」

少し残念そうな顔をしている。

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食べ終わったのでトイレに行こうと席を立つ。

まさかトイレで出たりしないよな・・・出て貰っても男子トイレだ困る。

結局何事もなく用を済ませ、自分の席へ戻ろうとした時背筋が凍った。

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俺の正面、グラスを両手で持ちコーラをストローで啜っている倉科の右真後ろにソレは居た。

先程倉科から聞いたのと寸分違わぬ女が。

まるで倉科を見下ろすかの様に俯いて立って居る。

どうやら倉科は気付いていないようだが、流石にまずい。

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速足で席に戻り、

「帰るぞ、お前の後ろに居る、反応するな、見るな。」

俺の真剣な声にびびったのか俯きながら立ち上がった。

レジに向かうには女の横を通り過ぎるしかない。

下を向き、目まで瞑っている倉科の手を引きながらレジに向かうとき横目で女を見た。

女の霊と言うと井戸から這い出て来るアレを思い出すが、それとは違いかなり整った顔立ちだった。

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早々と支払いを済ませて店を出る。

「私・・・取り憑かれたんですかぁ・・・」

泣きそうな声だ。

「たまたまじゃないか?似たような恰好してたし、友達になりたかった・・・とか?」

言いつつガラス越しに店内を覗いた。

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先ほどまで俺達が座っていた席を店員が片づけている。

その店員の横に立ち、女は此方を・・・倉科を見ながら立っている。

・・・たまたまではなかったみたいだ。

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最悪はお祓いでもして貰うしかないか・・・

しかし車は店だ、取り敢えず戻らない事には動けない。

店に向かい歩を進める。

反対側の歩道に帰宅途中の会社員や部活帰りの学生に混じってさっきの女を見たが、倉科は気付いてはいないみたいなので黙っておく。

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「さてと・・・」

店に着いた俺は倉科を座らせ詳しい話を聞く事にした。

昨日は俺と一緒に店にいたし、その後どこにも行っていないと言うのでおそらくは今日拾って来たんだろう。

「今日は友人と遊んでたんだな?なにしてた。」

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「大型ショッピングモールで服とか見て

そこの公園でフリマやってたから回って

ファミレスでご飯食べて

遊んでた友達に急用ができちゃったみたいで解散して・・・あとは店長の知ってる通りです。」

どうやら変な所には行って無いようだ。

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「何か買ったりは?」

「フリマでこのネックレスを買いました。」

倉科は自分の首にかけてあるシルバーのリングの付いたネックレスを触る。

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なるほどファミレスに向かうときに倉科のファッションに違和感を感じたのはこれか。

朝合わせた服に買ったアクセサリーを付けているのだ、ほんの少しだけちぐはぐな感じが出ている。

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もしこれに曰くがあったと仮定して、フリマの時間はとっくに終わっている。

売り手に話を聞きに行く事も出来ない。

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さて、どうしたものか・・・

本格的にお祓いでも頼むかと思い席を立つ。

車を取りに行くかと、店内から外を見る。

また、居た。

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外から此方見るあの女。

倉科を・・・いや、このネックレスを見ている。

やはりこれか!

倉科も女に気付いた。半分泣いていた。

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「見せろ!」

ネックレスを掴む。

倉科の首毎引っ張る形になるが、知るか。

よく見るとリングには多少傷が付いている。

そしてそれの内側、なにか文字が彫ってある。

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名前のようだ、ネームアクセサリーか。

だが赤の他人の名前なんて知る筈もない。

いや待てよ・・・どこかで・・・つい最近どこかで聞いた気がする。

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「おい!倉科!この名前に心当たりは!」

「名前なんて彫ってあったんですか・・・し、知りま・・・あれ?」

知りませんと言おうとしたのだろう、だが途中で疑問形に変わった。

倉科もなにか引っかかるようだ。

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どこだ・・・どこで聞いた。

つい最近・・・テレビで・・・

そこまで思考が至り廃品回収の為にまとめてあった数日前の新聞を広げる。

・・・あった。

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この店からファミレスに向かう途中のあの交差点、そこでの事故で亡くなった女性の名前と同じだ。

確か今日通夜だとか言っていたな。

新聞の訃報欄にも名前が載っている、会場もすぐそこだ。

倉科の腕を引っ掴み店を飛び出る。

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現地に向かいなら会場に電話を掛け問い合わせると、丁度通夜が終わり通夜振る舞いの会場に移動する所だと言う。

故人が生前大切にしていた物を持っている。ご遺族に渡したい、すぐに到着するので待っていて欲しい。と伝える。

不信に思われただろうが知った事ではない。

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会場に向かう道中何度か視界の端にあの女が入り込む。

もう少しだ、もう少し待て。しっかり返してやるから。

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程なくして会場に到着した。

故人とは何の関わりが無い俺達が息を切らせて駆け込んで来たのだ。

弔問客に何事かと言う目で見られる。

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そんな彼等の中から初老の男女が前に出て来る。おそらく故人のご両親だろう。

「突然の事で申し訳ない。これをお渡ししたくて。」

倉科のネックレスを見せる。

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「それは僕がプレゼントした・・・」

俺の言葉に反応したのはご両親ではなく一人の青年だった。

プレゼントと言うからには特別な関係にあったのだろう。

恋人か・・・それに近い何かか。

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これにまつわる話を聞かせて貰った。

交際中のこの青年がプレゼントした物で、生前とても大切にしていたとの事。

事故の当日も身に着けて出かけたが、ご遺体には着いておらず、付近を探しても見つからなかったとの事だ。

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事故の衝撃で飛ばされた物を誰かが拾ったのだろう。

どういう因果かは解らないが巡り巡って倉科の手元に来たと言うわけだ。

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信じて貰えるかは解らないが俺達の体験した事を話した。

そしてこれを故人に返して欲しいと。

俺が話終えると青年は泣き崩れた。

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それもそうだろう、自分のプレゼントした物をそれ程までに大切にしていてくれていたんだ。

恐怖体験をした倉科でさえ涙ぐんでいる。

俺達は礼を言われながら会場を後にした。

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帰り道で倉科が呟いた。

「私の6千5百円・・・」

フリマで買ったネックレスの値段だろう。

俺達の間に漂うしんみりとした空気を和らげてくれようとしたのだろう。

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「まぁ落ち込むなよ、新しい茶葉が届いてるんだ飲んでいくか?」

「いきます!店長の入れる紅茶はおいしいです!」

店に戻って飲んだセカンドフラッシュは、先程飲んだ時よりほんの少しだけ渋みが強い気がした。

Concrete
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